校長室
男子生徒全滅!?
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第三章:賑やかな見張り小屋 蒼空学園の校庭の池の前には、仮設された小さな小屋が建っている。 数日前、オカマ化する男子生徒達に危機感をもった小谷愛美(こたに・まなみ)らのグループ『男子を守る会』のメンバーが、建設したのである。 着工から完成までおよそ12時間という早さで建てられたというものであるが、『人類存続の要』という壮大なロマンに心動かされた有志による作業であったので、非常に完成度の高いログハウスとなっていた。 校庭の池と一望できるポイントに作られた小屋は、大昔の関所のような機能をもっており、生徒達は小屋の前を通らないと池には赴けなくなっていた。 だが、連日河童への興味やオカマ達の暴走等で、 「封鎖できませーん!!」 との声が内外から上がり、実質、『オカマと女子は顔パス』という暗黙の了解が出来つつある事も事実であった。 これにより難なく突破できた生徒は多い。 小屋の内部はいくつかの部屋に分けられていて、仮眠室やキッチン、作戦会議、カウンセリングルーム等にそれぞれ利用されていた。 会議室の椅子に腰掛け双眼鏡を覗いている愛美の肩を、バトラーの本郷 翔(ほんごう・かける)が抜群の強弱をつけながら揉んでいた。 「愛美様、何が見えますか?」 「オカマ……だけだわ」 非常に冷めた声でそう呟いた愛美は双眼鏡を膝の上において、両頬を可愛らしく膨らます。 「私の運命の人は、今日も現れないみたいね。残念。」 「運命の人……でございますか?」 「そうよ。だから河童に襲われる前に救出しようって思ってこの小屋をみんなで作ったんじゃない? でも……」 愛美がガックリと肩を落とす。 「来るのはオカマさん志望の男子やバトルマニアにオカマ……、みんな私の事なんてどうでもいいのよ」 拗ねる愛美であるが、小屋の中でほぼ毎日愛美に監視されている事を知る生徒等、どれほどの数がいようか? 「そうお気を落とさずに……そうだ、お茶を入れましょう! おいしいお菓子もございますよ?」 愛美の肩をポンと叩いた本郷が明るく振舞う。 お菓子とお茶という単語によって、根っからの乙女である愛美に笑顔が浮かぶ。 実はこの小屋の秩序は本郷の参加によって、ある程度確立されていた。 交代制の監視、リラックスのためのお茶会、マッサージ等々の提案は全て本郷によるものであった。 そして現在も本郷は、愛美と美央達とオカマ化した男子生徒達のにらみ合いという誰の利益にもならない三すくみの回避に成功しているのであった。 お茶の用意に向かった本郷と入れ替わるようにして、メイドの朝野 未沙(あさの・みさ)が元気よくやって来る。 「やっほー、マナー!」 「未沙、今日も来てくれたの!?」 少し驚いた顔の愛美が椅子から立ち上がる。 「だって、マナが危険な目に遭わない様にしっかりと傍に付いて、護衛とか、身の回りの事とかしないとね?」 一応愛美の方が実年齢も背丈も上なのであるが、未沙はまるで自分の妹のように愛美をハグする。 「でも、昨日もやったんじゃない……?」 愛美が壁に貼られたシフト表を見ると、まだ新しいインクで未沙と他の女子生徒のシフトが入れ替えられていた。 「眠れなかったら、また膝枕して子守唄歌ってあげ……モゴッ」 未沙の口を真っ赤な顔した愛美が慌てて抑えこむ。 「それはっ……秘密だって約束したよね、ね?」 「ヴ……ン」 愛美の手が離され、ゼェーゼェーと息を整える未沙が、小屋の奥から漂ってくる甘い匂いに鼻をひくつかせる。 小屋の奥にある簡素なキッチンでは、本郷と一緒にメイドの広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)がお菓子とお茶の用意をしていた。 キッチンの端には、『河童さん用』と札の貼られた瑞瑞しいきゅうりがザル一杯に盛られている。 「では、持って行きましょう」 「はい!」 お茶やお菓子を盆に載せたファイリアがにこやかに頷く。 小屋のドアがノックされる音がして、ファイリアが振り向く。 「はーい! どちらさまですか?」 ファイリアが小屋のドアの方に向かって歩いていく途中、カーテンで仕切られた個室の中では、ナイトのウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)とウィザードのニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)がそれぞれ男子生徒相手に、「女とは大変である」というカウンセリング或いは説教をしてるのが見える。 「いいですか? 