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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

リアクション

「まっててファーシー。過去の真実を知り、移植できる体を見て、なお貴女が死を選ぶなら止めないけど、選択に必要な情報を得る前に安易に死んではいけない」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と共に、役所らしき所を調べていた。途中まで一緒だったルミーナと生徒達も、地図にあった住居と思しき建物を手分けして探索している。
 ただ、3人の居る建物は他とは一風違っていた。他の住居の入口が普通の家の玄関サイズであるのに対し、ここの間口は広いのだ。子供を連れた家族連れが、並んで入れるほどの余裕がある。
 初めは何かの店かと思ったが、中に入ってみて驚いた。カウンターらしき石机の奥には、足の踏み場がないくらいに紙が散乱していたのだ。一枚拾ってみたところそれは紙ではなく動物の皮を加工したもので、それぞれ字が書いてあった。ザカコとダリルが博識で解読すると、そこには人の名前らしきものと経歴があった。更に調べると、種族に関わらず、この都市の住民のデータがここに集まっていることが判明した。
 ということで、3人はルヴィ・ラドレクトとファーシー・ラドレクト(恐らく同じ姓を使っていたはずだ)の住民データを探していた。ルヴィに関しては行く末の記録、ファーシーに関しては身体の構成記録が分かれば良いと思っていた。
「未来は、自分で選択するべきなの」
 衛生科の友人に連絡を受けてメンバーに加わったルカルカだったが、道中でザカコと環菜、ルミーナに話を聞いてすっかり感情移入してしまっていた。何としてもルヴィの手掛かりと、ファーシーの機体修理の一助になる部品、もしくは代わりが欲しい。
「5千年前の跡地なんてそうそう出会えないのでじっくり探索したいですが……そうも言ってられませんね」
 ザカコは特技の資料検索を博識と併用して、情報を探していた。上の階も同じような状態だったのだが、そちらは既に調べ終わっている。その際に職員のものらしき遺体があったので、彼はそれを1階に安置してから、改めてデータを確認していた。
「油断はしちゃダメよ。モンスターがいつ出てくるか分からないんだから、手早く探すの!」
 一生懸命なルカルカを見て気を引き締めつつ、ザカコはダリルに話しかけた。
「ダリルさんは、今回の件についてどう思いますか」
 ルカルカと皮紙をチェックしながら、ダリルは少し考えて口を開く。
「俺達剣の一族も、兵器に組み込まれた思考と考えてる。その意味、人よりは機晶姫に近い。思考ルーチンに割り込まれると容易に行動も制御されてしまう。以前の額飾りが良い例だ。……人はそれを洗脳というが、俺達は人間とは違う『モノ』でもある。それが現実で、事実だ」
「……ダリル?」
 彼の言葉に、ルカルカの動きが止まった。哀しそうな表情をする彼女と視線を合わせ、ダリルは安心させるように静かに言った。
「だがそれでも、自分という意思があり、継続できる状況ならば、そこにこそ価値がある。
それは、自然発生の命にも、作られた存在にも共通の価値だ」
「……心に、区別は無いってことだね」
 自然に笑うルカルカ。
「そうだ。ファーシーは、自らを守らなければならない」
「そうですね……」
 辛い事だと思うが、ファーシーにはルヴィが死んだ事を教えなければと思う。ただ、その人が本当に消えるのは、その人を憶えている相手が居なくなった時。
ファーシーが想える限りルヴィや仲間は生きている。
 ザカコは、それを伝えたかった。
「……ん?」
 資料検索をしていた彼の手に、今までとは違う感覚が触れる。引っ張り出して解読してみると――
「ルヴィ・ラドレクト……」
「え!?」
 ルカルカとダリルが近付いてくる。最後の行に目を凝らして読むと、皮紙にはこう書いてあった。
『戦地、アストレアに出征――』

