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第3章 孤独なる戦い人 2

 長い通路の先はいまだ見えなかった。
 コビアたちの体力を消耗させようとしてるかのように待ち構える昆虫型の機晶機械たちは、まるでこれからの戦いを予感させるようだ。
「これで……終わりかな」
 コビアは愛剣で最後であろう昆虫の身体を叩き壊して、ようやく息をついた。
 仲間たちもそれぞれが武器を納め、誰も怪我をしていないか安否を心配する。
 それにしても、第二の試練が終わり、第三の試練へと続くこの道は、何に繋がっているのだろうか。
 コビアがこれから先の嫌な予感を感じ始めたとき――足音が聞こえてきた。
 誰もが、はたと振り返る。
 急いでいるかのような駆け足が近づき、音の主がコビアたちの前に顔を出したとき、コビアは目を見開いた。
「アビト……!」
 コビアたちのもとにまで追いついてきたのは、アビトを初めとしたジンブラ団と、彼が応援を要請したのであろう仲間たちだった。
 コビアは瞠目し、アビトに近づいていこうとする。しかし、それを遮ってコビアの前に一人の若者が立ちはだかった。
「緋山くん……?」
 一団の中から聞こえた――リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の怪訝な声とコビアの何事か分からずにいる呆然とした目。それを受け止めて黙って立ち尽くす政敏は、そのまま――コビアをぶん殴った。
「――――!」
 突然のことに圧倒される仲間たち。そして、壁に激突するまでに殴り飛ばされるコビア。
 政敏は、決然とした意思を宿した目で、彼を見下ろした。
「分かってるよな。団全体を危険に巻き込んで、損失与えているって事を」
「な……ん……」
「てめぇが勝手に動いて死ぬのはいい。だがな……その死を、苦しみを、誰に背負わせるつもりだ!」
 政敏の言い分に、呆然として言葉を失うコビア。言い返すほどの気概さえないコビアに、更に苛立ちを募らせたのだろうか。
 政敏は吐き捨てるように言った。
「てめぇの過去は知ったこっちゃないがよ……。お前を守って死んだ家族も、そんなくだらない生き方を望んだってのか!」
「くだらないだと……!」
 コビアの目が、毅然として彼を睨みつけた。初めて会ったばかりの奴に、しかも年もそう離れていない若者に自分の過去を蒸し返され、コビアは怒りに震えた。
「あんたに何が分かるってんだ! 勝手なこと言うなよ!」
「勝手……? はっ、仲間のことを放っておいて自分から死にいこうなんて奴に、勝手なんか言われたくないぜ! そうやって、いつまでも子供でいるんだろ!」
「…………!」
 コビアの頭が、沸騰したようにカッなる。咄嗟に――彼の拳は政敏の頬を殴りつけていた。
「誰かを助けようって思うのが、そんなに悪いことなのかよ! また、またあのときみたいに失うかもしれないだろ! だから……!」
「誰かを頼れって言ってんだよ! てめぇが誰かを助けたいのは、みんな分かってんだよ! だから、だからお前の後ろにはこんなに『家族』がいるんだろ! 今度はお前が死ぬのかっ! お前が、あのとき家族を助けられなかったみたいに、『切り捨てる』って選択を、そんな苦渋を仲間に選ばせるのか!」
 まるで子供のように、二人はお互いを殴り合って言葉をぶつけ合う。
 コビアの頬は腫れ、政敏の口や鼻からは鮮血が散っていた
「すごいな……」
「男子たるものの意気地(コード)なのでしょうね……」
 呆然とそれを見つめているリカインに、見守る親のような顔をしたカチェアが言った。
 やがて二人の殴り合いがどこまでも続くかに思えたのだが――
「あんた達こそ、いい加減にしなさい!」
 リーンの甲高い声が、殴りあう二人の背後から張り上げられた。すると、そのリーンの声を合図に、カチェアが政敏の頭上から岩のような拳骨を振り下ろした。
「がっ……!」
「うーん、微妙にすっきりしますね」
 叩き割られたような衝撃に、ぐわんぐわんと頭を揺らす政敏を引っ張って、彼女はコビアとともにリーンの前に放り捨てる。
「あんた達の意気地(コード)も分かるけど。青春やっている時間が勿体ないわ」
 リーンは呆れたように二人にヒールをかけながら、晴れ上がった顔の傷を癒してく。さすがに頭が冷めてきたのか殴り合いはもうしない二人であったが、お互いに不機嫌そうな顔をして目を合わさなかった。――とはいえ、端から見ればそれはまるで仲のよい犬猿のように見えなくもなかったが。
 ようやく落ち着いた二人に向かって、アビトが歩み出した。すると、そこに飛び出すようにして現れたアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が、慌てながら言った。。
「あ、あの、コビアさんを怒らないでほしいっス! 誰にだって最初の一歩がある。……あったはずっスから!」
 そんな、少年のような純粋なアレックスを見て、アビトは顔をほころばした。
「ああ……。分かった」
 もしかしたら彼は、最初から怒る気などなかったのかもしれない。
 アレックスは、アビトが優しげな顔をしてコビアに近づいていくのを見送った。
「アレックスも……言うようになりましたね」
「……そうですかね? 手前はまだまだペッ……いや、アレックスは若輩者だと思われますよ」
 アレックスに師匠と慕われているリカインは、見守るような穏やかな顔で言う。それにからかいぐさな言い方で、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)がくすっと笑った。
「まだまだ、面白いところを見せてもらえそうです」
「まったく……趣味が悪いですよ?」
 狐のように飄々としている狐樹廊がにこりと笑うのを見て、呆れたようにリカインは言った。
 そんな二人のことを露知らず……アレックスはアビトとコビアの会話の末を心配そうに見つめていた。
 コビアの前に、ジンブラ団の団長が立つ。彼は自らも座って腰を下ろしているコビアに目線を合わせた。
「……ごめん……アビト」
「…………」
 政敏との一件で思う節があったのだろう。コビアは悄然と謝った。そして、アビトは静かに口を開く。
「……頼ってくれ。お前と俺たちは仲間で、そして『家族』だ。お前は一人じゃない。お前が家族を失ったように、俺たちも、お前を失いたくないんだ」
 アビトの言葉は、まるで心に優しく触れらえているようだった。
 家族。コビアが、ずっと守りたかったもの。ずっと、悔やんできたもの。自分は、どこかで彼らから距離を置いていたのかもしれない。どこかで、団員たちを、『他人』を巻き込んではいけないと、どこかで思っていたのかもしれない。
 コビアの頬に、一滴の涙が流れてきた。伝ってくる涙の色は、申し訳なさと、つらかった自分の悲しみと、そして、嬉しさだった。
「助けたいやつがいるんだろう? 俺たちにも、手伝わせてくれ」
「…………うん」
 コビアは頷いた。涙でくしゃくしゃになった口からは、上手く声を出すことができなかったから……彼は頷いた。
 今度は、誰も失いたくない。ここにいる誰もが『家族』だと、そう信じきれたから。