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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

「あれー? 何だかとっても騒がしいですね? 空京ってこれがいつも通りですっけ」
 空京の繁華街。ゆる族の石像が置かれている一角に来ると、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)はきょろきょろとした。警官が走っていたり、ホレグスリ入りの貯水槽があるビルの水をGETしようと人が向かっていたりと、空京はばたばたしまくっていた。
「時間より早く来すぎちゃいましたねー」
 時計を見てのんびりと言うと、隣に立つスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)に声を掛ける。
「スヴェン、今日は何だかとってもいい笑顔ですねー」
「そうですか? 気のせいだと思いますよ。いつも通りです」
 そんな2人の会話には加わらず、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)は街を歩く女の子を物色していた。今日は、ピーチネクターと小豆味炭酸飲料のペットボトルにホレグスリを混ぜて持ってきている。ごみ箱からこっそり拾って所持していたのだ。
「……うーん、どっかに可愛い子いねーかなぁー」
 他人のデートなど心底どーでもいい。デートに同伴とか超シラけるよなー、と思っている彼は、ナンパする気満々だった。
 言い忘れていたが、これはデートの待ち合わせである。
 既に3人と人数オーバーしているが、デートの待ち合わせである。
(ああ……やっぱり……。そして、30分前なのにもう来てますね……)
 志位 大地(しい・だいち)はティエリーティアの姿を認め、保護者とおまけが一緒にいるのを見て脱力した。
(爽やかに迎えようと思ったのですが……)
 スヴェンがティエリーティアに無駄な待ちぼうけを食わそうとするわけもなく、きっと、こちらの考えが読まれていたのだろう。
「みなさんお待たせいたしました。ティエルさん、今日は一段と素敵ですね」
 春を感じさせる淡いピンクのワンピースに、帽子と白いストールを合わせたその姿は、もう本当にめちゃくちゃ可愛い。
「そうですかー? スヴェンが選んでくれたんですよー」
 ちょっと困ったようにスカートをつまんでみるあたり、すごく可愛い。
 スヴェンは、さっきよりも更にいい笑顔を大地に向ける。
「どうも、お久し振りですね大地さん? ああ、今なにやら空京が物騒だと聞きましたので、念のため一緒にやって参りました」
「物騒……ですか?」
「いえ、私達には決して関係の無いことですけれど。ええ決して」
 もう絶対に関わってなるものかという決意を込めて。ついでに『達』にも力を込めて。
「とりあえず、私達のことはお気になさらず」
 ……デートでそれは無茶だろう。

 4人が歩き出す様子をフレームから外すと、シーラ・カンス(しーら・かんす)はデジカメから保存した画像を呼び出した。そこには、照れたように笑う大地と楽しそうなティエリーティアが映っている。
「ああ、いけませんわいけませんわ〜」
 とろけてしまいそうな幸せな笑顔で、シーラは1人身悶えた。
 男×男のデート! それこそ極上のスイーツ! 
 その一部始終を動画や静止画に撮って楽しもうと、彼女はこっそりとついてきていた。尾行に夢中で周囲の騒ぎにはこれぽっちも気付いていない。
「これは今晩のおかずになるな……ふふふ、尾いてきて正解だったぜ……」
 その時、エロ本を読みながら1人で悦に入っているような声が聞こえてきた。1メートル程離れた位置にいる体育会系の青年が、和弓を持ってニヤニヤ笑いを浮かべている。
 シーラの視線に気付いて、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)は慌てて口元を引き締めた。
「い、いや! 違うぞ! 私はただ、今晩のおかずを何にしようかなー、と。決して2人のいちゃついているところを覗いていたわけでは……はっ!」
 誤魔化そうとすると白状してしまうのは何のルールだろうか。
「あらあら〜、そちらはどんなカップリングですの? 気になりますわ〜」
 デジカメを持ってノリノリで聞いてくるシーラ。泰宏は、遅まきながら彼女が尾行仲間であることに気付いた。
「おたがいにバレないようにしないとな……。あ、あそこだ。ほら、ピンクのチューブトップのミニスカと……」
「まあ! こちらもラブラブでもう〜! いけませんわいけませんわ〜」
「じゃ、じゃあな。お互いに健闘を祈る! ……透乃ちゃん、いつもに増してよく食べるなあ」

「もう私達は恋人同士なんだから、このくらいいいよね!」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)と腕を組んで次のお店を探していた。たこやきにハンバーガー、ドーナツにケーキ、えとせとらえとせとら……1つのお店で5つくらい頼んで、食べさせっこしてみたり焦らしてみたり。
「そ、そうですね……でも、あの……」
「ん? 指も絡めちゃう?」
 あせあせっと俯いた陽子に、透乃はそっと指を絡めた。陽子は驚きと嬉しさと恥ずかしさで、顔を真っ赤にしてしまう。
「遊園地でやっちゃんの手を引いたときはなんともなかったけど、ちょっとドキドキしちゃうな。これって相手が陽子ちゃんだからだよね」
「はい……私もドキドキします」
「ねえねえ、次は何食べる?」
「透乃ちゃんに任せますよ。私は透乃ちゃんがそばにいてくれれば、それだけで幸せですので」
 陽子がはにかんで答えると、透乃は照れくさそうにしてから辺りを見回した。少し先から、甘い匂いが漂ってくる。
「あ、クレープ屋さんがあるみたいだよ! 行こ!」
 そのクレープ屋は、ちょっと変なものからオーソドックスなものまで豊富な種類のあるお店だった。『チョコカレー』とか、『焼き納豆生クリーム』とかいう商品から、スイーツ系の『抹茶オ・レクレープ』とか『旬の(?)果物』とかまで、ピンからキリまで。その中から透乃は『わさび白玉カスタード』と喉が渇いたので『カフェインタピオカジュース(24時間戦えたらいいな)』を、陽子はふつーに『バナチョコ』を選んだ。ふつーだ。
「わっ! ……これ、すっごく辛いよ! でも甘い! やっぱり辛い!」
「そういえば昨日の夕御飯時のテレビで、わさびと砂糖を一緒に食べると辛さ倍増とかやってましたね。……ふふ、透乃ちゃん、ほっぺにクリームがついてますよ? わさびも」
 陽子はそう言うと、透乃の頬をぺろっと舐めた。
「……! きゃ、本当に辛いです」
「じゃあこれ飲む? すっきりするよ!」
 目をつぶって辛さをやりすごそうとする陽子に、透乃はカフェインジュースを口に含んでキスをした。口から口へと、ジュースが移っていく。
「…………!」
 びっくりして、陽子はへなへなっ、とその場に座り込んでしまった。

