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紅葉ガリガリ狩り大作戦

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紅葉ガリガリ狩り大作戦

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秋の空と恋模様




 まだ木が動き出すしばらく前―――。

「やっと開放された……」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、少しうつむき加減で、とぼとぼと歩いていた。
「随分と、時間を無駄にしてしまった気がする」
 その横で、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が疲れたようにため息をつく。
「でも、お話の内容は正しかったですからね」
 そう言うエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)も、表情にはやや疲れが見えた。
 三人の目的も、お弁当泥棒を捕まえることだ。
 そのために仲間と作戦を練り、その一つとして彼らは撒き餌を行っていた。
 撒き餌というのは、魚釣りをする時に撒く餌のことで、魚を集める意味がある。同じように、お菓子やお弁当などを一定の地区に撒くことで、そこに木をおびき寄せようと考えたのだ。
 しかし、三人は撒くはずだったお弁当とお菓子を全部持ったまま歩いていた。
「はぁ……確かに、紅葉狩りに来て食い物がちらかってたら嫌だもんなぁ」
 エースの呟きは、先ほど彼らに説教をした巡回生徒の言葉である。
 曰く、お弁当を盗む木を捕まえることに協力してくれるのは感謝するが、今日も普段通りに紅葉狩りをしに来ている人もいる。君達にとっては、有用な行為かもしれないが、お客さんにとってはゴミでしかなく景色を楽しみに来た人の気分を損なう可能性がある。
 という事に、さらに後片付けをする身にもなってくれ、という話もしていた。
「頼れるのは、こいつだけかよ」
 メシエが肩にかけている、投げ竿を見る。先には、鳥の丸焼きがかかっている。
「これで、木を一本釣りできるといいですね」
 誰もが、折れるだろうなぁ、と思った。
 思い足取りで、自分達のシートを広げた場所に戻ると、三人の姿を見つけたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が大きく手を振る。
「おかえりー、どうだった? どうだった?」
「ただいま。ほっぺたに、お弁当がついていますよ」
 エオリアが、クマラのほっぺたのご飯粒をとってあげた。
「ん、そっちも浮かない顔か」
 なんて言うのは、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)である。
「そっちもって?」
「あの通りだ」
 シートの隅っこに体育すわりをしているルカルカ・ルー(るかるか・るー)が居た。
「どうしたのさ?」
 エースが問いかけると、
「撒き餌してたら、怒られた」
「そっちもか……」
 エース達に説教した方は、理論的で口調は落ち着いていた。しかしどうやら、ルカルカを捕まえた人は大変口煩い方だったらしい。
「しかし、撒き餌を禁止されると、泥棒がこっちに来る確率がぐっとさがるな」
 ルカルカと一緒に説教を受けてた夏侯 淵(かこう・えん)は、涼しい顔だ。説教を聞き流すのが得意なのかもしれない。
「そうだな。となると、やっぱりコレにかけるわけか……」
 ルカルカ達も、一本投げ釣り用の竿を持っている。彼女達の餌は、タレつきの肉の塊だ。
 どちらの餌も大変おいしそうである。
「ねぇねぇ」
「ん? なんだ、クマラ?」
「そのお菓子、使わないんならさ、食べてもいいよね?」
「あー、これかぁ」
 と、エースがルカルカの方を見る。肉の塊や鳥の丸焼きはエース達が用意したが、お菓子を用意したのは彼女だ。
「いいよー、食べても。どうせ、ゴミだし」
 随分と不機嫌な様子である。しかし、クマラは空気を読まずにやったーと声をあげると、お菓子の入った袋に手を突っ込んで、掴めるだけ掴んで持っていった。
「カニも一緒に食べようよ!」
 カニとは、カルキノスの事である。クマラが言うにはどう見ても、カニだからという理由らしいが、どの辺りが一体カニなのかについてはわからない。
「おう、さすがに弁当にも飽きてきちまったからな」
 カルキノスの横には、既に空になったお弁当箱が詰んである。カルキノスとクマラの二人は、この場所で木を待つ担当で撒き餌をしに行っていなかったのだが、ずっと食べていたのだろうか。
「お、コレは食ったことなかったやつじゃねぇか」
