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リアクション
第二章
・透明少女
百合園女学院の一室。
そこに一人の少女が保護されていた。
光の加減によっては透き通っているようにさえ見える、白銀の髪。
見た目は十歳くらいで、肌も透き通るように白い。名も知らぬこの少女は、今百合園で「白い少女」と呼ばれている。
「がんばるです……!」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は少女の手を握り、ナーシングで看病をしていた。
時折幸せの歌を歌い、眠る少女の心に届くように祈る。
――ヴァイシャリー湖岸での爆発のような光。
その現場を訪れた者の話によれば、それは爆発の跡というにはあまりにも「綺麗過ぎ」だったという。
蛮族の集落があったのならば、その残骸くらいは残っていそうなものである。当然、蛮族の死体も。
だが、現場には何も存在しなかった。平坦な更地があるのみである。大荒野の大地は岩や石ででこぼこしている場所が多いが、その場所にはそれすらなかった。どこまでも荒野の土が広がっているだけなのだ。
そんな場所に、ただ一人横たわっていたのが、白い少女というわけである。
意識は失っているが、外傷は一切存在しない。ただでさえ幼い少女が大荒野に一人で倒れているのは驚くべき事なのに、蛮族達を消滅させるほどの出来事があった現場で無傷となれば、不自然極まりない。
「う、うん……」
ヴァーナーが見守る中、少女が息を漏らした。彼女は、静かに目を開く。
「気がついたです」
ヴァーナーは少女の顔を覗き込んだ。少女の寝ぼけ眼と視線が合う。
「むむ、寝ちまってたのです……」
目をこすりながら、少女が呟く。
「目が覚めたんだね」
扉の前にいたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がベッドの方へと近づいてくる。
「はい、たった今」
少女が目覚めたとなれば、他にもこの部屋にやって来るだろう。彼女を気に掛けている者は少なくはない。
「……あなたは誰です?」
ヴァーナーと顔を合わせたまま、少女が尋ねる。
「ボクはヴァーナーです。もう大丈夫ですよ〜。おなまえをおしえてほしいです」
笑顔を浮かべながら、少女に答えた。
「クリスタルです」
「よろしくです、クリスタルちゃん」
少女――クリスタルはヴァーナー達を警戒してはいなかった。それどころか、
「むー、あまいものが食べたいのです」
と、要求するほどだった。
「甘いものって言っても色々あるからね。何かこれが好きってのある?」
レキがクリスタルに訊く。
「あまくておいしければ何でもいいのです」
さほどこだわりはないようだ。レキが彼女に応え、探すために部屋の外へ出る。
彼女と入れ代わるように、病室にはミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が訪れて来た。
「お見舞いに来たぜ」
手元にはフルーツの詰まったバスケットケースがある。そこから手始めにリンゴを剥いて、少女に差し出す。
「目が覚めたようでよかったぜ。私はミューレリア、よろしく!」
自己紹介をするミューレリア。
「わたくしはクリスタルです。おいしいのです。もっと甘ければ最高です、んぐぐ」
クリスタルがリンゴを頬張りながら、彼女に応じた。
「たくさん食べて元気になってくれよ……って、そんなに一気に口に入れる事はないぜ?」
よほど空腹だったのか、貪る様に口に入れていくクリスタル。
そこへ、ロールケーキを持ったレキが戻ってくる。
「甘いもの、ケーキならあったよ」
「では、頂きますです」
どうやら甘い物が彼女の栄養源であるらしい。ぼんやりとしていた瞳が、いつの間にかぱっちりしている。
無傷ではあるが、多少は衰弱していたようだ。食べ終わる頃には、体力も回復したらしい。
「ごちそうさまです。やっぱり甘いものは最高なのです」
