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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

リアクション

【4・のぞきは男のサガですか】

 男湯につかっているレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は、温泉内の景色を堪能していた。
 所々に空いた浅い穴の湯からは立ち上った湯気が、赤銅色の天井や壁を薄い白で彩っていく。地熱の影響か、湯の周りはほんのり暖色の明るさになっていて、気分をおだやかなものへと誘っていく。
(来てよかったな、これなら全力でまったりできそうだ)
 そしてぐっと伸びをして、
「んー……やっぱ冷える季節は温かい湯に限……何やってんだよ、シュレイド」
 一方の声をかけられた彼のパートナーシュレイド・フリーウィンド(しゅれいど・ふりーうぃんど)はというと、湯にも入らず壁に寄り添い――当然のように女湯に近い側の――聞き耳を立てていた。
「わっ、けっこう熱い」「きゃあきゃあ」「きもちいー」
 壁はそこまで厚くないのか、かすかに女の子の声が届き、鼻息を荒くするシュレイド。
「聞くのも野暮だと思わないかね。レイディス君。俺様は今、女湯と言う名の桃源郷をだな……うぉぉっ! な、なんて声をあげてるんだ!」
 ひとり盛り上がってるシュレイドに、レイディスは顔を赤らめたかと思うと、
「いっぺん死んで来い、てめぇええっ!!?」
 そう叫んでおもいっきり飛び蹴りを放っていた。
 ズゴン! という景気のいい音と共に、蹴りが思いっきり後頭部にHITするが。
「オウフ。この純情BOYめ☆ 男ならもっとこう……野性的にだな」
 まったく堪えた様子も無く、シュレイドは隠し持っていたカルスノウトでこっそり、覗き穴を開けるべく壁を削り始めていた。
 それには気づかないレイディスは踵を返して湯に入りなおし、
「……そういや、亜璃珠達も来てるんだっけか……」
 なにやら別の意味で顔を紅潮させて小さく咳込んでいた。

 そうしてシュレイドがのぞき穴に奮闘している一方で、別にのぞきを目論む者もいた。
 それは葉月ショウ(はづき・しょう)。彼は現在、洞窟の岩陰に隠れ東の女湯を伺っていた。
「やっぱり僕らも入ればよかったかな?」
「う〜ん……でも、もしメイベルが覗かれたらと思うと心配ですし」
 通路前にはいるのはセシリア・ライト(せしりあ・らいと)と、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)。彼女らは既に湯に入っているパートナーメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)を守るべく陣取っているのである。
 が、ショウとしても事前に策は練ってあるのだった。
 その策の鍵を握るのは、ショウのパートナーの吹雪小夜(ふぶき・さよ)
 彼女は現在、女湯を入ってすぐの脱衣所にいた。
 構造は男湯に比べて二倍近く広く、籠やタオルも多めに用意されてあり。化粧台と椅子もあって、そこには手鏡や化粧品、ドライヤーやブラシなどが置かれていた。おまけに、飲み物の自販機や簡易の個室トイレまで設置されている。
 更に肝心の秘湯の方に目をやると、大小様々な湯がある点では同じだったが、桶は山積みになるくらい沢山置かれているし、湯の側には石鹸やシャンプーなどもきっちり完備されていた。なんだか微妙に男女の格差が見え隠れする光景である。
 もっとも男湯の構造を知らない小夜としては、そんな差異を知る由もなくメールを打っていた。そのメールこそがショウの策のキモ。小夜に女湯の構造を調べて貰い、物の配置や、隠れる事ができる場所などを事前に知っておくというものだった。
 情報を送信し終わった小夜は、最後にこの場と出入口に向けて湯気と言う名の煙幕ファンデーションを仕掛けていった。
「さて……あとはショウ次第ですわね。陰ながら武運をお祈りしておきますわ」
 やることをやり終えた後は相方へのエールを呟いて、自身も服を脱ぎ、湯へと向かうのだった。
 着メロが鳴ってショウの携帯にメールが届く。その内容を確認後、
(さあ。いざ行かん、桃源郷へ!)
 心中で気合いを入れ、立ち込める湯気の中へと飛び込んでいった。
「なんだかさっきから、やけに湯気が舞ってない? これじゃ前がよく見えないよ」
「あらあら、大変ですわ。外との温度差のせいでしょうか?」
 真っ白に覆われた視界の中、セシリアとフィリッパの会話が聞こえる。どうやら突然の事態に戸惑っているらしい。
 しめしめと思うショウはその声と殺気看破で位置をだいたい把握し、見つからないように息を潜めつつ移動していき、最後は飛び込むように女の暖簾を潜り抜けた。
 そのまま脱衣所に侵入するや、すぐさま化粧台の下に身を隠し息を潜める。
 着替えている人がいないかと懸念してのことだったが、現在は誰もいないようだった。見つかる危険が無くて安心なような、脱衣シーンが見られなくて残念なような思いを抱きつつ、ショウはそのまま忍び足でいよいよの桃源郷へと歩を進めていった。