「これなんか、凄くおいしいよ」
 二人で仲良くお菓子を、食べまくっている姿にエースが苦笑していると、ルカルカが立ち上がり近づいてきた。ルカルカはおもむろにお菓子の入った袋に手を突っ込むと、これまた掴めるだけお菓子を掴んで取り出した。
「頭ん中の切り替え完了! 糖分補給して、そっから先のことは後で考えればいいよね。とゆーわけで、混ーぜて」
 ルカルカがお菓子を持って、カルキノスとクマラの間に割って入る。
「ほらほら、エース達もぼぅーっとしてないで、とりあえずお菓子食べよ?」
「ああ、そうだな」



「ねぇ、これももらっていいの?」
「ああ、いいぜ。なんか無料らしいし、ジュースもあるぜ」
「わぁい、私あなたみたいな優しい殿方、好きよ?」
「ん、サンキュ」
 杏奈・スターチス(あんな・すたーちす)武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の二人は仲良くお弁当を食べていた。お弁当はタダでもらったものだが、これが結構おいしい。
 インスミール魔法学園の校庭は紅葉狩りのために一部が開放されており、最近そこでお弁当を盗む木が現れる。というのはあまり関係が無い。そんな話も、ここに来て知った身である。
 彼がこんな日にここにやってきたのは、手紙が来たからだ。あと、挑戦状と、ライフルの弾が入った封筒と、血文字の文も来た。奇妙なことに、どの内容も同じ場所に呼び出しをしていたのだ。
 そんなわけで、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)武神 雅(たけがみ・みやび)と三人でやってきたのだが、思った以上の人ごみだったせいで、二人とはぐれてしまったのである。幸い、同じく迷子をしていた知り合いの杏奈と偶然出会い、適当な場所に腰をおろして誰か知り合い見つからないかなー、とぼーっとしているのである。
「そういや、杏奈達は何しに来たんだ?」
「んー、お弁当を盗む木がいるから、せっかくだし紅葉狩りも兼ねて見にいこうって、そういう話になったんだよねぇ」
「ふーん、それでこんなに人が多いのか」
 紅葉が見事なのもあるし、お弁当が無料だからも理由のうちだろうが、かなりの人が来ているようだ。武器を持っている人は、そのお弁当を盗む木を捕まえる役割の人なのだろうか。
「あ、いたいた。全く、いきなりいなくなるから驚いたぞ……」
 駆け足で寄ってきたのは、雅だ。
「あー! やっと見つけた……って、なんで杏奈がいるのよ。そして、何でお弁当食べてるの! あたしちゃんとお弁当作ってきたのに!」
 リリィが肩にかけていた大きなスポーツバッグがずり落ち、ゴトとやたら重そうな音を立てて地面に落ちる。中身はお弁当しか入っていない。
「悪い悪い。いやぁ、小腹が空いてつい」
「もぅ。つい、じゃないよ。持ってきたお弁当もちゃんと食べてもらうからね!」
「わかったわかった。ああ、せっかくだし、杏奈も一緒に食べてけよ」
「それで、どうして杏奈一緒なのかお姉ちゃんはそっちの方が気になるんだけどなぁ?」
「俺と同じで、みんなとはぐれたんだってさ。まぁ、ここで一緒に居ればそのうち見つけてくれるだろ」
「偶然? 偶然ねぇ? ま、いいけどね」
 リリィは何か納得してないようだった。何一つ嘘などついていないのだが。
「それじゃあ、私らはここでのんびりしようかね。一旦シート敷くから、二人とも立ってくれないか」
 雅がトートバックから、大きめのシートを取り出す。三人用にしては、少し大き過ぎる気がしないでもない。
「ねぇ、リリィはどんなお弁当を作ってきたの?」
 やたら重そうなバックに興味津々の杏奈。
「あ、コラ、勝手に開けないでよ。もうー、しょうがないなぁ」
「これって……」
 中から出てきたのは、クーラーボックスだ。それを開けると、そこには氷像とそれに抱かれたお刺身が入っていた。
「なにこれ、すごーい。作ったの? この氷像も?」
「うん。【血煙爪】で削りだしたんだから」
「うわぁ、でもこれじゃあちょっと食べるの勿体無いわねぇ」
「いいの、いいの。食べてもらわないと意味ないじゃない。これに力を入れすぎちゃったから、あとはおにぎりぐらいしか作ってこれなかったんだけどね」
「おにぎりはおいしくて、大好きよ」
「そ、そう。それなら、よかった。じゃあ、ちょっとお茶出すから、待っててね」
 リリィがいそいそと食事の準備をしていると、
「見つけたぞ、牙竜!」
 という元気のいい声と共に、迦具土 赫乃(かぐつち・あかの)が現れた。
 挑戦状を送ってきた相手である。
 牙竜から、視線を外さぬまま赫乃はつかつかと歩いてくる。牙竜も、ただならぬ気配を察していつでも動ける体勢を取った。何を考えているかはわからないが、挑戦状を送りつけてきた相手である。決闘でもするつもりだろうか。こんな場所で?
