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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

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第四章 調理開始!

「おう! もう一体追加で、猪狩って来たぜ!」
 ボス猪がラルクたちの手によって川原の調理場へ運び込まれたのは、正午を回った頃だった。
「おぉ、すごい大物だねっ!」
「何コレ? 猪っていうか、もう化け物じゃない!」
 運びこまれたボス猪を見て、大和田も綴もその巨大さに目を見開いた。
「よしっ。それじゃあ、材料も余分に揃ったことだし――そろそろ調理を開始するとしようか!」
 大和田の掛け声に、料理班の歓声があがる。
「「おぉー!!」」
 黒毛猪カレーの調理が、今開始された。

「みなさん、こちらに皮を剥いた野菜を用意しておきました。形など気になさらない方は、時間短縮のためにどうぞお使いください!」
「米もたくさん炊いておいたからのぉ! 自由に持ってい行ってくれぇ!」
 まず初めに声を張り上げたのは、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)とパートナーの大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)だった。
 働かざるもの食うべからずがモットーの二人は、特に料理が得意なわけではなかったが、どうしてもカレーにはありつきたかった。
 そこで二人は、調理班の手伝いをして回ろうと計画していたのだが――あまりにも調理する人間が多く、とても全てを回ることはできそうにないと考えた。
 なので、二人が取った行動は――あらかじめ、大量の野菜の皮を剥き、米を炊いておく。こうすれば、一人づつ回らなくても効率的に手伝えると考えたのだ。
 そして結果は――
「ちょ……お、押さないでください! みなさん、譲り合って、譲り合ってください!」
「ま、待て待て! 順番じゃ、米はすべて一緒だから順番づつに並ぶのじゃ!」
 二人の考えた方法は、調理の時間を短縮できるということで、大好評となったのだった。

 一方、剛太郎たちの隣でも同じような事を展開する人物がいた。
「はい、お待たせしました。こちらが、ハーブですわ♪ どうか、美味しいカレーを作ってくださいね」
「…………」
 森で取ってきた香草や茸などを配るリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)と、不機嫌そうな顔をした、パートナーのマリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)だ。
「もう、どうしたんですのマリィ? さっきまで、ご機嫌で『山菜取りって楽しい』と言ってたじゃないですか」
「言ってない……」
「言ってましたわ」
「言ってない、って言ってるじゃん!! もう、そんなにハーブが配りたいなら、あんた一人でやれっての!!」
 リリィにキツク当たるマリィ。
 実は、マリィが不機嫌な原因は――彼女自身にあった。
「はぁ……どうして、あたいが取ってきた素材は誰も使わないのさ? こんなに、可愛いのに……」
 リリィと共にマリィが取ってきたものは――芋虫、蝉のぬけがら、蛇の抜け殻、蛇本体、幼虫ではない謎の虫、巨大ミミズ等々……すべて彼女の判断基準(可愛いかどうか)で集められた素材だった。食べれるかどうかは、一切関係なし。
 これには、さすがのリリィも――
「だって、コレは……その、何ていうか、その……」
 言葉に困ってしまう素材たちだった。
 だが、そんなマリィの前に一人の少女が現れる。
「わぁ〜可愛い食材たちですね♪ あの、これ全部くださいー!」
 少女の発言に、一瞬何が起きたから理解できないマリィ。
 しかし、次の瞬間には――
「わ、わかる奴はわかってるねぇ! ほら、全部やるよ♪」
 満面の笑みで、少女に素材を与えた。
「いやぁ! 山菜取りって、やっぱいいもんだな♪」
 ご機嫌で少女を見送るマリィ。
 彼女は、このあと少女が――オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)が、手に入れた素材を使って、ある意味で伝説のカレーを作り上げてしまうことを……まだ知らない。

