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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 07

「ねーさまっ! 見つけたよっ♪ カンナ様のクレープ屋さん♪」
 久世沙幸がクレープ屋を指さした。藍玉美海と二人、楽しく縁日を回っているらしい。店先にいたルミーナ・レバレッジに挨拶する。
「ルミーナさん、こんばんはっ♪ 売れ行きはどんな感じ?」
「今のところ上々、のようですね。ほら、会長もあのようにメイドの扮装でがんばっておられますわ」
 これには美海のほうが興味を引かれたらしく、
「おやおや……ふふ」
 と環菜の姿を眺め満足そうに頷いている。ところでこれ聞きたかったんだけど、と沙幸は言った。
「エリザベート校長との対決、引き分けだったらどうなるの?」
「そういえば……」
 ルミーナは首をかしげた。そうなればやはり、両者が一日留学になるのだろうか? 交換留学?

 時間が進むにつれ人混みは厚さを増しはじめた。近隣から人が集まったこともあり、会場は大人数でごった返している。こうなると迷子などの問題が発生するのは自明だ。しかし大丈夫、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)はボランティアで、道案内や迷子の保護を行っている。左腕に巻いた『会場案内係』の腕章が係員の印だ。
「警備員なんて柄じゃないですが、せっかくのお祭です。この程度の協力なら進んでやらせてもらいますよ」
 今も、迷子の男の子を母親に引き合わせたばかりだ。
 足を止めて会場を見回す。多くの笑顔があった。まだつきあい始めたばかりと思わしきカップルが、おずおずと手を握り合うのも見えた。
「夏の終わりを惜しむ、ですか……いいお祭になっているようです。これで校長同士のいがみ合いとかなければ、ほんわかしていいイベントなのになぁ」
 混み合いが激しくなってきたので、ルースは屋台通りの裏手に回る。
「……?」
 すれちがった白衣の少年に、ルースは瞬時足を止めた。理由は説明できないが、違和感があった。科学者のような白衣を祭の会場で着ていること、それだけでも妙ではある。しかもその白衣がボロボロで汚れの目立つものであれば、変に思うのも当然といえば当然だ。しかし
「ちょっと、いいかい?」
 ルースが声をかけるや否や、少年は屋台と屋台の間に飛び込んで姿を消してしまった。
(「人間という感じは、しないな」)
 とすれば機晶姫だろうか、追うべきか逡巡したルースだが、迷子と思わしき子どもの泣き声が聞こえたので、そちらに向かうことを選んでいた。

 『会場案内係』の腕章を巻くのはルース・メルヴィンだけではない。緋山 政敏(ひやま・まさとし)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)も同じくボランティア活動に参加している。
「よし、ここに来れば一安心だ。救護の人が奥にいるからな。なーに、礼はいらないさ。苦しんでいる美女は無視できないたちでね。よければ君の携帯電話の番号を教えてもらえれば……痛たたっ!」
 気分が悪くなった女性を救護テントまで連れていった政敏、そこまでは良いのだが余計な要求をするものだから、カチェアに耳を引っ張られている。
「痛ぇなー。いいじゃないか電話番号くらい。終わろうとする夏に、最後のアバンチュールを提供しようという俺の優しさをだなぁ」
 政敏は苦い顔だ。案内のついでにさりげなくナンパをしようとしては、いちいちカチェアに阻止されているのである。ところがカチェアも、彼の扱いには慣れたものだった。そんな言葉を平然と聞き流して、
「えっと、夏ももう終わりですが、次は秋が来ます。だから、『今』も『その先』も楽しんで下さいね」
 といって女性をテントに送り出した。
「後は任せて。暑気あたりしたのね? さ、こっちよ」
 インカムを付けた状態で、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が彼女を迎え入れる。リーンはこのインカムを使って、他のボランティアの人々と連絡を取り合っているのだ。
「いま、ルース・メルヴィンさんから連絡が入ったわ。白衣を着て眼鏡をかけた十代後半くらいの男の子で、呼びかけたとたんに逃げ出した子がいるみたい。それだけで怪しいと判断するわけにもいかないけれど……出会うことがあったら話しかけてみて」
 リーンはそれだけ告げるとテントに戻っていった。
「俺はあまり男の子には興味ないんだけどなぁ……」
「もっとちゃんと使命感を持ちなさい!」
 叱りつけるような口調でカチェアは、政敏の腕を取って歩き出す。
「しょうがねぇな。ま、美人の姉さんとはぐれたボーズかもしれないし、気をつけておくとするか」
「だからどうしてオンナ関係の話でしかやる気が出ないの!!」
 ふっ、と政敏は肩をすくめる。
「宿命と書いて『さだめ』というやつだな」
「なんとなく格好良さげな言い方をしても騙されませんからねっ! ほら、フラフラ脇見ばかりせずしゃんと歩いた歩いた!」
「だからそう引っ張るなって、一人で歩けるから」
 この言葉がふと、カチェアを我に返らせた。
 いま、カチェアは政敏の右腕を両手で取って、胸に抱くようにして歩いている。ちなみに彼女は浴衣だ。
「えっと、その……今気づいたんだけどこうして歩いていると……」
 独り言のように呟く。
「カップル……のように見えたりするのでしょうか……?」
 決して政敏に問うたつもりはない。だから語尾は消え入りそうだった。だけど政敏はちゃんと聞いていて、
「見えるかもな。ま、その方が祭りの雰囲気を壊す事にもならないだろうしな」
「……」
「……」
 なんとなく会話が途切れてそのまま歩く。お囃子の音や物売りの声が聞こえてきた。
(「そっか……私、夏祭り会場にいるんだ……政敏と二人で、腕を組んで……」)
 じわ、と耳が熱くなる。意識したら急に気恥ずかしくなってきたのだ。
 何分そうしていただろう、ふと政敏が口を開いた。
「なあ、カチェア」
「な、なに?」
 今日、彼女が耳にした政敏の声で一番優しい口調だ。
「カップルごっこは続けてやってもいいが、何か買ってやったりはしないぞ。俺を慕うあまたの女性に対して申し訳が立たないし、なにより、金がない」
「……!!」
 言葉にならないが何とも腹が立って、カチェアはどん! と政敏を突き飛ばした。
 彼女が猫であったら、間違いなく髪の毛は全部逆立っていただろう、それくらい腹を立てて、
「ここからはもう、別行動! 別行動だからっ! じゃあねっ!」
 肩を怒らせながら、カチェアは大股で歩み去ってしまった。