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リアクション
・最深部の戦い 二
地下三階をいくメニエスに迫る影があった。
「何か?」
その気配を即座に察知したのはミストラルだ。
「にひひ、何でもにゃいのじゃ」
それはナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)だった。この機に応じてちょっかいでも出そうとしてのだろう。
「緊張感がないわね……」
呆れた視線をメニエスが送る。
「さて、今度の視線はちょっくらヤバそうだぜ」
通路、いつの間にか個室のような狭い空間に入っていたのではあるが、ナガンが自分達を見据える視線に気付いた。だが、姿は見えない。
ひゅん
「風?」
ナガンのすぐ脇を風が吹いた、ように感じた。
「なん……だと……!!」
頬に一筋の傷が走り、そこから血が滴る。
「メニエス様!」
ミストラルが気配を感じ取り、ガードラインで攻撃を受け止める。
「……どこです?」
周囲を見渡す。だが、姿なき襲撃者を捉えるには至らない。
「上ですっ!」
ひなが敵の姿に気付いた。天井に張り付き、こちらの様子を窺っていたのだ。
赤い長髪。その目は見開き、口は引きつっている。『狂笑』その言葉が似合うような、そんな表情だ。
「はは、きゃははは!!」
楽しそうに、声を上げて笑う。次の瞬間、その姿は天井から消えた。
「……っ!!」
床に衝撃が走る。
ロザリアスが勢いよく地面に叩きつけられたのだ。先制攻撃のスキルをも上回る速さだった。
「やってくれんじゃねーか。あぁ! 上等だ、ぶっ殺してやるよ!!」
キレていた。そればかりか、非常に気持ちが高ぶり興奮を覚えているようでもある。そのため、全身の骨が軋むような音を立てているが痛みを感じていない。
赤い影に近付き、ブラインドナイブスを繰り出す。
「ちょこまかと」
だが、当たらないばかりか、
「きゃは、そんなもの?」
女が口を開いた。次の瞬間、ロザリアスの身体に十字の引っ掻き傷が走る。
「ねえ、もっと楽しませてよ、きゃはははは!!」
軽い身のこなしで、即座に飛び退く。
「ダメですかっ」
ひなが槍を突き出すものの、避けられてしまう。
「楽しみたい? あたし達相手によくそんな事言えるわね……いいわ、楽しませてあげる!」
メニエスが赤髪の女にブリザードを繰り出す。だが、これは単なる陽導だ。
目が合う。
彼女が仕掛けるのは、その身を蝕む妄執。
「……!!」
一瞬、女の動きが止まった。
「どんな幻を見てるのかしらね」
ゆらり
緩慢ではあるが、女は動き出す。そして顔を上げて、笑った。
「あはは」
次の瞬間には、間合いが詰まった。ミストラルが庇わなければ、メニエスが爪の餌食になっていただろう。狂気には恐ろしい幻覚も、ただ心地良いものだったのか……
「ぐ……!」
今度はガードラインで防ぎ切れなかった。女の手が振り下ろされようとした。
銃声。
星輝銃から打ち出される光が、女を貫いた。射出された方向を、即座に振り向く。
(気付かれたかな?)
光学迷彩で姿を隠し、隙を見て円が狙撃したのだった。だが、決定打にはならかった。
円の方をただ見据え、跳躍してくる。
「ミネルバ、ディフェンスシフトだよぉ!」
オリヴィアが指示を出す。
「てえい!」
円のもう一人のパートナー、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が円の前に躍り出て、キマク鋼の楯で受け止める。
向かい合う二人の赤髪。
「今のうちに」
オリヴィアが、負傷したメニエスのパートナーの二人にリカバリを施す。
「なんて、力!!」
抑え込んでいたミネルバが、敵の力に押しのけられようとしていた。
「だったら……」
楯で止めていた女を、一度受け流す。そして、後ろから両腕で女の身体を抑え込んだ。
女の一番厄介な部分は、瞬発力にある。僅かでも、動きを止めなければ攻撃の隙など存在しない。
「きゃははは」
ミネルバを振り返り、女が笑う。だが、そこで臆してはならない。
「ぐ、ぬぬ……」
それでも、女の人間離れした力を抑えるのはもって一秒程度だ。
一秒。
僅かな時間だが、それでも勝機を得るのには十分な時間だった。
「目を覚ますのですっ!!」
ひなが忘却の槍で女の身体を貫いた。
「……っ!!」
女がはっとした表情を浮かべる。一時的に記憶が奪われたのだろうか。それよりも、狂気以外の感情が抜け落ちてしまっていると思しき彼女に、記憶などというものはあるのか。
「緋音ちゃんっ!」
ひなが緋音に、視線で指示を出す。
(彼女達を、助けます!)
