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リアクション
SCENE 06
ミーナ・ナナティアが、上気した様子で長原淳二の袖を引く。
「見て下さい、パンダ! パンダがお店で働いていますよ!」
「パンダ?」
着ぐるみでもいるのかと思った淳二はいささか目を丸くした。
「やっほー、ぱんだがはたらくちゅうかりょーりてんなんだよー! ほんかくはだよー、おいしいよ〜〜♪ はーい、おふたりさまごあんなーい」
フェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)が二人を招き入れる。
ここは本格中華の店『熊猫亭』、仮設のプレハブながら洒落た飾りつけがなされている。実際に、蓮華、楼華、蘭華、梅華という名の四匹のティーカップパンダが忙しく料理を運んでいた。その四匹をとりまとめ、自身元気に働いているのがフェルセティアなのだ。
「……蓮華、ラーメン二つ、エビチリ三つ、ギョーザ単品五つあがりだ」
アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は調理役に徹していた。ちょっとドタバタ気味な店内とはちがって、彼女は至って冷静だ。一人では捌ききれないほどの注文を、名人級の手際の良さで処理していく。アシャンテから盆を受け取ると、蓮華は元気一杯に駆け出していった。
厨房とつながっている小窓から、ひょいとフェルセティアが顔を出す。湯気上げるラーメンの器七つを見て、
「あ〜しゃ〜、これはどこにもってけばいいの?」
「……一番奥の団体客だ」
「りょーかーい」
と、一気に運ぼうとするフェルセティアである。全部汁物、明らかに一回で運べる量ではない。
「……待て、一回じゃ無理だ、やめておけ。往復するか、手が空くまで待って蘭華にでも手伝ってもらえ」
「だいじょーぶ、みっつずつおぼんにのせて、のこりひとつはしっぽではこぶよ〜」
断言してラーメンひとつを、ひょいと尻尾に乗せる。
「ね? きようでしょ?」
だがそのとき、どすどすと入ってきた梅華がその真横を通った。振動でラーメンは倒れ……フェルセティアの尾の上に大量のスープをこぼしてしまった。
「ふにゃーーーー!!! あつい、あついよ〜!!」
「……だからやめておけと言ったろう」
しかしアシャンテは決して慌てない。さっと濡れ布巾をとって投げる。布巾は拡がって、見事にフェルセティアの尻尾を巻いた。
「ふえ……たすかった」
「ここは梅華と蘭華にやらせるから、桜華と肉まんを頼む」
「にくま……ん?」
フェルセティアは蒸籠に目をやり、これを桜華が開けているのを目にした。
ただ開けて中身を運ぶだけならいいのだが、桜華はそーっと肉まんの一つを口にしようとしているではないか。
「ろうふぁー、だめだよぅ!」
大きな声を出して飛びつく。びくっ、とした桜華をよく叱って、一緒にこれを運搬する。
「けっこうたくさんあるね〜」
運搬する。大量注文があったというので箱詰めも行う。
「ほんとうにたくさん……」
いつの間にかフェルセティアは桜華ともども、ひとつずつつまみ食いしようとしている。
だがしかし! できたての肉まんは、皮の温度が下がろうとも中身はアッツアツなのである。そしてフェルセティアは猫舌、当然の帰結として、飛び上がる。
「ふにゃーーーー!! はっ!?」
振り返ったアシャンテがクールな目で睨んでいることに気づいて、フェルセティアは青ざめた。
姫宮 和希(ひめみや・かずき)とミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は待ちに待ったデートの夜を、寄り添うにようして歩いている。祭の賑やかさ、そして多くの人混みが、ごく自然に二人の密着度を高めていた。
「思ったよりずっと人が多いな」
「……姫やん?」
「どうした?」
「こんなに人が多かったら、私、迷子になっちゃうかもしれないぜ」
「それは困るな。うん、そうなったら大変だ」
二人は先日からつきあいはじめたばかり、初々しさと気恥ずかしさ、共にいられることの喜び……それらがないまぜになったような状態である。この時期の恋人同士にしかない淡く切ない感覚が心を満たしていた。
