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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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9-06 月夜

 夜。王子の部屋。
 すうっと窓のカーテンを閉めたのは女、ワイシャツに、黒の下着を付けているのみである。
 王子のいるところへ、静かに近付く。
「私の言葉で、犠牲になる人が出る……」薄暗がりの中に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の姿が浮かんでいる。「それが重くて怖いの。お姉ちゃんなのに格好悪いね」
 王子と、月夜。
「ううん。そんなことなかった……だからぼくはあのとき」
「ありがとう……」きゅっと抱きしめて、教えてもらった王子の名を、囁いた。……



 会談の席でのことだった。
 その日行われた会談には、教導団外交使節、同じく黒羊郷外交使節、そして南部王家の王子、南臣と南部諸侯らが一同に会していたのだ。
「今回も黒羊軍の敗退……弱いよね」
 立ち上がり、月夜が、皆の前に出る。
「南部諸国が纏まってブトレバを、湖賊が水上砦をそれぞれ攻められたら、貴方達は防げる?」
 月夜は、黒羊側の使者を見遣る。
「そして凌げなければ次は黒羊郷を攻める……もう貴方達がここにいる人達を従わせることはできない、怖くないもの」
 王子。
 月夜は、王子を見る。皆の前で、宣戦布告を。諸侯も、教導団に従うより、王子のもとで団結した方が、感情的に納得できる筈。
 クライスは、心配そうに見つめる。だが、王子が自ら、先頭に立ち勝利を得なければ、王家が諸侯を再び束ねることもできないし、教導団の支配下に置かれるという不安も免れないのだ。と。
「ぼく……戦う」



 黒羊の使者は、怒った。
 月夜の行動はもちろん、些か無謀なところも含み、皆の予想を越えた行動であった。
 月夜にとっても、ここで一気に南部諸国を纏めてしまいたいとの思い切ったことであった。
 親黒羊派の諸侯の中にも、もうお終いだと怒りや絶望を表すものがあった。
 月夜と王子が、一緒に眠っている、夜……
「アム」
「……」
 別の暗闇の中にいるのは、マーゼン。頷く、アム・ブランド(あむ・ぶらんど)。黒羊側の使節団の滞在する宿の近くだ。  
 マーゼンは一言、彼女の名を呼ぶと、ただ踵を返した。そこに、もうアムの姿はなかった。

 黒羊郷の使者は、生きて最南の地を出ることはなかった。