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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

「むきプリ君にホレグスリねえ……あんまり興味ないけど……」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)と一緒に空京の街を歩いていた。バタバタとしている人々とは一線を画し、のんびりとしている。
「ホレグスリ、ですか。飲んだら恋をしてしまう、という薬ですか?」
「ん、そうらしいわよ。恋で済めばいいんだけどねえ……」
「…………」
 フィアは、ホレグスリとその効果について考えてみる。
(恋……人を好きになるということのようですが、私はよく分かりませんね。確かにチビッコは好きですが、そういった感情とは違うようです)
 機晶姫も、恋をするのだろうか。もし薬が効くというのなら、それを飲んで恋をしてみたい。
「唯乃、私、ホレグスリが欲しいです」
「え?」
 パーツ以外の物を欲しがるフィアを、唯乃はびっくりして見返した。
(いきなり、どうしたのかしら)
「どこかで手に入らないでしょうか……」
「それは、むきプリ君がその辺歩いてれば奪ってゲットも出来るかもしれないけど……って、走ってるわ」

「くそう、どこに逃げる? とにかく、ホテルへ……!」
 むきプリ君は単身、そう単身、自分の借りたホテルへと向かっていた。ぷりりー君はクエスティーナの護衛をするということで途中でデパートに入ってしまった。ホレグスリ入りの鞄だけは、『きちんと』返してもらったが。
 ていうかむきプリ君。君の不幸はそれが原因だよ? それ手放せば幸せになれるよ?
「何だ?」
 その時、鞄を引っ張る力を感じて、むきプリ君は手元を見た。小さな少女が、鞄を掴んで中身を探っている。
「何をしている! 放せ!」
「やば、見つかった!」
 隠形の術を使って近付いた唯乃だったが、やはり気付かれてしまったようだ。咄嗟に鬼眼を使うと、むきプリ君は一瞬、おびえたように身をのけぞらせる。その間に、フィアは鞄からピンクの小瓶を抜き取った。他に2種類ほどあったが、まあオーソドックスなピンクが正解だろう。そしてすばやく離れると、光術を目にぶちあてる。
「…………!」
「フィア、逃げるわよ!」
 あまりのまぶしさに、むきプリ君は声も無く目を覆った。その間に2人はさっさと撤退する。
 安全だと思える場所まで来て足を止め、唯乃は小瓶をフィアに渡した。
「はい、ホレグスリ」
「ありがとうございます。ところで唯乃、誰を恋の対象にしたらいいのでしょうか」
「…………」
 そんなことを訊かれても困る。びっくりしてしばし言葉を失った唯乃だったが、現在地を考えて答えを出す。
「そうね……ちょうど公園が近いし、誰かいるんじゃない?」

