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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

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第七章


 暗くなり、月が見えてきた。
 さっきは話しかけそびれたけれど、今、リンス・レイスは一人で居るし。
 琳 鳳明は、座って甘酒を飲んでいるリンスの隣に行って、座って。
「久しぶりっ」
 笑顔で挨拶。
「……えっ、居たの?」
 心底驚いたようなリンスの声に、ふぐぅっと声が詰まった。
「いっ、居たよ!?」
「いつから?」
メティスさんにいいこと言ってる時も聞いてたよ! つまり工房からここへ来るまでずっとだよ!」
「うわ、聞かれてたの? 恥ずかしい……」
「気付いてもらえなかった私の方が恥ずかしいよ!」
 なんて、力の抜けるやりとりをした後に。
「元気そうじゃん」
 ゆるゆると、前と変わらないつかみどころのない切り返しを受けて、余計に力が抜ける。
「リンスくんのそういうとこ、ずるいよね」
「うん、俺ずるいよ」
「……お人形さん作る約束も、実は忘れてるでしょー」
 先日、人形を作ってもらう約束をしたけれど。
 肝心の、どんな人形を作ってもらうのかを決めていなかったのだ。
 決めたくてもなかなかリンスに会いに来ることができなくて、そして電話という手段を思いつかなくて、結局今日までどんな人形を作ってもらうのか決めないままで。
「何も言ってこないから、どーなのかなーって、思ってたけど。うん、絶対忘れてたでしょ」
「それはないよ、仕事のことだし。
 で、どんなのがいいの? 決めて来たんでしょ?」
「……実は、あんまり」
 暴露すると、リンスが首を傾げた。何を考えているのかよくわからない瞳が、鳳明を見る。
 テスラさんは自分そっくりのお人形さんを作ってもらうんだって、言ってたなぁ。
 ……ん?
「あれ? ねえ、リンスくんそっくりのお人形さんに魂が入り込んだら、どうなるの?」
「どうって?」
「リンスくんになる?」
「ならないよ、俺の魂は俺が持ってる」
「そっか。……でもちょっと興味あるなぁ」
 リンスの姿をした人形が、クロエのように「あそんで!」と飛びまわっているのは、
「あれ、それはそれで可愛い」
 しかし考えがまとまらなくなってきた。リンスの訝しげな視線ももてあまし気味だ。
「どうぞ」
 その時、横からすっと月餅が差し出された。顔を上げる。
 セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が微笑んで、立っていた。
 時間、作りますから考えちゃってください。
 そんな、顔。
「ありがとー」
 月餅と、時間と、二重の意味で。
 礼を言って、食べながら。
 さてどうしようと考えた。

「鳳明の故郷中国ではこの日を『中秋節』といい、盛大にお祝いし、そして月を観ながら月餅を食べるという風習があります。
 彼女の故郷を発ってから久しく、中秋節のお祝いなどしていませんでしたが……」
 セラフィーナはそう言って言葉を切って、月を見上げた。
 見事な月だ。
「月の表面まで、見えてしないそうなくらい。はっきり見えますね」
「そうだね。すごい大きい」
「地球から見ると、ここまで大きくはないのですけど」
「ふぅん……」
 感慨深そうに月を見上げるリンスを見て。
 セラフィーナも思い出す。
 ここは鳳明の故郷の、あの村ではないけれど、その時のことを。
 月餅を作って、酒を飲んで、食べて、騒いで、お祝いして。
 今も、あまり変わらないですね。
 月見団子や、酒のつまみ。けれどお酒は甘酒主体。
 置いてあるものは変わっているけど。
 楽しそうな雰囲気は、変わらない。
「月餅、作ったんですよ。よかったらどうぞ。
 鳳明の故郷、河北省の作り方で、水分は少なめでクルミ等のナッツが入った餡の月餅です」
「へぇ、美味しそう。いただきます」
 持ってきた酒はどうしようか。周りは未成年が多いみたいだし、仕舞っておこうか。
 そう考えていると、
「よしっ!」
 鳳明の声。
「リンスくんに作ってもらう人形、決まったよ! あ、あとセラフィーナ、月餅ご馳走様でした!」
 たくさん作ったうちのいくつかを皿に盛って、鳳明に渡していた分が綺麗に空になっていた。
 ……結構、カロリーが高い物なのだけど、と鳳明のお腹周りを心配しつつ、考えがまとまったことに「良かったですね」と微笑む。
「リンスくんのお人形さんを作ってもらおうかと思います!」
「げっ」
「だってなんか、いいよねー、リンスくんの作ったリンスくん人形があるっていうのも」
 嬉しそうに言う鳳明とは対照的に、嫌そうな顔をするリンス。
「……自分で自分の人形作るの? なんかキショい……」
「えー! いいと思うよ? 美人さんな人形、期待してますっ♪」
「うぇー……了解」
 それでも首を縦に振ったのは、一度仕事を受けると言った以上のことか。
 感服しながら眺めていると、
「大好き! ちょ〜愛してる!」
 岩沢 美月の大きな声が聞こえてきた。