「じゃ、まずは解体に取り掛かるとするかなっ!」
 一番初めに黒毛猪の解体に取り掛かったのは、ケーニッヒ・ファウストのパートナーである神矢 美悠(かみや・みゆう)だった。
 彼女の解体作業は実に鮮やかで、『サイコキネシス』を上手く使って複数の器具を同時に扱う様は、惚れ惚れするほど滑らかだ。
「お、結構良い肉質じゃん。これは噂どおり、最高の肉が楽しめそうだね」
 頚動脈を手早く描き切って血抜きを行い、流れるような動きで皮を剥く。
 骨を外し――内臓を抜いて――あっという間に各部位の肉がスライスされる。
「っと、さすがにココからは慎重にやらなきゃね」
 解体作業も後半に入ったとき、美悠の表情が真剣味を増した。
「後ろ腿の股関節付近には『臭腺』があるからね。こいつを傷つけないようしっかり――」
 一般的に猪肉が『臭い』とよく言われるが、これは解体の際に臭腺を傷付けてしまい、中に溜まっている強烈な獣臭を放つホルモン成分が飛散してしまうためなのだと、彼女は言う。
「苦労して手に入れた極上肉が台無しになったら、みんなにも、そして命をくれる食材にも失礼だからね……っと、はい完了!」
 臭腺を傷つけないよう周りの肉ごと切り離した美悠。
 その後は一気に後ろ足の解体作業を終え、アッサリと一体目の解体作業が終了したのだった。

「おー、これが黒毛猪か……ホントに大きいんだな」
 和原 樹(なぎはら・いつき)は黒毛猪を見上げ、感嘆の声を漏らした。
「よしっ。それじゃあ、人手もいるだろうし俺もコイツを解体するぞー」
 メイスをブンブンと振り回して息巻く樹。
 すでに、黒毛猪の解体には茨木香澄など何人か生徒が取り掛かっていたのだが、ふと樹も解体を手伝ってみたくなった。
「えーっと、まずは……どうすればいいんだ?」
 だが、樹は解体の知識などは持ち合わせていない。
 すると――
「……樹。いくらなんでも、メイスで解体は無理だろう。ホラ、包丁を使え」 
 パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、呆れた様子で樹に包丁を持ってきた。
「まずは、内臓や骨を取り外して部位ごとの塊に分けるとするか。樹、包丁捌きに気をつるんだぞ」
「わ、わかった……」
 フォルクスの指示のおかげで、危なげながらも解体を進めていく樹。
 そんな彼らを見て、パートナーのショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)はとセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)は、色々と思うことがあるようだ。
「私達って、いつもこういう子たちの肉を食べて生きているのね……命を分けてくれてありがとう」
 そっと黒毛猪に向かって手を合わせるショコラッテ。
 その様子をみて、セーフェルはふと何かを思い出した。
「そういえば、食事の時も同じように手を合わせていますね。あれにも同じ意味があるのでしょうか?」
「前、樹兄さんに教えてもらった事があるの。哀悼や感謝を表す時は、こうやって手を合わせるんだって。合掌という行為らしいの」
「なるほど……それなら私も手を合わせましょう」
 二人並んで黒毛猪に合掌をささげていると――
「あぁ、グロかったな。や、でも普段食べてる肉もこうやって屠殺・解体されて食卓に並ぶわけだよな。自然の恵みに感謝……だな」
 どうにか解体を終えて樹とフォルクスたちが戻ってきた。
「樹兄さん、フォル兄。服、すごく汚れてるね」
「ん? って、しまった……血でベトベトだな。ちゃんとエプロンしとけばよかった」
「すごい量の血ですね。解体現場にも、血溜まりができていますよ」
 黒毛猪の血でベトベトになった樹たち。
「まぁ、解体が終わってやることもないし、川で洗濯しながら料理の完成でも待つかな」
「そ、それじゃぁ、マスター。川に行くのでしたら、解体現場の血を洗い流しておきたいので、水を汲んできてもらえますか? 川に落ちるかもと思うと、近づけないので……」
「そうだな。ちゃんと掃除まで終わってこその解体作業だよな。ありがとう、セーフェル」
 血で汚れたりはしたものの、充分な敬意と感謝の念を捧げられて、本日二体目の黒毛猪が解体された。
 そして――生徒達は下拵えを終え、いよいよ本格的に黒毛猪のカレー作りに取り掛かる。