「元気が出たなら何より、だよ」
ケーキとフルーツを堪能し、クリスタルは満足げな表情を浮かべている。
「ところで、何でわたくしはこんなところにいるのです?」
むしろ彼女は自分が保護されている事に疑問を持っているようだ。
「荒野で倒れてたのを見つけたうちの生徒が、ここまで連れてきたんだよ」
その経緯を説明する。
「で、ここは百合園女学院っていうヴァイシャリーにある学校、女子校だから男はいないぜ」
きょとんとして首を傾げるクリスタル。
「ヴァイシャリーは水の都で、景色も綺麗なんだ。外を見てみな」
クリスタルが窓辺に寄り、外の風景を覗き見る。
「本当なのです」
「良ければ今度案内するぜ」
ミューレリアがクリスタルに微笑みかける。元気になったとはいえ、今すぐに、とはいかない。彼女が何者なのか、それを知る必要だってある。
「クリスタルは、どうしてあそこにいたの?」
本題に入る質問を振るレキ。
「知り合いを探していたのです。そしたら変な野郎共に囲まれてしまったです」
「じゃあ、その人達に……」
乱暴されそうになって気を失った。ただ、そうすると蛮族の集落が消滅した理由が分からない。
何者かが彼女を助けるためにそうしたのであっても、なぜ彼女を連れて行かなかったのかという疑問が残る。
「あんな弱っちいのにわたくしが負けるなんて有り得ないのです」
自分を過小評価されたのかと思ったのか、むすっと頬を膨らませるクリスタル。
「あの野郎達を消し飛ばしたら、急に眠くなってしまったのです。ちょっと力を使い過ぎちまったみたいです」
十歳くらいの少女がそのような事をやってのけたとはにわかに信じ難い。少なくとも、この場の者の中では、レキはそうであった。
一方、他の二人は違った。見た目には目の前の白い少女よりは年上だが、それでも少女に変わりはないサファイア・フュンフが持つ力を、ヴァーナーは知っている。
ミューレリアは、『研究所』でクリスタルと同じくらいの年恰好の「黒い少女」がその時の調査団の面々を潰していく様を目撃している。
だからこそ、彼女の言う事が嘘には思えないのだ。
「さがしてたしりあいって、どんな人ですか?」
蛮族との事はひとまず置いとき、ヴァーナーが尋ねる。答え次第では、彼女が何者か分かるかもしれない。
「口の悪い赤い髪の女とか、年寄り臭い喋り方をする橙色の髪の女です。わたくしがこうしてるなら、あの二人もきっと探してるはずなのです」
「その二人のおなまえをおしえてもらってもいいですか?」
後者は分からないが、前者には少なくとも心当たりがある。
「ガーネットとアンバーです。あとは双子ですけど、あの二人はわたくし達みたいに自分からどうこうするわけじゃないのです。だから後回しです」
これではっきりした。それ以前に、「クリスタル」という名前にわずかに引っ掛かりを覚えていたヴァーナーだったが、その理由はもう明らかだ。
「ガーナおねえちゃん、しってるです!」
その声に、クリスタルが目を開く。
「今どこにいるか分かるですか?」
「空京大学にいるです。サフィーちゃんもいるですよ」
彼女の事を考えれば、サファイアも一緒だと伝えるのがいいように感じられた。すると、ガーネットの名前が出た時以上にクリスタルが驚いた。
「あの引きこもりっ子がですか? むむ、じゃあエムも一緒のはず、です。あの子抜きでサフィーがガーナと一緒にいるなんて思えないです、うむむむむ……」
クリスタルが顎に拳を当て、悩み始める。
「じつはですね――」
そのいきさつを説明し始めるヴァーナー。
サファイアは最初は来るのを拒んでいた事。
彼女を狙う傀儡師の存在。その人物が彼女を取り込もうとした事。
最終的には、サファイアは「自分の力から逃げない」と吹っ切れた事。
「そうだったですか。納得なのです」
クリスタルはヴァーナーの説明で察しがついたようだった。
「もうすこししたら、サフィーちゃん達に会いに行こうです」
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