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第十一章 闇鍋

 洞窟から一歩外に出ると、そこには風呂鍋と見紛うばかりの大鍋が火にかけられ、ぐつぐつと煮立っていた。準備に励んでいた鬼崎 朔(きざき・さく)が、焦点のおぼつかない目でにこにこと微笑んでいる。
「えへへへへへ……」
「ご機嫌でござるな!」
童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)が滝のように水をしたたらせながら怪しく笑っている。火が近くて溶けかけているらしい。心なしかいつもより慎重も低い。
「だってすごく楽しみにしてたんですよエヘヘヘ……ふふ、昨日うっかり眠れなかったんです……」
「拙者も楽しみにしていたでござるよ。難点と言えば、鍋が熱いということでござるな。氷鍋ならば拙者も一緒に食べられるのでござるが……」
これ以上は溶けきると思ったのか、スノーマンはいそいそと洞窟の方へと駆けていった。
 闇鍋奉行のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が頃合を見て鍋の蓋を開け放った。みんなで持ち寄った具材は多種多様ながら、こうして鍋に入っていると普通に……見えなかった。
「ヒグマも一緒に鍋にしてもらえることになってラッキーでした」
「本当に、ラッキーだと……ザインなら思っているんだろうなぁ」
神野 永太(じんの・えいた)は肩をすくめた。
「おい!誰が一番食べられるか競争しようぜ!」
 闇咲 阿童(やみさき・あどう)が提案する。彼は既に洞窟内でさんざんカキ氷を堪能しているのだが……食への欲求は尽きない。クロセルは、神妙に頷いた。
「よろしいでしょう。闇鍋は一人ずつ順番にまわして食べます。パスはなし!最後まで残って食べ続けた人が本日の闇鍋大食い王です。それでは始めましょう!」
宣言と共に、闇鍋が開催された・

 「これは、食べ物……なのだな?」
 スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)は眉間にしわをよせつつ、ごくりと喉を鳴らした。箸の上に乗ったでろりとしたものは、どうよく見てもモヒカンにしかみえない。しかもなんだかどす黒い。
「食べなければ鍋に投入します!スプリングロンドさんも狼肉として食されちゃうかもしれませんねぇ……ウヒャヒャヒャヒャ」
鍋奉行の邪悪な笑みに顔を青ざめさせながら、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)ベアトリス・ウィリアムズ(べあとりす・うぃりあむず)が心配そうに見守っている。
「「お、お義父さん……」」
「大丈夫だ」
スプリングロンドは安心させるように息子たちに微笑んで見せた。
この夏は家族で元気に遊びに行こうな
「(それなんて死亡フラグ!!)」
息子たちの前で格好悪いところなんて見せていられない。そう背筋を伸ばし、男らしく、潔く口に放り込む。
 モヒッ、モヒッ……ウゲホッ、モ、モヒモヒ……
 ……ゴクリ。
飲み込んだ!おおおおお、と歓声のあがる中、もわっと口から黒いもやのようなものが立ち上る。それは意思をもつようにスプリングロンドの頭にがしっと付着し、その部分の毛が一気に伸びた。
「もひかん!!」
 ……ぱたっ。
「「お義父さーーーーーん!!!」」
やっぱり倒れた。
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が倒れた人々を回収していく。
 鍋から少し離れた場所に、本日ルイ・フリード(るい・ふりーど)からもらったヒグマの毛皮を敷いて、戦闘不能状態の闇鍋参加者を寝かせている。協力してヒグマを倒した人たちに許可をもらって、二頭分すべて貰ったのだが……
「足りませんわねぇ」
「また来たのか!」
ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が呆れた声をあげた。
 闇鍋介護所はすでに死屍累々といった様子だった。
「さぁ次は……女王!女王もどうぞ!」