*...***...*


 事の発端は、出発前に「この前の酔っている所は面白かったぞ!」と新堂 祐司に焚きつけられたこと。
 そんなことありません、酔いません! と啖呵を切って甘酒を飲んだその結果。
「うふふ〜、姉さん達が6人に〜……」
 ぐでんぐでんの、最初からクライマックス状態で。
「姉さんがいっぱい! 姉さん大好き、みんな大好き〜!」
 給仕をしていた美咲に抱きつきに、行った。
「ちょ、ちょっと、美月っ! あーもうバカ祐司、あとで覚悟しなさいよ!」
「というわけでぇ〜……告白大会を企画するのれす!」
 びしりっ、指を月に突き上げて。
「だいいっかぃ〜、お月さまの下での告白大会っ!」
「わー」
 美月の楽しそうな声に、クロエを抱っこしていた岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)が声を上げた。良く分かっていなさそうな顔のクロエも、「きゃー?」と疑問符混じりに笑う。
「まずは、あたしからー! あたしは……姉さんが好きです、家族が好きです、大好きですっ! ちょ〜愛してる!!」
「私もお姉ちゃん大好き!」
「美雪大好き〜! だから次は美雪の番〜!」
「私の告白……、えっと、お仕事、ください!」
 なんだかそれは告白とは違う。
 だけど正常な思考を持った美月は居ないから、
「さすがはあたしの妹ぉ、商売精神旺盛で、可愛いぃ〜♪」
 グダグダだ。頬と頬をくっつけて、すりすりすり。
「っで! 次は、姉さん!」
 そして指が向かうのは、美咲。
「……、もっとあのバカをまともな道に向かわせる事。そのためなら殴る事も正義っ」
 美咲は祐司を見ながら、拳をぐっと握り締めて、言う。
 凶暴なことを言っているけど、これにも美月は「さすが姉さん〜」と蕩けた声で拍手喝采。
「じゃあ、最後に、祐司さんとついでにリンスさん! 告白してくださいっ」
「ふはははは、トリか! オオトリだな! 任せろ!」
 指名された祐司は、びしっとカッコつけたポーズまで取って、ノリノリで。
 美咲が拳を握って冷たい目で見るのも気にせずに、
「俺の夢はメイド帝国の建設! というわけで、いまここに居る女子よ、俺のメイドになれ!」
 宣言するから、
「アホかっ!!」
 美咲から鉄拳制裁。
 ズドムッ、と重く鈍い音がして、祐司が飛んで行った。湖に落ちて、……静寂。
「お騒がせいたしました。バカは沈めたので、引き続きお月見を楽しんでください」
 ぺこり、礼をして美咲は給仕に戻る。
 いつの間にか美月は美雪の膝の上で眠っているし、今一瞬の大騒ぎは何だったのかと思うほどの、静けさに支配される。
 それらに対して、苦笑いにも似た表情を浮かべながら、リンスは湖に近づく。
「生きてる? 新堂」
「おぅ」
 ざばん、と湖から上がった祐司の顔にも身体にも、怪我らしい怪我はない。
「……頑丈だね」
「それが取り柄だからな!」
「風邪とか引いたことないでしょ」
「? そういえばないな、俺様は強いからな! ふはははは!」
 たぶんそれは馬鹿だから、ということは言わずにおいて。
 びしょ濡れの祐司と隣り合わせで、月を見上げる。
「なぁ、リンス」
「ん」
「俺様は……最近大抵暇してるからよ。何かあったら、呼んでくれよ」
 いやそれは嘘だろう、メルクリウスの店主が暇だなんて。と思ったけれど、そんな本当のことを言って茶化すことはしない。ただ、祐司の言葉の続きを聞く。
「……親友だからな」
 追って言われた言葉に、身体の内側からむずむずと痒みが上ってくるような、そんななんともいえない気分になった。
「あー。あ。……うん、ありがとう」
 人付き合いがちょっと屈折している男らしい、真っ直ぐじゃない告白をしてくるなぁと。
「なんか恥ずかしい」
「お前な……前にお前が言ったことと対して変わらんだろ」
「言う側と言われる側じゃ違うでしょ?」
「……あー、まぁな」
 思い出して、同じような気分にでもなったのか。
 湖の傍でなんとも複雑な顔をしながら、二人は月を見ずみ、俯く。
「あ、でも」
「? 何だ」
「嬉しい、かも」
「ふ、ふはははは! 当然だ! 俺様の助力があると言っているのだからな! ふはははは!」


