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リアクション
炎毛狼を食い止める策の一つを、村の中から展開しようとしている生徒が居た。
「移動させるだけで良いんです。作業は続けてて貰って構わないんです」
「どういう事ですか?」
手だけは止めないまま、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は煮立った香生草をかき混ぜながらに清泉 北都(いずみ・ほくと)に問いた。
「炎毛狼が香生草の香りに誘われて来たのなら、そのまま別の場所へ移動させる事で、狼たちを誘導できると思うんですよねぇ」
「なるほど、確かに… それは一理ありますね」
「やってみても良いですかねぇ」
「構いませんが、具体的には、どうされるおつもりですか?」
「北都、やはり川上に運ぶのが適策かと思われるが…… ん?」
北都のパートナーであるクナイ・アヤシ(くない・あやし)が言いながら駆け込んで来た事で、彩蓮にも笑みを浮かべさせていた。
「なるほど、私が了承しなくても、実行するつもりだったと言う訳ですか」
「直ぐに動けるように準備していただけですよぅ。そんな、勝手に動くなんて、しないですよぅ」
「ふふ、そういう事にしておきましょう」
クナイの白馬が、大釜を乗せる荷台を引いているのを見つけた時、北都たちの芯を見たような気がして。彩蓮は吐息と共に作業台から降りてきた。
「協力はしますが、私は手を止めませんよ。解毒魔法を使い続けている方の疲労を考えれば、塗り薬は必ず必要になりますから」
「もちろんです。振動なしで運ばせてもらうよぅ。ね、クナイ」
「えぇ。それはもう、水面に一つの紋も見せずにお運び致します」
「♪ お願い致します」
移動の準備を2人に任せながらに、彩蓮はデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)に葉の包みを手渡した。
「調合済みの薬です。今回は、これだけしかありませんが」
「…… 引き受けた」
子守袋にも似た布の中に優しく、そっと。
デュランダルが軍用バイクを走らせて川原へと向かった時、川原での防衛ライン最前線には樹月 刀真(きづき・とうま)と神代 正義(かみしろ・まさよし)が立っていた。隣り並び、足首までを水に浸し立ち、対岸を睨みつけていた。
「………………」
「………………」
仁王に立ちたまま。
刀真はバスタードソードを。正義は高周波ブレードを握りしめている。
「………………」
「……………… おぅ……」
無言に耐えられなかったのは、やはり正義であった。
「銀髪の君、言葉を吐く事なくに呼吸が出来るとは… 恐れ入るな」
「銀髪の…… ?」
「正義!! 真面目にやりなさい!!」
「んなっ! 愛ちゃん、どこから…」
後方の川原から、だいぶ後方から。ヴァルキリーの診察に務める大神 愛(おおかみ・あい)が放ってきた言葉に正義が振り向いた瞬間−−−
「…… 来た」
弾けたように刀真が跳び出した。
機を見極めるように、水面に向けては動きを見せなかった炎毛狼が、ゆっくりと歩みを始めていた。
川底を蹴り駆ければ、すぐに太股が浸ってしまう程で。そこに至るより前に刀真は一気に跳んで深部を越えた。その感触があまりに容易に思えて、炎毛狼が動き出したのも理解できた。
一人対岸に渡った刀真は群の中を駆け抜けた。
川を跳び越えようとする炎毛狼を斬りつけ、氷術で足を凍らせては、文字どおり足止めの役を果たしていった。
駆けながらに靡かせるブラックコートには香生草の匂いを染み込ませているため、多くの炎毛狼を引き付けるのには成功していたのだが。
「向かい来るか… 迷える狼たちよ」
跳び越えた刀真に触発されたのだろう、2体の炎毛狼が川を跳び越えるべく駆け来て…… 跳び越え上陸した。
「パラミタ刑事シャンバラン! ここから先は一歩も通さん!」
お面を瞬着すると、向かい来た狼を斬りつけた。2体目の狼には体ごと当たっていった。
ブラインドとしていた。飛びゆく正義と狼が過ぎた時、既に漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の銃構は整っていた。
2体に続けと駆ける炎毛狼の足元を狙撃して牽制した。今ならば牽制で抑えられる、無鉄砲な狼だけが越えようとする今の水位ならば。
「… 来るな」
対岸では刀真が駆けているのが見える。ただ一人、集まってくる狼たちの相手をしながらも正気を保っているようだった。
「大丈夫、みんなを護る為に戦うんだもん、大丈夫…」
過去に幾度か見た。戦う中で我を忘れ暴走する刀真の姿を。それでも今は。
「刀真、頑張れ」
月夜の瞳が刀真の背を追った時、秋月 葵(あきづき・あおい)の瞳も同じを見つめていた。
「一人で行くなんて、大変な事になっちゃうよ、きっと」
「そうだね、ボクたちも急ごうか」
同じく同じを見つめる御陰 繭螺(みかげ・まゆら)が袖をまとめながらに、を見つめて葵が声を弾ませた。
「おっ、繭螺ちゃん、やる気だね〜 色っぽいよ〜」
「えっ、あっ、そんなボク、そんなつもりじゃあ」
繭螺は赤らめた顔を隠すように足早に歩み出したのだが、それがまた、まぁ可愛らしかった。
「よぉし、エレン、黒子、可愛らしさでも負けないように頑張ろうね」
「かっ、可愛らしさっ、ですか?」
「バカなこと言ってないで、行きますよ」
慌てたままにエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)はフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)を追い駆けた。
「行くよ、エレン!」
「はい! お願いします!」
葵とエレンディラは吐く息も吸う息も合わせると、対岸の上空に向けて氷術を放った。
「上出来だ!」
「えぇ、『無銘祭祀書』っさんっ、お願ぃします!」
噛みそうに、いや、確実に噛みながらに名を呼んだ繭螺と呼ばれた『無銘祭祀書』は同じ上空に火術を放った。
先の氷術に火術が当てられる。空中で熱り溶けた氷塊が滴となって降り注ぐ。そう、まるで雨が降ってきたかのように。
雨に、降り注ぐ水に怯んだ炎毛狼を見つめて、
「やれやれ……」
と雫したアルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)は、
「予想以上の出来じゃのう」
と雫すを続けると、川面に向けて氷術を放ち凍りの道を造り上げた。
「まだまだ行くぞ」
氷術を続けて幅を拡げた。それが橋の如く幅になると、アルカリリィを含めた一行は動きを一斉に止めた。
身を伏せ、一切の動きを止めた。存在を消すように、狼たちの警戒を解くように。
造られた雨に弱った狼たちは、少しずつに橋への歩みを始めていた。
「… 1度に数を稼がせて貰おうぞ…」
少数ながら群れと呼べる程に炎毛狼が渡り来た時、アルカリリィと繭螺、そして『無銘祭祀書』の3人が放った火術が氷橋を一気に溶かした。
群れた炎なる狼は、次々に川中へ落下していった。
歓声が沸いた!!
氷橋が崩れる音は、治療に当たっていた生徒たちの視線も一度に集めた。それは対岸に見えていた炎毛狼の半数近くが川中に没する瞬間だった。
「…… やれやれ…… かなり、リスキーだったがのう」
策を成功させた一行は顔を見合わせて喜びを交わした。
終わった訳ではない。それでも川原の戦いにおいて、勝ち星を挙げたと言える成果を皆であげたのだった。
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