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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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  〜これこそが調理実習!〜
 
 
 花音は、食事が終わるとさっさと涼司に背を向けて離れてしまった。涼司も、様々なことがまだ脳裏で纏まらず、彼女を呼び止めることが出来なかった。今、これ以上食い下がっても、思いはきちんと伝えられないだろう。涼司は、何度となく考え込んでしまう。それを見て、チョコレートを湯せんで溶かしていた五月葉 終夏(さつきば・おりが)が手を止めた。
「山葉君、あんな顔していたら良い事だって見つける前に通りすぎちゃうよ。落ち込んでたって良い事ないのになぁ」
「涼司さん、落ち込んでいるね。……まあ僕は2人のことを良く理解していないし、直接は話しかけないけど……調理実習を通して、間接的にでも彼を元気付けたいな。少しでも元気になったら、花音さんと向き合えるよね」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)の言葉に、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が応える。
「ふむ……今日は、落ち込んでいる山葉を元気付けてやろう、という授業だからな。ああ、しかし良い授業だ。眼鏡をかけた奴に悪い奴などいない! 眼鏡仲間が元気のないのは、私も嫌だからな」
 言いながらも、ニコラ自身に何か作ろうという気はないらしい。彼は、終夏が余らせた割チョコを食べながら実習の様子を見学していた。
 鶏のもも肉を前に包丁を持ち、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が言う。
「最近は真面目な場でのコメディ成分にしかなっていない山葉……ついに振られてしまったんだな……。だが、あんなでも先輩なんだし、美味いものを食べている間くらいは悲しみを忘れてもいいはずだよな」
 加えて、彼の脳裏に浮かぶのは今年のバレンタインである。
(俺にも原因ありそうだし……ほっといたらダメだよな……)
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)に協力してもらって涼司をデートに誘い、自分は花音を呼び出して嫉妬心をかきたて、想いを再確認させようとしたのだが……。
(うーむ……やっぱりアレが逆効果だったのが最初の引き金か……?)
 花音は想いを再認識するどころか、顔をひくつかせ、終いには冷ややかに『あの人のことはどうでもいいですのでご自由に』と言って去っていったのだ。
「まぁ、俺は家庭科得意じゃないし、物を切るくらいしかできないが……」
 一方、ニコラは野菜の下ごしらえをしている綺人に声を掛けていた。
「君達は何を作っているのだ?」
「ああ、クリスが作りたいって言うから……」
「いつかのカレー作りリベンジです! 前は『味は良いけど見た目は悪い』カレーを作ってしまったので、今度は見た目も美味しそうなカレーを作ります」
 クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が張り切った様子で玉ねぎをスライス……がごっ! とそこでまな板が切れた。がごっ! がごっ! と、スライスしていく度に妙な音がする。
「家ではユーリさんに料理をやらしてもらえないので、こういう機会でないと、料理の勉強ができないのです」
 切った玉ねぎを一旦ボウルに入れると、じゃんばら状態になったまな板が露になった。
「「「「…………」」」」
 ニコラや終夏、エヴァルトとロートラウトは、思わずまな板に注目した。
「……その馬鹿力を何とかしてくれさえしたら、台所使わしても良いんだがな……」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)がほぼ無表情で、だが少し頭を抱えたそうな様子で言う。彼がクリスに料理をさせないのは、見ての通り調理器具が壊されてしまうからだった。これまでにもまな板をいくつだめにしたことか。しゃもじを片手で折ったりしたこともある。