「ファーシー君の身に起こったこと――『魂が銅板に移った原因』が不明な以上、同様の事が我々の身にも起こらないとも限りません。近隣に生息しているであろう魔物以外にも、我々に悪意を及ぼす存在を警戒した方が良いでしょう」
 ホウ統 士元(ほうとう・しげん)の言葉に、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は頷いた。犬のハヤテは、くんくんと鼻をひくつかせながら前を歩いている。ここに来る前に、ファーシー本体の匂いを嗅がせてみたのだが、効果はあるだろうか。何しろ、5000年前の遺跡だ。匂いが残っているかどうかは怪しい。
(ルミーナさん……)
 殺気看破を展開しつつ、隼人はルミーナから目を離さないようにしていた。菊の作った地図と住居に繰り返し目を遣るルミーナは、周りが見えているのかどうかも怪しかった。それこそ、魔物が来ても気付かないくらいに。やはり彼女は、ファーシーの身の上のことで、かなり思い詰めているようだ。
「大丈夫ですよルミーナさん。きっと、全てが良い方向に進みますよ」
「風祭さん……」
 顔を上げ、ルミーナは隼人に微笑んだ。
「そうですわね……ありがとうございます」
 その笑顔があまりにも弱々しくて、無理をしているのが見えていて、隼人は胸が痛くなった。何としても、辛い目にあったファーシーやルミーナが幸せになれるような何かを見つけ出したい。
 その時、ハヤテがある家の前で吠え始めた。他の家と、特に何が変わるわけでもない平凡なたたずまいをしている。
「どうした、ハヤテ。この家に何かあるのか?」
「これは……」
 家を見上げて目を見開くルミーナ。2階部分の土壁に紋様が刻まれている。これは、他の住居にもあったものだ。だが、それぞれ隼人には見覚えが無かったが、彼女には心当りがあるらしい。
「似ていますわ。銅板に彫られていたものと……」
「ファーシーさんに、ですか?」
「はい。半分しか見たことはありませんが、間違いありません。この紋様は、何でしょうか……」
 そのまま思考に沈もうとするルミーナを、隼人はそっと促した。
「中に入ってみましょう。何か手掛かりがあるかもしれません」

 その頃、弁天屋 菊(べんてんや・きく)は図書館らしき場所で現存する書物を博識でチェックしていた。『らしき場所』というのは、中が崩れた本棚の残骸だけで、家具のようなものが見受けられなかったからだ。書物の数も極端に少なく、殆ど残っていなかった。
 ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が、壁をなぞりながら言う。
「弾痕がいっぱいあるね。遺体の数も他より多かったし、集中的に襲撃されたみたいだよ」
「図書館だってのに、乱暴だね。本が駄目になるとか考えなかったのか?」
「いや、戦争だし……」
「だからこそ、この地の戦法や文化は知っておきたいはずだろ? 今後の戦いで有利になるだろうにさ。いや……」
 菊は本を繰る手を止めて何事かを考え込み――そして、言った。
「本自体を処分したかったのかもしれないね」
「え?」
「この本の少なさは異常だよ。資料として敵が持ち帰った可能性もあるけど、遠慮なく攻撃してるあたり違うだろうし、それしか考えられない。多分、無事に残った資料も後で処分したんだろうぜ。でも、そうなると……」
 残っている本を開きながら、言う。
「あたしが知りたかったことは、分からないかもしれないね」
 菊は、5000年前の古地図を探したかった。ただの地図ではない、ツァンダ、ヴァイシャリー、ヒラニプラ、ザンスカール、タシガン、そしてキマク。これらの現在栄えている都市とは全く違う場所にどんな都市があったのか。あるいは、施設や工場があったのか。
 その地図があれば、次のお宝探しにも利用でき、尚且つ知り合いを助けることも出来るかもしれない。最近、ある人間の精神状態によって街が崩壊するなどという噂がある。当時の地図があれば、少しは手掛かりになると思ったのだ。
「そうだね、ガガも、この地を攻めた勢力を確かめたかったんだけど……」
 ファーシーの言うように、本当に敵は鏖殺寺院だったのか。外国勢力かもしれないし、実はここが鏖殺寺院側の勢力で、女王側から攻め込まれたという可能性だってある。
 ただ、ファーシーが知らないだけで。
「とにかく、片っ端から調べていくしかないね。集合までに読みきれなかったら、集めて持っていけばいいだろ。今んとこ、小説とか絵本とかそんなのしかねえけど、何か掘り出し物もあるかもしれないし……これはパズルの本だね……ん?」
「どうしたの? 何かあった?」
「いや、これ……当時のおもちゃのブロックを使ったパズル本みてえなんだけど……おかしいな。組み立てたら、人型になるんじゃ……」
「まさか、機晶姫の製造方法?」
「わかんねえ。仮にそうだとしても、こう、絵ばっかりじゃ役に立ちそうにないけど……一応持っていくか」

