波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション公開中!

空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回) 空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

リアクション


chapter.9 たとえば言葉が心の中を伝えきることがないとしても 


 リュースがセイニィの姿を視認した頃、大急ぎでそのヨサークとフリューネ軍が入り混じる地帯に向かい飛空艇を飛ばしていたのは、七枷 陣(ななかせ・じん)であった。その横を並走しているのは、パートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)だ。彼らの飛空艇にはおもちゃの袋が積まれていて、中にはカチコチに固められたもちち雲が山ほど収納されていた。
「リーズ、これで下準備は完璧だな」
「うんっ、でも他の人に見つからないようもちち谷を回ってきたから、結構時間かかっちゃったね!」
「まあそれはしゃあないってことで。間に合いさえすれば、このもちちがきっと役に立つはずやろうし」
 彼らが何かを計画していたのは確かだが、残念なことにその全貌はまだ分からなかった。もちち雲を何かに使うことは確かなようだが。
「それにしても、不思議な雲だよねっ。凍らせてカチカチ、熱してどろどろになるなんて!」
 無邪気にそんなことを口にするリーズ。その時、陣に電流走る。
 どろどろの白い液体状のもの……さらに粘着質……もしこれを女性にぶつけたら……。
 そんな考えが陣の頭を一瞬にして埋めた。駆け巡る脳内物質……!
「陣くん陣くん! この雲って、ぷらとにっくな雲らしいよ! 酒場のパンフレットに書いてあったんだ!」
 ぱん、と。陣の頭を巡っていた色々なものがそれを聞いて弾けた。同時に陣は、ちょっとがっかりしていた。
「だよなあ」
 きっと彼は何かを期待していたのだろう。最初からもちち谷ルートに参戦していれば、夢のような光景が見れたかもしれない。しかし陣は、これから行おうというひとつの計画のため、その絶景を見逃さざるを得なかったのだった。
 陣とリーズは、気持ちを切り替えるようにスピードを上げると、目的地へ向け飛空艇を飛ばすのだった。



 場面は戻り、中央の谷混戦地帯。
「オレは十二星華の足止めに行く! あとは任せるぞ!」
 リュースは、自分とルイの他にいた、もうひとりこの混戦を声で止めた青年にそう告げると飛空艇で素早く上空へと飛び移った。パートナーのグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)もそのすぐ後に続く。リュースはちら、と下に目を向けた。真下には、ヨサークに説得を続けているルイと、ヨサーク、フリューネ双方に何かを呼びかけている青年がいる。リュースはそれを見て意志を固め直す。
「どうにか、あのふたりが協力してくれれば……そのためなら、時間稼ぎにだって囮にだって……」
「リュース、くれぐれも無理はしないようにね」
 グロリアが、思い詰めているようにも見えるリュースを気遣って言葉をかけた。そしてじきにふたりは目の前の小さな、しかし圧倒的な存在感を放つひとりの女性の元へと辿り着く。飛空艇に乗った彼女は、その金色の髪を獅子のように風になびかせ、不敵な顔を浮かべていた。
「十二星華……貴様、何しにここへ来た」
 さっきまでとは打って変わって口調と表情を一変させたリュースが乱暴に言い放つ。もちろん彼はその答えを聞くまでもなく分かってはいたが、これも時間稼ぎになればという思惑だった。目の前の敵は、その口調に腹を立てたのかムッとした様子で答えた。
「そんなの決まってるでしょ、ユーフォリアがあるからよ」
 リュースはそれを聞くと、低い音を響かせ光条兵器を取り出した。数メートルに及ぶ、鞭の形をした剣だ。
「そうか、じゃあ貴様の顔面を潰してユーフォリアが来ても見れないようにしてやる」
 リュースは問答無用で、その鞭のような剣を対峙する敵の顔面へと仕向ける。女はそれを難なくかわすと、リュースの次の動きを大幅に上回る初動速度で彼の背後に回りこんだ。その時点で、彼の前の飛空艇はもぬけの殻となっていた。彼女は、恐るべき跳躍力でリュースの飛空艇へと飛び移っていたのだ。スウェーで体をずらす間もなく、振り向いた彼の胸を女は引き裂いた。青い爪でえぐられた彼の体から濁った赤い液体が飛び出る。
「ぐ……っ」
 うめくリュースをそのまま蹴り落とした女は、彼の飛空艇を乗っ取り操縦桿を握った。
「リュース!!」
 守る間もなく、攻撃を知らせることも出来ずグロリアは落ちていくパートナーを見て叫ぶ。女はついで、というようにグロリアの飛空艇を引き裂くと、動力部を破壊された彼女の飛空艇は彼女を乗せたまま風に流されていった。
 リュース、あなたを守ることが私の役目なのに。グロリアの声にならない言葉は、もちろんリュースには届かなかった。
 そのリュースは、無残にも胸に爪跡をつけられ、そのまま落下を続けていた。そして彼の体は、下でヨサークとフリューネに呼びかけていた青年の飛空艇の上へと不時着した。青年に抱き起こされたリュースは、震える唇からかろうじて言葉を紡いだ。
「……だから、言ってるでしょう。力を合わせなきゃ、奴を止める事は出来ないって」
 それは未だ和睦の様子を見せないヨサーク、そしてフリューネに対する言葉だったが、もはや大声を張り上げることすら叶わないリュースの声は、静かに夜の中へと消えた。そしてリュースはその言葉を最後に気を失った。
 彼が飛空艇に落下したのとほぼ同時に、その場にいた一同は頭上の存在に気付いた。見上げた空には、満月にその髪を溶かした女性が生徒たちを見下ろしていた。
「誰かと思えば、この間の連中じゃない。まだこりずにユーフォリアを狙ってるんだ?」
 青白い爪を鳴らしながら、十二星華であるその女性が言う。ヨサークとフリューネはその姿を見て、忌まわしい記憶を呼び起こすように彼女の名前を叫んだ。
「セイニィ……!」

