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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 むきプリ君達は、未だ平和な空京をホテルに向かって歩いていた。歩道を行き交う人の数は多く、その足は皆忙しかった。
「人が多いな。これで上からホレグスリをぶっかけて注目を集めれば……前とは違って安全に仲間が得られるぞ!」
「むきプリ様はその程度でご満足なさるのですか? 生温いですわね」
「何っ!?」
 振り返ると、そこには風森 望(かぜもり・のぞみ)が立っていた。静かで、それでいて堂々とした佇まいで彼に微笑みを向けている。
「宝の持ち腐れとはこのことですわね。私でしたらもっと無差別に大量に服用させます。そして混乱を楽しみますよ」
「ムッキーは別に混乱を起こしたい訳じゃないんだよ。ただ、いつも自分の欲望を満たそうとしてるだけでさ。前回は『女が欲しい』で今回は『金が欲しい』だからね」
「いや、違うぞプリム! 前回は『女が欲しい』だが今回は『保険金殺人とかしないでください』だ!」
「なにそれ……どっちにしろ、自信満々に言えることじゃないよね」
「あら、そんな窮地に陥っていらしたのですか? よろしければご事情をお教え願えますか?」
「私達は人質ですぅ〜」
「イルミンスールを追い出されたんだよ!」
 ピノと手を繋いだ明日香と、煌星の書が言う。「それはまだだ!」と後の言を否定してから、むきプリ君は事情を説明した。
「成程……把握しました。微力ながらお手伝いいたします。今あるホレグスリを、出来る限り頂けますか? 他の場所で騒ぎを起こして、時間を稼いで差し上げましょう。その間に脅迫でもなんでも好きなだけやってください」
「ほ、本当か!」
 おしとやかに見える少女に協力を申し出られ、むきプリ君は驚くと同時に喜んだ。こんなに普通な方法で仲間が出来るとは……!
「薬は後で作れるからな。よし、これを全部……」
「全部はダメだよ! 実験が出来なくなっちゃうからね!」
 煌星の書の意見に従い、2つ持っていた鞄のうちの1つを望に渡す。分かれて入っていたレシピ・材料は取り出してまとめた。望は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとうございます。後、ピノ様……」
「え、あたし?」
 声を掛けられて、ピノはきょとんと自分を指差す。
「そのアーデルハイト様の写真を譲って頂けますか?」
「あ、うん、良いよ!」
「良いんですかぁ〜?」
 少し名残惜しそうな明日香に、ピノは笑った。
「別にもうどーでもいいし、こーいう写真って、いろんな人の手を廻った方が面白いと思うんだ!」
 何だか写真の意味を分かっているような事を言う。
 そして、エリザベートがアーデルハイトにしなだれかかっている写真は望の手に渡った。
「それにしても、こんな素晴らしい写真を撮ったのはどなたなのでしょうね?」

「なに!? あのロリ属性持ちのピノちゃんが攫われただと!?」
 イルミンスールのテラス。
 神野 永太(じんの・えいた)は噂を聞いた途端、椅子から勢い良く立ち上がった。
「そうと聞いてはこの永太、黙っちゃ居れん! つるぺた幼女な校長目当てでイルミンに転校したくらいですから! ピノちゃんのために一肌脱ぎましょう! 脱ぎましょう!」
「…………」
 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、ハニートーストを食べる手を止めて永太を見上げた。その視線に中てられて、テンション最高潮だった永太ははっ、と気付いた。つい我を忘れて胸に秘めていたことを思い切り語ってしまった。
 べ、弁解しなければ……!
「永太は、つるぺた幼女なるものの為に転校したのですか? そんな理由だとは知りませんでした」
 気のせいか『そんな』と『理由』の間に『くだらない』とか『馬鹿な』とかいう言葉が隠されている気がする。
 無論、気のせいだ。まっとうなザイエンデにロリコンとかいう特殊愛好が理解出来るわけもない。むしろ彼女は、呆れるとかけーべつするとかとは全く違う、もしかしたら間逆ともいえる感情を抱いていた。
(ロリとは、何ですか? つるぺた幼女とは、何ですか? はしゃぐ永太を見ていると、胸が締め付けられるのは何故ですか? 殴りたくなるのは何故ですか?)
