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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 ホレグスリのレシピに加えて材料も持ってくるように頼まれ、むきプリ君は調合段階の試薬と、完成品を10本程持って空京の道を急いでいた。先程薬を振りまいた影響が残っているのか、望が騒ぎを起こすと言っていたからその所為なのか、様々な組み合わせのカップルが色んな所で組み合わさっていた。そこら中でハートマークが飛び交っている。
「いまいましい……! これでは俺が恋のキューピッドみたいではないか! ……それにしても外も中も危険とは……! あっちのホテルは安全と聞いた。早く行くぞ!」
「なんか、泥沼に足突っ込んでる気がする……」
 ぷりりー君が疲れた顔でついてくる。今はむきプリ君と2人っきりだ。取引先からの依頼、秘密裏の話ということで、女の子達は留守番していた。尤も、明日香以外は元々来る気が無かったようだが。危険に備えて、ぷりりー君は明日香からSPルージュを1本預かっていた。
「むきプリ君、お久しぶりですー」
 突然声を掛けられ、むきプリ君は振り返った。そこには桐生 ひな(きりゅう・ひな)久世 沙幸(くぜ・さゆき)が立っている。
 知った顔だった。遊園地で平和的に薬を交換したのを覚えている。ひなは、108個のホレグスリを一晩で使い切るとか言っていた。同伴者の印象が強烈だったので、よく覚えている。沙幸も、特にホレグスリに抵抗感は持っていなかった気がする。
「早速ですがー、ホレグスリを100個程くださいっ」
「この前、やっただろう」
 ひとまずそう言ってみる。
「もう無いですよー。全部使っちゃいました〜」
(……それで、無事なのか……!!?)
 間違いない。ひなはむきプリ君など足元にも及ばない、使用に関してはホレグスリの玄人だ。
「ま、また1日で使うのか……!?」
「薬をばら撒くのを手伝ってあげるよ!」
 沙幸が言うと、ひなが続ける。
「空京公園で、試飲会という名の布教活動をしようと思うのですー。きっと盛り上がりますよー」
「なんと!」
 むきプリ君は目から鱗の落ちた思いで2人を見た。何て堂々とした作戦だ。素晴らしい。
「よし、協力するぞ! と言っても、今は所用の最中であまり手持ちがない。ホテルの方に行ってくれるか? 100個くらいならあるだろう」
 ホテルの場所を教え、了解した彼女達と別れる。
「今日は随分協力者が多いな。しかも女子が! ふふふ、やっとホレグスリの……俺様の魅力に気付いたか!」
 さっきまで襲撃者の警戒をしていた事などはきれいさっぱり忘れて有頂天になっている。
 ――自分の周囲から、人が急速に減っていることにも気付かず。
「ムッキー!」
 叫ぶぷりりー君の声が遠ざかるのと、雷を纏った銃弾の群れが襲ってくるのは殆ど同時だった。弾が筋肉の壁をぶち破って、むきプリ君を見事なハチの巣にする。シルヴェスターが機晶姫用レールガンをぶっ放したのだ。しかし、見事に急所は外している。
 身体の至る所から血を流し、ついでにしびれて痙攣するむきプリ君。
 そろそろ出血多量で死ぬんじゃなかろうか。
 ガートルードは抱き上げて避難させたぷりりー君を地上に降ろすと、主に持っている鞄を狙って、ブライトシャムシールで女王の剣を使った。光輝属性×2の攻撃をもろに食らって、むきプリ君は吹っ飛ぶ。
「青少年健全育成装甲突撃軍の1人として逮捕します。ホレグスリとかいう汚物は……これですね」
「た、逮捕!?」
 慌てて駆け寄ったぷりりー君が驚く。
 ガートルードは、むきプリ君の抱えている元は何色か分からない赤く染まった鞄を奪った。中で零れたのか、持ち上げると底からホレグスリが滴る。検めた結果、ガラス瓶が砕けて内部はホレグスリまみれになっていた。入っている書類もびしょびしょで読めたものではない。だが、1瓶だけ無事なものがあった。
「奇跡じゃのう! これ……わしが貰ってもいいか?」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃ! 1瓶だけ! えかろう?」
「…………」
 数秒間シルヴェスターを見詰め――、ガートルードは一つ息を吐いて瓶を渡した。
「おお! 恩に着るぞ!」
「さあ、むきプリ君……」
 呆れたガートルードが向き直った時、むきプリ君の姿は消えていた。

「あーあ、もう……オレ、グレーターヒールでも覚えた方がいいよなー。効率いいのか? コレ。ていうかムッキーが覚えろよ」
 マンホールの下にむきプリ君を落っことしてから、ぷりりー君はSPルージュを使いまくり、ヒールを使いまくった。今のこの行為は、TVゲームで最初に手に入る回復アイテムでHPを全回復するようなものだ。終盤に入ってアイテム数99個とかの時やボス戦前にたまにやるが、残念ながらぷりりー君もむきプリ君も全てにおいて余裕がなかった。
「口紅塗りすぎて気持ち悪い……」
 復活したむきプリ君は、むんと立ち上がって一声叫んだ。