だからまだ、少し照れがあるのだ。「手を繋ごう」と言い出すには。
「ミュウが迷子になったら困るからな」
わずかに学帽の鍔を引き下げつつ、和希はさりげなくミューレリアの手を握った。
「姫やん?」
「どうした?」
「……嬉しいぜ」
ミューレリアはその手を、包むように握り返す。
残暑厳しい夜だけに、『雪だるま印のアイス屋さん』は大好評の模様、舌に冷たいばかりではなく、見た目も涼しくなる店なのだ。なにせ店員というのが、「ケケ」「ルル」「トト」と名づけられた三体のスケルトンなのだから。暑い夜にクールなホラーテイストを、というわけだ。
「イロモノ? まぁいいから食べてみなさいって」
試験的にやってみたスケルトン付き屋台だが、祭の明るい雰囲気もあってか受け入れられているようだ。ひっきりなしに客は訪れており、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は次々と注文を受け、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)もせっせと働きながらスケルトンに様々な作業を命じていた。
「唯乃さん、雪だるまはこれくらいでいいでしょうか?」
赤羽 美央(あかばね・みお)が梯子を伝って降りてくる。
「ありがとう。頑張ってくれたわね、それだけあれば十分よ」
唯乃は美央の手を取り、降りるのを手伝ってくれた。
「頑張ってくれただなんて……そんな」
手を握られてどうにも、はにかんでしまう美央なのだ。美央の役目は店の飾りつけと宣伝、雪だるまをいくつも作成し、屋台の軒先に飾ったのだった。雪だるまが囲むのは、店名が大きく書かれた看板だ。これで遠くからでも目立つことだろう。
「助かるわ。よちよち歩きの雪だるまたちも目を惹いているみたいだし」
『雪だるま印のアイス屋さんはこちら!』という看板を首から下げた動くミニ雪だるまたちがちょろちょろと会場を歩き回り、店の広告をしてくれている。これも美央が考案したものだった。
「ところで唯乃さん、お腹空きませんか?」
「実は少し……いい匂いがしてくるものだから」
「じゃあ、私が近くの屋台を回って、リンゴ飴とかクレープとか買ってきますね」
「えっ!? そこまでしてくれなくていいのよ美央ちゃん」
いいんです、と美央は笑みを見せた。
「私はアイス作ったりできないし、それにお客さんの相手とかは苦手なので……こうやって唯乃さんたちのお役に立てるのが嬉しいんです……」
でも、いつかお手伝いをできるようになりたいな……その言葉は胸に秘め、唯乃と並んで屋台に立つ自分を夢想しながら、美央は手を振って飛び出していった。
さて一方、トリプルスケルトンズも忙しく働いている。
「さすがスケルトン、寒さなんてへっちゃらなのですね」
エラノールの言う通りだろう。アイスの材料をためた特製氷室に入っても、三体とも霜をまといつつ平然としていた。
分厚い眼鏡をかけた少年が、じっとスケルトンの様子を眺めている。着ているのはところどころ汚れた白衣だった。怖がっているというよりは興味があるといった雰囲気だ。
「そこのキミ、アイスどう? 海で食べてもお祭会場で食べても、『雪だるま印のアイス屋さん』は絶品だよ」
気づいて唯乃が手を振ると、少年は身を屈めてそそくさと姿を消した。
「……あの子」
「どうしたのエル?」
唯乃の傍らにエラノールが駆けてきた。少年の消えた方角をじっと見ている。
「なんだか……いえ、気のせいですね」
エラノールは首を振り、唯乃から新たにアイスのオーダーを受けとった。
ザカコ・グーメルのリンゴ屋台は好評営業中。強盗ヘルは狼マスクをくにゃりと緩めて笑顔にし、腰を屈めて子どもたちに注文の品を手渡している。
「ほい、りんご飴お待ち! そっちの子が赤で、こっちは青緑だったな。ん? これか? こいつは大玉を八等分して作った一口りんご飴だ。よーし、今日はサービスだ。一本ずつ持っていきな。せっかくの祭りなんだから楽しまないと損だぜ」
ありがとう、と手を振る子どもに、思わずヘルも手を振り返す。