 その女湯側では。
 現在、小夜やメイベルの他、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)霧雨透乃(きりさめ・とうの)春夏秋冬真菜華(ひととせ・まなか)、そして如月日奈々(きさらぎ・ひなな)とそのパートナーの冬蔦千百合(ふゆつた・ちゆり)、更に遠野歌菜(とおの・かな)と、ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)九ノ尾忍(ここのび・しのぶ)がいて秘湯を楽しんでいた。
「ひろーい! すごいね!」
 歓声をあげて洞窟内を見渡している真菜華は、バスタオルなど撒かず思い切り良く裸体を晒していた。
「ふふ〜ん……やっぱり皆あれくらい開放的になった方がいいよね。胸も、みずみずしくていい感じかも」
 透乃は持ち込んだ熱燗で一杯やりながら、真菜華をはじめとした女性陣をじっくり観察していた。その隣でつかっていた小夜が、ふいに声をかけてくる。
「私としてはあなた様も、なかなかのスタイルだと思いますわよ」
「そう? ありがと〜。けどなんだか周りたわわな胸の子、多いんだもん。だからどうしても気になっちゃうんだよね。肌キレイな子も多いし」
 主にメイベル、アリア、千百合を重点的に目で示していた。
 つられて小夜も注視してみると、確かに彼女らの胸は80は越えていそうな豊満なものであった。そこでまた小夜は改めて透乃の胸に視線をやると、負けじと湯にぷかぷか浮いて大きさを現していた。
(……ほんとに大きいですわね。ショウが喜びそうですわ)
 そんな小夜の視線に気づきつつも、透乃は特に気にせず、くぴりとまた一杯飲んで女体観察を再開させるのだった。
 視線の先にいるのは歌菜、ラキシス、忍の三人。
 今は歌菜が忍の背中を流しており、その歌菜の背をラキシスが洗っていた。
「歌菜お姉ちゃん、身長は大和ちゃんと同じくらいあるのに、肩小さいよね〜」
「そう? ありがと、ラキちゃん」
 といってもラキシスは、ぺたぺたと肩や腰などを嬉しそうに触ってはしゃいでいるばかりであんまり洗えてはいなかったが。
「しかも、すごく肌綺麗だよね〜ボクも歌菜おねえちゃんみたいになれるかな……」
「ラキちゃん、温泉には美肌効果があるから、入ったらツルツルすべすべになれるよ♪」
「ほんと? じゃあ、早く入ろうよ歌菜おねえちゃん」
「こら、ラキ。まずは身体を洗ってからと言われたじゃろう」
「むー……はいはーい。歌菜お姉ちゃん、忍ちゃんが終わったら次はボクも洗ってね?」
「勿論よ。あ、忍さん、尻尾ぱたぱたしてたら洗えませんよ? じっとしてて下さいね〜」
「あ、す、すまぬ歌菜殿」
 と返答しつつも、忍は歌菜に尻尾や髪を洗ってもらえるのが嬉しいのか、我慢できずまた尻尾と耳をぱたぱた動かしていた。そんな忍の様子に、クスッと小さく笑う歌菜だった。
(歌菜殿はなぜ大和とつがいになる気になったかわからんが、大和が歌菜殿を選ぶ気はわかるのぉ……ううむ……尻尾の洗い方が気持ちよすぎるの……嫁いでくれば……毎日洗ってもらえるのなら……悪い気はせんのう)
 そして。しばらく洗ってから三人は前後を入れ替えて、今度は忍が歌菜を、歌菜がラキシスを洗い始める。
「ラキのことじゃ、どうせ適当に洗って済ませたんじゃろう。ここはわしがしっかり洗ってあげなくてはな」
「あはは、ありがとー。忍さん」
「もー、忍ちゃんしつれーだよ。ボクだってちゃんと洗ってあげたもーん」
「うん、ちゃんと洗ってくれたよね。だから私もラキちゃんキレイにしてあげないとね♪」
「はーい! おねがいしまーす」
「痒いところはないですか〜?」
(ほんとにいい子じゃのう……歌菜殿は)
 微笑ましい限りの光景であった。