もう『研究所』の時のような思いはしたくない。彼女が繰り出したのは、その身を蝕む妄執だ。
「あ、ああああああ!!」
恐怖で女の目が見開いた。いかなる幻覚を見ているのか。ただ、緋音がそれを行使したのは、苦しめるためではない。
ひなが苦しむ女を抱きしめた。
「もう、大丈夫です。貴女を迎えに来ましたよ……?」
そのまま耳元に囁きかける。
絶望、恐怖。
その中で、一筋の光を見出したなら、何が起こるのか。
その答えは?
「わ、私……は……」
彼女達は、被検体となる前はただの少女だったはずなのだ。実験によって感情が偏ってしまったのなら……戻してやればいい。
その身を蝕む妄執が効いたのは、潜在的に記憶が残っていたからに他ならない。それを確かめたからこそ、優しく彼女の心を導ける、そう思ったのだろう。
そしてそれは、成功した。
目を見開き、狂ったように笑っていた女は、穏やかな顔つきで瞼を閉じた。
「甘いわね、あたしたちを殺そうとしてた相手をよく助ける気になれるわ」
倒れ伏す女を横目に、メニエスが呟く。
「……ま、好きにすればいいわ」
既に倒れた相手に興味はないのか、周囲を調べ始めた。
「今のうちにみんなを回復しないとねぇ」
オリヴィアが改めてリカバリを施す。ただ、全員消耗が激しく、一人じゃままならない。
「妾も手伝うのじゃ」
ナリュキもまた回復を図る。おもむろにオリヴィアに近付き、アリスキッスを行使する。SPが切れかけていたのだ。
「あむっ……んっ……ご馳走様にゃー」
「えっ、あっ、ありがとう」
あたふたするオリヴィア。
その時であった。
「おいおい、今ので終いじゃねーのかよ」
口元を歪め、ナガンが反応する。
二体の機甲化兵が、壁をぶち破ってきたのだ。
一体は、両の掌に発射口。もう一体は、阿修羅の如く六本の腕を持ち、その手の全てに剣が握られている。
「……空気くらい読んでほしいものだよ」
円は即座にライトニングウェポンを繰り出す。それが二体の機甲化兵に直撃した。
「コイツは単調な動きしかしねぇ。今のうちにやっちめぇ!」
ナガンが叫ぶ。
「見た目通り、雷は効くみたいね」
メニエスがサンダーブラストを繰り出す。それもまた、直撃だった。
強力な電流を浴びせられた二体の機甲化兵は動きを止め……なかった。
「おいおい、どうなってんだ!?」
確かに電気を浴び、バチバチと火花を上げている。『研究所』のものは、この状態になったらしばらく動かなくなっていた。
だが、そのような状態でも、その二体は動いた。そればかりか、
「避けた?」
二度目の円のライトニングウェポンがかわされた。それどころか、片方は剣でそれを受け流しさえする。
もう一体が、掌を彼女達に向けて構えた。
レーザー射出。一筋の閃光が迫る。
「動きがよくても、所詮は機械ね」
発射口めがけて、雷の光が吸い込まれていく。メニエスのサンダーブラストだ。彼女の魔法攻撃力をもってすれば、結果は見えていた。
爆発
内側から機甲化兵の一体が爆ぜた。
「こっちも終わりにしようか」
対電フィールドで電流の余波に巻き込まれないようにした上で、円が今度はライトニングブラストを剣士型に向けて放出した。
六本ある腕を自在に振るうために、関節部分は装甲も弱い。そこから電気が侵入すれば、自慢の駆動力も台無しだ。
一本ずつ、腕が地面に落ちていく。流れる電流に、機甲化兵の内部が耐えられなかったのである。
そのまま、関節部分から剣士型の機甲化兵はバラバラに崩れ落ちた。
「二人で倒しちまいやがった……!」
二体の機甲化兵が倒れ、再び静寂が訪れた。
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