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第四章 お嬢様、オオカミと対峙される

 「ついに出ましたわ!!」
 オオカミの姿を認めるなり、レティーシアはレイピアを手に駆け出していた。
「レティーシアさん、そんなカッコじゃ危ないですぅ」
「大丈夫ですわ!わたくしが時間を稼ぎますから、レティシアは今のうちにみんなを集めてくださいませ!」
「レティーシアさん、普通はが逆ですよぅ……」
 戸惑うレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の脇を、軽装備のアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が走り抜ける。レティーシアの反応が思いのほか早くて装備を整えられなかった。
 オオカミはこちらの態勢が整っていないことを察知すると、先頭を切って飛び込んできたレティーシアに狙いを定めて飛び掛ってきた。
 ――庇おうにも、間合いから遠すぎる!
「レティーシアさ…!!」
 声をあげるアリアの前を、切り裂くようにして稲妻が走ってオオカミたちの動きを封じた。
 傍まで来ていたフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が後方からサンダーブラストを放ったのだった。動きの鈍ったオオカミの腹を、レティーシアのレイピアが薙ぐ。一撃一撃は軽いものの、素早さを活かして多少のダメージを与えることは出来たらしい。
「やりましたわ!」
喜んだのもつかの間……。弱ったオオカミを飛び越えるようにして、次々と新手がせり出してくる。
 追いついてきた三人が、レティーシアを背中に守るようにしてオオカミに武器を構えた頃には、すっかり逃げ場を失っていた。
 きちんと防具を装備できなかった上に、多勢に無勢は誰の目にも見て取れた。
「すぐ、みんな駆けつけてきてくれます。……それまでは私たちで持ちこたえるしかないようですね」
クレアは苦笑した。
 次の瞬間には咆哮とともに、オオカミの群れが襲い掛かってきた。
「もう!急に一人で駆け出したら危ないんだよっ!!死んじゃったらどうするの!」
 ミルディアが憤慨しながら、飛び掛ってくるオオカミをひっきりなしにチェインスマイトで叩き落す。レティーシアは一応は悪いと思っているらしく、済まなそうに弁解した。
「だって、そうでもしなきゃ戦わせてももらえないと思ったんですもの……」
「それが理由なの?!だったら許さないよ!あとでビンタ百回だからね!」
 あまりの無鉄砲さに腹を立てたらしい。キーッと地団駄踏む彼女の腕に、ふいに横合いから飛び出してきたオオカミが噛み付いた。レティーシアが小さく叫ぶ。
「ミルディア!!」
「……っ!痛っい、なっ!」
 噛み付く力に抗わない方向に体をひねり、体重をかけて地面に叩きつける。首がいったのか、そのオオカミは動かなくなった。傷を負った腕をふるって血を払うと、ミルディアは何事もなかったかのようにライトブレードを構えなおした。よく見ると、他の二人もレティーシアをかばって傷を負っている。
「ビンタはともかく、私も、せめて一緒に行動して欲しかったです。そうしたら……」
 レティーシアを狙って襲い来るオオカミを、逐一追い払いながらアリアは唇を噛んだ。
「……もっといい形で一緒に戦えたのにっ!」
「……っ!」
 囲いこまれている内側にオオカミが集中しないように、外からフィーネが魔法で、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が急所を確実に狙い撃ち、援護する。
「本当ならもっと遠距離からの援護としゃれ込みたいところだがな」
「この数じゃ仕方ない、ですね」
 そうして粘っていると、バラバラと勢いに任せて飛びついてきていたオオカミたちがふと輪の中心から離れていった。それから、足並みを揃えて狙いを定める。
「……まずいっ」
 一気に狙いを定めてこられたら、持ちこたえられない!
 オオカミが地を蹴り、まるで黒い津波のように空を覆った瞬間。
「……?」

 レティーシアは、金色の光が闇を散らしていくのを見た。

「大丈夫?!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)はくるりとオオカミの前に降り立つと盾で防ぎつつ、レティーシアにパワーブレスをかけて言った。これまで必死で防いでいた彼女たちの顔に、ホッとした色が見える。……のぞきに来たおかげで早く駆けつけられたというのはここだけの話。
「もう大丈夫!ボクたちが援護するから、思う存分戦って!」
「……僕、たち?」
 目を上げると、装備を整えた女性たちや事態に気づいた男性たちが次々と駆けつけて血路を切り開いていた。エルは今度は怪我人に忙しくヒールをかけている。
 
 ガゥン!!

「きゃっ!」
 近距離で銃声がした衝撃で、レティーシアは足をとられて転び、泥溜まりへと突っ伏した。
「なっ、なんなんですの貴方、突然びっくりするじゃ……」
発砲した張本人の国頭 武尊(くにがみ・たける)に文句を言うべく、レティーシアは恨みがましくにらみつけたが、乱暴にぐいと腕を引っ張られて立ち上がり、勢いで武尊の懐に鼻の頭をぶつけてしまった。
「な、なにすっ……」
背後でどさりと音がする。振り返ると、先程までレティーシアが居た場所にオオカミが二匹負傷して逃げていった。事態をのみこめて、レティーシアがおずおずとお礼を言おうとする。
「あ……ありが……」
が。
「お嬢さんよぉ、戦う気がないなら引いたほうが身の為なんじゃねぇの?はっきり言って足手まといだぜ」
きっぱり面と向かって言われ、レティーシアは傍目にもわかる勢いで激昂した。
「しっ、失礼ですわね!わたくしだって戦えますのよ!!今のはちょっと油断しただけですわ」
「そうかい、ま、そんなこたぁいいけどよ」
 そして、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回す。レティーシアは自分のレイピアを握り直すと、ツンツンした態度で言った。
「あなたこそ、フラフラしていないで援護でもされたらいかが?レティシアたちが気になります。余裕があるならそちらに行って手を貸してあげてくださいませ」
「何だって?お嬢様はそっちか。なら早く言えよなチビジャリ!」
「ちっ……?!」
武尊は言うだけ言うと、あっさりとレティシア目掛けて走っていった。
「チビジャリですってぇぇえ?!」
 その後のレティーシアの奮戦は、鬼気迫るものがあったという。


 「レティーシアお嬢様!この国頭 武尊が助けに来たぜ!」
 華麗に身を翻し、魅せる動きで二丁拳銃を構えると、武尊はポニーテールの少女の前にかしづいた。
 完璧な流れだった。美しいとすら言える拳銃さばき、助けに入るタイミング、援護の気遣い……。彼の想定している中でも最高のシチュエーションだった。しかし、かけられた言葉は予想外に戸惑いに満ちていた。
「え?えっと、……どうもありがとうございますぅ」
「あ?」
そこで目をしばたかせていたのは、彼が探していたレティーシア・クロカスではなく、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)だった。
「あれ?……お嬢さんは?」
「レティーシアさんなら、あちらですぅ」
 嫌な予感のもと視線をやった先では、泥だらけで髪を下ろした小汚い少女が猛然とレイピアを振り回していた。
 ……さっき、何も気にせず暴言を吐きまくった相手である。
「……………………。
 ……っ人違いしてたぁぁああ!!」
思わず真っ白になって立ち尽くす武尊の肩を、レティシアは困ったように叩いてやった。