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小ババ様騒乱

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小ババ様騒乱

リアクション

 
 

4.心地よく小ババ様めいたところ
 
 
「まったくとんでもないことに……。冒険屋としては、きっちりと後始末をつけないと、今後のお仕事に……」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、光条兵器の明かりを頼りに蒼空学園の地下フロア深くへと下りていった。ここなら、各種ケーブルがむきだしの場所もあるだろうし、何よりも隠れるには都合がいいはずだ。
「それにしても、あのとき分裂した小ババ様の数は、そんなにたくさんだったようには見えなかったんだよね。いったいどうなっちゃってるんだろ」
「そんなことは、本人の身体に訊ねてみればいいことであろう」
 何やら意味深なことを、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が言う。
「かりかりかり。こばば……」
「いた!」
 隅っこの方で、誰かが撒いたらしい光る種籾を囓っている小ババ様を発見する。
「これを駆除すればいいんだよね」
 光条兵器を殺傷モードに切り替えて、琳鳳明が小ババ様に近づいた。
「こばっ?」
 気づいた小ババ様が、ほっぺに種籾の欠片をくっつけたまま、琳鳳明の方を振り返った。なぜか人慣れしているらしく、逃げようとしない。
「うっ、ううううう……。そんなつぶらな瞳で私を見つめないでっ! かわいいねぇ、かわいいよぅ」
 最後の手が下せないで、琳鳳明が身悶えする。
「どれ」
 その隙に横からひょいと手を出した南部ヒラニィが、大口を開けてぱくんと小ババ様を食べた。
「きゃあああぁぁぁ!!」
 あまりにも衝撃的な出来事に、琳鳳明が悲鳴をあげる。
「もぐもぐ、何事も……味わって……みんことには……」
 何事もなかったかのように、南部ヒラニィが口をもぐもぐさせながら言った。
 すぱこーん!!
「きゃあ、ヒラニィ!」
 突然何者かに叩かれて倒れた南部ヒラニィを見て、琳鳳明が悲鳴をあげた。
「悪いことしちゃだめですぅ。パラミタ撲殺天使降臨!」(V)
 振り切った野球バットを持ったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がにこやかに言った。
 血溜まりを作って突っ伏した南部ヒラニィの口から、小ババ様の無事な姿が吐き出される。
「こ、こばば……ばた」
 だが、さすがに小さな手を前にのばしたまま、ぱたりと力尽きた小ババ様がしゅわわーんと光になって消滅した。
「え〜い」(V)
 がつん。
「きゅうっ」
 ついでのように脳天をセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に叩かれて、琳鳳明もその場に昏倒した。
「まったく、悪いことをしてはだめなのにぃ。せっかく、私たちが撒いた種籾を、小ババ様が食べてくれているのにぃ」
 キュッキュッと、バットについた血糊を綺麗に拭き取りながら、メイベル・ポーターが言った。
 まねするように、セシリア・ライトも自分の愛用のバットを拭いて手入れをする。
「とりあえず、死なない程度に治しておくですぅ」
「分かりましたわ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、ナーシングで琳鳳明と南部ヒラニィを手当てした。
「あら、こんな所にねずみとりの罠が。小ババ様にとって危険ですぅ。えーい」
 通路の隅に旧型のねずみ取りを見つけたメイベル・ポーターは、鼻歌交じりにそれを叩き潰した。
「さあ、見回りを続けるですぅ」
「はーい」
 ずーりごーりと野球のバットを引きずる音を響かせながら、メイベル・ポーターたちはその場を離れていった。
「いなくなった?」
 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)にだきかかえられたレアティータ・レム(れあてぃーた・れむ)が訊ねた。
「ああ。もう大丈夫だ。多分」
 隠れ身を解いて、虎鶫涼が安心させるように言った。
「それにしても、最近バットを持った復讐の三姉妹が夜な夜な学園を徘徊しているという噂があったけど、本当だったとは。てっきり都市伝説だと思っていたぜ」
 まだガタブルしながら、虎鶫涼は言った。
「レムは、もう少しここに隠れていろ。何があっても、一人で出てくるんじゃないぞ」
「うん」
 虎鶫涼はレアティータ・レムをその場に隠れ続けさせると、様子を見に行った。
「この二人もなんとかしなくちゃな。あーあ、せっかくしかけた罠だったのに。それにしても、小ババ様って、本当に小さいんだなあ」
 ぐちゃぐちゃに叩き潰されたねずみとりの籠を見て、虎鶫涼が溜め息をついた。
「あら、それって、あなた様のしかけた罠でしたのね」
 背後からかわいらしい声をかけられて、虎鶫涼がぞくりとふるえた。
「天誅♪」
 
