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湯治場を造ろう!

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湯治場を造ろう!

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第四章 現場から外れたけもの道

「見えおったぞ」
 今朝から湯治場建設の一団とは別行動を取っていたバグベア討伐隊の一人、兵法書 『孫子』(へいほうしょ・そんし)は木の下で待つパートナーや仲間に向かって手を振り指をさした。
「方角はそのまま、もう一寸先に開けた場所がある」
 エレーヌやレオンから得た情報をもとに当たりをつけ、建設現場から藪をかきわけ進むことしばらく。深い草の間から、明らかに生き物によって踏み分けられた道を発見した。道の幅から、大柄で何頭もが行き来していることがわかる。けもの道をたどるようにしてからはそれほど迷うこともなくここまでまでやって来た。
 他に大柄な生き物の生息は報告されていない。おそらく、集落をつくっているというバグベアのものに間違いはないだろう。
 ワイパーンに乗って上空からあたりを探りつつ行動を共にしていた音井 博季(おとい・ひろき)は、ついと眉をひそめた。
「(様子がおかしい)」
 集落と思われる一帯から、土ぼこりが舞い上がっていた。まるで、その地で何かたくさんの生き物が激しくうごめきあっているかのように。嫌な予感に顔をしかめながら、博季は下の道を行く仲間に注意を促す合図を送った。
「(できるだけ、誰も傷つくことがなければいいのだが……)」
 それは自身の理想でしかないことを理解しながら博季は一度だけ苦笑し、表情を切り替えると高度を保ったまま道を急いだ。

 ……ガッ、……キィン……

 旅の冒険者などから奪ったのだろう――武具のついた熊の大きな腕を振りかざし、丈夫な後ろ足で大地を蹴り進む。

 ……ドンッ!……ズザザッ

 たくましい肩から生える、異様な頭は猪の形をかたどっている。むき出しの牙がそろった口の横には鋭い角が生えている。
 力強い金棒の一閃をかわすと、漆黒をまとった長躯の男は高笑いを上げながらギロチンを振るった。
「っらあああああ!!はっはぁ!!」