 赫乃はシートの一歩手前で立ち止まると、手に持っていた大きな包みをシートの上に置いた。
「牙竜よ、お主は言ったな? 自分の中には妾はおらぬと。だが、妾はこの想いを諦めきれぬ、故に最後まで諦めないとそう決めたじゃ……ッ!」
 牙竜は目を白黒させている。
 雅はにやにやし、リリィは少しむっとした表情をしたがすぐに隠した。
 杏奈は、まだ氷像のお刺身に目を奪われたままである。
「喩え、お主の心が西の地平の彼方に沈もうとも、妾が東の空の上へと引き上げてみせようぞ。心しておるがいい、妾が……恋する乙女がどれほどのものかをな!」
 全て言い切ると、赫乃は一つ息を吐いて険しい顔を解いた。
「ところで、牙竜?」
「な、なんだよ」
 少し気おされ気味の牙竜。
「秋刀魚は好きかのう?」
「え? あ、ああ。好きだけど?」
「それは良かった。秋と言えば、やはり秋刀魚じゃな。少し気合をいれてお弁当を作ってきたが、もし秋刀魚が嫌いだとどうしようかと思うたが、いやぁ杞憂じゃったな」
 と、さも当たり前のように輪に入ってきた。
 何か妙な雲行きなってきたところ、さらに「見つけました!」という声が聞こえてくる。
 大きなスイカを持って駆け寄ってきたのは、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だった。手紙を送り主である。
「お、おう、リース」
 彼女からの手紙は決して物騒な内容ではなかったが、何故か少し硬い牙竜。
「もう、探しましたよー」
 ニコニコ笑顔のリースは、とりあえずいきなり宣言をする様子はないようだ。
「あ、私も一緒していいですか?」
「構わんよ。人数が居た方が楽しいし、それに……」
 面白いし。と、雅は最後まで言わずにほくそ笑む。
「もう秋ですね。そろそろスイカも食べ収めと思って、今日は一番いいスイカを持ってきたんですよ」
 リースが抱えているスイカはすごく大きくて立派なものだ。
「ふむ、スイカか。しかし、リースよまずはお弁当が先じゃろう?」
 すっと赫乃が二人の間に割って入り、大きなお弁当箱を見せ付ける。
「ふぇ?」
「まぁ、待っておれ。まずは楽しい楽しいお弁当タイムからじゃ」
「で、でも、スイカはご飯の前に食べてもおいしいですよ。それに、ご飯の代わりに食べてもおいしいですよ。それで、ご飯のあとでもおいしいです」
「それでは、それはスイカしか食べておらんではないか?」
「うぅ……」
 少し険悪な空気が流れはじめると、そこへまたしても新たな人物がやってくる。
 しかも、今度の人物はたいへんなイタズラ心の持ち主で、リースと赫乃に気づかれないようにそっと近づいてきていた。
「あら、牙竜じゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね。あれ? この間一緒に居た女の子は今日は一緒じゃないのかな?」
 声をかけたのは、久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
「へ?」
 牙竜が素っ頓狂な声をあげたのを確認した沙幸は、スマイルを大安売りしながら、
「あ、ねーさまが呼んでる。それじゃあね〜」
 と、さっさとその場を離れていった。
 沙幸が駆けていって先では、藍玉 美海(あいだま・みうみ)が少しだけ不機嫌そうな顔で待っていた。
「全く、突然ふらふらすると思ったら」
「てへへ」
「何かあったら、遅いんですわよ?」
「大丈夫だよ。たぶん」
「たぶん、じゃ不安なのよ。ほら、見てあれ」
 と、美海の方を示す。
 リースが投げたスイカが、牙竜の顔面に直撃していた。斬新なスイカ割りだ。
「わー、痛そう……あ、気絶しちゃったみたいだね」
「とりあえず、わたくし達はもう少し静かな場所に行きましょう?」
「んー、面白そうだからアレをもうちょっと見てたいなぁ」
「だーめ。さぁ、行きますわよ」
「はーい」



 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、牙竜を見つけた時には大変面白いことになっていた。
 牙竜は、手近にあった木にぐるぐると縛り付けられている。その周囲では、リースや赫乃やリリィがいい感じに煮えたぎっている。
