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ゴリラが出たぞ!

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ゴリラが出たぞ! ゴリラが出たぞ!

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第2章 スーパードクター梅の総回診です・その1



 人の精神領域は未だ人類の進出を阻む、未知なる世界だ。
 ここ、空京大学病院、精神科病棟では各国から優秀な医師たちが集められている。医学の発展と進歩のため日夜研究に全霊を注いでいるのだが、中でも別格なのは精神医学の権威【スーパードクター梅】だ。
 治療した患者は数百万人、発見した病気は数千種類にも及ぶと言う生きる伝説である。
 眼鏡を押し上げ白衣を翻し、颯爽と病棟を闊歩する。
 そのやや斜め後方を歩くのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だ。
「君が研修を受ける学生だね。私の指導は厳しいが、しっかりついてきたまえ」
「……はぁ、よろしくお願いします」
 戸惑っている様子の正悟。それもそのはず、彼は医学部の学生ではない。
 何かの手違いで研修を受ける羽目になったのだろうが、折角の機会だからと意外にも彼は乗り気なのであった。
 きっと皆が渡ると横断歩道を渡っちゃうタイプなんだと思う。
 待合室に着くと、患者になにやら訴えている茅野 菫(ちの・すみれ)と出会った。
「聞いてください! あたしはカシウナの街のパパゲーノの所為で、精神的苦痛をこうむりましたー!」
「ねぇ、ちょっとあなた、ここは病院なのよ。大声で演説するのはやめてちょうだい」
 ピンク色の象の獣人のナースが菫を止める。
「ここは精神病院でしょ。話ぐらい聞いてくれたっていいじゃない。この髪型見てよ、パパゲーノにガムテープでぐるぐる巻きにされて痛んだから切ったのっ。三つ編みとか……、してみたい髪型もあったのに!」
「まあ、酷い男もいるものねぇ」
「でしょ。とりあえずガムテープでぐるぐる巻きは、えっと傷害罪にあたるわよね? それに、未来の妻を放置したのは保護責任者遺棄? これで訴えたら勝てるんじゃ……ん? 保護責任者……はっ!」
 菫ははっとすると、なにやら悪そうな顔を浮かべた。
「傷物にした責任を取らせて、幼女……いや、養女にさせれば。フリューネにつく悪い虫をおっぱらうために女の子じゃないと入れないとこもあるからってチラつかせれば……。しつこい、サングラサーもいることだし……、養女でも相続権を得るのはいっしょ……、あとは一つ屋根の下、過ちを起こさせればどうとでも……」
 とその時、待合室にいた吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が菫の肩をぽんと叩いた。
「話は聞かせてもらったぜ。つまり、男にフラレて髪を切ったって……そういうことだな?」
「どこの昭和の女よ! だから、これはガムテープ! あたしはフラレてなんか……」
「よせよせ、取り繕っても虚しいだけだぜ。モテモテのオレには残念ながら、てめぇの気持ちはわからねぇ。だからせめて、励ましてやらぁ! あの有名なねずみに匹敵するスーパーアイドルのオレの歌声でな!」
 そう言うと、ラメラメの目に優しくない衣裳を見せ付けながら、待合室で熱唱を始めた。
 歌うのはもちろん、幸せの歌。
 患者たちは皆一様に幸福に包まれるかと思いきや、目眩と吐き気に襲われた。奇しくもそれは、神経系の毒ガスと同じ症状であった。竜司本人はまるで認めようとしないが、彼は公害認定クラスのド音痴なのである。
 と言うわけで、当然のことながらナースは彼にグーパンを入れた。
「ほげぇ!」
 悶える竜司を横目に、スーパードクターはナースに声をかけた。 
「よくやった、【アエロファン子】くん」
「あら、ドクターおはようございます」
 何を隠そうこのナース、スーパードクターの右腕と呼ばれるスーパーナースなのである。
 竜司はよろよろと立ち上がり、スーパードクターとアエロファン子を睨みつける。
「てめぇら、なんでオレのステージを止めた! 患者のために慰問コンサートを開いてやってんだろうが!」
「黙れ、ブサイク。20年ぱかし隔離病棟にブチ込むぞ。その子を見てみろ」
 言われて視線を下げると、菫が泡を吹いて倒れている。至近距離で竜司の歌を食らった者の末路だ。
 しかし、竜司は悪びれるでもなく、これがなにか? と言わんばかりである。
「アイドルのコンサートに失神はつきものだろうが。細かいことでウダウダ言うんじゃねぇ」
「……どうやら、自分をイケメンで美声でモテモテのアイドルだと思い込んでるらしいな。完全に正気じゃない」
「オレの頭はおかしくねぇぞ!」
「そう興奮するな、光の速さで診察してやる」
 スーパードクターはそう言うと、大学病院の整形外科への紹介状をしたためた。
「持っていきたまえ。イケメンにしてもらえば、君の妄言も現実となる。ついでに耳鼻科への紹介状も書いておいた、耳を診てもらうといい、絶対にブッ壊れてるから。手術が終わればもう誰も君の言葉を疑ったりしないさ」
「くわー、そんなもんオレには必要ねぇ! つか、なんで精神科なのに治療が外科重視なんだ、コラァ!」
 暴れ出したところに再びアエロファン子がグーパン、竜司は廊下の果てまで吹っ飛ばされた。
「はい、お大事に」


