First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第1章
秋めくツァンダの森の一角。
少し冷たい風が頬にあたり、夏が過ぎた事を感じることが出来る。
紅葉し落ちた葉と湿った土の匂いが混じり鼻へと届く。
そんな場所にホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)達一行が来ていた。
秋だからなのか、ホイップの顔に元気がないように見える。
溜息も多いようだ。
「ホイップ殿」
「ひゃっ!」
後ろから突然声を掛けられ、ホイップは飛び上がった。
「黎さん」
「借金は背負ったホイップ殿が自らの力で返すべきだ。助力をいい事にまかせっきりにしてはいけない」
藍澤 黎(あいざわ・れい)がもっともな事を言う。
「うん。そうだね。頑張るよ!」
「我も助力する」
「うん、ありがとう!」
「…………さ、今回も借金を無事に返済していこう!」
黎は笑顔でそう言うと、ホイップの背中を軽く叩いた。
「ありがとう……」
ホイップは元気づけてもらった事に気が付き、笑顔で返す。
こうして秋の味覚狩りが始まった。
■□■□■□■□■
広葉樹が密集している場所では、踊り狂っている木を目撃。
その木には大きく肉厚な立派なシイタケがカサでリズムをとっている。
なんだかファンタジーな光景が広がっている。
これが『踊るシイタケ』だ。
踊っている木々に勇敢にも近付いていった者がいる。
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だ。
そーっと近付き、リズムをとっているシイタケに手を伸ばすとブチリッと音がした。
泰輔の手にはカサだけのシイタケがリズムを刻んでいた。
「なんか気持ち悪いなぁ」
手の中でくねくねと動くシイタケを見て、呟く。
「フランツ、やっぱりそのまま採るのは……って、もう準備万端やね」
少し離れたところではフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)がギターを持ち、目を輝かせていた。
「さあ、シューベルティアーデ開催だよ!」
そう言うと、フランツは『冬の旅』のギター弾き語りを始めた。
最初の『おやすみ』が始まると周りはシーンとしてしまった。
あまりにも暗い……そう、かなり暗い失恋を歌っているのだから。
聞いているとこっちまで暗くなりそうだ。
クラシックに反応して動きが止まった木が幾つかある。
それを逃さず、泰輔はシイタケを採っていく。
軸付きの立派なシイタケが泰輔の手の中で踊っている。
『おやすみ』が終わり、次の『風見の旗』が始まった。
今度はポップ調で明るいリズム。
暗い歌詞は相変わらずだが……。
フランツは次々と曲調を変え演奏していく。
動きの止まった木を逃さず、動き回っていく泰輔。
演歌、ヒップホップ、ロック、ジャズ……色々と試して24曲全て歌いきったとき、泰輔の籠の中はうねうねしてるシイタケで一杯になっていた。
「ふっ……他愛もない……」
「な〜に格好付けてるのさ」
勝ち誇った顔をしたフランツに泰輔がツッコミを入れた。
フランツの演奏会INツァンダの森はこうして一応終了となった。
「わぁっ! あっちは盛り上がってますねぇ〜」
フランツの演奏会の曲調が変わったのを聞いて、東雲 いちる(しののめ・いちる)がメアリー・グレイ(めありー・ぐれい)に話しかけた。
「そうだね……でも、最初の曲の時はちょっと引いてなかった?」
「えっ!? そんなことは……えっと……ちょっと暗かったですよね……歌詞とか凄く……」
メアリーに言われて、少しだけいちるが口ごもる。
「でも、うまいな」
「ですよね! あっ! こっちもシイタケ採り負けてられませんよね! 頑張りましょ――きゃっ!」
いちるは拳を軽く握ったと思ったら、何もない所でつまずき、転んでしまった。
「大丈夫?」
メアリーが手を差し伸べると、その手を掴んで、いちるは立ち上がった。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、自分の服に付いた土や落葉を払う。
「ここにも付いてる」