「さ、温泉、温泉―」
 真菜華は一番大きめの湯を選んで入って、まったりとくつろぎ始める。
「あー、ごくらくごくらくー」
 しかしすぐにひとりでいるのもつまんないと思ったのか、雑談中のメイベルとアリアに近づいていった。
「温泉はやっぱりいいものですねぇ、心が落ち着きますぅ」
「でも、改めて考えると浮遊大陸なのに温泉が湧くって凄いですよね〜」
「ん〜、それはたぶん大陸が浮く為に、下層部分でそれなりの熱が生じているからじゃないでしょうか?」
「あーなるほど。その影響で地熱が発生して、それで温泉が湧いてくるのかな」
 ふたりの会話を背後から聞きつつそっと忍び寄り、最後は一気に飛びかかっていく、
「やっ! マナカも混ぜてよー♪」
「きゃっ」「わ!」
 ばしゃばしゃと湯を波立たせ、たわむれていく彼女たち。
「わー、肌スベスベだね。温泉なんて必要ないんじゃない?」
「きゃぅ……あ、あまりヘンなとこ触らないでくださいよぉ」
 真菜華に捕まったメイベルは、困りつつも無理に引き離すのも失礼かなという考えで、そこをまた触られて余計に困っていた。
「ここのお湯って肌にいいらしいから、マナカもこんな風になれるといいんだけど」
「私はあなたもじゅうぶん肌キレイだと思うわよ」
「そうっ? へへ、ありがとー」
「もぉ、そろそろ離してくださいってばぁ」
「えへー、女の子ってやっぱやらかくていいのう♪ にゅふふ♪」
「それにしても、たまにはこうやって事件を気にせずのんびりするのも良いよね」
 恥らって困りっぱなしのメイベルと、さわさわと肌に触れ続ける真菜華。そしてそんなほのぼのとした雰囲気に、ぽつりと呟きを漏らすアリアだった。

 そんな風に触れ合う彼女らをよそに、日奈々と千百合はふたり少し離れた場所で身体を洗い合っていた。
「千百合ちゃんの髪……さらさら、ですぅ……」
「そっかな、あたしはあんまり意識したことなかったけど」
「うん……それに、肌も……つやつや……」
 日奈々は、そう言葉を紡ぎながら丹念に手で洗っていく。髪はすくように優しく、背中はほんの少し力を込めて、腕や足は撫でるように洗い、そして胸元――
「日奈々? どうかした?」
「えっ……あ、べ、べつに……(わ……千百合ちゃん、やっぱり胸おっきぃ……)」
 あまりに意識するあまり、あまり触れることはできず。ちょっと触れるぐらいで済ませ、後は全身にお湯をかけてあげて強制終了させる日奈々だった。
(はぁ……心臓がドキドキしっぱなしですぅ……)
「じゃ、今度はあたしが洗う番ね」
 まだ興奮中の日奈々をよそに、千百合はすばやく後ろに回るとシャンプーを手につけ、さっそく洗い始めていく。
「ひあっ……!」
 びくんっ、と身体を揺らす日奈々。結構敏感肌なのに加え、恥ずかしさがまだ抜けてないせいか過剰に反応してしまっていた。
 千百合はそんな日奈々にちゃんと気づきつつ、丁寧な手つきで洗っていく。普段は陽気で元気な彼女であるが、ゆっくりとなめらかに手を肌に沿わせていく洗い方に、日奈々への優しさが見られるようだった。
 そうして時折身をよじらせる日奈々と、全身をくまなく洗ってあげている千百合。シャンプーから香る薔薇のかおりが、その場のふたりを次第に覆っていった。
「さって。じゃ、身体も洗ったしお風呂に入るとしましょうか」
「……うん……」
 洗うのが終わった後、比較的小さめのお湯を選んで入るふたり。
「ふぅ、きもちいーね」
「……うん……」
 必然的にくっついて入ることになりながら、まったりと秘湯につかっていくふたりだったが。やがて、
「あのさ……千百合ちゃん……まだ狭いし……膝の、上に……座って……いいかな?」
 日奈々からの要望に、千百合は一瞬ぱちくりと目を瞬かせたが。
「あ、いーよ。どーぞどーぞ、大歓迎よ!」
「それじゃ……おじゃまします……」
 それでも特に気にせず膝を貸す千百合と、もう終始顔を赤らめながらちょこんと着膝する日奈々。香りだけでなく、薔薇の花が背景に見えるようだった。しかも、
「千百合ちゃん……ぎゅって……して?」
 更に日奈々からの要求は続いていた。
「うん、いいよっ」
 そのうえ千百合ももうなんの抵抗も躊躇もなく、腕を自然に回して、ぎゅっと日奈々を抱きしめていた。
 そして日奈々は、自分の頬に相手の頬から伝わるあたたかさを、自分の背中に接する豊かな胸の弾力を、そして自身の胸やお腹に触れる優しい腕を、確かに感じとっていた。
「千百合、ちゃん……」
「日奈々……」
 互いの名を呼び、身体を更に寄せ合っていく。
 完全にふたりの世界を堪能していた。
 が――