 セイニィの姿を見るや否や、急ぎ彼女のところへ飛空艇と箒を走らせたのは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)森崎 駿真(もりさき・しゅんま)のふたりだった。彼らの目的は、セイニィの足留めである。それはヨサークとフリューネがもしかしたら協力してくれるかもしれない、と一縷の望みをかけ同盟を結ばせるためのものかもしれないし、もしくは単純にふたりの決着が着くまで横槍を入れさせないためのものかもしれない。どちらにせよ、彼がやろうとしていること、そして思っていることは同じだった。
 ヨサークに、ユーフォリアを渡したい。
 まず先に出てきたのは、駿真だった。彼はどういうわけかその体にコタツ布団をくるませ、手にはみかんを携えていた。一見ふざけているかに見えるその外見だが、彼は大真面目だ。
「要は足留めで出来りゃいいんだろ? だったら普通に戦うよりこっちの方が気を惹けるってもんだぜ!」
 彼はそう言うと、そのままセイニィを自分のところへと招き入れようとする。が、当然セイニィがそれに応じるはずがなかった。
「……あんた馬鹿ー?」
 セイニィは、あっという間に彼のコタツ布団を引き裂いた。そのまま駿真にもその爪を向けると、彼の腕が衣服と共に引き裂かれ、血を噴き出した。
「痛つっ! ヨサークの兄貴、早くフリューネをどうにかしてくれ……! そして、ユーフォリアを先に……!」
 腕を押さえ、ふらふらと高度を下げる駿真だったが、そこに淡い光が発生する。彼を追うように現れ、その腕にヒールをかけたのはパートナーのセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)だった。
「セイ兄!」
 駿真は、セイニーのことをセイ兄と呼ぶ。目の前にセイニィがいることで、ちょっとしたせいにい祭が起きていた。素晴らしい偶然が生んだ奇跡である。
「ヨサークはまったく好きじゃないけど……駿真を傷つけられたら出ていかざるを得ないね」
 セイニーがセイニィをしっかりと見据える。その瞳は普段の穏やかな彼のそれとはやや異なる様相を呈していた。
「サンキューセイ兄! 少し痛みが治まったぜ! よし、ディフェンスシフトだ!」
 駿真はセイニーと協力し、セイニィがヨサークの元へ行かぬよう陣形を張った。もちろんそれは彼女にとっては容易く破れてしまう包囲網だったが、駿真はヨサーク空賊団団員として自分に出来うることを成そうと懸命にその体をバリケードに変えた。そこに加わってよりセイニィとヨサークの間の壁を固めたのは、呼雪のふたりのパートナー、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)だ。
「ボクも手伝うよ!」
「ヌウも、しっかり操縦する」
 運転を覚えたてのヌウはやや不安定な操作だったが、どうにか飛空艇に乗れているようだった。
「今だよ、コユキ!」
 ファルの言葉を合図に、呼雪がセイニィへと近付いた。
「……何? こんな少人数であたしをどうにかしようっていうの?」
 呆れたように腰に手を当ててセイニィが言う。呼雪はそんな彼女に対し、堂々とした態度で言葉を放った。
「いや……ちょっと話がしたかった。あんたにはいくつか聞きたいことがあるんだ」
 もちろん時間稼ぎということもあるが、呼雪が十二星華へ興味を持っていたこともまた事実だった。呼雪はひとつ目の疑問を口にした。
「あんたの力なら、どっちの空賊がユーフォリアを手に入れても奪い取れるはずだろう? なぜ、悪戯に場をかき乱すようなことをするんだ?」
「だって、あのふたりどっちもユーフォリア狙ってるんでしょ? じゃあふたりとも倒しちゃうのが一番手っ取り早いじゃない」
 呼雪の最初の質問は、完全に時間稼ぎとしてのそれだったが、セイニィがあっさり即答したことでたいした効果は生まなかった。呼雪は矢継ぎ早にふたつ目の疑問をぶつける。
「女王候補宣言の時、ティセラという十二星華の女を迎えに来たのもあんただったな?」
「そうよ、それがどうかしたの?」
「……俺は、女王になるということがどういうことか、ティセラという女がどういう人物なのか、あんたらが付き従うだけの理由を持っているのか、そういったことを何も知らない。だから、知りたいんだ」
「余計な探究心は、災いの元かもよ?」
 話に飽きてきたのか、セイニィはその爪をカシカシと鳴らし始めた。無意識に飛空艇を少し後退させた呼雪だったが、自分の意志でそれを抑え、踏みとどまるとセイニィに向かって最後の疑問を投げかけた。
「なぜあんたがティセラに付き従っているのか、その理由を聞かせてくれないか?」
 おそらく、それが核心に迫ることが出来る問いかけのはず。彼女らの奥で十二星華を束ねているティセラのことを知れれば、数珠繋ぎに他のことも紐解けると彼は踏んだのだった。セイニィは少し目を泳がせると、少しの沈黙の後静かに口を開いた。返ってきた答えは、呼雪が想像していたものとは大分違ったものだった。
「……友達だから」
「……何?」
「ティセラは、あたしの友達だから。だから、ティセラが女王器を欲しがってるなら、あたしはそれを手伝うの」
「ちょ、ちょっと待て、あんたは、じゃあ……」
 女王とか、鏖殺寺院とか関係なしに、ただそれだけの理由で。そう呼雪が続けようとした時、ファルの声が呼雪に届いた。
「コユキ! ごめん、何人かそっちに行っちゃったよ!」
 その言葉と同時に彼の目に映ったのは、武器を携え、セイニィを討伐せんと向かってくる飛空艇とトナカイであった。