「またか! むきプリ、テメーを倒す!」
 むきプリ君の所業を知って彼の行方を捜していた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)から公園に居るという情報を聞いてバイクを走らせていた。空京公園の外にある駐輪場にバイクを止める。とりあえず、むきプリの位置を確認しなければいけない。それからトイレでケンリュウガーの衣装に着替えよう。入口を通過した時にちらりと見えた看板の文面に改めて正義感を燃やしつつ、牙竜はリリィと一緒に園内に入った。そこでは、看板通りにホレグスリの試飲会が行われていた。キャンギャル姿の女の子が2人、紙コップに入った何かを配っている。きっと、あれがホレグスリなのだろう。
「あの子達に話を聞いてくるわね!」
 リリィはそう言って、真菜華達の方へと歩いていった。話を聞くというのは嘘で、ホレグスリを受け取って持参したペットボトルに混ぜるためなのだが。
 彼女は試飲会の話を小耳に挟み、薬をGETするべく牙竜を公園まで誘導したのだ。
 ここ最近、妙にライバルらしき人達が出てきて、リリィはやきもきした日々を送っていた。妹のように思っている赤髪の少女に、左手の薬指に指輪をはめさせたセイニィ。当時は意味を知らなかったみたいだけど、教えたのに指輪はそのまま。しかも2人共、牙竜とかなり良い雰囲気になっている。
 ここは、存在をアピールしないと!
 後、共通点が貧乳なのは何でなの!
「女の子にホレグスリを飲ませてあんな格好をさせるとは……むきプリめ、相変わらずだな。しかも片方はまだ、年端もいかない小さい子じゃねーか! それにしても、肝心のむきプリはどこに居るんだ?」
「武神も来てたのか。ホレグスリを取りに来るタイプには見えないけどな。いろんな意味で」
 声を掛けてきた虚雲に、苦々しい顔で牙竜は言う。
「いろいろって……どういう意味だよ」
「フラグ王って有名だぞ」
「…………ほんと、何でだろうな? 最近、血盟団からはリア充、爆発しろ! とか言われるし。俺が言いたいくらいの台詞なのにな」
「…………」
 呆れて、言葉を失う虚雲。
「リア充。インターネット上で使われる俗語。現実、つまりリアルの生活が充実している者に使われる言葉。その反対となるリアルの充実していない……」
「いや、もういい。というか知ってる」
「そう」
 そのまま沈黙する雪にびっくりした顔を向けてから、牙竜は情報を集めようと話題を変えた。
「ところで、むきプリを知らないか? ここに居るって情報があったらしいんだけど」
「むきプリ? いや居ないだろ。街頭ニュースで名前出ちまってたし、こんな所で油売ってたら格好の的じゃねーか」
「何っ!? ガセか!」
 そこに、リリィが戻ってきた。
「彼女達に聞いてきたけど、ここには居ないらしいわよ」
「やっぱりか! むきプリ! 今度こそ焼却をしてやろうと思ったのに……!」
 そんな会話を交わす2人から離れ、虚雲はミレイユにホレグスリを渡した。
「本当に飲むのか?」
「うん。やっぱり、知らない人を好きになるのは怖いから、信頼してるキョンお兄ちゃんがいいんだ」
 どうしても恋をする気持ちが知りたい。本当は、薬に頼るのはよくないけれど……
「……そっか。頑張れよ」
 妹と同義である存在のミレイユのために、人肌脱ぎたい。頭にぽんと手を置くと、ミレイユは小さく頷いて、笑った。そして紙コップの中身を一気に飲む。以前は大変な目に遭ったし、公園にいるカップルの中にも大変なことをしているのがちらほら居るが、彼女が自分に惚れたらどうなるか、少し気になる。
 しかし、こうして見詰められるとやはり緊張するものだ。
 ミレイユの目が潤み、その表情が不安気なものへと変わっていく。
「……キョンお兄ちゃん見てると、胸が苦しいよぉ……」
「み、ミレイユ?」
「ど、どうしようどうしよう。どうすればいいのかわかんない。どきどきするよぉ〜」
 うろたえるミレイユの頭を引き寄せ、安心させるように、胸の中にすっぽりと抱き締める。ミレイユの額に、虚雲の鼓動が伝わってきた。
 とくん、とくん。
 その動きを聞いていると幸せな気持ちになるような気がする。
 あったかい、な。
 頭を撫でてくれる手が優しくて、いつまでも、いつまでもこうしていたい。
「キョンお兄ちゃん……ありがと」
 見上げると、虚雲は不意打ちを受けたように驚いた顔をした。
「? どうしたの?」
「いや……可愛いな、と思って」
「え、ええっ!?」
 びっくりして、嬉しくなって恥ずかしい。おろおろとしてきょろきょろすると、雪がこちらをガン見していることに気付いた。
(えっ、えっ! 雪さん……!)
 恋というものがわからないという雪。薬を飲む前は、自分達の様子を見て少しでも理解してもらえたら、一緒に前に進めたらと思っていたけれど。
(は、恥ずかしいよぉ〜!)
 熱くなりすぎて、顔から、ぷしゅ〜、と湯気が出てきそうだった。