    ★    ★    ★
 
「おお、そんな所にいたのですか。大丈夫です、こちらへおいでなさい」
 櫻井 馨(さくらい・かおる)は、懐中電灯の光の先に照らしだされた小ババ様の姿を認めて、手をさしのべた。
「こば?」
 最初警戒していた小ババ様も、徐々に櫻井馨の方へと近づいてきた。
「神は、すべての罪をお許しになります。たとえ、それが、ケーブルガジガジの罪であってもです。さあ、懺悔袋に入りましょう」
 そう言うと、櫻井馨は近づいてきた小ババ様をむんずとつかんで手に持った袋の中へと突っ込んだ。
「相変わらず、説得力がないですね」
 懐中電灯を持って近づいてきた綾崎 リン(あやざき・りん)が言った。
 地下のフロアは、小ババ様の餌となる光が目立つようにと、わざと照明が落とされている。その中で、いくつもの明かりがちらちらと移動していた。
「うぎゃあぁぁぁ……」
「なんでしょう、今の悲鳴は?」
 いずこからか響いてきた不気味な悲鳴に、綾崎リンがちょっと肩をすくめた。
「おそらくは、小ババ様を守る者たちの仕業でしょう。あるいは、最近蒼空学園を徘徊していると言われている悪魔の仕業かもしれません」
「そういう物の方を駆除することこそ、教師であるマスターの仕事ではないのでしょうか?」
 牧師を自称している櫻井馨に、綾崎リンが突っ込んだ。
「いやあ、そういうことは生徒たちに任せましょう。今は、このかわいい小ババ様たちを教会へ連れ帰るのが最優先です」
「りっぱな誘拐ですよね。ああ、あんな所にも小ババ様が。かわいい……」
 突っ込みながら、綾崎リンが足下をちょろちょろと走る小さな姿を見つけて捕獲した。素早く櫻井馨から受け取った袋の中に突っ込む。
「うきゃぁー、たちけてー!」
 袋の中で悲鳴がした。
「そこの者、おとなしくその袋の中の者を渡してもらおうか」
 突然立ちはだかったアーシュ・タルト(あーしゅ・たると)が、二人に対して威圧するように言った。
「これはこれは。ですが、そういうわけにはいきません」
「その袋の中に入っている者は、そなたたちの物ではないのだ」
 アーシュ・タルトと櫻井馨が対峙する。
 そのとき、綾崎リンの持つ袋の中で何やら呪文をつぶやく声が聞こえ始めた。次の瞬間、麻袋に火がつく。
「きゃあ。まさか、小ババ様が魔法を……」
 思わず袋を取り落としてしまった綾崎リンが、驚きの表情を隠せずに燃える袋を見つめた。
 その中から、ナーサリー・ライムズ 『マザー・グース』(なーさりーらいむず・まざーぐーす)の小さな姿が飛び出してくる。
「助けてー、アーシュぅ」
 小ババ様と同じ大きさの魔道書であるナーサリー・ライムズ『マザー・グース』が、パートナーであるアーシュ・タルトにしがみついた。
「よしよし」
 ひょいとナーサリー・ライムズ『マザー・グース』をだきあげて、アーシュ・タルトがパートナーを保護する。
「小ババ様ではなかったのですか。でも、あれもかわいいかも……」
「マザー・グースは渡さん!」
 物欲しそうな綾崎リンに、アーシュ・タルトは本能的にナーサリー・ライムズ『マザー・グース』を守った。
 背後では、袋の中で小ババ様たちが炎に巻かれてしゅわしゅわと光になっていく。
「ああん、せっかくおともだちになれたのに」
 ちっちゃな爪を噛みながら、ナーサリー・ライムズ『マザー・グース』がべそをかいた。
「ああ、せっかくの小ババ様が……」
 櫻井馨は、がっくりと肩を落とした。
 
    ★    ★    ★
 
「こんなかわいい生き物を潰せません!」
 ちょろちょろと逃げ回る小ババ様を指さして、フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)が叫んだ。
「唯乃! 保護を、保護をしましょう! 面倒は私が見ますから……。飼ってもいいですよね? いいですよね!」
「うーん、まあいいけど……」
 強く詰め寄られて、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は少し困りつつも了承した。
「こば、こばっ」
 ちょこまかと走り回る小ババ様を見てしまっては、さすがに叩き潰す気にはなれない。
「世話焼けるわねえ。でも、どうやって飼うつもり? 餌は?」(V)
「魔力で動いているみたいですから、多分、私のSPリチャージでなんとかなります。そんな気がします。絶対です」
 フィア・ケレブノアが力説した。
 とにもかくにも、それを証明するためには捕まえなくてはならない。
 走り回る小ババ様の後を追いかけようとしていると、遙か後ろの方で強い光が断続的に起こった。
 
    ★    ★    ★
 
「よし、次はどこだろう」
 火術で小ババ様を駆除した神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、他に隠れていないかと周囲を見回した。明かりが消されてしまったために、見つけだして駆除するのに苦労している。
「アヤ、全部倒さないといけないのでしょうか」
 光精の指輪で周囲を照らしながら、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が訊ねた。
「かわいいのは分かるけれど、放っておいたら大変なことになるからなあ。かわいい外観に惑わされず、ここは心を鬼にしてでもちゃんと駆除しないと」
「それはそうなんですけれど……。ああ、なんだかかわいいです。一人ぐらい捕まえて、観察してもいいですか? 後で、ちゃんとほしい人にあげますから」
「それはいいけれど、クリスじゃ無理のような気が……」
「私にだって捕まえられます」
 訝しむ神和綺人に宣言すると、クリス・ローゼンは駆けだしていった。
「こばばばば、こばばばば……」
 小ババ走法でちょこまかと逃げ回る小ババ様を見つけると、えいっと飛びかかって捕まえる。
「ほら、捕まえられ……」
 むぎゅっ。
 しゅわわわーん。
 体育48の強靱な握力で容赦なく握りしめられた小ババ様が、あっけなく光になって消えていく。
「ああ。今度こそ」
 もう一度ぴょんと跳びかかると、クリス・ローゼンは別の小ババ様をつかんだ。
 しゅわわーん。
「えーん、今度は大丈夫ですー」
 しゅわわーん。
「うーん、やっぱり。まあ、奇しくも駆除ははかどっていると言うべきかな、これは」
 次々に握り潰されていく小ババ様を見て、神和綺人は複雑な心境だった。