「ふっふっふっ……勝った! 勝ったぞ!」
「はあ?」
「やつらは、お前の持っている鞄に本物のレシピが入っているとは気付かなかったようだ! ホレグスリも10本残っているしな!」
「ああ……そういうこと……」
 むきプリ君は、同じく地道なヒールで回復したノヴァ・ノヴータ(のう゛ぁ・のう゛ーた)からのアドバイスを受けて、偽のホレグスリのレシピを用意していた。その為に、荷物を2つに分けていたのだ。ノヴァは、処分されてしまった芝居をさせて敵を欺き、ホレグスリを秘かにこの世に残す――と言っていたのだが、ぶっちゃけ偶然で、まあ芝居でもなんでもない。
 そして、レシピを求める者達がもう1組。
「では、その本物のレシピを持って空京大学の研究室にいらっしゃいませんか?」
 近くのマンホールから降りてきたのか、下水道の奥から緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が歩いてくる。
 遥遠は明るく親しみを込めた笑顔でむきプリ君に言った。
「大学に籍を置く遥遠達なら、研究室を借りることも出来ます。まぁただ、表向きには遥遠達が研究を行うってことになりますけど……それで研究を続けられるのであれば、むきプリ君にもメリットがありますよね?」
「俺は、大学には転校出来ないぞ」
 主にレベル的な意味で。
「転校していただく必要はありません。先程も言ったように、研究室の名義は遥遠達のものですから、あなたは勝手に入ってきて、好きなだけ研究をしてください」
「よし、分かった!」
 魅力的な誘いに、むきプリ君は一も二もなく返事をした。
「だが、今、大学に行くわけにはいかない。仕事中だからな」
「……はい?」
 遥遠と遙遠は、その台詞にきょとんとする。
 仕事中?
「取引先に、このレシピを持っていくよう依頼されている。大事なクライアントの要求には答えねばな」
 どうやら、本気で言っているらしい。
「後日、持って行こう」
「…………」
 2人は顔を見合わせた。後日など、これだけの騒ぎを起こしておいて在ると思っているのだろうか。その頃にはむきプリ君は、白と青のしましまの服に身を包んでいる可能性もあるし、彼を狙う粛清者によって天国に旅立っているかもしれない。
(あんな楽しい薬、無くす訳にはいきません。もっと遙遠と楽しみたいですしね)
「遙遠……」
 彼女が目配せすると、遙遠は頷いて指を鳴らした。彼等の後ろからアンデッドのレイスが2体、逆からはスケルトン2体がやってくる。
「こ、こいつらは……!」
「さっさとレシピを渡してください。鈍感なようですから教えてさしあげますが、遙遠達が必要なのはレシピだけです。あなたは要りません。……ですから、気絶させてイルミンスール青少年健全育成委員会に引き渡してもいいわけです。それが嫌なら――渡してください」
「……コピーでもいい?」
 そこで、ぷりりー君が口を挟んだ。別に、彼等に抗う理由もないし、これ以上口紅を塗りたくりたくも無い。
「オレがコピーを取ってくるから、その間ムッキーを預けるよ。ちゃんと帰ってくるから、少し待っててくれるかな」
「…………仕方ありませんね。こうなってはノウハウを詳しく聞きだすのも無理でしょうし、それで手を打ちましょう」
 ぷりりー君が上に戻ってコピーを取ってくる間に、遙遠はイルミンスールに電話をした。それを聞いてびっくりしたむきプリ君には、アンデッド達に殴らせて気絶してもらった。
「……あっ、やっぱり……」
 そしてぷりりー君が戻ってきた時、むきプリ君はアンデッドに拘束されていた。
「そんなことしなくても、ちゃんと渡すよ。はい」
 呆れたように言ってコピーを差し出す。
「んでこっちが原本。内容、一緒だよね?」
 遙遠達の真ん中に立って、一緒に内容を確認する。
「……どうやら、あなたはまともな人のようですね。どうしてむきプリ君と契約を?」
 不思議そうに言う遥遠に、ぷりりー君は苦笑した。
「さあ、何でだろうね」
「……さっき、イルミンスールに連絡をしました。捕まりたくないのなら早く逃げることをおすすめしますよ。ところで、完成品があったら1本頂きたいのですが」
 遙遠に言われ、ホレグスリの小瓶を1本渡す。
 むきプリ君達よりも先に地上に出た彼等は、大学への道を歩き出した。
「……下水の匂いが気になりますね。帰ったらお風呂に入りましょう」
「そうですね……遥遠」
「? ……むぐっ!」
 小瓶を遥遠の口に突っ込むと、遙遠は言った。
「前回のホレグスリの件……遙遠は忘れてませんからね。人に飲ませといて自分が飲まないって言うのはないですよね……遥遠?」
「っ……なにす…………遙遠……ごめんなさい……」
「いえいえ、では帰りましょうか」
「はい……」

 ぷりりー君が必死に口紅を拭いている頃。
「よし、上に戻って取引先のホテルに行くぞ!」
 梯子を登って地上から頭を出し、むきプリ君は安全を確認した。殺気看破とかは持っていないので勘で、襲撃者がいないのを確認してアスファルトの上に立つ。
 だが目的地まであと少しという所で、2人は行く手を阻まれて立ち止まることになった。