 ハヤテが見つけた住居には、ルミーナと隼人、士元の他にヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)も入っていた。
「せっかく拾った命、ファーシーちゃんにはしっかりと生きて欲しいわ」
 ヴェルチェはトレジャーセンスと博識、特技の捜索を使って1階を調査していた。他の住居も探索したが、ここは他の家とは若干趣が違っていた。床に落ちている遺体や壊れた生活用品もなく、石造りのテーブルや椅子も倒れないで置かれている。留守にしていた家主が、いつひょっこり帰ってきてもおかしくないような、そんな気がしてしまう。
 もっとも、この家の状態は決して不自然なものではないのだろう。恐らく敵も、踏み込んだもののこれ以上ないほどの留守っぷりに撤退したのだ。
 今日の目的は、ファーシーに生きる希望を与えるような物を見つけることだ。もしかしたら、ファーシーへの伝言が紙媒体等の何らかの方法で残されているかもしれない。マスターであれば、彼女の機体や装備の設計図などを保管している可能性もある。
まあ、お宝の捜索も忘れないけれど。
「なんかこの辺があやしいわね」
 整理棚の中央あたりの引き出しが第六感に引っ掛かり、開けてみる。スプーンやナイフなどの食器類の段。銃器の段。鍵付きの段――
 ヴェルチェは鍵をピッキングで開けると、中を改めた。入っていたのは、簡単なメモと召集令状のようなものだった。間違ってファーシーが見ないように鍵付きの棚に入れたのだろうか。博識で文字を読むと、そこには戦地の名前と、場所。そして――。
「……やけに近いわね。古王国を挟んだ山の麓、か。で、この紋様は家紋なのね」

 2階の明かりとりの前に立ち、ルミーナは涙を流していた。部屋に入った瞬間、ファーシーが思い出として持っていたルヴィの記憶が流れ込んできたのだ。操られていた時も、彼女との接続が切れた後も、そんな映像は見えなかったのに。
 脳のどこかに隠されていたように、一気に彼女の想いが溢れ出す。
 一緒に食事をしたこと。
 一緒に笑ったこと。
 喧嘩をしたこと。
 その全ては、ルミーナが受け入れられるだけの許容量を超えていた。
「わたくしには何も出来ません。ただ涙を流すことしか、出来ることはありません。それなら、この記憶は何のために頂いたのでしょう? ファーシーさん達の大切な思い出を覗く権利など、誰にもありはしないのに」
 隼人は、彼女の隣に立って、外を眺める。
「ルミーナさん……そんなことはありませんよ。ファーシーさんの生きた時代の記憶を共有できるのは、彼女にとっては心の助けになるはずです。誰1人知っている人間がいないこの世界で、思い出話に花を咲かせられる。それだけは、俺達ではどうにもできません。そういう相手も、ファーシーさんには必要なんです」
「風祭さん……」
 ルミーナは、隼人の胸に額をつけた。内心大いに慌てたが、隼人は何とか動かなかった。全身が緊張する。
「ごめんなさい。今だけ、今だけですから……」
 そんな2人をおやまあと思いながら、士元は探索を続けていた。ここに来る前に隼人は言っていた。ルヴィの日記を探したいと。
ルヴィが既に亡くなっていたとしても、その想いはファーシーに伝え、心に残してあげたい。ファーシーが今後進もうとする道を考える上で重要な道標……生きていく上での『希望』になるだろう。また、銅板がファーシーに渡された意味を示す物、それに関連する物があれば、それも持ち帰りファーシーに渡してあげたい、と。
(私としては、機晶姫製造の研究書とかに興味があるのですが……)
 隼人をこき使うつもりだったのに自分がこき使われているようで釈然としないが、まあ仕方ない。あとで礼として別件でこき使ってやろう。
 とりあえず机周りの書物を調べる。5000年前の住居とは思えないくらい、状態が良かった。
(この現象は、ファーシー君が魔に犯されて復活した事に関する原因に関係しているのですかね……?)
 博識で内容を確認していく。何冊か引っ張り出したところで、士元の手が止まった。
「これは……」
 中身を確認して、士元は言う。
「お望みのものがあったようですよ。隼人君」