校長室
学生たちの休日4
リアクション公開中!
★ ★ ★ 「遅かったな」 海岸でデクステラ・サリクスたちを待っていた黒衣の男が不機嫌そうに言った。顔には、黒曜石ののっぺりとした仮面を被っている。 「ああ。のんびりとしてきた。別に急ぐ必要もないだろう」 「ええ、もちろんですとも」 翡翠の仮面を被ったもう一人の男が、柔らかい声で言った。 「そうそう、これも少し改良しておきました」 そう言うと、ジェイドがシニストラ・ラウルスたちに指輪を二つ手渡した。それを填めた二人が手を翳すと、ディッシュが二つ彼らのそばに飛んでくる。 「呼び寄せが可能となったということか。それで、対価は?」 「いずれ、また別の依頼をすると思うが。今しばらくは、物資の輸送で充分だ。今まで通りの場所に、燃料とかを運んでもらえばいい。ディッシュの残りは、すでに海賊船に運ばせてある」 「分かった。また連絡をくれ」 そうオプシディアンに答えると、シニストラ・ラウルスとデクステラ・サリクスはディッシュに飛び乗って、沖に停泊している海賊船へとむかった。 吹きつけてくる風に、なぜか大量の花びらが混じっている。 「綺麗だね」 「ああ」 海に浮かんで花模様を作り始めている花びらたちになぜか暖かい物を感じて、二人はうなずきあった。 「さて、あいつは何をぐずぐずしているんだ」 出港していく海賊船を見送ってから、オプシディアンがイライラしながら言った。 「すいませーん、遅くなりましたー。あうっ」 ちょうどそこへ駆けてきた小柄な黒衣の男が、二人の直前でつんのめって派手にすっころんだ。顔につけていた愛玉の仮面がずれて、丸メガネをかけた素顔が半分顕わになる。 「やれやれ、相変わらずですね。何をしていたんです」 ジェイドが、手をさしのべて引き起こした。 「あなたが改良した物は、すでに引き渡しましたよ。アクアマリン」 「そのコードネーム、なんとかなりませんかあ。僕はサファイアあたりがいいんですけれど」 「それはそれとして、いったい何をしていたんです」 「いろいろと面白い物を見てきましたんで。ここにくるまでに、ちょっとこんな物を作ってみました」 そう言って、アクアマリンは、手の上に載せた小さな人影を二人に見せた。 「ゴパ……」 「うっ、ぶさかわいいですね」 「お前のメイドといい勝負だな」 二人の感想は、アクアマリンにとってはちょっと複雑なものであった。 ★ ★ ★ 日も落ち、世界樹も夜の闇につつまれ始める。 北の展望台からは、上方にある飛空艇発着場に舞い降りる大きな影が垣間見えた。 「相変わらず勝手気ままな。タシガンの吸血鬼は幻だったにしても、この世界にある物に、敬意を払わない者たちは……」 一人夜風に吹かれながら、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は静かにつぶやいた。 それにしても、なぜたびたび世界樹の展望台にやってきてしまうのかは自分でも分からない。ただ、ここから見える景色は、彼女にとって愛すべき物だった。 「やっぱり自然はいいわ……。これで赤ワインが飲めれば完璧なんだけど……。この自然を守って、パラミタを元に戻すためにも、奴ら地球人共を早く皆殺しにしなければ……」 吸血鬼となってからは、自分がより自然と一体の存在であると認識している。吸血鬼同様、パラミタの自然もまた、永遠不滅でなければならないのだ。それは、不可侵であり、決して外部からねじ曲げられていい物ではない。 「なぜ、あんたがここに……」 ふいに声をかけられて、メニエス・レインは振り返った。さっきから気配は感じていたのだ。名乗らなくても誰だか分かってしまう。 「いったい、何をしにきたんだい?」 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、ゆっくりとメニエス・レインに近づいていった。訊ねたいことがたくさん……、いや、たった一つある。 「夜景を見にだけど、それがどうかして?」 慇懃無礼に、メニエス・レインは質問で返した。 「学校に戻りたいとか?」 「今さら戻ってどうするの? あの校長に謝れとでも?」 「それはそうだけれど……」 まだイルミンスール魔法学校いたころのメニエス・レインは、緋桜ケイにとっては先輩として憧れる存在でもあった。それゆえに、放校されたときは、ショックを受けなかったと言えば嘘になる。 「そんなに、地球人を憎まなければ、戻ってこられるかも」 「あたしが初めてパラミタにきたとき、地球文化の浸透しきった町並みを見て、これは考えていた世界とまったく違うと思ったのよ。だから、あたし自身の理想の世界に戻すためにも、地球人はパラミタから排除しなければいけないわ」 きっぱりとメニエス・レインは答えた。 「それで、一つ聞くけれど、あのときのことは、本心なのかしら? 答えなさい」 いつぞやの告白のことを指して、メニエス・レインは緋桜ケイに訊ねた。 「本心だ」 その言葉に、緋桜ケイはゆるぎない言葉で答えた。 「あたしは鏖殺寺院だし、一緒になったとしても止める気はないけれど、それでもいいのかしら」 「それでも、俺はあんたの味方だ」 緋桜ケイは、たとえ彼女が殴殺寺院で、多くの人から憎まれている存在だとしても、自分は味方でいたいという想いを伝えた。 「いいわ、つきあいましょう」 そう答えると、メニエス・レインは緋桜ケイの身体をだきよせた。 「貴方の血は美味しいかしら。貴方の血が吸いたいわ」(V) 耳許でささやかれて、緋桜ケイは静かにうなずいた。 首筋に這わせた手で、そっと上着をすべらせると、メニエス・レインは紅い唇を近づけて吸血の口づけを記したのだった。