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リアクション
――しかし。
「――不思議な事に、空京に異常は発生しなかった」
ダリルの説明は続く。
「代わりにオーロラが発生し、大気が例の大樹付近へダウンバーストした記録があった。このオーロラは恐らく、宇宙放射線に伴うプラズマ粒子の反応だろう。そこで、1つの推論が立つ」
切り替わった投射画面には、大樹を中心にした関係図が映っていた。
「地球ガイア論と同様にパラミタを生物と仮定すると、魔法魔力の強い生物の自浄機能は、地球のそれより明確だろう。周辺の植物からは微弱な宇宙放射線が検出され、壊死の兆候があった。あの大樹の自浄機能が働き、吸収したと考えるべきだろう。壊死は、余波の影響からくるものだ。そして、大樹に変化が起きた。この仮説を元に推論を組み上げると、有害な宇宙放射線を大量吸収した結果、浄化し結実、排出したと言えるだろう。正に、『生命の大樹』と呼ぶべき存在だ」
脳の拡大絵図が、画面に現れる。
「実を食した者に、副次的効果で脳内情報の相互転移が発生したが、解毒剤や新陳代謝促進剤で治癒されるか自然に収まるまでは、転移者同士は成るべく同じ部屋にいるべきだろう。もっとも――」
ダリルは投影図からルミーナに目を戻し、言った。
「あれが一種の環境調整の役割りを果たす樹ならば、結実してなかったのは吸収浄化すべき毒物が無かったからではないか。それが一気に吸収され、凝縮されたとなると、効果は過去とは比べ物にならない可能性はある」
ダリル達は、つがいからのエネルギーを大樹が吸収し続けていたことは、知らなかった。それを加味すると――
ルミーナに電話が入る。実験室に来たソール達からコピーを受け取り、陽太が連絡してきたのだ。
『会長、大樹の正体が判明しました……』
そう言って、文章を読み上げていく。明るい調子で報告する彼に、ルミーナは今回の有害物質の量が半端では無いことを告げた。
「100年分の恋人達のエネルギーと、かつてない量の有害物質が練り上げられたというわけね。それなら、効果が1日とは限らないわ。最長記録なんか、軽々と更新するでしょう。甘くみない方がいいわよ」
『え……!』
陽太は絶句し……直後、電話の向こうが騒然とした。
理由は、全くの別件――痴話喧嘩の類らしい。
「あ、あの、アイナさん……。隼人さんですが、一生監禁幽閉とか記憶を消去するとかしたらどうでしょうか。殺害してしまうと、僕達も被害を被るので……」
「そうね……」
ソルランが言うと、先を行く隼人は少し考えるように間を空けた。
「私も自分の身体は極力傷つけたくないし……そうするわ。捕らえたら、薬で眠らせて縛り付けて監禁しましょう。元に戻ってから、隼人をハンマーで殴って記憶を消去すればいいわ」
「記憶が消えるまで、殴るんですか……?」
「それが理想ね」
さらりと答える隼人に、ソルランは震え上がる。
(何を言ったんですか隼人さん……!)
「上手く消せなかったら、今までの事は夢だったって誤魔化せばいいわ」
秘密を絶対に守り抜く。その決意を持って、隼人は進む。歩みには微塵の迷いもない。
「どこに逃げたのか分かる? ソルラン」
問われて、その意図が理解出来ないままにソルランは答える。
「? はい。こういう場合の隼人さんの逃走先は、お兄さんの優斗さんの所か、ルミーナさんの所だと思います」
「……優斗の線は、まずないわね」
隼人の視線の先には、そこらの女子をナンパしている優斗の姿があった。
「ど、どうします……?」
「あっちにまで構っている暇は無いわ。テレサとミアに連絡しましょう」
「は、はい!」
隼人は、もう1人の協力者から目を離さぬようにしながら考える。
(ルミーナさんは化学実験室だったわよね……ちょうどいいわ)
ソルランは電話を耳から離すと、申し訳無さそうに報告した。
「……話し中です……」
「えっ、優斗さんがナンパを……!?」
「優斗お兄ちゃんが浮気!? そんなの許さないよ!」