 ◇◇◇


 診察室には既に最初の患者、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が通されていた。
 小奇麗に片付いた部屋は、患者のストレスを軽減させるため、落ち着いた色合いの家具で統一されている。
「お待たせしてすまなかったね。ええと……ふむ、リースさんか」
「はい、今日はよろしくお願いします、ドクター」
 挨拶を交わすと、スーパードクターはリースをふかふかのソファーに座らせ、早速診察を始めた。
「それでここに来たってことは、何か心配なことでもあったのかね?」
「はい。実は何故か最近記憶が曖昧になったり、急に頭が痛くなったりするんです。あと、幸せそうな人を見ると気持ち悪くなったり……、時期はえーと……3ヶ月くらい前からだと思います。そういえば、その頃から魔法を使いすぎると同じように頭が痛くなったりしたかも……、あの、これって何かの病気なんですか?」
「記憶の混濁、3ヶ月前、魔法と頭痛……、なるほど、実に面白い」
 スーパードクターはカルテをめくり、彼女の身の上に起こった変化に目を通す。
 ちょうど【Reach for the Lucent World】の第二回と三回での出来事だ。
「3ヶ月前、遺跡調査に参加していたようだね。そこで仲間に襲いかかったそうだが……」
「え? 私、そんなことしてません」
「ナニッ!? 記憶にございません……とでも言うのか。ダメな政治家か君は!」
「だって知らないんです……!」
「……ここにはこう書いてある。暴走した君はパートナーによる忘却の槍を受けて大人しくなった、と」
「レイスが……?」
「経緯から見て、忘却の槍によって記憶が封じられているのは間違いない。しかし、それだけではない、君の魔力が忘却効果を増幅させ、より強固に記憶を封印している。魔法の使用で頭痛が生じるのはそのためだ」
「そんな……、治す方法はないんですか? 何か大切なことを忘れている気がするんです……!」
「無意識に魔力を使っていることから、君自身がよほど思いだしたくない記憶なのだろう。まず、封じられている記憶が何か知ることだ。目を背けたい出来事なのだろうが、それを受け入れることが改善に向かう道だ」
「そうですか、わかりました……」
 リースは複雑な表情を浮かべた。
 真実を知るべきか否か、ここから先は彼女自身の戦いなのである。
 彼女が部屋をあとにすると、すぐに次の患者、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が通された。
「空大の病院に精神科医の権威ドクター梅がいらっしゃると聞いて来たのですが……」
「ノン! ドクター梅ではない、スーパードクター梅だ。間違えんでもらおう」
「は、はぁ……、失礼しました」
「まぁよろしい。それでリュースさん、今日はどうされたんですか?」
「病状の前にオレの生い立ちを聞いてもらえませんか……? その方が事情が伝わると思うので……」
「ふむ……?」
「ことの始まりはオレが十歳の時です。両親がテロで目の前で爆殺され、四散したふたりを見ました。それから十四の時、親友がオレの所為で惨殺されました。暴行後、殺され、遺体をバラバラにされたそうです。会うことは叶いませんでした。このふたつの出来事が、今のオレを作ってるんです。身内を害する存在を絶対許せませんし、制止する存在も同列と見なしてしまいます。どう殺すかという思考で埋め尽くされて、それ以外のことは……」
「グレートなほど危ないやつだな……」
「こんなことがありました。パートナーを害された際、大切な存在を犯人ごと殺そうとしてしまったんです。彼はオレを許してくれていますし、両親が呼んでいた愛称もあいつや恋人なら許せますが……、今でも斬ったことが夢で蘇り、眠れません。もしかするとオレは狂ってるんじゃないでしょうか……?」
「それで狂ってなかったら、精神科医など必要なくなってしまうな。生い立ちだけで見ても、両親の死、友人の死ときて、感情の決壊、それに伴う暴走、睡眠障害、数え役満だ。間違いなく病んでる」
「やはりそうでしたか……」
「気にする必要はない、病気なら治せばいい、ただそれだけのこと。まず薬物治療から試してみよう。何か元気になるお薬を処方しておく。それから、また人を斬りそうになったら、掌に人という字を書いて落ち着きなさい」
「ハンサムな診察ありがとうございます。オレも長期戦は覚悟してますから、今後ともよろしくお願いします」
 ペコリとお辞儀をして、リュースは部屋をあとにした。


