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リアクション
第四章
刺客
「…………」
遺跡の外、入口の前で月白 悠姫(つきしろ・ゆき)はただじっと、遠くを見据えていた。
「悠姫、大丈夫かな?」
彼女のパートナー、マルグリット・リベルタス(まるぐりっと・りべるたす)が心配そうに見つめていた。
「思うところがあるのだろうなぁ。無理をしないといいが……」
もう一人のパートナー、日向 永久(ひゅうが・ながひさ)が呟く。悠姫は調査隊と共に奥へ行こうとしていたのだが、彼女の様子を心配して引きとめたのだ。
『研究所』の一件で彼女が受けたショックは大きかった。古代に行われていたワーズワースの実験によって変わり果ててしまった少女の姿。偶然見つけた写真で在りし日の姿も知ってしまったからこそ、その事実がこたえたのだろう。
「誰か、来る……」
マルグリットがその人影に気付いたようだった。
(あの男、何者だ?)
ゆったりと遺跡に向かって歩み寄ってくるその人物を見て、悠姫は思う。
(この遺跡を荒らそうとする輩なら……ここで止めなくては!)
(……悠姫)
彼女の傍らにいる永久が静かに光条兵器を構えた。相手は只者ではなさそうである。
「ちいっと、通してくんねぇか?」
男は近付くなり、そう言った。見た目は三十代半ばくらいの、大柄で体格の良い出で立ちだ。和装で日本刀を提げ、右手に鉄扇を持ちあおいでいる。左手には酒瓶、侍というよりは、まるで素浪人である。
「何をしに来た?」
相手の強さを肌で感じつつも、悠姫は気丈に振る舞う。
「面白い事が起こってそうなもんでよ」
「それだけのためにここを荒らそうというのか?」
「それだけ? おいおい嬢ちゃん、随分な物言いじゃねぇか」
男はにっと歯を見せて笑った。その顔は獰猛な獣を思わせた。
「理由なんざ重要じゃねぇ。俺が行きてぇから、行くだけだ。荒らすわけじゃねぇ」
彼女の制止を振り切り、無理に押し通ろうとする。
「悠姫!」
永久が彼女の前に出てくる。
「カッコいいねぇ」
男がただいやらしく笑っている。
「去れ。さもなくば斬る」
「やってみろよ」
完全に永久の間合いに、男が入っていた。
「……っ!」
彼が光条兵器で斬りかかった。あくまでも牽制のつもりではあった。その光の刃は男の前で空を切った。
「遅ぇよ」
男は鉄扇で永久の鳩尾を殴打していた。
「ぐ……お……」
殴られた箇所を押さえ、倒れ伏す。
「お前!!」
目の前でパートナーが倒された事で、怒りを感じたのだろう。即座に光条兵器「クレスケンス」を構えて飛び掛かる。
「やめときな」
だが、男には当たらない。ただ鉄扇で自分をあおぎ、ほとんどその場を動かずに彼女の攻撃を避け続ける。
「その程度じゃ俺には勝てねぇよ」
「……!!」
ドン、と強い衝撃がきたのを悠姫は感じた。延髄を殴られたのだ。
「もう少し強くなったら相手してやるよ」
彼女の姿を横目に、男は遺跡の中へ入っていった。
「ま、待て……」
悠姫が力を振り絞って男を止めようとする。だが、意識は遠のいていくばかりだ。
「く……」
「悠姫、永久」
物陰から一部始終を見ていたマルグリットが二人に駆け寄る。彼女達は気を失ってしまっていた。
「誰か、あの人を……」
彼女には止める事は出来ない。出来るのは、ただ自分の契約者達を傷つけた男の背を睨む事だけだった。
***
(ついに、来ましたか)
遺跡上階の通路で、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は侵入者の姿を捉えた。今現在、彼女は遺跡を調べるような素振りをしつつ、ただ横目で男を見た。
一歩、
二歩、
三歩、
次第に近付く距離。
(そろそろですね)
奥まった物陰へと、優梨子は後退していく。
「……警戒してんのか? 用心深ぇこった。さっきの見られちまったか……」
男がぶつぶつ呟きながら、優梨子の方へ向かっていく。
(もう少し……)
ちょうど優梨子の目線の先に、武器が見えた。自分が用意していたものだ。
「なんだ、やり合おうってのか? それにしても、さっきといい元気な嬢ちゃん達だ」
男が鉄扇をあおぎながら、にやりと笑う。
「へぇ……見た目の割に血に飢えてるときやがる。分からねえもんだ」
「ええ、あなたの流す血も見てみたいものですね」
時はきた。
優梨子が前もって準備していた罠を発動させたのだ。
「……っ!!」
壁や床に張り巡らされたナラカの蜘蛛糸が男に迫る。
「面白ぇ事考えたもんだ」