「さすがね、思っていた以上にカオスになってるじゃない」
 遠巻きで様子を確認して、うんうんと祥子はうなずく。こういう状況ならば、この時の為に持ってきたアレが役に立つだろう。
「わたくしも、お供しますわ」
 同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)そう言って頷いた。
 そんなわけで、二人はそのカオスへと足を踏み入れていく。
「どうしたの?」
 さも今来ましたよ、という顔で雅に話しかける祥子。
「見ての通りだよ」
 そう言う雅は、にやにやが隠しきれて居ない。
 近づいてみてみると、どうやら牙竜は気を失っているようだ。
「そっかー、こんな状況じゃあ楽しく紅葉狩りっていうのも難しいよね」
「そうだな、涼しくなってきたかと思ったが、どうやらまだまだ暑いようだ」
「それもこれも、牙竜がちゃんと相手を決めないからよね。周囲が見てはっきりわかるぐらい、きちんとした事実がないからいけないのよ」
「ほう。しかし、事実とはどう示せばいいのだ?」
「簡単よ。これに必要事項を記入して、役所へ持っていけばいいんだわ」
 そう言って、祥子は雅に婚姻届を手渡した。
「そうか! この婚姻届を役所に持っていけば、晴れて夫婦というわけだな! なるほど、これならば事実を覆すことはできない!」
 わざとらしく大声で説明をする雅。その声が届いた赫乃が、ピクっと反応する。
「都合のいいことに、今日は印鑑を持ってきているぞ」
「ちょっと待つんじゃ、義理姉様!」
 すかさず駆け込んでくる赫乃。
「義理姉様は姉であろう。それを書くのは少しばかり道理が通らぬのではないか?」
「ほーう、なら誰が名前を書けばいいのだ?」
「妾が書くぞえ」
「ふむ、そうか……」
 雅はあっけなく婚姻届を赫乃に手渡す。
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
 今度は、リリィが乱入。
「きょ、今日は偶然印鑑を持ってきてるからっ!」
 その宣言の意味が祥子にはいまいち意味がわからなかったが、とりあえず赫乃に書かれたくはないようだ。
「よし、それじゃあ私達はそろそろ……あれ、静香は?」
 すぐ近くに居たはずなんだけど、と祥子が周囲を見渡すと牙竜のすぐ近くに居た。何をしているのか様子を見ていると、その頬をいい音がするぐらい強烈に叩いていた。
「な、なにしてるんだろ……?」
 静かな秘め事は、ビンタで牙竜が目を覚ましたことを確認し、
「……さよならっ!」
 なんて昼ドラ並の冷たい目線を向けて、彼にすっと背を向けて戻ってきた。
「何してたのかな?」
「なんとなくですわ」
「そ、そう」
「それより、わたくし達はそろそろおいとましましょう」
「う、うん。そうだね。それじゃあ、またねー。あ、誰が書いたかあとで教えてねー」
 全員が呆然としているのを尻目に、そそくさと祥子と静かな秘め事の二人はその場をあとにした。
 祥子達は、彼らからさほど遠くなく、しかし上手いこと死角になって見えづらい場所にシートを敷いている。牙竜達一向はとにかく目立つので、他の仲間が来た時の目印には丁度いいのだが、紅葉狩りみたいなことを楽しむには少々殺伐とし過ぎる傾向がある。そのため、こういう場所を取っているのである。決して、覗いてにやにやしたいとか、そんな理由ではない。
「ただいまー」
「はい、おかえりなさい」
 出迎えたのは、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)だ。
「わたくしも、みなさんには挨拶できましたか?」
「うん。完璧。それより、他のみんなは来てるかな?」
「まだ誰も見ておりませんわね」
「そっかー、早くみんな来ないかなー」



「思っていた以上に広いな」
 篠宮 悠(しのみや・ゆう)は周囲を見渡しながら、今日何度目かの台詞を口にした。
「そんな事言ってる暇があったら、もっとちゃんと探してよ」
 そう言うミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)の顔には、若干疲れが浮かんでいた。
