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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「メガネ!」
 お好み焼きの完成を待っていると、涼司は老人に声を掛けられた。いびつな形のでかいおにぎりを持っている。用務員の人……は別に居るし、誰だろうか。教師じゃないよな……見たことないし。掃除の人……が授業中に教室に入ってくる訳もなく。迷子……迷えるじいさん?
「なんだ? じいさん。ここは蒼空学園だぜ。ツァンダ市街はあっち……」
「たわけ! ワシはここの生徒じゃ! あとじいさんではない! グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)じゃ!」
 どこからどう見てもじいさんである。
「メガネと呼ばれじいさんと呼んで何が悪い。俺は山葉涼司だ!」
「ふん、まあ良い……若いもんの言うじゃし大目に見てやろう。時にメガネよ! 元気が無いと聞いて握り飯を作ってやったぞ! これで元気100倍じゃて」
 グランは、持っていた白米の塊を突き出してくる。
「あ、これくれるのか? じゃあ……」
 昔話に出てきそうなおにぎりだな、と思いつつもばくりと食べる。そして――
「〜〜〜〜〜!」
 涼司は両頬をリスのようにして口を押さえた。不味い。マズイ。壊滅的だ。
(こ、これ、塩じゃなくて砂糖じゃねえか! しかも、具がくっさ……なんだコレ、なんだ?)
 涼司が答えに辿り着くことは無かったが、ドリアンである。飲み込めずに苦しむ涼司に、狼の獣人、オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)が駆け寄ってくる。
「……お茶でござるー!」
 お盆に湯のみを1つ乗っけて――転んだ。涼司の頭に茶が盛大に掛かり、湯のみがうまい具合に頭頂部におさまる。
(あ、あちあちあちっ!)
 声を出せないままに慌てふためく涼司の上で、湯のみがバランスを取るようにダンスした。
「……そういうのを、追い討ちと言うんだ」
 グランとオウガに、アーガス・シルバ(あーがす・しるば)は冷静な調子でつっこみを入れた。

「ヤマバに茶が……!」
 手打ち蕎麦やつゆ、薬味、箸――それらをお盆に乗せて運んでいた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、慌てて涼司に近付いていった。以前から気になっていた涼司に、この機会を利用して思い切って話しかけてみようという矢先のことだった。差し向かいで同年代の男性と話したことが殆ど無い彼女は、いきなり話しかけて変な奴だと思われないだろうか、とか話しかける前から滅茶苦茶緊張していた。しかしハプニングに遭遇したことにより、気付いたら咄嗟に近付いてハンカチを出していた。
「や、やっぱり……! 千歳はちょっとヘタレ好みだとは思っていましたが、まさかよりによって蒼学のメガネとは……!」
「あの目つきの悪いメガネ野……さんのどこが良いというのですか? ダーリン、私という者がありながら……ありえないのです」
 彼女の後ろで、イルマ・レスト(いるま・れすと)朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)は囁きあう。この実習に参加すると言い出した時から何かおかしいと思っていたが、涼司が家庭科室に来てからの挙動不審さ、そして今の行動を見て確信した。
 ――千歳は、涼司を男として気にしている。
 料理教室で鍛え上げた自慢の腕前を千歳に披露する時が来た、と張り切っていたリッチェンスは、大いに悔しがった。
「ダーリンには、リツの愛の一杯詰まった特性ハンバーグを食べてもらうのですよ!」
「月とすっぽんというか、不釣合いにも程があります。どうやら、あのメガネには消えてもらうしかありませんね」
「ダーリンをメガネごときに渡すわけにはいかないのですよ!」
「リツ……同盟を組んでメガネを撃退しましょう。まずは……」
 イルマはリッチェンスにひそひそと耳打ちする。
「了解です。なんだか、今日はイルイルの存在が頼もしいです」
「今日は、というところが気になりますが、まあいいでしょう。よろしくお願いしますね」
