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ホワイトデーはぺったんこ

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ホワイトデーはぺったんこ
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山葉 涼司(やまは・りょうじ)からのホワイトデーのプレゼントじゃ、遠慮なく食べてくれ。そこのたっゆんの女子、さあ、受け取るのじゃ」
 蒼空学園の廊下を、小柄な山葉涼司が、おもちゃの袋から取り出した小さな袋を配って走り回っていた。袋には、お手製らしいエメネアやホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)のシールが貼ってある。それにしても、この山葉涼司……不気味である。どう見ても、貴様は新種のゆる族かと言いたくなるような山葉涼司の顔をした被り物を被っているだけで、フードつきのマントの下の身体はぺったんこの女の子の物であった。
 一通り配り終えたところで、偽山葉涼司は蒼空学園の屋上に戻ってきた。
「ジーク、ぺったんこー」
 息苦しかったわいと被り物を脱いだ大ババ様ことアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)を、日堂 真宵(にちどう・まよい)が讃えた。
「うむ、そちらの準備はどうじゃ」
 満足気に、大ババ様が日堂真宵に訊ねる。
「はい、準備万端、配下の者にも、赤いキャンディを配るように命令してあります」
 努めてうやうやしく、日堂真宵が言った。誰が配下の者だというパートナーの叫びが聞こえてきそうだが、幻聴は無視する。
「できれば、あのたっゆんな十二星華どもにも食べさせたいところですが、ここにはいないようですし……。残念ですよね、大ババ様」
「うむ。だが、この悪戯書きの恨み、存分に蒼空学園のたゆんたゆんに晴らしてくれようぞ」
 そう言うと、大ババ様は、額に残る悪戯書きを指さした。魔女の短衣からのぞく脇腹のあたりにも、消えきっていない文字の跡がうかがえる。
「大丈夫です。同志は集まりつつあります」
 キランと目を輝かせて、日堂真宵が告げた。
「よかろう。たゆんたゆんに鉄槌を!」
「ぺったんこに栄光あれ!」
 人気のない屋上で、二人はない胸を張って叫んだ。
 
    ★    ★    ★
 
「主よ、その姿はどうしたのだ!?」
「えーっ、黒子ちゃん、あたしがどうかしたあ?」
 驚くフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)の表情に、秋月 葵(あきづき・あおい)はちょっとぽかあんとした。
 ホワイトデーのお返しがあるからという山葉涼司のチェーンメールを受け取って蒼空学園にやってきたのだが、どうにも様子がおかしい。自分がいるのは高等部のはずなのだが、なぜか初等部の生徒らしい子供があちこちをうろうろしている。黒子も、それに気づいたのだろうか。いや、それ以前に、何か視界がおかしい。なんだか、全体の縮尺が変だ。
「どちらかというと、黒子ちゃんの方が急に大きくなった気がするよー。どーしたのー」
「どうしたではない。鏡を見て……いいや、自分の手を見て」
「えー?」
 黒子に言われて、秋月葵は自分の手を見てみた。なぜか、幼児の手が見える。
「あれ? あれあれ?」
 驚いて動いたとたん、ずるりと服が脱げた。
「あーん、胸がなくなってるー」
「安心していい。それは、最初からだ」
 黒子が、容赦のない言葉を吐く。
「はだか、いやー」
「とにかく、なんとかしよう」
 べそをかく秋月葵を服ごとひっかかえて、黒子はとりあえず購買をめざした。幼児用の服その物がなくても、何か身をつつめる物ぐらいはあるだろう。
 ところが、購買は黒子の想像を上回っていた。
 なぜか、バーゲンワゴンがおかれていて、そこに半裸の子供たちが群がっている。ほとんどが十歳以下の子供たちだ。ワゴンには、簡単な作りの典型的な園児服や、フリーサイズの驚きの伸縮自在のパンツなどが山積みにされていた。
「あーらよっと。いらはいいらはい、毎度おなじみ便利屋・ロックスター商会だよ。今日は蒼空学園保育部用の園児服が特売中だー」(V)
 バイトなのかは知らないが、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がワゴンで売り子をしていた。
 それはいいとして、着る物が手に入るのはありがたい。
「とりあえず、年少用の園児服を買ったから、これを着て……」
 ワゴンで買ったばかりの園児服を広げて、黒子が言った。
「きちゃちぇてー」
「ああ、もうしょうがない!」
 ちっちゃな手をさしのべる秋月葵に、黒子は観念して買った服を着せ始めた。
 