*...***...*


「そもそも月見とは穀物の収穫に感謝し、米を粉にして丸めて作った団子を食するのが始まり。
 月に見たてた丸い団子は地域に根ざした様々なものがある。
 そして供える数は十五夜の場合は15個。
 その並べ方は下から9個、4個、2個と置くと定められている」
 クロエやメティスに説明しながら、レン・オズワルドは東屋で三方台を作り、団子を並べていた。
「ススキを飾るのは、ススキが稲穂に似ているため。
 また、ススキの鋭い切り口が魔除けになるとされ、お月見のあと軒先に吊るす風習もある」
「おにぃちゃん、くわしいのね」
「折角の月見だからな。本格的にと思っただけだ。ほら団子、食べろ」
「たべるわ!」
 クロエは楽しそうに笑って、はしゃぎ回っている。団子を食べて、甘酒も飲むのだろうか。まだ早そうだが。
 そうやって月見を堪能するクロエを難しそうな顔で見ているメティスに、苦笑い。
「そういう顔をするな、メティス」
「……レン」
「皆で食べる団子は、美味くないか?」
「そんなことはありません。美味しいです、きっと、いつもより」
 それは、皆と食べるから美味しいと感じるんだ。
 そしてその感情は、人形的なものではなくて、人間的なものだ。
 頷いて、彼女の頭を撫でた。
「レン?」
「月を見よう。それで、もっと騒ごう。楽しいぞ?」
「……、はいっ」
 ちょっと言葉が多くなったけれど。
 だからこそ彼女には伝わっているかな。
 伝わっているだろうな。


