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リアクション
第1章 アッサシーナ・ネラとは!?
「ばっきゃろー!」
黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が叫ぶと、ガッシャーンという机が倒れる音がして、にゃん丸に殴られた生徒の一人が、床に倒れ込んだ。
「そ、それは」
言いよどむ生徒に苛立つにゃん丸。
「真珠がアッサシーナ・ネラだと、いい加減なことを言うな! クラスメイトを信じないでどうする!」
「お、お前だって、真珠がアッサシーナ・ネラじゃないって証拠があるのかよ!」
生徒が言い返すと、その場の空気が険悪なものになった。
「やめておけ、にゃん丸」
弥涼 総司(いすず・そうじ)が途中、空気を察して止めに入る。
「ちっ」
殴られた側の生徒が舌打ちするのを、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は聞き逃さなかった。
「そちらも悪いのですよ!」
ぴしゃり! と長く美しい黒髪を後ろで束ねた翡翠は言い放つ。
「幾ら転校してきて間もないとは言え、明確な証拠も無いのに級友を疑うなど、疑わしきは罰せずという言葉を知らないんですか…!」
「な、なんだよ」
生徒もバツが悪そうな顔をし始める。
「確かにな…とはいえ、藤野姉妹が『アッサシーナ・ネラ』に関係していない、とは言い切れないぜ」
総司の言葉ににゃん丸も唇を噛みしめる。にゃん丸の脳裏には恥ずかしそうに微笑む真珠の姿が浮かんだ。
(あんな綺麗でかわいくて…優しい子が、暗殺者なわけねえよ…!)
「確かに総司様の言う通りです。真珠様も家に引きこもっているだなんて、自分の殻に閉じこもっているようなもの…。自分から疑いを晴らすべきです!」
「私もそう思うわ。だけれど、噂はすでに広がっている。ここで真珠さんが出てきても、針のむしろでしょう。噂はほっておいては広がるばかり。私たちは真珠さんと友達です。それを食い止めて、誤解を無くしていくことで、真珠さんも学校に出てきやすくなるでしょう。それにみんなに話を聞いているうちに、なにか真犯人に繋がる事実がでてくるかもしれません」
北条 円(ほうじょう・まどか)がそう口にする。
「そうだな。それなら、オレたちは真犯人に繋がるヒントがないか、探ってみるぜ。おい、にゃん丸さんよ、お前も力を貸せ」
と、総司。
「なに?」
「お前さんも薄々、気になってるみたいだな。蒼空学園OBで、用務員の三池 惟人」
「お、おう! …しっかりしろ、俺! 真珠の無実を証明するんだ!」
顔をぴしゃり! と叩いてにゃん丸は顔をきっと上げる。
「ふう。いつも通りのお前がもどってきたみたいだな」」
総司がふふっと口許に笑みを浮かべる。
「では、私と円は二手に分かれて噂をしている生徒達に説得して回ります。影でこそこそ噂をされる…その辛さ、きちんと判って貰いたいものです。ねえ、そこのあなたも」
にゃん丸に殴られた生徒に一言、翡翠はそういうと、円と顔を見合わせると、こくり、とうなずき、二手に分かれた。
☆ ☆ ☆
「ここかあ…」
ピッキングで用務員室の扉を開けたにゃん丸と総司が、そおっと人影がないかを確かめながら、部屋の中に入っていく。
「なんだか、やたら綺麗だなあ…」
にゃん丸と総司は整然とした惟人の部屋に驚く。知識欲が強いのか、本棚が備えられており、そこにはびっしりと本が詰め込まれていた。
「惟人は、ここに寝泊まりしているというけれど、生活感がねえな」
総司がぽつりとつぶやく。
窓に向かって備え付けられた机の上も整然としている。いくつか棚や引き出しを開けたが、不自然なくらい、ものがない。洋服も作業着と普段着が数着あるだけで、どれもさっぱりと洗濯されていた。
にゃん丸が棚に詰められた本を一つ一つ探っている。
「…エマニュエル・レヴィナス…『エマニュエル夫人』と関係あるのかぁ?」
「そんなわけないだろう…」
「…あれ、なんだろ、これ」
にゃん丸が棚から、一冊、とても古い絵本を取り出してくる。知識人らしい惟人の本棚には似つかわしくない、可愛らしい表紙のものだった。それを取り出したところ、ひらり、と1枚の写真が出てくる。
「あれ…これって」
二人はその写真を拾い上げると、写真に撮影されている人物を見て驚く。
「真珠…!?」
そこにいたのは優しい微笑みを浮かべる真珠にそっくりの女性だった。
「いや、まて、真珠さんよりも随分と大人っぽいし、この写真も少し古すぎる…ん?『L』…?」
ぺらり、と写真の裏を返した総司はそこに万年筆のような筆跡で「L」と文字が1つ、刻まれているのを見つけた。その時だった。
「おやおや、先客がいたとはね…それにいても無防備ですね、総司ににゃん丸」
現れたのは、艶めいた褐色の肌を持つ、鬼崎 朔(きざき・さく)。
「朔、君もきたのか」
驚くにゃん丸に、朔がにやっと笑ってみせる。
「どうしても三池惟人が気にかかって。だから、こうやって来たのです…それにしても、その写真は? 真珠そっくりじゃないですか」
「ああ、そうだろう?でも明らかに真珠じゃないよな。真珠よりは年齢が高そうだ。それに背面にある『L』の文字」
「この女性の頭文字でしょうか」
朔は写真をのぞき込むと携帯のカメラで写真の裏表を撮影した。
「持ち出すわけにも行かないから、撮影しました。後であなたたちにも送信します」
朔は惟人を鏖殺寺院の手先ではないかと、推測していた。朔の心は鏖殺寺院への憎しみで熱くなる。
(だとしたら、許せない…三池惟人…)
「助かるぜ」
にゃん丸はじっと「L」の付く名と思われる女性の写真を見つめていた。数年後の真珠のようだった。古い写真なのに、未来の真珠を感じさせる、そのことににゃん丸は不思議な感慨を味わう。
(この人が誰かはわからないけど、真珠がこういうふうに笑える未来を、作りたい…)
決意を新たにし、写真を絵本に戻したにゃん丸だった。
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