化学実験室の隣にある準備室に隠れると、アイナはまず、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)とミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)に優斗の行動を伝えた。あの状態の彼を放っておくと、後でテレサ主催の家族会議という名のお説教タイムが開かれること必至だからだ。それには勿論自分も同席させられ巻き込まれ、非常に面倒なことになる。決して、兄を売ったわけではない。
「それで……どうしました? アイナさんとケンカをなさったようですが……」
「いえ、違うんです! 一方的にアイナがキレ始めて、俺にはさっぱり……」
「とりあえず、朝から起きたことを順番に話してみたら? 何か分かるかもしれないし」
ファーシーに言われて、アイナは入れ替わりに気付いてからのことを逐一話した。胸パット云々についても話した。
「「…………」」
話し終えても、2人は黙したままだった。環菜は驚いた、ファーシーはそれに呆れを加えた表情をしている。
「風祭さん、それは……怒りますよ」
「あの……どの部分でですか?」
「どの部分でって……胸は女の子のステータスなのよ。小さい事にコンプレックスを持ってるから胸パットをしてるのに、気にするなって、しかも『小さな事』って……」
素晴らしくカチンとくる言い方だ。
「だから、小さな事だと思えば気が楽になるだろう?」
「なるわけないでしょ! それに胸パットなんて……男の子に1番見られたくないものじゃない! それを当たり前のように、付けなかったとか面倒くさいとか面と向かって言われたら……恥ずかしすぎて、マシンガンくらい撃ちたくなるわよ!」
「わたくしも……今回は風祭さんが悪いと思いますわ」
「そ、そんな……」
悪い、というはっきりとした宣告に、アイナはあからさまに落ち込んだ。
「アイナさんにきちんと謝った方がいいですよ」
優しく諭すように環菜に言われ、項垂れていたアイナは決心したように顔を上げた。
「分かりました。謝ります」
そしてその直後に、なんとも情けない事を言う。
「でも……あいつはそのくらいで凶行を止めるような奴じゃないんですよ。俺が殺される前に……アイナを説得してください。お願いします」
環菜は微笑んで、アイナを安心させるように頷いた。
「わたくしに出来ることなら、喜んで協力いたしますわ」
「…………」
そんな中、ファーシーは自分の胸を1人じーっと見つめていた。
「ねえ、もしかしてわたしの胸が小さいのって……全然気にしてなかったから?」
おもむろに言われ、アイナは慌ててファーシーの胸を見た。瞬間的に、整備していた時のことを思い出す。
「えっ!? いや、確かに気にしてなかったけど……身体のバランスとしてその方がいいかなって……お、大きい方が良いなら胸パーツだけ造り直しても……」
「ううん、ちょっと聞いてみたかっただけ。前からこの位だったし、わたしはむしろこの方が良いんだけど……だって、ルヴィはこのサイズが好きだったってことよねー」
何だかファーシーがのろけだしたところで、準備室の扉が開いた。隼人から醸し出される迫力に、関わりたくないと思ったみなさまは遠巻きにこちらを眺めている。
「隼人!」
わんっ!
氷術で足首が固定されると同時、犬のハヤテが飛びかかってきた。襲うというよりは、身体にじゃれつくという感じだが。アイナを押さえて、得意気にしている。
「は、ハヤテ!?」
その間に、ブラックコートで隠れたソルランがこっそり近付き、アイナを後ろ手にして手首を縛った。
(ごめんなさい隼人さん……僕は死にたくないので……これは仕方のないことなのです!)
隼人は手に、怪しげな薬を持っていた。化学教師からカツアゲしたものだ。
「まだ元には戻れないようだから、これでも飲んで待っていればいいわ。超強力な睡眠や……」
「アイナ! 俺が悪かった!」
「……え?」
「胸のサイズがどれだけ重要なのかはよく分かった! もう胸パットを付けるななんて言わないから、助けてくれ!」
(胸パット……)
「胸パット……」
「胸パットねえ……」
後方から聞こえる囁き声に、隼人は顔を真っ赤にした。
「私の秘密を……! よくもっ……!」
ヘキサハンマーを取り返した隼人はその場の面々も含めて記憶消去しようとし――取り押さえられてアイナの隣で縛られるまで、実験室は一時大混乱に包まれた。
テレサは、女子生徒に声を掛けている優斗を見て、ショックを受けた。
(優斗さん……本当に……!?)
