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ゴリラが出たぞ!

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ゴリラが出たぞ! ゴリラが出たぞ!

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第3章 ぼくらの動物園戦争・その1



 メインストーリーを一瞬、病院サイドに持ってかれたが、すんでのところで本筋に戻る。
 はてさて時刻は丑三つ時、草木は眠るが町は眠らないそんな空京の夜のこと。
 とっくに閉園した動物園にこっそり忍ぶ込む影がちらほらと見えた。動物園に関するよからぬ噂、地球にパラミタの動物を毛皮や剥製にするため密輸しているとの恐るべき噂を聞きつけた生徒たちが動物の解放に来たのだ。
 たらりと壁から下がったロープを伝って、最初に降りてきたのは泉 椿(いずみ・つばき)だった。
「……よし、誰もいねぇ。おいおまえら、早く降りてこい」
 仲間の侵入を助けつつ、椿は立ち並ぶ檻をしげしげと見つめる。
 ふと、ある檻の前で足を止めた。
 檻の前にある看板には、パラミタコアラのオス『ヤマト』と書かれている。その独特の模様から、まるで眼鏡をかけているように見える不思議アニマルである。気性は穏やかで、大変人懐っこい。
「なんか、どっかで会ったような? おまえはしゃべれねぇのか? 連れて帰りてぇなあ……」
 鍵を開けながら、椿は考える。
「……さて、逃がすのはいいがこいつらをどうするかだな。猛獣を町に逃がしたらエライことんなるし、まともな動物園に引き取ってもらったほうが幸せかな。それとも大学に連れてくか……、どうすっかなぁ……」
「どっちもてんでダメね」
「むっ……、あたしのアイディアにケチつける気か、優子!」
 椿はジロリと八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)を睨みつけた。
「人間の見せ物にされるなんてくだらないっつったのよ」
 ふてくされたように鼻を鳴らす彼女に、椿はなんでこいつパラ実じゃなくて百合園にいるんだろうと思った。
「……そいつはともかく、まあ、自由を愛するパラ実生としてわからなくもねぇが……って、ちょっと待て!」
「なによ?」
「おまえ、なんの檻開けようとしてやがる!」
 言われて、優子は檻にかかった看板に目を向けた。
 波羅蜜多チンパンジー。
 成人男性とほぼ同じ体格。人語を多少解し、「ヒャッハー!」「汚物は消毒だァ!」と叫ぶ。椅子の上にのぼりバナナを取る程度の知能がある。スパイクなどの尖った金属片を好む。オスは人間などから食料を奪い、集落のメスに与える。群れで行動し、シテンノーやチーママと名乗るボス猿がいる。オスはモヒカンかスキンヘッド。パラミタ全域に生息しているが、キマク付近に特に多い。※バナナと自称小麦粉を与えないでください。
「へー、パラミタじゃあゴリラの他にチンパンジーも喋るのか。しかし見れば見るほどパラ実生にそっくり」