男は完全に、糸に絡まっていた。優梨子が強く糸を引けば、切断することも可能だろう。
「ふふ、下手に動くとバラバラになりますよ」
今度は優梨子が笑う番だった。
轟雷閃を男に浴びせつつ、手元で糸を引く。そうする事で、男に絡んだ糸が絞まる仕組みだ。
「下手に、ねぇ……舐めてもらっちゃ困るぜ」
懐に鉄扇を投げ入れ、絡んだ腕を振りほどこうと、足掻く。その度に皮膚が切れ、鮮血が舞う。
「どちらにせよ、そのままでは結果は変わりませんよ」
だが、彼女は違和感を感じていた。ある一定以上、絞める事が出来なかった。皮膚が厚くても、十分斬れるはずである。相手が人間ならば……
「うらぁぁぁあああ!!」
男の右手は柄に届いた。血飛沫を上げながらの抜刀。それによって、糸が切断される。
「しかし、何もそれだけではありませんよ」
優梨子は糸を飛ばし、再び拘束しようとする。
「嬢ちゃん、刀を抜かせるって事ぁ分かってるよな?」
男の眼光は鋭い。それどころか、轟雷閃をものともしてなかった。
「く……!」
僅かに顔を歪め、優梨子は後退する。男の豪快な抜刀術は、あっという間に張り巡らした糸を斬り裂いてしまった。
キンッ
優梨子が手に取ろうとした予備の得物を、男に弾かれる。
「面白かったぜぇ、こんな戦い方するヤツ、昔はいなかったからな」
一閃。
数々の戦場を潜り抜けた優梨子が、斬撃を防ぐ事もままならず、倒れ伏した。
「俺に血ぃ流させたヤツなんて、生前の沖田、土方ぶりだ。楽しかったぜ。次は、真剣勝負で本気で殺し合おうや」
よくよく見れば、優梨子は血を流してはいなかった。
峰打ち。
気迫で致命傷を与えたかのように錯覚させたのだった。
「が、ここにゃもっと面白ぇヤツがいそうだ……挨拶くらい、してくとするか」
刀を納め、男は地下への入口を探し始めた。
(あれほどとは……しかし、悔しいですね)
男が去った直後、優梨子は意識を取り戻した。いや、完全に気を失ったわけではなかったのだ。
(望むところです。次はちゃんと殺して差し上げますよ!)
・五機精の行方
「間違いない、ここにいたはずだ」
トライブと一媛は、最深部の一室に辿り着いた。
「うむ、何かが焼け焦げた跡があるのが気になるが……上での事も考えていると、あれをやったのがいたようだな」
一媛が言う。
そこは、さほど広くない空間だった。
コードが繋がれているベッド。既にもぬけの殻だったが、それがあるという事はそこに五機精がいたという事を確信させるには十分だった。
「誰だ!?」
二人は、近くに第三者がいるような気がした。
「ずっと誰かがいる気がしたんだが……まあ、敵だったらとっくに襲われてるか」
いようがいまいが、無害であるならさしたる問題ではない。
「飼い主殿、どうするのだ?」
「分かったのは、電気系の力を持ってるかもしれないって事、それと……」
ベッドにあった髪の毛を手に取る。
「黄色というかオレンジというか、琥珀色の髪をしてるって事だ。これを手掛かりに追う事は出来そうだぜ」
遺跡の中では会えなかったが、探せば見つかるかもしれない。一人で放浪しているだろう琥珀色の髪をした少女がいたら声をかければいいのだ。
「さて、もう少し探すか」
その時、遺跡が揺れたような気がした。
「む、上で何かあったのか? 行かなくては!」
一媛が遺跡内の敵か何かが動き出したものではないかと感じた。
「待て、下手に動くと危険だ。それに、こっちにもまだ何かいるかもしれねーんだ。無駄に体力は使うなよ」
とりあえず、しばらくは様子見、という事になりそうだった。
***
(これは何だ?)
同じく地下三階で、ミューレリアはあるものを見つけた。
(機晶石に似てるけど、ちょっと違うんだぜ)
それは、雛型ではなく、量産型の機甲化兵と魔力融合型デバイスに使われている人工機晶石だった。
それを一つ拝借し、地下三階をひた歩く。運のいい事に、敵にはここまで遭遇しなかった。
(あの二人以外にはまだ来てないみたいだな?)
トライブ達以外に遭遇する事はなかった。実際は既に何名か来ているのだが、地下二階より下は複雑な造りなので、出会わなくても不思議ではない。
が、そこで彼女は身の危険を感じた。
(これ以上は一人で進んだらヤバいぜ)
超感覚による耳が捉えたのは、女の笑い声だった。こんなところで笑い声を上げて徘徊しているなんて、まともではない。
地下三階の階段付近で、人工機晶石くらいの収穫になりそうなものを、彼女は探す事にした。
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