(……レシピは真面目に読むから、味は悪くないんだが……)
 その隣では、茅薙 絢乃(かやなぎ・あやの)が焦った声を上げていた。
「あ、あれ? もしかして、バターと砂糖の順番、間違えたっ? なんかダマダマして、うまく滑らかになんないよ〜?」
「落ち着け絢乃! ただ混ぜるんじゃなくて、砂糖はよくすりつぶすんだ!」
「えっ、す……すりつぶす?」
 ケヴィン・シンドラー(けびん・しんどらー)に言われ、絢乃は目を白黒させた。指についた黄色い液体をなめて、予想外の味にまた慌てる。
「も、もしかして……塩と砂糖、間違えたかな? かなっ?」
 砂糖の袋を取り、計量スプーン(大)で掬ってバターと塩の混合物に砂糖を入れていく。
 がしゃがしゃがしゃ……
 なんだか、随分とざらついた音がする。砂糖を入れてからは味見をしてないし、現時点で、結果が少し恐ろしい。ちなみに、作っているのはカップケーキだ。
「えっと、次は小麦粉を……」
「ちょっと待て絢乃、まずはちゃんと本を見ろっ!! そこは100gだ、何故1kg小麦粉をぶちこもうとするっ!? ちゃんとよく読めっ……ていうか、先にふるいにかけろ!!」
「ふるい? ふるいって何?」
 絢乃の料理の腕前がとんでもなくピーなコトを知っているケヴィンは、保護者のような気分で彼女の調理実習を影から、時に表から必死で支えまくっていた。だが、小麦粉は既に半分が投入されている。
「…………」
 開いた口が塞がらない状態になったケヴィンは何とか解決策をひねり出し、一度口を閉じてから絢乃に言う。
「おい絢乃、カチューシャ汚れてるぞ!?」
「え、うそっ!」
 絢乃は大好きなカチューシャを外して、急いであちこちを点検している。その隙に、ケヴィンは素早く自分のかきまぜていたボウルと絢乃のボウルを取り替えた。
(ふう……これで、安全だな。絢乃のは俺が全体的な量を増やして作り直せば、まだましに……)
「別に汚れてなかったよー? ねえねえ、これ、ケヴィンのと一緒にしたら何とかならないかな!」
(なにーーーーーーー!?)
 安心したのも束の間、清く正しい行程を経た生地とぼそぼそだまだまな生地(?)はごっちゃにされた。
(……これは仕方ないな)
 エヴァルトは食材を切る傍ら、妙な物を混入させようとする者がいたらいけないと(何せ、山葉の不憫さは半端無い訳で)、さりげなく目を光らせていた。変な薬品とかだったら止めるのだが――
(まあ、調味料の入れ間違いの範疇に入るよな、充分。うん)
 と、見逃すことを決意した。
(試食の時には、カップケーキに注意しよう……)
 そしてクリスも相変わらず、調理器具をさりげなく破壊しながらカレーを作っていた。「さて、頑張りますよ!」とすごいはりきりようだ。
「瀬織も、ほら! 将来好きな人ができたときに料理を振舞えるようになった方が良いですよ!」
「あの……わたくし、魔道書なのですが……」
 クリスに言われ、神和 瀬織(かんなぎ・せお)は戸惑いながらも調理に参加しはじめた。2人を見て、ユーリは1人納得する。
「今回の調理実習に参加したのは、綺人に料理を振舞いたい、と思ったからなのだな……」
「何か、涼司さんのこと、思いっきり無視しているね、二人とも」
 綺人はクリスと瀬織に向けて言った。実を言えばユーリも無視しているのだが、言葉にしていないために気付いていなかった。
「……涼司さん? 誰ですか?」
「あ、私、知ってるよ! いっぱい情報仕入れたからね!」
 本気できょとんとするクリスに、絢乃が1限目に集めた間違ったメガネネタを喋りだした。それを聞きながら、ユーリは思う。
(……ああ、そういえば、今回の調理実習は山葉涼司に関係があるんだったな。忘れていた)
「ん? 絢乃、ウォレスはどこ行ったんだ?」
 一緒に来た筈の獣人の姿が見えず、ケヴィンは言う。絢乃は、生地をアルミカップにねとっと入れながら、気もそぞろに答える。
「え? 知らないよー?」
 ウォレス・クーンツ(うぉれす・くーんつ)はその頃、それぞれの調理台や試食テーブルを周って美味しそうな実習の成果をたかりまくっていた。
「おいしそ〜なニオイ、いいニオイ。ねぇねぇ、コレ、俺にも一つもらえないかなっ?」
 外見は高校生並みで、ワイルドなヤンキーという感じだが、ウォレスは実は、ジャタの森から出てきたばかりの小学生である。彼は無邪気な調子で、うっかりと耳や尻尾をピコピコさせながら料理を試食していった。