*...***...*


「クロスおねぇちゃん!」
 クロス・クロノス(くろす・くろのす)の姿を見つけたクロエが、駆け寄ってきたのを見て。
 思わずクロスは笑顔になった。
「こんばんは、クロエちゃん」
「こんばんは! おねぇちゃんも、お月見なの?」
「はい。クロエちゃんと一緒に、お月見したくて」
 言いながら、リンスの姿を探す。我儘かもしれないけれど、ちょっと二人になりたいのだ。ずっとじゃなくていいから、少しだけでも。
「リンスさん」
「ん」
 湖畔で甘酒を飲んでいたリンスを見つけて、声をかけた。ほんのり頬が赤く、ああ今日は、人間っぽいなぁと思った。いつもは人形めいているから。
「クロエちゃんとお月見に行きたいんですがよろしいですか?」
「いいよ。いってらっしゃい。あ、でもこの辺だけにしておいてね。撤収する時とか、置いて行っちゃっても嫌だし」
「はい」
 頷いて、クロエの手を取った。
「……大きくなりましたねぇ」
「リンスが、『クロエ用』ってつくってくれたのよ!」
 以前は、両手で抱っこできるサイズの金髪西洋人形に入っていたと思ったが。
 今は、長い黒髪が特徴的なビスクドール。最初に会った時のクロエと、限りなく近い。けれど、雰囲気は今の方が、
「何倍も、可愛いです」
「♪ ありがとう!」
 笑顔も自然になったなぁ、と思う。
 手を差し伸べると、その手をクロエが取った。ので、指を絡めて手を繋ぐ。
「くすぐったいわ」
「そうですねぇ」
「どこまでいくの?」
「あの丘まで。ほら、あそこよりも少し高台にありますから。月が大きく見えるかなって」
 リンスたちが宴会状態で騒いでいる湖畔の東屋からも、そんなに距離はないし。
 丘の上に着いたら、絡めていた指を解いてレジャーシートを敷いて。
 その上に、クロスは座った。
「クロエちゃん、私の膝の上に座りませんか?」
「わたし、おもくなっちゃったのよ?」
「構いませんよ」
 おずおずと、クロエがクロスの膝の上に乗る。本人は重いと言っていたけれど、別にそうは感じない。
「お月さま、おおきい」
「ですね」
「クロスおねぇちゃんが言うように、高いところのほうがお月さまはおおきくて、それできれいね」
 むしろ、自分の近くでこうして楽しそうにはしゃいでいるから、その嬉しさの方が勝る、
 夏祭りの時は、会えなかったから。
「今日こうして会えて、嬉しいです」
「え?」
「うふふ。夏祭りの時の話」
「なつまつり? なにかあったの?」
「ええ、少し」
 そしてクロスは祭りの話を始める。
 あんなことがあった。こんなことがあった。
 花火が打ち上げられたことと、その花火の綺麗さ。
「はなび?」
「これが、その花火の写真です」
 写真を見せると、クロエの瞳が輝いた。
「すごい! きれい!! おはな?」
「ふふ。どうでしょうね?」
「みたい! わたしもこれ、みたいわ!」
「今はもう、時期外れになっちゃいましたからね。
 そうだ、クロエちゃん。もし来年も、夏祭りがあったら。その時一緒に見に行きましょう」
「らいねん! 行くわ、行く!」
「じゃあ、指きりしましょうか?」
「ゆびきり?」
「はい。こうして」
 小指を立てて、クロエの小指も立たせて。
 指と指を絡め、「ゆーびきーりげーんまん」うそついても、はりせんぼんはのませないから。
 約束が、叶いますように。
 そんな願いだけ、込めて。


