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リアクション
序の3 記憶退行フラッシュバック
(なんか……さっきから、りくの様子がおかしいな……)
セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)は今日、アスティ・リリト・セレスト(あすてぃ・りりとせれすと)、カイルフォール・セレスト(かいるふぉーる・せれすと)と水晶 六花(みあき・りっか)(りく)と買い物に来ていた。だが、先程から六花が遅れがちになり、口数も少なくなっている。ちらりちらりと気にしていると、六花がふと顔を上げた。不思議そうに辺りを見る。
「あれ……なんで空京に……?」
そんな呟きを漏らし、そこで、不意にセシルと目が合う。1度、ぱちくりと瞬きをし――
六花は、彼に微笑みを向けた。それはそれは愛しそうな、綺麗な笑顔。
「……そっか。カイとデートだったかな?」
「? おい、何言って……」
問う間も無く、六花はセシルに飛びつくようにくっついた。腕を組んで、肩にぴとりと頭を寄せて。
「どうしたんだ?」
面食らいつつも、セシルの頭に1つの可能性が思い浮かぶ。
「……まさか、りくもか!?」
さっき、ちらりと聞いた話。デパートから出てきた客が、すれ違う時に話していた。
――剣の花嫁さん達、大丈夫かな。
――変わった人格は、以前の性格が出てるらしいよ。契約する前の。
――タチが悪いね。誰が仕掛けてるんだろう……
(……そうか!)
セシルが現状を理解した頃、アスティとカイルフォールも六花の行動を不審に思い始めた。アスティが言う。
「りくは何やってるんだろ」
「さあ……よく分からないな。ちょっとした遊びだろう、とは思うが……」
首を傾げるカイルフォール。
「ねぇカイ、結婚式はどうしようかな? ドレスはどうしよう?」
「カイ……って……」
六花の言葉で、アスティはいつもと違う事に気付いたらしい。カイルフォールもそれを感じ取ったようだ。
「りくの恋人だ……」
六花は以前、カイザードという青年と契約し、婚約していた。しかしカイザードは2年前に亡くなり……それ以来、六花は眠っていたのだ。
やっと、恋人の死を乗り越えたというのに――
「さっき、聞こえたんだ。変なことになってるって」
セシルは、アスティ達に剣の花嫁に起こっているらしき現象について説明した。契約する前の人格が現れる。その攻撃が六花に向けられたとき、どうなるか。
「りくは記憶も身体も前契約のときのままで俺と契約したから、記憶だけが巻き戻っちまったんだ」
ちなみに、姿が変わらなかったのは前契約のまま――というのではなくセシルの当時の大切な人とカイザードの大切な人が同じだったからである。契約時に記憶喪失であったカイザードが朧げに覚えていた恋人とは、セシルが何かと心配していた兄だったのだ。
「それで、セシルを恋人と勘違いしてるってこと?」
「では、そう気付いたら、六花は……」
「……くそ、そうだ……。そしたらりくは、大事なひとを失う追体験をしなきゃいけないのか!?」
「そんな……ひどいじゃないか!」
アスティが痛切な声を上げる。
(……何の話をしてるんだろう? ……まあいいや)
六花はセシルに子猫のように甘えていた。彼等の話は、六花にとっては意味不明だった。いや、自身で気付かないふりをしていたのかもしれない。
せっかくのデートなんだから、楽しまなきゃ。
「りく……」
アスティは、六花の様子に胸がつぶれる思いを抱いた。
「あんなに幸せそうに笑ってる。つらい、ね……、幸せだった時間に巻き戻されて、それをまた失わなきゃいけないなんて……」
「ああ。やりきれないな……」
カイルフォール・セレスト(かいるふぉーる・せれすと)も、それを辛い思いで見詰めている。
「六花のあんな幸せそうな顔、見たことがない。本当に幸せだったのだろうな……」
そう、幸せだった。しかし、子猫のように甘えてくる六花を見て、セシルは思う。
たとえ、もう1度哀しみを味わわなくてはならなくても。
それでも、六花は元に戻してやらなきゃいけない。
「もう、りくの愛した人はいない。そして俺には今、他に大事な人がいる。俺はりくの婚約者の代わりにはなれない……」
「なんで、こんなこと……。犯人達は絶対に許さない! 見つけたらりくを元に戻す方法聞きだして、思いっきり殴ってやる!」
悔しそうに言うアスティ。
「どうしたの? カイ……何かあった?」
不穏な空気に、六花がセシルを見上げる。純粋な「?」がそこにはある。
「……いや、何もないよ。今日は買い物を楽しもう」
「うん……そうだね」
そして、六花は不意に視線を下げた。見慣れた婚約指輪が目に入る。首から鎖で提げた、婚約指輪。
「……あ、れ?」
六花は立ち止まった。
「りく?」
セシル達も立ち止まる。まさか……、もう?