「ギィィイイイイイ!!」

 たどり着いた一行の前にあったのは、まぎれもないバグベアの集落。所々に開いた洞窟はワラが敷かれ、食べ物や器具が保存されていて、低次の文化を持った存在の生活が営まれていることを感じさせる。
 その場所でたどり着いた彼らを待っていたのは、予想だにしない出来事だった。
 他の場所と違って岩肌の目立つ大地に、黒ずんだ水たまり。あたりに飛び散る赤と黒。倒れ伏した3頭は完全にその動きを停止し、動きまわるバグベアやそいつの足にしょっちゅう踏みつけられていた。殺気立った数頭のバグベアに囲まれ、男は薄気味悪く笑っていた。
 その毒々しい色に網膜に焼き付く過去の記憶を刺激されて、美鷺 潮(みさぎ・うしお)の背筋に怖気が走った。
「なにこれ……」
 バグベアを退治しにきた味方……ではない。退治ではなく、単に殺戮を楽しんでいる様子。
 本能的に感じ取った林田 樹(はやしだ・いつき)は咄嗟にピストルを取り出して構え、パートナーたちと共にカモフラージュで身を隠し様子を伺った。
 人の気配に気が付いたのか、男が振り返る。
「なんだぁ?おぬしらは……」
 それは、自身の力を高めるためだけにひたすら戦う相手を求めて逡巡していた魔剣士三道 六黒(みどう・むくろ)だった。その眼に宿る狂気を隠そうともせず、にぃと笑む。傍には尖った骨をギチギチと鳴らし、魔鎧葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が意志もなく控え、半自動的に六黒を守っていた。
「今日はついている。鍛錬の相手に事欠くことがない!……おぬしらにも相手をしてもらうぞ!」
 鍛錬とは名ばかりの殺しあいを求めて、六黒はバグベアのみならず凶刃を振るった。突然自分たちと同じ学生に標的にされてエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は慌ててパワードアームではじくように軌道をそらして間合いを取った。
「くそ、バグベアもいるってのに面倒だな」
 どう戦っていいものか、仲間たちと協力すべく頭をフル回転させるエヴァルト。はっきりとした数はわからないが、バグベアはタイマンで戦える相手でもないし、できるだけ被害を最小限に戦うには協力が不可欠なのだ。が、
「あっはっはっはぁ!!いいわぁ〜そういう考え、嫌いじゃないですわよ!
 それじゃ、いっきますよぉ!!」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が愉快そうに笑いながら、前触れなくバグベアの集団にダッシュをかける。こちらももれなく目がイッている。
「あっ、おい……!!」
 エヴァルトの静止もなんのその。
「イエス、マイロード!!くきゃははは!!」
 嬉々としてナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が続いた。
 彼女たちに、いい湯治場を造りたい、だの、そのためにバグベアを排除するということに対しての感慨じみたものは一切ない。ただ、バグベアという未知の敵と戦ってもよいという場を与えられて何の不便もなく殺戮を行えるという解放感。奇声をあげながら迷いもなく飛び込んでいく少女たちに、エヴァルトは頭が痛くなるのを感じた。
 同じパーティにいながら、そんな3人とは少し距離を置きつつシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が支援可能な距離へと歩を進めた。ため息すらついている。
「(この狂いよう、どうにかならないだろうか。同類だと思われるのは少し気が重い……距離おいとこう)」
「シーマちゃん何してるの!遅れてると置いていっちゃうわよ」
「!!(名前呼ばれた……!仲間だってばれる……鬱だ)」
 人知れず肩を落とすシーマの脇を、ただ敵に向かって真正面から霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が走り抜けた。
 彼女も、特攻。
 勢いよく振り下ろされる剣を体をひねってかわすと、お返しとばかりに回し蹴りを放った。その足をしっかとバグベアがつかみ、地面へと叩きつけられる。背中をしたたかに打ち付けたもののすぐに立ち上がると、透乃はにやりと口角を上げた。強い相手を前にしたときの高揚感。戦い好きの性根がムクムクとふくれあがってくる。
 ――でも、今回はそれだけじゃない。
 背後から駆け寄ってくる大事な人の気配と不安に震える声。
「透乃ちゃん、待って!無暗に突っ込んじゃだめぇ!」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はすくみそうになる体を無理やり奮い立たせ、透乃の傍までやってきた。透乃は彼女の姿を見とめると、抗議に耳を傾けようともせずに再び拳を振り上げた。
「(だって陽子ちゃん、すっかり戦闘に自信なくしてるんだもん。無理やりでも戦いに駆り立てて、実戦で取り戻させる。
 ……そのためには無茶するぐらい、構わない!)」
「透乃ちゃん!」
 泣きそうな陽子の声に不謹慎にも欲情しながら、透乃は見えないように舌を出した。
「(ま、私が戦いたいだけってのもあるんだけどね♪)」
 高揚する気持ちを隠そうともせず、透乃はバグベアに対峙した。バグベアも、同じ目をしている。
 同類はわかるというのか、透乃には一目で彼らも好戦的な種族と認識した。六黒に仲間が殺されて怒っているというよりも、獲物を前にした獰猛さを感じる。
「そーゆーことだから。私たちは私たちで勝手に楽しませてもらうよ」
 そう言って同じように飛び出していった月美 芽美(つきみ・めいみ)の表情は、「依頼を受けてバグベアを退治する」というよりも「そーゆーことどうでもいいから、とにかく戦いたい」という戦闘狂のそれだった。怪我をするのもいとわない。むしろ望むところ。ただ、戦いたい。
 今回はたまたま別の立場をとっているだけで、六黒のスタンスと何ら変わりない。六黒と違うのは、その戦いをするために「湯治場を建設するため」という大義名分を手に入れているかどうかだけだった。
「戦闘狂ばっかかよ!!!チームワークはないのか」
 するどくツッコミを入れるエヴァルトの隙をついて六黒が襲い掛かった。
「よそ見している場合か?」
「っ!あっぶな」
 エヴァルトを隠すように、突如煙幕が立ち込める。目がくらみ、六黒の刃が勢いを失って空を切る。
 ズガガガガガ……!!
「!」
 間髪おかず煙の中から放たれたスプレーショットの弾が六黒をかすめた。かばうように狂骨がその骨組みではじき返したおかげで大したダメージは受けなかったものの、頬を伝う生暖かい感触に六黒は心底楽しそうに肩を震わせた。
「クッ……ククククク」
 ある種無邪気な歪んだ笑いに、しかし注目している余裕のあるものはいなかった。気の立ったバグベアは涎をしたたらせながらがむしゃらに襲い掛かってくる。
「おっと」
 複数頭で囲い込もうとするバグベアの足元に孫子の放つ氷が突き刺さる。バランスを崩した数頭は速度を失ってその場に足止めを食らった。
 煙幕が晴れるとエヴァルトの脇にはハンドガンを携えた久多 隆光(くた・たかみつ)と、煙幕ファンデーションを使った魏 恵琳(うぇい・へりむ)が立っていた。
「援護するぜ」
「囲い込まれないよう、うまいことやっていきましょ」
 まともな感性の人物も討伐隊に組まれていたことに安堵しつつ、エヴァルトは力強くうなずいた。