「なんだって、購買でこんな物をバーゲンしているんですかね。そうは思いませんか、アズサ……、ええっ、あなた、誰ですか?」
 購買の騒ぎを目にしたカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)は、隣にいたはずの佐伯 梓(さえき・あずさ)に声をかけようとして目を丸くした。
 縮んでいる。
「あのねー、赤い飴なめたらねー、こーなったのー」
「いったい、なんでこんなことに。うーん、怪しいですね、このタイミングのよさ。誰かが何かを仕組んでいませんか」
 そう言うと、カデシュ・ラダトスは腰にぴったりとくっついた佐伯梓を引きずるようにして、購買のトライブ・ロックスターに詰め寄った。同じことに気づいたらしい黒子も、同様に近づいてくる。
「えーと、さる方からアドバイスをもらってだなあ……」
 トライブ・ロックスターの返事はどうも歯切れが悪い。なんでも、一人の魔女が、今日は子供服が売れるから大量に仕入れておけとアドバイスしに来たのだと言う。売り上げの一割をコンサルタント利用として払うという約束を、文字通り力ずく魔法ずくで無理矢理約束させられたのだ。当然、信じてはいなかったのだが、結果は大繁盛で笑いが止まらないというところだった。そのため、急遽、初等部や保育部の購買に協力を仰いで、子供服をそろえたということらしい。
「こんなことをするのはただ一人……」
「大ババ様ですー」
 イルミンスール魔法学校の学生である、カデシュ・ラダトスと佐伯梓は確信した。
「しゅごーい、あたちもほしーい」
「とにかく、大ババ様を捜しますか」
 はしゃぐ秋月葵に、黒子がやれやれと溜め息をついた。
 
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「というわけだ、本人たちは喜んでるから気にするな。じゃあな」
 山葉涼司に電話を入れた百々目鬼 迅(どどめき・じん)は、そう言って通話を切った。パートナーたちがなにやら縮んでしまったのだが、原因は山葉涼司からもらったキャンディらしい。
 さすがに、山葉涼司に本気で害意があるわけではないだろうから、たんに彼の不幸属性が呼びよせた災難なだけだろう。まあ、災害にならなければいいと思うのだが。
「誰が喜んでるんだよう」
 激怒しているシータ・ゼフィランサス(しーた・ぜふぃらんさす)が、百々目鬼迅にキックをかました。
「いたたたた、こら、よせ」
 獣っ子の両足をつかんで逆さ吊りにして、百々目鬼迅は言った。
「はなせー、はなせー」
 シータ・ゼフィランサスが空中でじたばた暴れる。
「あーん、暴れると服が脱げちゃうよー」
 同じく幼児化したネロ・ステイメン(ねろ・すていめん)が、逆さ吊りのシータ・ゼフィランサスにだきついておとなしくさせた。
「せっかくだから、ちっちゃくてもできること考えよおよー」
「ちっちゃいと、何もできねーよー」
 おとなしくなったのでやっと下に降ろされたシータ・ゼフィランサスが、ぐすっと洟(はな)をすすりあげて言った。まだ怒りが収まらないのだが、しかたなくネロ・ステイメンとお揃いのパンツルックをこそこそと穿き始める。
「そうだな。ちっちゃいといいこともあるぜ、ほら、映画が学生料金じゃなくて子供料金で観られるとか」
 目のつけどころがいいだろうと、自慢げに百々目鬼迅が言った。
「映画?」
「映画見るー。『ざんすか対じゃた、史上最小の決戦』みたーい」
 百々目鬼迅の言葉に、二人が興味を示した。
「よしよし、じゃあ、ツァンダ名画座に行こうな」
 左右の手をパートナーたちと繋ぐと、百々目鬼迅は蒼空学園の外にむかって歩きだした。
 