メアリーはいちるのお尻に付いた落葉を手で払った。
「ありがとうございます!」
「そんな事より……シイタケ採らなくて良いの?」
「あっ! そうでした!」
いちるは木の近くまで寄るとシイタケに手を伸ばし、採ろうとするのだが……運動音痴のせいなのか、踊って動いている木にするりと移動されてしまう。
「サイコキネシス使ったら楽じゃないか?」
メアリーはそう言うと、サイコキネシスを使い、一瞬だけ木の動きを止める。
その隙に、いちるがシイタケを採った。
「採れましたー! これで少しはホイップちゃんの借金返済の足しになりますよね!」
いちるはシイタケを手にしてメアリーに近づくと嬉しそうに言った。
「そうね」
「メアリーちゃん」
「なに?」
「ピクニックみたいで楽しいですよね」
「……」
いちるが満面の笑顔で言うとメアリーは無言になってしまった。
ちょっと困ったような、嬉しいような複雑な表情。
(そういうところ……好きで嫌いだよ)
2人はそのままシイタケ採りを楽しむのだった。
「みんな凄いなぁ! 私も負けてられないよね!」
ホイップは黎の護衛付きでシイタケ採りをしている。
踊り狂っている木に必死にしがみついてはシイタケをもぎっていく。
「ホイップ殿……頑張るのは良いが無茶はしないように」
「うん! ん? 何の音?」
ホイップと黎が和やかに会話をしていると突然、背後から指を鳴らす音が聞こえてきた。
2人が振り向くと、そこにはララ サーズデイ(らら・さーずでい)とオーバーオールを着たカッチン 和子(かっちん・かずこ)の姿があった。
この2人、指を鳴らしながら一番大きな木へと近付いていく。
演奏会が終わったフランツはそれを見て、リズムに合わせて曲を掻き鳴らす。
ララと和子は演奏に気がつくと、少し嬉しそうにした。
大きな木は腕をぶん回し、踊りだす。
ララと和子のダンスが挑発しているように見える。
(見なよこの足、こんなに上がる。私の踊りについてこれるかい?)
ララはこの感情をダンスと表情で表わし、木はそれに釣られるようにさらに激しく踊りだした。
(歌って踊れる歌手を目指すには……良い修行だよね!)
和子も負けじと足を高く上げ、挑発をする。
2人と1本の戦いに息を飲む、ホイップと黎。
宙を切り裂く足……飛び散る汗……踊っている2人と1本が眩しく見える。
どうやらこの一番大きな木はシイタケと木の好きなジャンルが一緒のようだ。
全く動きを止める気配がない。
「ハッハァァァーー!!」
時折、池の方から誰かの雄叫びが聞こえ、曲がよく聞こえなくなるアクシデントが発生する。
ダンス対決をしている横で動いていたのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。
籠を背負い、動いて落ちてくると思っていたシイタケを採ろうとしていたのだが……さすがにシイタケはそうそう落ちてこない。
大きな木のシイタケは他のものより肉厚なのに残念だ。
仕方なく、リリはケンカして動きを止めている木とシイタケを採っていくのだった。
(やるじゃないか)
木とシイタケの声がララと和子には聞こえた気がした。
(そっちこそ)
2人は心の中で返事をした。
曲が終盤になると、2人は指を鳴らしながら後退していくのだった。
「けっこう集まったのだよ」
リリは満足そうに籠を覗く。
すると、何を思ったのか一緒に来ないかと誘っていた宿屋の青年主人グラン・リージュに近づいた。
グランは木から一所懸命にシイタケを採ろうとしていたが、なかなかどうして、1人では辛いものがある。
「ホイップが待っているのだよ」
籠いっぱいのシイタケをグランの方へと突きだす。
「それはリリさんが採ったものでしょう? それを受け取ることはできませんよ。でも……気持ちは頂いておきますね。ありがとうございます」
(一刻も早く告白すれば良いのに)
グランの言葉を聞きながら、リリはそんな事を考えていた。
シイタケは意外と沢山集まったようだ。
それぞれの籠の中にはいっぱいの……蠢くシイタケが……。
少し気持ち悪い感じがするが、これが肉厚で美味しいというのだからわからないものだ。
First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last