「てめぇ、あたしらディスってんのか!」
 プンスカ怒る椿を横目に見つつ、優子はドラゴンアーツの回し蹴りで鍵を吹っ飛ばした。
 その途端、ヒャッハーヒャッハーと暴徒の如く叫びながら、わんぱくな波羅蜜多チンパンジーたちが一斉に檻から飛び出してきた。そのあまりにも外道と呼ぶに相応しい容貌に、椿はタララ〜と汗を流した。彼女の腕に抱かれてるヤマトも、チンパンジーの外道臭を感じ取ったのか、中指をおっ立てて威嚇している。
「どうすんだよ、優子! こんな可愛くない連中解放してもどこも引き取ってくれねぇぞ!」
「後のことなんか知らないわよ。生きたいなら自分で生きるだろ」
 そう言って、優子はウロウロしてるパラ実生……じゃねーやチンパンジーにアドバイスしてあげた。
「金がないなら港町カシウナに行け。あそこは復興中なんだ、パパゲーノって奴に仕事をもらえ」
 紙に地図をざっと描いて渡すと、ヒャッハーしながら群れは去って行った。
 パラ実生並の体力や頭があれば、きっと土方仕事ぐらいなら出来るだろう。
 つか、パラ実生っていったい……。
 とその時、不意に猛々しい猛獣の咆哮が響き渡った。
 二人が緊迫した空気の場所に駆けつけると、高村 朗(たかむら・あきら)が檻の中で身構えていた。
 看板を見て、椿と優子は群青色に青ざめる。そこは獰猛で名高いシャンバライオンの檻なのであった。
「静かに。大きな声を出さないでくれ。彼は興奮してるんだ、驚かさないように」
 二人をちらりと一瞥して、朗は言った。
「い……、いや、マズイって食い殺されるって!」
「大丈夫、心配はいらない。危険だから猛獣の解放は俺に任せてくれ」
 止めるのも聞かず、ライオンの前に立ちはだかった。
「怖がらないでくれ、俺は君たちを助けに来たんだ。君を閉じ込めたやつと同じ人間である俺に、警戒するのはよくわかる。でも、俺たちはあいつらとは違う。剥製だの毛皮だの……そんな勝手で君たちを死なせるもんか!」
 グルルルル……と唸るライオン。相当気が立っているらしい。
 それでも、朗はムツゴロウさんばりの友愛の精神で呼びかける。
 しばらくすると、ライオンはゆっくりと近付いてきた。
「……ありがとう、ライオンさん。わかってくれたんだね」
 朗が微笑んだ瞬間、ガブリとその喉元を噛み付かれた。
「あ……れ……?」
 所詮は獣、まるごしで近付くのは危険である。なにせムツゴロウさんですら指持ってかれてるんだから。
 襲われても大丈夫なように装備を固めるとか、エサで釣って檻から出させるとか策を練らないと危険なのだが、朗は学校の教科書以外持っておらず、この身一つで猛獣に訴えかける作戦しか用意していなかった。
 今回の件で、もっと命を大事にしないと大自然では生き残れない、という大いなる知恵を授かったことだろう。
 ライオンは朗はくわえたまま、悠々と檻から出ていった。
 そして、とんだショッキング映像を目の当たりにして、優子と椿は顔を見合わせる。
「……で、どーすんの? あれ、私らが助けなきゃなんないの?」
「……放っとこうぜ、任せろっつってたし」