 ……あら? 何だか本能では判っているらしい。
「あ、いや、ザイン、待って、そんな冷たい目で見ないで!! 違うんだ、ロリコンは確かにそうなんだけど、これはあれなんだ、ロリは……つるぺた幼女は……人生を彩る添加物!! 人を魅了する魔性の成分! 摂取しすぎると身体に悪いけど、でも、たまに摂取したくなるのが人間の性なんだ! 判ってくれ!」
「判りません」
 速攻否定である。
「えっ! えっと、だから……その、それに、永太の一番は、その、あの……」
 両手の人差し指を突き合わせてごにょごにょとする永太に、ザイエンデは平板な表情を崩さずに言った。
「全然判らないけど、永太が望むなら私はその望みを叶えるため、最善を尽くします」
「そ、そうか!」
 そうして、永太達はイルミンスールから空京へと向かった。

「私自身ホレグスリの服用経験を持っていますが、この薬は様々な可能性を秘めています。まず、服用量が少なければ、意志の力で効果を克服することができます。これは生徒の精神鍛錬に使えるでしょう。次に、特定のキーワードで本音が隠せなくなるというのは、協力無比な嘘発見器に様変わりします。効果はそんなに長くありませんから、対象の精神に負担は掛かりません。これ程に有用な薬があるでしょうか」
 説得の特技を使い、祥子はエリザベート達にホレグスリの存続を訴えていた。アーデルハイトは渋い表情で、エリザベートは見慣れたにやにや笑いでそれを聞いている。
「でも、ほれぐすりがこうじょりょうぞくにはんするのもじじつですよぉ〜。せいしょうねんけんぜんいくせいいいんとしてはみとめるわけにはいきません〜」
 シーツで包まれたシャミア達を指差して、エリザベートは言う。棒読みだ。
「ですから、まず、イルミンスール青少年健全育成委員という組織自体が間違っているのです。どれだけ恣意的で、差別的で、独善的か! てゆーか健全育成委員会ってゾーニングもリテラシーも無視して子供や生徒を自分好みに洗脳したいだけの連中でしょう。実際に、出版された犯罪賛美小説の影響で現実にその犯罪起きてるけど、あいつらその小説を健全ですとか言ってるんですよ。その時点で権力に媚び諂ってるだけで、名前に掲げた理念なんてありはしません。本来は委員自体を廃止すべきという所ですが、ホレグスリの存続だけは認めていただきたいと……」
「ハツネを説得出来ますか〜?」
 そこでエリザベートは、いつも通りの抑揚に戻って、祥子に言った。
「……どういうことですか?」
「いろいろあって、ハツネも揺らいでいるようですぅ〜。ハツネに、ホレグスリを認めさせる自信はありますか〜?」
「な、何を言い出すのじゃ!」
「勿論です」
 声を上げるアーデルハイトには目もくれず、祥子は頷く。
「わかりましたぁ〜。私はホレグスリを認めますぅ〜」
「こ、こりゃ!」
「前も言った気がしますけど、大ババ様はまずその衣装がセクハラですぅ〜。こうじょりょうぞくですぅ〜。まず、着替えてから反対してくださいぃ〜」
「……では、失礼ですがその発言を録音させていただいてもよろしいですか?」
「いいですよぉ〜」
「駄目じゃ駄目じゃ! ホレグスリの恐ろしさは私はいやというほど体感しておる!」
 頑として認めようとしないアーデルハイトに、エリザベートは口角を上げて言う。
「例えば、どんなことですかぁ〜? ビデオは回収しましたよねぇ〜」
 自分がアーデルハイトLOVEになったことは棚に上げる。そして、祥子と目を合わせた。一瞬で彼女の思惑を読み取った祥子は、アーデルハイトの口にホレグスリの瓶を突っ込んだ。
「むっ、むぐっ……ごくん! ああっ、しまったのじゃ!」
「アーデルハイト様、可愛いわ……私と良いことしましょ?」
「……まて、そのひもは…………私がとる……」
(面白いですぅ〜。写真に撮っておくですぅ〜)
 エリザベートは、その姿を携帯電話でぱしゃりと撮った。
「じゃあ、皆で空京に行くですぅ〜。ハツネの所に行きますよぉ〜」

 同じ頃。
『ホレグスリ、ザマスか!?』
「マークしていた変態の1人です。2月以降は影を潜めていましたが、製造は続けていたようです。先日、ハツネ書記長が出された布告で危険を察知し、逃亡を図った模様」
 電話越しにガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が言うと、ハツネは突如口調を変えた。
『我が校にそのような不埒者がいたとは! ガートルードよ。直ちに追跡して逮捕、薬の押収消去をするのだ!』
「拝命いたしました!」
 ガートルードは正直モテたことがなく、同じくモテナサソウで変態エロを嫌うハツネを尊敬していた。彼女の命令は絶対である。通話を終えてシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)を振り返る。
「行きますよウィッカー。汚物臭のする、むきプリ君とホレグスリの焼却に向かいます」
「しょうがなぁで。付きおうちゃるか!」
 それぞれに必殺の武器を持ち、ガートルードが捜索の特技を使う。彼女の後を行きながら、シルヴェスターはこんなことを思っていた。
(ファーシーにホレグスリを使って、舎弟になると言わせるんじゃ!)