「まさか迷子になるとは思いませんでした」
 真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)も、呆れたような困ったような、そんな表情だ。
 三人は、一緒に来ていた杏奈を探してずっと敷地内をうろうろしているのである。
「今度からは、絶対に手を離さないように言いつけておきます」
「いきなり消えちゃうんだから……」
「まぁ、今日は仲間が結構来てるはずだから、誰かと一緒に居るだろう」
「そうだといいんですけど」
「おっと、あそこに妙に騒がしい奴らがいるみたいだぞ」
 悠が見つけたのは、牙竜達だった。
「リリィと赫乃がにらみ合ってるみたいね。なんでリースは割れたスイカを前にして体育座りしてるのかな?」
 よく状況が汲み取れなかった。
「とりあえず、あそこで杏奈を見たか聞いてみようよ……って、あれ?」
 ミィルが振り返ると、真理奈が妙なオーラを纏っていた。
「なにしてるんでしょうか、牙竜さん……」
 改めてミィルは、牙竜一向に目を向けるとそこには杏奈の姿もあった。木に縛り付けられている牙竜に、なぜかお弁当を食べさせている。
「杏奈にまで手をだすなんて……これは、荒療治が必要なようですねぇ……」
「んお、なんだいきなり」
 真理奈は、悠の体を掴むと一息で持ち上げた。一体どこにそんな馬力があるのだろうか。そして、真理奈は悠をまるで槍投げの槍のようにして、牙竜の方へぶん投げた。
「うおぁああああああああああっ」



「ありがたいけど……もぐもぐ……もう結構……お腹いっぱいなんだけど」
 杏奈に次々とお弁当を口に押し込まれていた牙竜の言葉に、杏奈は意外そうな顔をする。
「まだ、お弁当二つ目よ?」
「いや、普通の人は一つで十分だろ」
「別に遠慮しなくてもいいのよぉ? ただなんだもの」
「いや、胃袋が限界だから」
「なら残りは私が頂いてもいーい?」
「どうぞどうぞ」
 杏奈が目を輝かせて、お弁当を食べ始めたのを確認して牙竜は、ため息を吐いた。
 どうしてこうなったのか、頭にスイカが直撃した衝撃でいまいち覚えてないが、とにかく今の自分は木に縛り付けられていて身動きが取れない。
「とりあえずこの縄を抜けるか……」
 幸いにも牙竜は、縄抜けには心得があった。
「―――ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!」
「は? なんだ?」
 いきなり聞こえた知り合いの声に、縄抜けの途中だがそちらに視線を向けた。
「って、なんで悠が飛んで、うおぉぉぉ間に合わねぇぇ」
 何故か理由がわからないが、まるで人間砲弾のように突っ込んでくる悠。
 狙いは正確で、真っ直ぐに牙竜を狙っていた。避けようと思っても、縛られている牙竜は動けないし、縄抜けにももう少し時間がかかる。
 間に合わない、と牙竜が目を閉じる。
 しかし、いくら経っても衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、悠は地面に突き刺さっていた。
「……当らなかったのか?」
 しかし、何か妙だった。
 少し見える景色がずれている。
 杏奈の位置が、若干遠くなっているような気がする。お弁当を食べている彼女が、座ったまま動いたとは考えにくい。あるとしたら……、牙竜は視線を自分が縛り付けられている木に向けた。
「まさか、こいつが動いた……のか?」
 視線を木から外すと、今度は何故か自分の周りを多くの人が取り囲んでいた。
「見つけたぞ、こいつだ!」「動いているのをこの目ではっきりと確認した!」「捕まえるぞ!」「応っ!」
「………マジ?」
 あちこちから、牙竜が縛り付けられている木を捕まえようと人が集まってくる。
 自分が縛り付けられているこの木こそが、みんなが探していたお弁当を盗む木とだったようだ。
 次々と人が集まってきて、さすがにこの木もただの木の振りをしているわけにはいかないと思ったのだろう。すっと根っこをまるで足のようにして木は立ち上がると、猛然と走り始めた。
「ちょ、まっ、せめて俺が縄を外すまで動かないでくれぇぇぇぇぇぇぇ―――」
 牙竜の叫びを残して、物凄いスピードで去っていってしまった。