 ◇◇◇


 その頃、彼らと共に忍び込んだカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は霊長類エリアを目指していた。
 ダークビジョンの暗視能力で警備をかわし、ようやく辿り着いたのはお目当ての『ゴリラ』の檻だ。
 相棒のジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と顔を見合わせ、覚悟を決めて話しかけた。
「髪が塔みたいになってる子に話を聞いて、助けに来たよ〜!」
 暗闇に声がこだますると、檻の奥でむくりと黒い影が起き上がった。それはとても立派なゴリラだった。のっしのっしと檻の前に来ると、小さな黒い瞳でカレンのことを不思議そうに見つめた。
 これがアゲハさんの言ってた喋るゴリラ……、見た目はどう見ても普通のゴリラだけど……。
 そんなことを考えながら見つめ返していると、おもむろにゴリラは口を開いた。
「……その子はもしかして、アゲハさんのことではないですか?」
「ほ、ほんとうに喋った……!」
 驚くカレン、だが、すぐに冷静になった。
「いやいや……って言うかキミ、ゴリラじゃなくて限りなくゴリラに近い獣人か、ゆる族でしょ?」
 鍵を破壊して中に入り、背中のチャックを探した。しかし……。
「……あ、あれ? ない?」
「そんなところにチャックなんてないですし、ぼくは獣人じゃありません。それより今夜、動物たちが運び出されるんです。助けてあげて下さい。人間の道楽のために命が奪われるなんて、絶対に許せることじゃありません」
「す、すごい……、ゴリラが正論言ってる……!」
「今更ゴリラが喋ったくらいで、興奮するようなことか?」
 ジュレールはどこか冷めた調子で言った。
「だって、獣人でもゆる族でもないんだよ?」
「ここをどこだと思ってる、不思議大陸パラミタだぞ。喋るゴリラよりもっとスゴイことあったろうが」
 とそこまで喋って、ジュレールはゴリラに向き直った。
「……まぁそれは置いとくとしよう。心配するなゴリラよ、動物たちは仲間が解放に向かっている。お主には動物園の悪事について証言してもらいたい。我がちゃんと機晶姫の機能で記録して、警察に届けてやろう」
「そうですか、わかりました。ぼくの証言がお役に立てるなら……」
 語られた内容は証拠には乏しかったが、ゴリラによる告発というのはなかなかセンセーショナルである。
 少なくとも警察や世論の関心を引く効果はありそうだ。
 とその時だ、バタバタと足音が鳴り響いた。どうやら警備の人間が話し声を聞きつけたらしい。
「ここはぼくが気を引きますから、お二人は早く逃げて下さい」
「し、しかし、見捨てて行くわけには……」
「ねぇ、ゴリラ、ジュレ……、あれ、なにかな……?」
 不意にカレンは檻の外を指差す。
 そこに上半身裸の赤城 長門(あかぎ・ながと)が、ナイスガイな笑みで立っていた。
「ウッホウッホ! ※1」
 ゴリラに対してある種礼儀正しく、彼はゴリラ語で話を始めた。
 ところが、ゴリラはきょとんとしている。
「すみません……、もし話せればでいいのですが、人間の言葉で話してもらえますでしょうか?」
「ウウッホウッホウッホ! ウッホウッホウッホ! ウッホホッホ! ※2」
 どうも人語を使う気はなさそうだ。
 長門は自分の胸を拳で叩き、それからゴリラを指差した。
「え、ええと……、もしかして、あなたがぼくの身代わりになると言ってるんですか?」
「ウッホホホーイ!! ※3」
 そう言うと、長門は檻に飛び込み、三人を檻から放り投げた。
「いけません、見ず知らずのあなたにこんな危険な真似を……」
「ゴリラ、超見つけた!」
 突然の声に振り返ると、暗闇からアゲハが飛び出してきた。明るく笑いながら、ゴリラに抱きつく。
 どうやら綺雲菜織に道を切り開いてもらって、サクッとここまで来たらしい。もっとも昼間の騒動の所為で見た目はボロボロ、道路に倒れたのが仇となり、そびえ立つ髪には嫌な感じにガムがくっ付いていた。
 しかし、ゴリラは死闘をくぐり抜けてここまで来たものと誤解した。
「ボロボロになってまで助けにきてくれるなんて……、アゲハさん、あなたはとても素晴らしい人です」
「はぁ?」
 暑苦しく涙ぐむゴリラに、彼女はウザそうな顔を浮かべる。
「ウホッ! ウホッホッホ! ウホホッウホッウッホホホー! ※4」
「そ、そうだ! なごやかに話してる場合じゃないよ! 早く逃げなきゃ!」
 カレンははっとするとジュレールと一緒に、ゴリラとアゲハを連れて、闇に消えていった。
 別れ際、にこやかに微笑む長門の姿に三人と一頭は同じことを思う。
『なんであの人、さっきからずっとウホウホ言ってるんだろう……?』
 それは誰にもわからない。筆者にもわからない。



 ゴリラ語訳
 ※1ここはオレに任せるんじゃ!
 ※2何だか他人のような気がせん! だから助けにきたけん! 逃げろ!
 ※3イエスッ!!
 ※4さあ行け! おまえの毛皮はオレが守る! 大丈夫、オレは筋肉ゴリラ、飼育係も見間違うけん!