屋台の奥からザカコがヘルを呼んだ。
「少し店、見ててもらっていいですか? 甘い物が好きなエリザベート校長に差し入れてきます」
「おう、行ってきな行ってきな。呼び込みも売り子もやっとくからよう」
ヘルは張り切って屋台に入り、声高らかに呼びかけるのである。
「りんご飴、りんご飴はいらねぇか? シナモンと甘酸っぱさの組み合わせが絶妙、大人の味わい焼きりんご、疲労回復にシンプルな甘さ、くたくたに煮たリンゴの砂糖煮もあるぞ。価格もうんと勉強してワンコインだ! さあさ、リンゴ専門店はこちらだぜ!」
威勢の良い呼び声を上げながら、ふとヘルは眼を細める。
(「昔悪党、今義賊、それで時々リンゴ売り……か。こういう人生もあるんだな。へへ……」)
それもこれもザカコのおかげだ。言葉には出さねど、ヘルは彼に感謝していた。
変わり種なのが本郷 翔(ほんごう・かける)による『執事屋台』だ。メイド喫茶を一捻りしたのが執事喫茶で、さらに一捻りして『執事屋台』というわけ。小屋程度の規模ながら店内には空調もきかせ、多くの女性客を獲得している。
「お嬢様、お気を付け下さいませ」
女性客がテーブルから落としてしまったフォークを、翔はサイコキシネスで空中に静止させる。そしてやはり手を触れぬまま皿に戻した。
「素敵……」
でもその女性客が注視しているのは、翔の容姿だ。見る者を魅了してやまぬ端正な顔立ちに優雅な物腰、しわひとつないスーツの着こなしも美しい。翔が軽く笑顔で会釈しただけで、世の女性の多くは、魂を奪われてしまうのではなかろうか。多少問題があるとすれば、男装しているものの翔は本当は女性だということだ。
翔はあまり利益を追求せず、過ごしやすい場所を用意することに力を注いでいた。
「人混みで疲れた人が、休息しリフレッシュできるような空間をご提供します」
どんなに忙しくとも悠然と微笑する翔に、一人、また一人と女性客が吸い寄せられていく。店は常に満員だった。
その執事屋台のちょうど正面にあるのが、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の洋式屋台だった。オープンタイプの広場と屋台が連結している。蔦等の装飾により魔女的な演出もしており、ちょっとした庭園のようになっている。規模としては本日の出店のなかでも、最大級のもののひとつとなるだろう。イルミンスール生が働いている。浴衣でも気軽に入れる造りながら、どこか瀟洒で格調高い。こちらも大繁盛しているのだ。
外では独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)が可愛く客寄せをしている。一切しゃべることなく、むにゃむにゃっと愛玩動物のような目で人々を見つめてみたり。思わずマサムネに引き寄せられてしまった人に、身振り手振りで屋台をオススメするのだった。
店が満員になったので、マサムネは一旦庭園内に戻って休息する。そんな姿すら可愛いマサムネなのだ。椅子にちょこんと腰を下ろして、
「お疲れ様。野いちごベースのさっぱりドリンクです。疲れが取れますよ」
と、ナナが出してくれたグラスを、ストローでちゅーっとすする。今日のマサムネは呼び込みのプロとして、一切口をきかない。いまだってナナに、もちゅっ、とキュートにお辞儀しただけだった。彼の心の声を聞こう。
(「くっ、オーマイゴッド、妥協せず『可愛い』を追求するためには一瞬も気が抜けねぇ! これがゆるキャラの宿命って奴か……しかし、お嬢の為だ、やってやるぜ!」)
きら、とマサムネの目が使命感に輝いたが、これだってとてもプリティに見えた。
庭園内に入ってみればわかると思うが、屋外型にもかかわらず庭園の外に比べてひんやりと涼しい。あきらかに数度気温が低いはずだ。
「冷たいオブジェ満載だからねー」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は傍らのオブジェを指先でつついた。オブジェは氷製だ。これのみならず周辺には、氷で作られた飾りがいくつも用意されている。すべてズィーベンが作ったものである。ときおり氷術をかけ直して、溶け出すことを防止しているのだ。