 ◇◇◇


 次に部屋に入って来たのは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)だ。
 ゆったりとソファーに腰を下ろしたフレデリカに、スーパードクターは早速質問を投げかけた。
「さて、フレデリカさん、君の症状を伺おう」
「よくわからないんだけど、記憶が飛んじゃったの。え〜と、確かあの時は風邪をひいてて、風邪が瞬間的に治るって言う高級風邪薬が売ってたからそれを飲んで……。そのあと確か、転んじゃって……折角カラーにしたビラを踏まれちゃって……、そこから……んー、よく思い出せないや……」
「なんだか状況説明もあやふやだが……、それにしても今年は記憶喪失が流行の兆しだな」
 肩をすくめて、スーパードクターはカルテに目を通す。
 どうやら彼女が言ってるのは、【【怪盗VS探偵】闇夜に輝く紫の蝶】での一件のようだ。
 その間、パートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がフレデリカに話しかけた。
「もぉ。フリッカったら風邪が瞬間的に治る薬なんてあるわけないじゃないですか。そんな薬があったら、パラミタ賞ものですよ。普段から『もっと注意深くしなさい』って口をすっぱくして言ってるじゃないですか」
「ルイ姉、ごめんなさい。だけどもうなんでもないから大丈夫だってば、きっと薬が合わなかっただけよ」
 しかし、ルイーザは悲しげな顔で唇を噛み締めた。
「お願いですから、心配をかけさせないで下さい。私にはもうフリッカしかいないんですから……」
「わ、わかってるってば。もぉ、そんな泣きそうな声出さないでよ……」
 コホンとスーパードクターは咳払いをする。
「症状と発症の経緯はわかった。所謂、ヤンデレの一種だろう。その時に飲んだ得体の知れない薬の影響もあったもあり、君の過度なブラザーコンプレックスが歪んだ形で表面化してしまっ……」
 ふと、ルイーザがハラハラしながらこっちを見てるのに気付く。
「……なんだね、何か言いたい事でもあるのかね?」
「あの、ちょっと……、この子の兄について何か好ましくないことを言おうとしてるならやめたほうが……」
「そんなこと言うわけないだろうが。彼女の兄の素性も知らんのに!」
「そ、そうですよね」
 フレデリカの前で兄の悪口を言うのは、ドーベルマンのお尻を蹴り上げるようなものである。
 またそれが引き金になって暴れ出しかねない。
「ま、ともかくだ。得体の知れない薬は持たない、作らない、飲み込まない、ということだな」
 なんだか小学生でも知ってることのような気もするが、まあ、そこはあえて華麗にスルーしておこう。
 二人が部屋から去り、次の患者、クロス・クロノス(くろす・くろのす)が部屋に通された。
「スーパードクター梅だ、よろしく。それで、いかがされました、クロスさん?」
「パートナーに言われて受診しにきたんですが、私、罠を張ったり作ったりしている時の記憶がないんです」
 ズルリとスーパードクターは椅子から落ちそうになった。
 さっきは冗談で言ったが、どうやら本当に記憶喪失が蔓延してるような気もしてきた。
「ふむ……、カルテによれば【空賊よ、風と踊れ‐ヨサークサイド‐(第2回/全3回)】や【来訪者と襲撃者と通りがかりのあの人と】で、君は白濁液なる妖しげな液体を使って罠を作成したそうだね?」
「はい。でも、それに関する記憶がないんです、気づいた時には全てが終わっていて、記憶としてあるのは目の前の白濁液にまみれた人と、隣にいる呆れた顔をしたパートナーのことだけなんです。元々パラミタに来る前の記憶がないのに、パラミタに来てからの記憶まで欠落してしまうなんて……、私、どうしたら……」
 悲壮なクロスには目を向けず、スーパードクターはカルテを睨みつけている。
「梅先生、私の頭はどうなっているんですか? 頭をぶつけた所為ですか? それとも精神的なモノですか?」
「……この症状から察するに、おそらく『ドスケベ病』だ」
「……え?」
 きっと聞き間違いだろう、と思ったクロスであったが、スーパードクターはハッキリと口にした。
「ドスケベ病だ」
「う……、嘘です。そんな変な病気じゃないです」
「あのねぇ、知らない人を白濁液まみれにさせといて、君ィ、それでドスケベじゃないなんてよく言えるな」
「だって、記憶がないんですよ。本当のドスケベなら、全てもらさず記憶していたいはずでしょう?」
「違うな。ドスケベはドスケベでも君はムッツリスケベなんだ。白濁液まみれになった誰かの姿は見たいが、そのために自分が頑張ってるのは恥ずかしい。だから、無意識に頑張ってる自分の記憶を消去しているんだ」
「嘘です! 聞きたくありません! ムッツリスケベじゃないです!」
 両手で耳を塞ぎながら、クロスは診察室を飛び出していった。
「なんだ、私のとっておきのDVDでムッツリを治療しようと思ったのに……、残念だ……」