自主的に女の子になったという事実、いえレッテルを貼られれば、今後の生活、私達女性に白い目で見られる事が多くなりますよ? 第一、そんな男性に私達女性が魅力を感じると本気でお思いですか?」 「……うぅ、でも、僕は元々カッコよくないし、勉強もできないし……」 「それ以前の問題です!」 ピシャリと、膝をうつニアリー。 「河童様がひどく脅えているのに、無意味に脅かす行動を取って恐怖を拡大すれば、河童様がここから逃げ出して二度と元に戻れなくなるかもしれないのですよ? そうやって自分本意で動く事は皆の迷惑にもなりますし、何より男らしくありません! おやめなさい!」 ファイリアが理路整然としたニアリーの言葉に感心していると、もう一方の方からはウィルヘルミーナのしどろもどろな声が聞こえてくる。 「えーっとね、ボクの体験談なんですけどね。女の子って大変なんですよ……。えーっと、体のバランスに戸惑ったり、力が出しにくい事は元より。周りからの視線が気になったり、動作一つでも前より気を使うようになったりと……と、とにかく苦労するんです……! わかる!?」 「……わかりません」 ファイリアもこの男子生徒の気持ちには同意したのと同時に、ウィルヘルミーナにカウンセラーの役を与えた事をちょっぴり後悔した。 彼女にはもっと別な……そう、例えば砂浜を夕日に向かってダッシュしたり、お互いのどちらかが参るまで拳をぶつけ合うようなカウンセリング方法を取らせれば良かった、と。 「もっと詳しく!」 男子生徒の突っ込みに、たじろぐウィルヘルミーナ。 「……あ、あの? もっと詳しくって、興味持たせるために話したんじゃないですよー!? 先生でも先輩でもないですー!?」 「…………え?」 カウンセラー役が相談者を投げっぱなしにする状況に耐えきれず、ファイリアは小走りにドアの方へと走っていった。 ファイリアがドアを開くと、そこに立っていたのはウィングであった。 「あのぅ、相談でしたら、ちょっと今……片方が故障していまして……」 「いえ、私は芦原郁乃さんと蒼天の書マビノギオンさんを探しているのです」 「郁乃ちゃんを?」 「昨晩、池の河童と話をしていたという眉唾モノの情報を耳にしまして……」 そう話すウィングの目が輝いていた事をファイリアは見逃さなかった。 ファイリアが仮眠室と書かれたボートのある部屋をノックする。 「郁乃ちゃん! お客様だよ。起きてー」 しかし中からは応答がない。 ドアを開け、中に入って行ったファイリアが、簡素な布団で寝ているローグの芦原 郁乃(あはら・いくの)とウィザードの蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)を、叩いて起こそうとする。 「河童の話を聞きたいって人が来ているよー?」 ムニャ……と、目を開く郁乃。 「郁乃ちゃん、起きた!?」 「もう……食べられないよぉ」 「……え?」 謎の言葉を残し、再び眠りへと落ちていく郁乃。 「ファイリアさん」 ファイリアが振り向くと、マビノギオンが布団をキチリと畳みながら、真顔でこう言う。 「王道は大切です」 「……」 小屋の中でそうこうしている間に、素早く見張り小屋を突破する影があった。ウィザードの火村 加夜(ひむら・かや)と獣人でローグのミント・ノアール(みんと・のあーる)である。 「ミント! 今のうちです、早く!!」 加夜に引っ張られるように、ミントも小屋を突破する。女の子同士ならば、見張り達は顔パスにしている事を二人は知らない。 「待ってよ、女の子になっちゃったから体が上手く動かないんだよー!」 「やっぱり家に居ておいた方が……うっ!?」 ウルウルとした目で見つめるミントを見た加夜は、もう何も言えなくなってしまう。 小動物のような可愛さと元々白い肌、そして外見は10歳にしか見えなかったミントだが、女の子になった今は、その全てに磨きがかかり、加夜も迂闊に気を抜くと、抱きしめて頬ずりしたくなる程である。 赤くなった顔をミントに見せないように、加夜が池を見やる。 少々オカマの軍団で見えにくいが、確かに河童がいた。 「ここからなら届きますね……河童は水の中だからきっと弱点は火ね! 火術で攻撃します!」 スゥっと魔力を集中させる加夜。 「ミントを泣かせた罰です。素直に受けてください!」 そう宣言した加夜の魔法が、河童に向けて、今まさに放たれたのであった。 この攻撃にはさすがの唯乃も虚を突かれていた。 「(間に合わない!)」 そう唯乃が思った瞬間、遥か上空から放たれた氷術が加夜の火術を相殺した。 加夜が思わず空を見上げる。 「フン、我輩は約束は守ってやる」 上空には手をミハエルがいたのであった。