 ――ヴァイシャリー、百合園女学院
「ドラッグと違うとはいえ薬に頼るのはよくないわね。一度、怖い段階まで溺れさせないとわからないかしら」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、小夜子がホレグスリを持って帰ったと知って、彼女の居室へ向かっていた。懸念を含んだ言葉とは裏腹に、口元に妖艶な笑みを乗せて。
「ふふふ……いっぱい手に入りましたわ……いつ楽しみましょう……」
 ベッドの上には、ピンク色のオシャレな小瓶が沢山転がっていた。その端に浅く腰掛け、1本を手に取る。うっとりとその瓶に指を這わせ――
「小夜子」
 亜璃珠が入ってきて、小夜子は驚いて顔を上げる。瓶を隠そうとするものの、そんなことが可能な状況でもなく慌てる。
「それは、ホレグスリね……?」
「えっ、あれ? な、なんで亜璃珠さんが……!?」
 悪戯が見つかった子供のように、背徳感が胸に湧き上がってくる。ごめんなさい。これは何でもないんです。だから怒らないで。嫌わないで……
「私には全てお見通しなのよ……?」
 亜璃珠は小夜子の側に寄ると、ベッドに座った彼女の頬を両手で包んで顔を上げさせる。至近距離から、甘い息が香ってくる。
「危ない事をするなとは言わない。多少えっちな子でも私は好きよ。でもね、そんな道具に頼るような弱い心を許すわけにはいかないわ。何より……お姉様に隠れてそんな遊びに興じるなんていけない子ね?」
「……ごめんなさい……お姉さま……」
「ねえ、薬を止めるにはどうすればいいと思う? 徹底的に遊んでみるのよ。そう、こっちに戻って来れなくなる前まで薬に浸かって……そうすれば、きっとトラウマで薬を見るのもイヤになるわ……」
「でも……」
「小夜子、この薬……全部飲みなさい」
「え?」
 小夜子は目を見開いて、視線だけでベッドの上のホレグスリを確認する。これを全部飲んだら――
「私は、小夜子に立ち直って欲しいの……飲んで、くれるわよね?」
 亜璃珠の視線に射抜かれて動けなくなる。絶対的な存在。大切な御姉様。
「……うぅ、分かりました。全部飲ませて貰います……」
 この量を飲めば、また遊園地の時と同じ…………。そう、判っているけれど。
 1本……2本……3本…………
「御姉様……」
 たまらなくなって、熱くなって、小夜子は亜璃珠に縋りつこうとする。でも亜璃珠は、そこですっと距離を取った。伸ばした腕が、届かない。
「あっ、あっ、待ってください……」
「あなたは誰のモノ? あなたは私の何?」
「わ、私は御姉様のものです。亜璃珠さんは私の御姉様です」
「イイコね……」
 亜璃珠は近寄ると、人差し指をそっと小夜子の身体に這わせた。やわらかく、流れるように。
「あっ……!」
「許しもなく動いちゃダメ、声を上げてもダメ。分かるわね?」
 ホレグスリで敏感になった体にゆっくりと、舐めるように。その指の動きはあまりにも的確で。声は我慢しても、体がびくんびくん、と痙攣する。
「動いちゃダメって……言ったでしょう?」
 罰としてふとももを思い切り抓る。小夜子の口から声が出た。痛みからくる、喜びの声。
「全く、とんだ変態だわ」
 立ち上がった亜璃珠は、氷のような目線で小夜子を見下ろす。
「薬なんかに頼るからこんな屈辱に身を晒すのよ」
「不甲斐無い妹でごめんなさい。こんな妹に罰を……」
 ぱしんっ! と頬を叩くと、小夜子はベッドに倒れて幸せそうな声を上げた。
「お許し下さい御姉様……!」
「こんなに淫らで、卑しくて、いやらしくて、かわいらしい……」
 亜璃珠は小夜子の唇にキスをした。
「私と一つになってみる……?」
 その瞬間、小夜子の中で何かが反転した。はっ、と気がついて、亜璃珠から離れる。
「亜璃珠さん……?」
 呟くと、亜璃珠はそれに苦笑で返した。
「お疲れ様、私の大好きな小夜子。私はそのままのあなたがいいの。だからこれからは、薬で汚れたりなんかしちゃダメよ?」
「…………!」
 小夜子の目から涙が溢れる。
「ごめんなさい御姉様。そんなに想ってくれていたなんて……」
「熱くなってきたでしょう。さ、服を脱いで」
 亜璃珠が服を脱がせようと手をかける。同時に、小夜子は彼女に口付けした。
舌を入れて、深く、深く。
 ――ごめんなさい。これは私の御礼です――