「……っと、休んでる暇はなかった」
今日のズィーベンはウェイトレス、お盆を片手にパタパタと駆ける。
「ナナー、コールドドリンク追加だよー。ミルクベースの白と、柑橘類の黄色ひとつずつねー」
そんなズィーベンの真横を、ちょこちょこっとマサムネがかすめていった。また客案内に戻るのだろう。一言もしゃべらないが、彼が『もう一仕事してくるぜ!』と言っているのがズィーベンにははっきりとわかった。
「さすがマサムネの兄貴、容赦なく『可愛い』あたりが格好いい」
それに比べて、とズィーベンは呆れ顔で反対側に目を向ける。
「あの熱血馬鹿の鬱陶しいこと……」
ホワアアアッ! と強烈な雄叫びを発しながらルース・リー(るーす・りー)が氷の前に立っているのである。その氷は、数秒前まで一本の大きな氷の柱だった。しかしそれが彼の強力な一撃により、粉々に砕かれ粉雪のようにされていた。
「見たか、これが俺の截拳道だ! カキ氷マイスターとは俺のことよ! アチャアアアッ!」
ポーズを決めて振り返ると、その背から焔でも背負っているような力強いオーラが吹きだした(ような気がする)。そんなルース・リーの気合いに圧倒されたか、方々から遠慮気味の拍手が鳴った。そんな彼はズィーベンを見つけるや声を上げる。
「おい、ズィーベン、手抜いてないで次の氷を用意しやがれ!」
「手抜きなんてしてないよ、こっちだってウェイトレス仕事で忙しいの! 今の注文がさばけたら新しい氷作ってあげるから大人しくしてろっ」
「うぬう、待てというのか……血がたぎって仕方ない……」
そのときナナが屋台から出てきて、ズィーベンから注文票を受け取った。
「大丈夫、六番テーブルですね? ジュースは私が持っていきますから氷を作ってあげてください」
宝石のような青い目で、にっこりとナナは微笑むのである。
「いいっていいって、ナナは働き過ぎなくらいなんだから、じっとしてて」
「平気です。私、働いているときのほうが元気ですから」
すると、どうにも血がたぎっているという(?)ルースがさらに声を上げた。
「かき氷も注文殺到で困ってるんだろ? さっさと氷をよこすんだ! ホワタァァァァッ!」
「ああもう! いちいち変な声上げないとしゃべれないの!? わかったよ! ……ナナごめん、頼むね」
ズィーベンは片手拝みした。
「でも、ルースの馬鹿が妙に騒がしいのはどうにかさせようか?」
ナナはやはり慈愛の笑みでこたえる。
「お祭ですから、騒がしいくらいのほうがいいんですよ」
かもね、とズィーベンは笑って、ルースの元に走っていった。
変わり種といえばゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)の屋台も変わり種である。
「イラサイマセー。線香から大玉までいろいろな花火があるにょろよ〜」
花火屋だ。目玉商品として、締めくくりに打ち上げる大玉花火の色をお客さんが自由に選べるような花火のオーダーメイドを受け付けるという。
「自分が作ったオリジナルの花火を肴に夜景を眺めるなんて洒落てるにょろ? あ、でも祭のラスト打ち上げしなきゃだから、注文は21時までということでヨロシクにょろよ〜」
花火そのものもよく売れているが、打ち上げの注文もぽつぽつ集まっている。屋台の中ではロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)が、花火職人として、黙々と火薬を仕込んでいた。
「あいにくと客引きってガラじゃあないんでね。ま、孤独な仕事のほうが俺には似合ってるってこった」
などと皮肉めいたことを言いながらも、その腕前は正確の一言である。きっちり定量の火薬を詰めており、花火の玉も歪みのない球形だ。
「打ち上げ花火の注文がまたきたにょろよ〜、特大サイズにょろ〜」
ポンと注文書を置いて、ゾリアは受付に戻る。
「やれやれ。猫の手も借りてぇ……」
ロビンが首を左右に傾けると、ゴキバキと大きな音がたつ。この作業は相当肩が凝るらしい。
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