 ごくり…… 

 それはほんの微かな、つばをのむような音。
 山積みにされた手桶のほうから聞こえて来たそれが意味するものに、千百合は即座に気がついて。
「なぁに、覗いてんだぁーー!!!」
 コンマ一秒後には叫び、同時に右腕も反応させて遠当てを放ち(左腕はしっかり日奈々を抱きかかえている)、手桶の山もろともそこに隠れていた不届き者をぶっ飛ばした。
「ぐわあああ! し、しまった。あまりにピンクな光景に、気を緩めちまったぜ」
 その攻撃を受けてよろめき、湯の中へと転落するショウ。
「ごぼがぼ……げっほ、げほ……ん?」
 危うく溺れそうになりながら、がばっと顔を上げると。
 はた、と。秘湯堪能中のアリアと目があった。
「きゃ――――――――っ!」
 両手で胸元を隠して恥じらい、上がってきたショウと反対に湯に潜るアリア。メイベルも慌てて湯の中に身体を隠し。歌菜はラキシスと忍を自分の背後に隠しつつ、自身もろとも一緒にお湯に飛び込んでいた。
 唯一攻勢に出たのは真菜華。彼女は転がってきた手桶を、全力で振りかぶってー……
「えーい、行くよ! マナカアタックぅー!」
 投げた!
 ショウの背中に当たった!
 ショウはもんどりうって勢いよく倒れた!
 そこにまた千百合の連発遠当てが追い討ちをかけた!
 更に悲鳴を聞きつけたセシリアとフィリッパが駆け込んできた!
 すぐさまふたりに引っ張っていかれ制裁されてとんでもない目にあうショウだった!
 ……という流れを、見学していた小夜は、
(やれやれ……やはりこうなってしまいましたわね)
 助けないよう言われているので何もせず、ただ生きて帰れることを祈っていた。
「ふふ、ある意味覗きは温泉の醍醐味だよね」
 隣の透乃は、大して気にした風でもなく笑いながら、
「ま……覗くなら、あれくらい正面から挑まないとねっ」
 洞窟の壁にいつの間にか出来ている小さな穴に向かって、ぴゅっ、とお湯をかけた。

「あづっ! 目が、目がぁー!」
 苦心の末に完成させたらしい穴から覗いていたシュレイドは、もろにその湯がかかってもだえ苦しんでいた。
「おい、まだのぞきやってたのか?」
 いい加減呆れ顔になりつつ、たしなめようとするレイディスだったが。
 今度はそれよりも先に、つい先程入って来た譲葉大和(ゆずりは・やまと)が動いた。
「俺の嫁の肌を見ようなんていい度胸ですねぇ……俺もまだ見たことないというのに……食らえ! 俺の悲しみの嵐! サンダーブラスト!」
 愛する者への想い(と、わずかな邪の感情)の篭った雷が、シュレイドに容赦なく襲い掛かっていく。
「なんの! 俺の覗きへの執念はこれくらいじゃ砕けないぜ!」
 しかしてレイディスの方もひょいひょいとその雷を回避していき、しかもたまに当たって感電しても、覗き穴からつかず離れずの位置で踏ん張り続けていた。
「歌菜は、俺が守る!」
「覗き穴は、俺が守る!」
 そうしてなんとも奇妙な意地の攻防を繰り返すふたり。
「はは、負けるなーのぞきの勇者―。そっちの人も、雷を温泉に落とさないよう頼むぜー」
 それを笑って声援を送っているのは、透乃のパートナーである霧雨泰宏(きりさめ・やすひろ)
 こちらも透乃同様に、持ち込んだ酒で一杯やりつつゆっくりくつろいでいた。
「ああいうのが、後に青春時代のいい思い出になるんだろうな……ま、私はやらないけど」
 呟き、雷が飛び交う光景を肴にもう一杯やる泰宏。
 平和なひとコマであった。