 イルマが言うと、リッチェンスはハンバーグとそのソースを持って、千歳達に歩み寄った。顔を拭き終わった涼司は、千歳の作った蕎麦をつゆにたっぷりとつけて食べている。口直しに必死だった。
「ヤ、ヤマバ……猫は好きか?」
 人様に迷惑ばかりかけてるんじゃない、とか、もっと大人になれ、とか言おうと思ったが、初対面の相手がいきなり説教するのもどうかと思うし、親しくなるのは段階が大事だろう、とか考えた結果、千歳はそう訊いていた。
(私は猫好きだし、相手が猫嫌いとか猫アレルギーだと……な……)
「猫? ああ、猫はいいよな! 超絶好きだ!」
「ほ、本当か!」
「特に最近は、猫ぐらいしか寄ってきてくれないからなあ……。野良とかに逃げられると悲しいけどなあ……」
「そ、そうか……」
 予想外に不憫話になり、どう返せば良いのかと千歳が困惑していると、そこにリッチェンスがやってきた。
「ダーリン、ハンバーグが出来ましたのです……うっ!」
 リッチェンスはバランスを崩して転びかけ、千歳に話しかけたのにも関わらず、涼司の頭の上に熱々ぐつぐつののハンバーグソースをぶっかけた。
「あっあちあちあち!」
 今度は声に出して慌てる涼司。場所もわきまえず、調理場の水道に頭を突っ込む。
「リッチェンス! なんてことを……!」
 リッチェンスはうずくまって腰を抑えながら、千歳に、あくまでも千歳に言った。メガネ野郎も一応野郎なのでとちってしまう可能性もある。彼女は男性の前では固まってしまうのだ。
「急に腰の具合が悪くなってしまったのですよ、すべては不幸な事故だったのですよ」
「腰が……? 大丈夫か?」
「心配してくれるのですかダーリン。治りました。今、治りました」
 そんなことをやっている間に、イルマは涼司の蕎麦にサドンデスソースをかけた。スコヴィル値は約100,000という激辛である。
(これでメガネも退散するでしょう。後はリツに全責任を負われば、完璧ですわね)
 文字通り頭を冷やした涼司が、ひと心地ついて残りの蕎麦に手をつける。ずずずっ、と一気に口に入れた瞬間、涼司の顔は真っ赤になった。
「;tあおえwりdflfdjksぢlし〜〜〜!」
 謎の言葉を吐いて外へ飛び出していく涼司。
「あ、ヤマバ……!」
「ダーリン!」
 追いかけようとする千歳に、リッチェンスが待ったをかける。
「このハンバーグ……ダーリンの為に作ったのです。ソースもあるですから、食べてくれます……よね?」
「あ、も、もちろん……」
 言ってから、千歳は大事な事に思い至った。
(携帯番号とメアドまだ聞いてない……!!)
 落ち込む千歳を見て、イルマはほくそ笑む。
(千歳には申し訳ないですけど、作戦は成功したようですわね。……ですが、千歳はずっとヤマバと呼んでますけど、ヤマハだったような……。まあ、メガネでいいですわよね、メガネで)

「ふう、ひどい目に遭った……まだ、口が辛いぜ……」
「山葉さん〜」
 家庭科室に戻ると、明日香が皿を差し出してきた。上には何か揚げ物が1つ乗っている。にんにくの香ばしい匂いがする。
 心優しい女の娘である明日香は、傷心の涼司に手料理を作っていた。ちなみに、環菜はあれから電話が掛かってきてどこかに行ってしまった。
(やっぱり、お料理とか出来ないですよね〜。でも、おかげでこれが作れました〜)
「どうぞ〜」
 眼鏡型をしているそれを手に取り、涼司は一口――
 ばきっ!
 はっきりと歯の間でそういう音がした。衣の下は……
(これ……本物の眼鏡じゃねえか……!)
「蒼空学園生のメガネを山賊揚げにしました〜。ニンニク醤油をつけて、小麦粉や片栗粉をまぶして揚げるだけです〜。山葉さんにはぴったりじゃないかなって、頑張って作りました〜。名付けて、山葉揚げです!!!」
「山葉揚げ……」
 裏なんて何も無いですよ? という愛らしい表情でにこにこと見上げてくる明日香に涼司はたじろいだ。
(冗談じゃないのか……!? 食えってことか、これを食えと……!)
 じーっと見詰められ、涼司はままよと眼鏡を噛み砕く。衣は美味い。衣は。しかし、ガラスが口の中に刺さるは、飲み込むと腹が……
「や、社……」
「んー? どーした?」
 タネを混ぜている社に、涼司は声を掛けた。
「お、俺、またちょっとトイレ……」
「ん? 腐ったもんでも食ったんか?」
(その方がまだましだ……!)
 家庭科室を出て行く涼司を見送りながら、明日香は思った。
(これでお腹壊したら花音ちゃんが看病してくれr……絶対無理)