「優斗さん!」
光条兵器の巨大十字架を掲げて走り寄り、脳天目掛けて振り下ろす。
「テレサ!?」
それを避けた優斗は、思い切り驚いた(ふりをした)。巨大十字架が床にめりこむ。その迫力に驚き、女子生徒は逃げ出した。
「な、ナンパはダメです!」
言ってしまってから、テレサははたと気が付いたように動きを止めて慌てて巨大十字架を仕舞った。
「こっ、これは優斗さんに私以外の女の子とお付き合いして欲しくないと思ったから止めているというわけではなくて、優斗さんは不純異性交遊より学生らしく学業を頑張るのが正しいと思ったからですよ! 本当ですよ!!」
すると、優斗は少し悲しそうな顔をした。
「……そうなんですか?」
「そそそ、そうですよ?」
意外な反応に、テレサはどきっとして声を上擦らせた。
(いつもと違う……これって、もしかして……?)
「そうですか、残念です……実は僕、テレサの気を惹きたくてこんな事を……決して本気じゃなかったんです」
「……え……? それって……」
「はい、好きです」
優斗はにっこりと笑ってはっきりと言った。
「…………!」
驚いて、テレサは両手で口を塞ぐ。
「で、でも……」
「駄目……ですか?」
近寄って迫られ、そっと腰を抱かれる。
「あ、あの……これからは妹じゃなくて恋人として健全な交際をするのはぜんぜん構わないというか、キスぐらいまでなら……それ以上でも、優斗さんになら許して……」
「な、何やってるんですか!」
その場を発見して、リョーコが大慌てで近付いてくる。
「て、テレサに変なことを教えないでください!」
「あれ、リョーコさん、今日は僕に丁寧に話してくれるんですね。嬉しいです」
「……どこまで僕のふりをするんですか……いやそれは、女性言葉で話されても困りますけど……」
「リョーコさん……」
テレサは、ゆらりと恐ろしい気配を纏っていた。
「せっかく良い雰囲気だったのに! 邪魔しないでください!」
「え、だから、テレサ、僕は……ちょっと、何言ったんですか……あ、居ない!?」
延々と抗議してくるテレサを振り切って、リョーコは再び優斗を探し始めた。
ミアは、女子生徒『達』に声を掛けている優斗を見て、ショックを受けた。
(優斗お兄ちゃん……本当に……!?)
「優斗お兄ちゃん!」
「ミア!?」
ミアに気付いた優斗は、思い切り驚いた(ふりをした)。ミアは、女子生徒『達』に強盗鳥やスライム、狼や毒蛇を仕掛ける。
「きゃーーーー!」
そこで、強盗鳥の頭の上からデビルゆるスターが飛び降りて彼女達を誘った。
「きゃーーーー!」
その可愛さに嬌声を上げて、女子生徒はデビルゆるスターを追いかけていく。ミアは、狼を突進させて優斗を転ばせると、馬乗りになってお説教をした。
「……優斗お兄ちゃんは僕と婚約しているんだから……許さないよ!」
すると、優斗は少し申し訳無さそうな顔をした。
「……すみません……」
「え?」
驚くほど素直な反応に、ミアはどきっとして声を上擦らせた。
(いつも全力で否定するのに……! ど、どうしちゃったんだろう……?)
「そうですよね、でも、ミアの気持ちが確認できて嬉しいです……実は僕、ミアの気を惹きたくてこんな事を……決して本気じゃなかったんです」
「……え……? それって……」
「はい、好きです」
優斗はにっこりと笑ってはっきりと言った。
「ほ、本当に?」
「嫌われちゃいました……か?」
寂しそうに言って、頭を抱こうとする優斗。
「う、ううん……。優斗お兄ちゃんが気の迷いから覚めて、ちゃんと僕の婚約者としての自覚を持ってくれたら……婚約者らしくキスしてくれたら、ちゃんと許してあげるよ」
「な、何やってるんですか!」
その場を発見して、リョーコが大慌てで近付いてくる。
「み、ミアにまで……というかさっきより色々とひどいじゃないですか!」
「あれ、リョーコさん、今日は僕に丁寧に話してくれるんですね。嬉しいです」
「……またそれですか……いい加減にしてください! 遊んできてくださいというのは決してこういう意味ではなくて……」
「リョーコお姉ちゃん……」
ミアは、ゆらりと恐ろしい気配を纏っていた。
「せっかく良い雰囲気だったのに! 邪魔しないでよ!」
「え、だから、ミア、えと……ああいうのは、まだ早いと思うよ? あれ、またリョーコさんが居ない……!?」
「何言ってるの! リョーコお姉ちゃん変な誤魔化しは通用しないよ!」
その後、追いかけてきたテレサも加わり、リョーコは大いに叱られた。
逃げおおせた優斗は――
(ふふ、2人共、針が振り切れちゃったわね。これから、どうなるのかしら……?)
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