 これはこれで……かわいいかもしれない。

「アリアさん、それは、お弁当ですか?」
 ルミーナは枇杷の皮を剥きながら、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の用意している食材を見て声を掛けた。
「あ、はい! いつでも食べられるのを作ってみようかなって……」
 アリアの前には、ウィンナーや鶏もも肉、卵などといった材料が並んでいた。それに、男子にはちょっと小さいかな、というサイズのお弁当箱。コンロには、卵焼き用の長方形のフライパンが置かれている。
「自由、と言われて余り悩まないレパートリーの少なさが悲しいですけど……ぐすん」
「そんなことありませんよ。素敵だと思います」
「ほ、本当ですかっ?」
 嬉しくなって反射的にそう言うと、ルミーナは微笑んで頷いた。
「はい。涼司さんもきっと喜んでくれますわ。女の子からのお弁当って、やっぱり嬉しいと思いますし、元気になりますよ」
「そうですよね、私、頑張ります! ルミーナさん、メガ……山葉君を料理で元気付けるなんて、とても素敵なアイデアだと思いますよ!」
 アリアは、ルミーナが主催の調理実習を逃すわけにはいくまい、とはりきって参加していた。根本的な解決は涼司と花音、2人次第なんだろうけど、料理を通して励まそうというルミーナの思いに応えようと、やる気満々だ。
 アリアが言うと、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)も便乗する。
「ああ。人の気遣いがナチュラルに出来るルミーナさんって、俺は好きだぜ。まぁ、でも折角の特別授業なんだから、ルミーナさん自身も楽しまないとな。せっかくだから、ルミーナさんも何か1品作ったらどうだい? っていうか、俺がルミーナさんの手料理食べたいし」
「ルミーナさんの手料理を!?」
 それを聞いて、枇杷をミキサーにかけていた風祭 隼人(かざまつり・はやと)が慌ててミキサーを止めた。この会話には混じらねばなるまい。ミキサーうるさい。
「そうですよ! ぜひ作ってください! 俺も食べたいです!」
 協力し合って料理を作るのも良いが、自分が『料理も出来る頼りになる男』である事をルミーナへアピールするには、残りの工程は1人でやって、隣で別の料理を作ってもらうのも良いかもしれない。
 というか、ルミーナの手料理を食べられる機会なんて早々訪れない。しょ、将来、そうなりたいな、とかは思うわけだが。
「ちょ、ちょっと2人共……今日は山葉君にごちそうする授業なのよ!」
 メガネって言いかけなかったことにほっとしつつ、アリアが言う。
「えっ、メガネ? 無理無理。だって、鮪さんかっけーもん……あっ!」
 調子に乗ってつい本音をすべらせ、トライブは慌てて口を噤んだ。涼司をメガネ呼ばわりしたことは気にしていない。
 しかしルミーナは聞いていなかったのか、残った枇杷を手に取って、何か考えているようである。
「じゃあ……これを使って作ってみましょうか。枇杷は、豚肉に合うんですよ」
「「「豚肉!?」」」
 意外な言葉に、隼人とアリア、トライブは驚いた声を出した。
「はい。とてもおいしいメイン料理になると思いますわ」
「「「…………」」」
 ほんのりと嫌な予感を抱く3人。そして、最初に発言したのはトライブだった。
「ん、んじゃ、俺が手伝おっかな。特に作るもん考えてなかったし。焼いたり炒めたりする程度の技量しか無いから、ご教授をお願いしますねー」
((え……!?))
 作りかけの料理を見て、心底から「しまった……!」という顔をする隼人とアリア。これでは栄誉ある助手にはなれない。
「な、何もルミーナさんに教わらなくても……!」
 アリアが対抗してみるものの……ダメだ、弱い。
「だってルミーナさんって素敵じゃん。美人で真面目で優しくて憧れちゃうねぇー」
「「…………!?」」
 その台詞に、2人は色めき立った。動揺する隼人に、トライブはそっと近付いて耳打ちする。
「ルミーナさんを楽しませるためだって! 試食の時は協力してやるぜ!」
「! じゃ、じゃあ……」
 こそこそと話し合う彼らに、ルミーナは首を傾げた。
「どうされました? お2人共」
「へ? いやいや、たいした話じゃないよホント。ルミーナさん、俺、何でも手伝うから気持ち良く料理してくれよな!」