ひっそりと目立たないようにしていた赤羽 美央(あかばね・みお)は、ギクリと身をこわばらせた。
「わ、私はいいのでみなさん食べてくださ……」
「なに遠慮しているんですか女王陛下!!やっぱり陛下がいなきゃ始まりませんよ!」
寝不足でテンションがハイになっている朔に引っ張られて、鍋の中に箸をつけてしまう。
「あ、あああああ、今のは、今のは違うんで……」
「お食べください女王陛下」
……クロセルの笑顔がこわい。
 意を決して持ち上げた箸の先には、赤くウネウネと蠢く触手がくっついていた。
「あれって……」
「ふむ、美しい髪だ」
「あれ髪なの?!」
天上天下唯我独尊 丸(てんじょうてんがゆいがどくそん・まる)が偉そうにふんぞり返る。美央はしばらくウネウネする様を眺めていたが、ふぅーと息を吐き出し、
「闇鍋ルール5を執行します。すなわち、女王権限でパスします」
えええええ、と上がる声とは打って変わり、クロセルが冷静に言う。
「ルールは4番までです。パスするということは、女王にはこの鍋に入っていただくことになりますよ?」
「アーッハハハ!それは美央がだし汁になるということですか!これは愉快痛快デース!!」
普段の恨みとばかりにジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)が、美央ににじりよる。
「なりません!私は女王なのでそこは特別ルールを設けることにします」
「赤羽女王陛下、だし汁になるのですか〜?」
そこにやっぱりハイテンションの朔がなぜか大きく挙手をして立ち上がる。
「女王がそこまでなさるというのなら、不肖ながらこの自分もお供仕ります!」
そしておもむろに服を脱ぎ始める。おおーっという歓声と共に拍手まで巻き起こり、気分をよくしたのか朔はばっちり素敵なポーズまでとってくれた。どんなポーズだったかは、あなたの心が知っています。
「ちょっ、ちょっと……朔……さん……ああああ、朔さんが壊れてく……」
椎堂 紗月(しどう・さつき)が止めようにも、歓声に負けて制止の声が届かない。
 そして、全部衣類をとっぱらってしまった彼女は、なぜか、スクール水着だった。
「さぁ!陛下、いざ鍋へ!!」
「入りなさーイ!さもないとこうデース!」
ぶわっとゴーストを三体呼び寄せると、ジョセフは美央めがけて一気に放った。
「―――っ!!――――っっっ!!」
心霊現象がからっきし駄目な彼女は、声にすらならない悲鳴を上げて朔に取りすがる。
「大丈夫です赤羽女王陛下!自分についてきてください」
サッと用意されたはしごを上りきる。誘導されるがまま向かった先は当然……
 どばしゃーん!!
しぶきを上げて、二人が鍋へと落ちた。
「わっぷ、あつっ!」
わたわたともがく美央の手に、何か柔らかいものと硬いものが当たる。
 疑問に思って引き上げると、そこには茹蛸状態の神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)ニアール・リッケンバッカー(にあーる・りっけんばっかー)、そして装着型機晶姫 キングドリル(そうちゃくがたきしょうき・きんぐどりる)が厳しい顔をしかめて唸っていた。本日のレティーシアお嬢様による収穫である。
「ぶるぁぁぁぁぁ!!」
 ボチャン!
 美央は見なかったことにした。
「ハハハハハハ!いい気味デース!着替えもないのにびしょ濡れとか惨めたらしいっちゃアーリマセンヨー!!」
勝ち誇るジョセフの前に、スッと箸が差し出される。
「あなたの番ですよ?」
「オーゥサンクス!もちろん頂きマース」
クロセルの優しい微笑みに、ジョセフは嬉々として鍋に箸をつけた。箸についていたのは、運命的にも再び「丸のアレ」だった。
「オーゥ、なんとも噛み応えがあゲゴファアッ!!!中からなんか出てきマシタァァァアア!!!奥に、喉の奥に入って……ぐ、あっ、や……イヤデーーーーース!!!」
断末魔を残して、ジョセフが地面に突っ伏した。リリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)がその足を掴んで、ズルズルと運び去っていった。