 デジカメを構えっぱなしで、シーラは大地達の後を尾行していた。最低限、通行人にはぶつからないようにしていたが、というか通行人が避けてくれていたが、ともあれ他への注意が完全に疎かになっていた。
 ホレグスリ騒ぎも耳には入らず――
「どうぞ。新発売のブレンドコーヒーです」
 だから、店頭で渡されたコーヒーにも疑問を持たずに口をつけた。
 デジカメを構えっぱなしで口をつけた。

「さっきのコーヒー、なんで貰っちゃいけないんですかー?」
「飲み物は気をつけてください! 知らない人に貰っちゃいけません!」
「そんな、子供じゃないんですからー。あ、アイスがありますー、大地さん、食べませんかー?」
「ティティ、食べ物もですよ!」
「売られているものは大丈夫でしょう。心配なら、俺が始めに毒見してもいいですよ」
 純粋に代替案として言ってみたのだが、スヴェンは速攻で却下した。
「それだけは絶っっっっ対に駄目です!」
 もしホレグスリに当たってしまったら、2人が近付いてしまうだけではないか。
「そういえば前に、だぶるでーとできるといいですねー、て2人と話してたんですよー。だから、今日こうしてみんなで歩けてうれしいですー」
「ダブルデート、ですか?」
 ダブルというからには、残りはスヴェンとフリードリヒなのだろう。スヴェンを見ると、何故か口元が引きつっている。
「いえ深い意味はありませんよ。ですよね? ティティ」
「? そのままの意味ですよー?」
「本当に、『みなさんで歩けて』良かったですね」
(よ、よし、これでもう話は続きませんね……早く誤解を解かなければ……!)
 フリードリヒはスヴェンをナンパした時の事をまざまざと思い出して、その辺を転げまわりたくなった。
「あーもーーーーーーーー! 美味しくない目に遭っただけで引き下がっては男が廃る! 何がなんでも一回はこのクソ薬の恩恵に預かりたいんだぜ! ……ん?」
 フリードリヒは『彼女』に気付いてそちらに歩いていく。その時、シーラが駆け寄ってきた。
「大地さん!」
「シーラさん! ど、どうしてここに?」
「お2人の邪魔をするつもりはなかったの……。でもどうしてでしょう。体が勝手に……」
 ぴったりと体を寄せてくるシーラに、大地は慌てる。ティエリーティアはきょとんとしたものの、すぐに笑顔になって挨拶した。
「シーラさんも来てたんですかー。せっかくだから僕達と歩きませんかー?」
「カメラを持ってきたんです。大地さんと一緒に1枚撮りたいですわ〜。スヴェンさん、撮っていただけますか〜?」
 さりげなくそれをスルーするシーラ。いつも通りのようで何かが違う。そう思ったスヴェンは、彼女が持っている空の紙コップを見て状況を悟った。
「分かりました。ではそこに並んでください。あ、もっとくっついてくださいね。枠内におさまりませんから(嘘)」
「うふふ、こうですか〜」
「ど、どうしたんですかシーラさん。まるで酔っ払っているような……」
 1枚撮った所で、スヴェンはそのカメラの容量が随分と少ないことに気付いた。さりげなく前の写真を確認する。
「あ! 何を撮ってるんですか!」
 そこには、大地とティエリーティアがたまたま見詰め合う形になった時の写真とか、楽しそうに話している写真とか、たまに透乃達の写真とかが入っていた。
「冗談じゃないですよ! 削除! 削除します!」
「ああ〜、およしになって、およしになって〜」
 透乃達の写真はともかく他の写真を消していると、シーラはショックを受けて大地から離れた。
「私の秘蔵写真が〜」
 2人のカップリング写真が消えて嘆いているところを見るに、コーヒーの影響は消えたらしい。
「どうしました? シーラさん。そうですか。俺達の事をそんなに祝福して……ありがとうございます」
 大地はシーラに優しげな視線を送る。特に他意はない。ただ、感謝の気持ちからだ。
「……なんか、面白く無いです……」
 その様子を、ティエリーティアは何だかもやもやするー、と思いながら見つめていた。そのむーっとした表情に大地は慌てる。せっかくのデートだというのに、パートナーとはいえ女性とくっつかれて面白いわけが……あれ? もしかして、ヤキモチをやいてくれているのでしょうか。だとしたら、ちょっとうれし……
「僕だけ蚊帳の外なんてやですー!」
(そっちですか……)
「スヴェンー、僕喉かわきましたー…………あっ!」
 そこで、ティエリーティアも『彼女』を見つけた。