 呼雪たちがセイニィと会話をしている頃、ヨサークはルイの同盟勧告を断り、あくまでもフリューネ対決する姿勢を崩さずにいた。もうフリューネはすぐ近くにいる。ヨサークはアグリと共に、どうにか生存者たちの妨害を突破しフリューネの元へと向かおうとしていた。
そこに、ひとりの少女が現れたことでヨサークは飛空艇の速度を落とした。
「おめえは……クソボブ」
 ヨサークがそう呼ぶのはひとりしかいない。数少ないヨサークが覚えている女の生徒、荒巻 さけ(あらまき・さけ)である。さけは飛空艇をゆっくりヨサークの方へと向かわせると、やがて至近距離まで近付く。
「おい、どけクソボブ。かぼちゃつくったくらいで調子乗ってんじゃねえぞ」
 憎まれ口を叩きながらも、彼は戦艦島でさけがかぼちゃの煮物をつくり、それをタッパーに詰めヨサークの寝床に置いたことを覚えていたようだった。
「どきませんわ」
ヨサークが飛空艇の先端でさけの飛空艇を小突き、進路を取ろうとするが、さけは一歩たりともそこを動かなかった。口をへの字にしたさけが、飛空艇を横向けにし、より自身とヨサークとの距離を縮めた。
「おい、それ以上近付くんじゃねえ。耕すぞ」
 さけは黙ったまま、ヨサークを見上げた。身長差がかなりあるせいで、彼女はほぼ真上を見上げるような姿勢になっている。
「クソボブ、聞いてんのかおい。たがや……」
「耕しますわよ、ヨサークさん」
 ヨサークの言葉を遮りその言葉を奪ったさけは、ずいと一歩足を進ませた。飛空艇からその身を乗り出している形で、突風が吹いてくれば下に落ちてしまいそうなくらいである。もちろんヨサークが怒りに任せ飛空艇を直進させても、さけは下へと落ちる。
「あぁ? こっちのセリフだこらあ! 落とされてえのか?」
「ヨサークさん、あなたがこの先に進む理由は何ですの?」
 さけが毅然とした態度でヨサークに問う。
「そんなもん決まってんだろうが! あのクソメス倒して、ついでに上で飛び回ってるクソ金髪も倒して、ユーフォリアを手に入れんだ!」
「……ユーフォリアを手に入れて、どうするんですの?」
「アレは、権力の証なんだ! ユーフォリアさえありゃあ、俺が権力者になれんだ! 分かったらそこをどけクソボブ!」
「どきませんわ。だって、分かりませんもの」
「あぁ!?」
「ユーフォリアを手に入れて速く飛べる、権力者になれる。それが何になりますの? 重要なのは、自由に飛べることなのでしょう?」
 さけが先ほどから怒っていた原因は、ここにあった。楽しく自由に飛べる空。農民に良い思いをさせたい。その考えはとても尊くて、温かいもの。でもその前に。彼の頭は、何かとても窮屈に凝り固められていると彼女は思えた。
「あなたは言動がとっても自由で、魅力的ですの」
 さけがすっとその右手を伸ばし、ヨサークへと向けた。彼女の細い指先が、彼の胸に微かに触れる。
「あなたの口から出る言葉はみんなを元気にして、あなたの足がつくった道はみんなを従わせる不思議な力を持ってますの。けど、その頭だけは、すごく縛られているような気がしますわ」
 女性を嫌うヨサーク。けど、もしそのせいで、女性であるフリューネやセイニィを軽んじて、負けてしまったら?
 権力にこだわるヨサーク。けど、もしそのせいで、船員や仲間よりユーフォリアを優先させてしまったら?
「まず耕すべきは、あんだの心だね」
 ヨサークは、自分の胸に触れているさけの指に目をやった。少しの沈黙が流れる。それを破ったのは、ヨサークの声だった。
「おいクソボブ。勝手に人の頭をあれこれ言うんじゃねえ。脳外科医か、あぁ? おめえまさか、俺が権力に溺れて、船員をないがしろにするような男だと思ってんじゃねえだろうな? だとしたらそこで見てろ、ユーフォリアをとった俺を」
 そんな言葉で、さけは上げていた眉尻を少し下げた。ああ、この人は、なんてシンプルで、なんて複雑な男なんだろう。
 ヨサークは乱暴に飛空艇の向きを変えると、さけをよけるようにその場を去っていった。