*...***...*


 丘の上から歩いてきたクロエを見て。
「あ、あの変わった人形」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は思わず声を出した。
 どうやら月を見ていたらしい。クロス・クロノスと手を繋いで、「お月さまきれいだわ!」と嬉しそうに笑いながら向かってくるから。
「今日は鬼ごっこじゃなくてお月見なんだ。風流なことするな……」
「いいじゃないですか、素敵ですよお月見っ」
 スレヴィよりもずっとクロエに会いたがっていたアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が、クロエの姿を見つけて浮足立ちながら、言う。
「クロエさーん!」
 そして嬉しそうに声をかけるから、何浮かれてんだよと後ろから小突きたくなった。
「クロエさんお久しぶりです。お元気でしたか?」
「アレフティナおにぃちゃん! わたしは元気よ、さっきね、クロスおねぇちゃんとお月さまを見てきたの!」
「あ、私の事覚えていてくれた……!」
「おぼえてるわよ? おともだちだもの!」
「クロエさん……! だって、スレヴィさんが『は? ストルイピンのこと? 忘れてるだろ、だって影薄いし』なんて意地悪言うから、うぅっ!」
「スレヴィおにぃちゃんはイジワルなのね?」
 バンダナを巻いた兎が、130センチほどの女の子によしよしと頭を撫でられる様は、見ていてなんだか滑稽で、でも温かくて。
「クロエ、俺の事も覚えてるか?」
「おぼえてるわよ? 鬼ごっこがじょーずな、イジワルおにぃちゃん!」
 悪気など欠片もなさそうな、にっこりとした笑顔。意地悪だと吹き込んだアレフティナを睨んでおくと、「なんで私を睨むんですかっ!」と泣きそうな声で言われた。
 そういう反応を見せるから、クロエがじぃっと「おにぃちゃん?」俺の事を睨むんじゃないか。
 バツが悪そうに頭を掻くと、クロスが笑っていた。
「なんだよ?」
「いえ、クロエちゃんの新たな一面が見れて、面白くて」
 ま、綺麗な女の人が楽しそうにしてるからいいや、とアレフティナに視線を戻して。
「クロエさんはあれからお友達、増えましたか?」
「ううん、わたし、ひさしぶりにこっちに来たの。だから、あまりふえていないのよ」
「そうなんですか。でも、クロエさんくらいに可愛くて、明るい子なら、すぐにお友達が増えますよ」
「だったら嬉しいわ! すごく、嬉しい!」
「ふふ。あ、あとゴンドラ。乗りました? 私、乗ったことないんですよね〜。だからいつか乗ってみたいですね」
「わたしものったこと、ないわ。それはたのしいもの?」
「ええ、たぶんきっと、素敵なものです。それに綺麗だと思いますよ」
「じゃあ、わたしものりたい! アレフティナおにぃちゃんも、今度いっしょにのろうね!」
「はい、是非!」
 あらまぁ、なんとも楽しそうな。
「俺は? 除け者?」
「クロエちゃん、アレフティナさん。その時は私もご一緒してよろしいですか?」
 クロスと同時に声をかけていて、顔を見合わせる。
「……大勢の方が、楽しいぜ。きっと」
「ですよ」
「じゃあ、アレフティナおにぃちゃんと、スレヴィおにぃちゃんと、クロスおねぇちゃんと、わたし! みんなでのるの、やくそくよ」
 約束をして。
 四人並んで、丘から降りて。
 月見団子と、スレヴィの持ってきた『ぶどうジュース』、それからアレフティナの作った肉団子。それらをつまみながら月を見上げた。
 その時、ああそうだ。と思いつく。
「クロエ、クロエ。あの満月の中にウサギが見えるか?」
「? ウサギさん?? みえないわ」
「何? よーく見てみろ」
「?? みえないわよぅ」
「もし見えたらいい事あるんだぞ、頑張れ」
「うーっ」
 目を擦り、凝らし、クロエは半ば睨むように月を見る。
 その必死さに内心でこいつ素直だなぁと笑いながら、真面目な顔と声音で、
「そのウサギはシアワセウサギと言って、生前飼い主にとてもかわいがられたウサギで、死んだ後に飼い主と家族に恩返しするために月に昇って、見守り続けているという伝説のウサギなんだ」
「スレヴィさん、またそんなデタラメを……」
「うちの肉食ウサギとは大違いだよなー」
「わ、私騙されませんからね。ね、クロエさん」
 そう言いながら、アレフティナだって月をちらちら見ているではないか。
 本当こいつら、素直でいいなぁ楽しいなぁ。
 そう笑いながら、『ぶどうジュース』の栓を開けた。
「お月見には団子とススキとお酒が定番なんだって。団子とススキはともかく、俺達は未成年だからこの『ぶどうジュース』な。秋の味覚ってことで。クロエも飲んでみる?」
 『ぶどうジュース』と言いながら、中身は――。
「それ、本当にジュースですか……?」
「何を疑っているのかな、肉ウサギ君。あ、飲みたい? なら早く言えばいいのにー、ほらほら」
「わ、わ、やめてくださいよっ!?」
「ワイン、ですね?」
 アレフティナに飲ませようとしていたら、セラフィーナ・メルファが声をかけてきた。
「あらら、美人さんに見破られちゃった。お酌するけど?」
「ふふ、ありがとうございます。お酒、飲みたかったんですよね」
「俺も、俺も」
「ダメですよ。だって未成年なんでしょ?」
 ふふ、と妖艶に笑う、彼女。
 ちぇー、と口先だけつまらなそうな振りをしながら、ワインを注いで。
「楽しいな、月見って」
 ぽそり、呟いた。
 アレフティナやクロエは、月を見て団子を食べて、甘酒なんかをどこからか持ってきて飲んでいて。
 楽しそうだし。
 俺も、楽しいし。
 また出向いてやってもいいかなー、とか、思ったりしながら。
 セラフィーナがワインのお礼に、と持ってきてくれた甘酒を飲み干して、月餅を食べた。