「なんで僕、はめずに首から下げて……? ううん、違う……?」
そう、これは『カイザード』の婚約指輪だ。
「……カイ……?」
セシルの手を見る。そこに指輪があるわけもなく。
「気付いたのか……?」
カイルフォールが言う。形見の指輪。亡くなった彼の、婚約指輪。
六花は、理解が追いつかないというように呆然とした表情をしていたが、やがてその意味を理解した。記憶が戻ってくる。カイザードと過ごした記憶以外の、彼がいなくなった後の記憶。計り知れない、悲しみ。断片的に、セシルと契約してからの日々も思い出され、六花は段々と混乱した。
「カイ……、ここにいるよね、カイ……、この指輪、どうして僕に……」
「それは……」
縋るように言う六花。だが、セシルはその問いに答えることは出来ない。後が続かずに黙ってしまった彼を見上げる六花の目が、驚愕の色に染まる。
信じられないというように。
「セシル……?」
「…………」
「そんな……どうしてセシルがいるの? カイはどこ? カイに会わせて……ううん……」
居る訳ない。自分はカイザードがいなくなって、自ら眠りについたのだ。セシルと会ったのは、その後――。先程のセシル達の会話が思い出される。今なら、すんなりと理解出来る。嫌な程、簡単に。自分は『戻った』のだ。
「会えない……死んじゃった……嫌……嫌だよ……カイが死んじゃう、カイが……」
泣き笑いのような顔。六花の表情はみるみるうちに歪み、遂には泣き叫びはじめた。
「セシル! 嫌だ、カイを助けてよ、カイをこの世から消さないで……!」
「六花!」
セシルは六花の両肩を掴み、叫ぶ。
「……しっかりしろよ! お前の想いも思い出も、大事にしてるからこそ乗り越えたんだろ!? その姿とその名前のままで、生きてくって決めたんだろ!? お前言ってたじゃねぇか。身体が変わらないよう永遠に眠り続けるつもりだった。けど、俺がそのままで目覚めさせたから、ちゃんと生きてく覚悟が出来たって。乗り越えて、笑って生きるのがカイの望みだろうからって……!
その気持ち思い出せよ! 涙も辛さも、俺達が全部一緒に受け止めるから!」
「…………」
六花は涙に濡れた顔でセシルを見返す。驚き戸惑い、ただただ、揺れる瞳で彼を見詰める。カイルフォールは言う。
「六花、あなたは1度……乗り越えたんだろう。だから、きっと笑える。乗り越えられる。人には辛いこともあるが、それは次に進むための力にもなる。私達に何でも言えばいい。全部話して、繰り返して、その後にはきっとまた、楽しい日々が来る。私達は、六花と会えて良かったと思う。六花と一緒に居たいんだ。六花が自然にあの笑顔になれるように、私達も頑張るから」
「……ねぇ六花」
アスティも六花にそっと触れ、やさしく、強く話しかけた。
「君は絶対に幸せにならなくちゃダメ。辛い思いをたくさんした分、誰よりも幸せになってほしい。だから過去から歩き出さなくちゃ。……僕達は、ずっと傍にいるから」
「カイル……アスティ……」
彼らの言葉と共に、六花の中に次々に記憶が甦ってくる。それは、目覚めた後の記憶。セシル達と過ごした、記憶。
「うん……うん……」
六花は、先程とは違う意味で泣きじゃくった。穿たれた痛みは消えないけれど、それでも先に進むために。
「よし、じゃあ……アスティ、カイル、りくを支えてやりつつ騒ぎの犯人を捜すぞ! とにかくあちこち聞き込みする!」
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