「そうか、山田涼司、奴が重要参考人、いや、もうほとんど犯人ということだな」
 百々目鬼迅の電話を盗み聞きした樋口 戒(ひぐち・かい)が、腕を組んだまま何か思うように言った。
「山本よ」
「いえ、山葉涼司です」
 訂正するユリヤ・グリシン(ゆりや・ぐりしん)を、さらにクロウリー著 『法の書』(くろうりーちょ・ほうのしょ)が再訂正した。
「その山なんとかを捕まえるんだ」
 そいつを犯人として絞りあげて、被害者たちを元に戻す方法を聞きだせば、百々目鬼迅はヒーローだ。そうすれば、元に戻ったたっゆんな女の子たちの感謝はすべて百々目鬼迅の物となるだろう。
「この事件、みごと俺が解決……むぎゅっ」
「どいてどいて!」
 フッとポーズをとった百々目鬼迅であったが、廊下の真ん中に突っ立っていたところを突然後ろから突き飛ばされて床に倒れた。その上を、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が踏みつけて走り去っていく。
「テロリストは、クイーン・ヴァンガードであるナナ・ノルデンが吹っ飛ばします」
「ナナ、今何か踏まなかった?」
「細かいことはいいの。いい、これは訓練じゃないのよ。大事なことだから繰り返すわよ、これは訓練じゃないのよ。なんとしても、山葉涼司を捕まえて、女の子のためのイベントを守るんだから。まったく、なんで蒼空学園も校長不在のときに限ってこんな事件が起こるのかしら」
「うーん、そうなんだけどー」
 はたして、女子をみんなぺったんこにして、山葉涼司にメリットはあるのだろうかとズィーベン・ズューデンは首を捻った。もっとも、彼が重度のロリコンならうなずけるわけではあるが。
「たっゆんもぺったんこも、ナナぐらいがちょうどいいのになあ」
「何か言った?」
「いや、その、早く捕まえようよね」
 あわててごまかすと、ズィーベン・ズューデンはナナ・ノルデンを追い越して走りだした。
「ふむ、第一容疑者は山葉涼司と。おや、こんな所に新たな死体が……」
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、廊下に倒れている百々目鬼迅を見つけてメモをとった。
「まだ生きてます」
 しゃがんでツンツンとつつきながら、法の書が言った。
「ダイイングメッセージは無しと」
 風祭優斗がメモに追記する。
「あなたも、事件を調べているのね。しかたない、手を貸しますよ。さあ、名探偵、起きてください」
 そう言うと、ユリヤ・グリシンは倒れている百々目鬼迅を立ちあがらせた。
 
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「お聞きください、皆様。此度のこの騒ぎ、すべては山葉涼司という者の仕業」
 全身を包帯でグルグルにしたいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が、蒼空学園のエントランスにミカン箱で作った壇上から学生たちに呼びかけた。
「この僕にかような暴力をふるったのも、すべてあの男なのです」
 嘘である。
 いんすますぽに夫が現在のような姿となったのは、イルミンスール魔法学校の大浴場で、ぺったんこやたっゆんを大量に目撃したからだ。
 それゆえに、いや、それだからこそ、桶を投げつけられもせず、あまつさえ女子から大量のチョコレートをもらったという山葉涼司許すまじ!
「僕は、桶しかもらったことがないのに、あの男は大量のチョコを……。いやいやいやいや、さあ、すべての者たちよ、今こそ、だごーん様に祈るのです。さすれば、すべてのたっゆんはあなた方の物です。あ、どもども、これ、入団パンフレットです。どうぞお持ちください。あ、そこのあなたも、これをどうぞ……」(V)
 のりにのって熱弁をふるういんすますぽに夫は、せっせと教団のパンフレットを配っていった。
 
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「うわーい、おもしろーい」
「こらー、逃げるな!」
 きゃっきゃっとはしゃいで逃げまくるチビ山本 夜麻(やまもと・やま)を、ヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)はドスドスと地響きを立てながら追いかけた。
「ぜいぜい……。いったい何が起きてるんだ」
 やっとのことで山本夜麻を捕まえたヤマ・ダータロンは、彼を小脇にかかえて荒い息をついた。巨大な二足歩行のカバの姿のヤマ・ダータロンとしては、体型的に全力疾走はきつい。
「うがっ、みんなだぼだぼの服の半脱ぎ状態で、天国……のわけねーだろがあぁぁぁ」
 思わず、天井を見あげて大口を開けながら、ヤマ・ダータロンが魂の叫びをあげる。
「ふざけるなあぁぁぁ。俺様に幼女趣味などないわぁぁぁぁぁ。返せー、俺様のプリンプリンの太腿を返せぇぇぇぇぇ!!」
 魂の叫びが、蒼空学園の窓ガラスをビリビリと震わせた。
「こんなことをするのは、きっと大ババ様だよねー。誰か、見かけたって言ってたしー」
「なんだってぇ!」
 かかえられたままじたばたする山本夜麻の言葉に、ヤマ・ダータロンが再び三度叫んだ。
「見た目はこどみょ、ちょのーは、おとにゃん」
 山本夜麻が、自慢した。
「いや、今はどっちもガキだろ」
「かばかいじゅー、かばかいじゅー」
「ああ、もう、とにかく。こんなとをするなんて、たとえ大ババ様でも許せねえ。おっぱいは大きさじゃねえ、形だ、美しさだ。たとえ、ぺったんこだろうがたっゆんだろうが、美乳ならいいんだ。行くぞ、それを教えてやるぜ」
 怒りに燃えたヤマ・ダータロンは、怒濤のごとく突進していった。