 淡々とした表情でミレイユを観察していた雪は、顔を赤くする彼女を見ても何の反応も示さなかった。ただ、その現象に疑問符を付けるだけだ。不明事項を頭の中で整理して、箇条書きにするように簡潔に纏める。それに解を加える為に、雪は他のカップル達を見るべく首を巡らせた。
 見詰め合って笑い合うカップル。腕を組んで歩いているカップル。素肌同士を合わせてじゃれあうカップル。
 恋愛というカテゴリー。不明事項の最上位にあるのは――
 年齢の低そうな少女達を見つけ、雪は視線を固定する。小瓶を持って困った表情を浮かべている機晶姫と、その付き添いらしき地球人。小瓶の中の液体の色や質から、紙コップ配布の物と同じだと判断可能だ。
「迷ってる」
 突然話しかけられ、フィアは驚いて振り向いた。
「皆、明確な目的があって使っているように見える。でもあなたは、使うために握り締めているそれを使おうとしない。何を、迷ってるの?」
「え、私は……」
 フィアは、恋というものが何なのかよくわからないこと。それを体験するために薬を飲みたいけれど誰を選べばいいのかわからないことを話した。
「…………」
 雪は沈黙してから、ぽそりと言う。
「ボクも」
「え?」
「ボクも解らない。だから、同じく恋が解らないミレイユ・グリシャムがホレグスリを飲む様子から学習しようとした。変化はしたけれど、それが何故起こるのかは不明」
「あの方も、恋というものがわからないんですね」
 思っていたよりも、恋愛にハテナマークを浮かべている人は多いのかもしれない。そうして2人は、揃ってミレイユに視線を送った。

(あ、あれ? 今、俺何て言った!?)
 虚雲は、自分の発言に自分で驚いていた。
 いや可愛いけど。
 確かに可愛いけど。
 ミレイユは妹……そうだ、だからこそ普通にぎゅーとか抱きしめるし頭も撫でるし。普通だよな? 兄弟ならやるよな? 可愛いってのだって、別に変な意味じゃない。
「…………」
(けど何故か、ミレイユの前だと結構積極的だよな、俺……こんなに何でも、素直に、自然でいられるのは……これってまさか……いやいやまさか、そんな)
 目を瞑って首を振る。
(ミレイユは妹妹いもうと……)
 目を開けて、慌てる『妹』にきりっとした表情を作って。
 目尻に溜まった涙を、そっとキスで取ってやる。
「ミレイユは俺の大事な妹だ。だから……」
「ミレイユ!」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)の声が聞こえて、2人は顔を上げた。
「いったい何が……」
「いや、実は……」
 我に返った虚雲は、ちょっとほっとしながらシェイドに事情を説明した。あと少しで『夢に溺れるより俺に溺れて眠れ。禁断の果実を触れたが為に、俺は妹に恋をする……』とか歯の浮くような台詞を言ってしまうところだった。危なかった。
「シェイドぉ〜」
 シェイドの姿を認めた途端、ミレイユは一度すっきりした瞳にたちまち涙を溜め、ぽろぽろと涙をこぼした。
 胸が苦しい。
 さっきよりも、ずっと苦しい。
 色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、立っているのも辛かった。
「そうですか。それで協力していただいたのですね」
 話を聞いて、シェイドは穏やかな笑みを浮かべた。
「好きになる相手が……信用している虚雲さんでよかったです。安心しました」
 これが別の人物で、ミレイユが大変な目にあっていたら……。そう考えた瞬間、彼の纏う空気が冷たく、威圧的なものに変わる。
「!?」
 ほんの一瞬の間のことだったが、シェイドの心が読めない虚雲は冷や汗を掻いてしまう。
 何だか恐ろしい……
「……辛そうなので連れて帰りますね」
 シェイドが背中に乗るように促すと、ミレイユはおとなしく肩に掴まって、申し訳なさそうに縮こまった。
「ほら、帰りますよ」
「うん……キョンお兄ちゃん、変なお願いごとして、巻き込んじゃってごめんね」
 別れる間際、ミレイユは振り返った。その可愛らしい謝罪に、虚雲はやれやれ、と呟いた。