 そんなふたりの一部始終を、さけのパートナー信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)はアグリと共に見ていた。
「うちのもなかなかの吼えっぷりやけど、そちらさんもなかなかどすなあ」
 ふたりとも若いからな、といった目でそれを見るアグリ。
「若いって、ええどすなぁ」
 おぬしだって、まだまだ若いぞ、という目で葛の葉の顔を見るアグリ。葛の葉はそんなアグリを見て、「そうだ」と懐からお守りを取り出した。
「はい、豊作祈願のお守りや。ぴったりかと思うて持ってきたんどす。アグリはん、無茶はあかんよ?」
 葛の葉はヨサークの分とふたつお守りを渡すと、柔らかい笑みを浮かべた。アグリは、お返しとばかりに荷台からあるものを取り出した。
 ヨサークからの預かり物だ、ということなのだろうか。アグリが葛の葉に渡したそれは、戦艦島でさけがヨサークの寝床にそっと忍ばせた、かぼちゃが入っていたタッパーだった。もちろん中身は空で、綺麗に洗ってある。
「あらあら、わざわざえろうすんまへんなあ」
 さけに渡しておいてくれ、ということなのだろうか。葛の葉はそう解釈し、後で彼女に渡すことにした。
「アグリ、早く行くぞ!!」
 その時ヨサークの声がして、アグリはやれやれ、といった様子で彼の後を追いかけた。