 スプレーショットなどの銃撃を警戒してか、バグベアも攻撃を遠距離に切り替えてきた。組み合っている特攻メンバーに焦点をしぼり、背中に背負ったロングボウを取り出して次々に射撃する。腕や足をピンポイントで狙う正確な射撃。かわしたり打ち払うために、体力が確実に削られていく。地味ながら確実な敵の戦略だった。
 後方で支援に回っていた潮は、ちらりと弓に視線を走らせるとつぶやいた。
「これじゃ、みんなが攻撃できない……。
 火、は嫌いなんだけど…………やってみる価値は、ある、よね」
 集中を邪魔されないように、身をかくしながらじっくり狙って。潮は思い切って火術を放った。それは、バグベアの体ではなく、弓の弦を狙って放たれた一撃。熱さにバグベアが取り落とした弓の弦は溶けて使い物にならなくなっていた。
「やった……!これを続けていけば……
 っ?!」
 しかし、術を放ったことで居場所が割れてしまった。大柄な熊さながら前足をおろし、4つ足でかけてくるバグベアの勢いはすさまじい。慌てて再び火を放つが、戸惑って明後日の方角へと消えていった。突き出された角が、潮を捉えようとしていた。
 その眼前に、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が立ちふさがった。足の固定具を地面に突き刺し、開いた両手で角をしっかりと受け止める。
「く……」
 倍以上の体格差。機晶姫と言えど力を押し返すわけにもいかず、ロートラウトは正面から組み合ったままミサイルを撃ち込んだ。吹っ飛ばされ、体勢を立て直そうとするバグベアを合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)がスプレーショットで散らす。
「ボクが壁になるから、そのまま続けて!」
 潮は急に現れた支援者にどう声をかけてよいものか戸惑ってから、それは態度で示せばいいやと思い直してこくりと頷くと再び術の詠唱に入った。

 ロートラウトたちに気を取られている隙をついて、姿を隠して近づいていた樹と緒方 章(おがた・あきら)が背後強襲する。
「でぇぇい!!」
 樹の銃撃の間をぬって、章がチェインスマイトでバグベアの持っていた武器を叩き落とす。うまく取り落とさせたものの、体は熊で頭は猪の怪物。至近距離まで近づいていた章に、角が振りかざされた。
「やばっ」
 章の視界が赤く塗り替えられた。そして、自分の愛称(?)を叫ぶ腹立たしい声。
「もーーーーーちぃぃぃぃいいいい!!」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)の爆炎波がバグベアの正面を焼いた。ついでに章の鼻先も。
「あっつぁああ!!なにすんのー!このからくり娘ぇぇえええ!!」
「油断するなですよ!」
 すました物言いに悪態をつきながらも、うっかり気合を入れられてしまったことに気が付く。林田 コタロー(はやしだ・こたろう)にヒールをかけてもらったなら、大好きな樹とは一緒に戦えていることだしもう絶好調だ。
「いたいたーい、ないなーい」
「っしゃ!!」
 樹と目配せしあい、うなずくと章は再びバグベアに切りかかった。
 混乱の只中、携帯に入った通信に気づく者はなかった。