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獣人の集落ナイトパーティ

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第2章 恋の話と戸惑う狼 2

 人形師の少女は、極細のワイヤーを使って人形を操ってみせた。くんと持ち上がった『リーズ』と呼ばれる人形は、人が操ってるとは思えないスムーズな動きで頭を下げた。
「おおお……すごいなこれ。よくそんな細かいことができるもんやなぁ」
「ほんと、感心してしまいますね」
「はは……そんなこと、私なんてまだまだですよ。もっとすごい人形師は、いくつもの人形を操って劇だってこなすんですから」
 七枷 陣(ななかせ・じん)ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)の賞賛の声に、衿栖は恥ずかしそうに手を振って応えた。
 リーズ、そしてセルファと他愛のない雑談をしていた彼女であったが、リーズは交友関係の深い人物なのか、いつの間にか自然と人が集まるようになってきたのだ。まだ衿栖の人形を見ていないという人たちは、リーズの話すもう一人の『リーズ』の話に興味津々になり、彼女に劇をせがんだわけだが……。
 そのせいもあるのだろうか。自然と衿栖の会話は、今ここにはいないパートナーであり師匠でもある男のことを話すようになっていた。
「――でね、別にいいんですよ、褒めてくれなくたって。でも、気づかないってのはどうかって思うんですよ。なーんか、弟子よりも人形のほうが大事って感じで、ちょっと傷ついたっていうか……乙女心ってのが分かってないと思うんですよっ!」
 事の詳細は、髪型を少しだけ変えてみた衿栖に、肝心のその師匠が気づかなかったということだった。男たちは苦笑するが、女性陣はといえばうんうんと力強く頷いていた。
「そんなこともあるよ。男って……勝手だったりするんだから」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)もまた、深くため息をついてみせた。しかし、その瞳はどこか遠くを見るように細められる。
「……でも、だからってわけじゃないけど、どうしようもなく好きになるときも、あるんだろうね」
 朱里のその言葉に興味津々だったのはリーズではなく当の本人の衿栖であった。
「え、なんですかっ!? 朱里にもそんな恋があったんですか?」
「そりゃあ、百八十年も生きてたら……そういうこともあるよ? 吸血鬼狩りにあってたときとか、あんなに必死だったのに、恋しちゃって……しかもそれが敵だったときなんて、どうしようもないよね」
 朱里は過去の自分に思いを馳せて、静かに語った。
 その恋愛と言うには軽すぎる愛の形に、女性陣は尊敬にも似た眼差しで彼女を見つめた。それを聞いて何かを思ったのか、ぽつりとリーズがこぼした。
「恋愛って、いいものなのかな?」
 それまで、リーズはどこか浮かない顔をしていた。
 ナイトパーティが始まってからというものの、周りの人たちはまるで見せ付けるようにイチャチヤと熱い夜を頼んだりしている。彼女は、このパーティが長の自分に対する策略だということはどこかで気づいていた。だからこそ、そんな周りの光景を見ると腹立たしくなるのだ。
 だが、心のどこかで、そんな恋愛に夢中になる人たちの気持ちがよく分からない自分が、情けなくも思えた。
「うーん、こういうのって話すと、ワタシ個人の話になるけど……」
 そう、フォローのような一言を付け加えて、アルメリア・アーミテージは悪戯めいた微笑みで語り出した。
「そうね、その人はね、最初は可愛くて弄り甲斐のあるお友達だと思っていたのよね。あの頃はその人にはお付き合いしてた子がいたし……。でも、色々あって別れちゃったみたいで、それから二人でお話する機会が増えてね、最初は今までと同じような感じだったのだけれど、一緒にいると楽しくて、なんだか幸せな気持ちになるようになってきたのよ……まぁワタシも、自分がその人の事を好きなんだって気付いたのは最近になってのことなのだけれどね。その人は、別れた時のショックでもう自分は恋愛なんか出来ないんだって思っちゃってるみたいだけれど、ワタシは諦めたりする気はないわ」
 アルメリアは決然とした強い意思を瞳に湛えた。
「恋愛ってね確かに辛いこともあるけれど、それも含めてとっても素敵な物だと思うの……だから絶対に、ワタシはあの人に、ワタシの事を好きにさせて見せるんだから♪」
 彼女は、はっきりとした決意に満ちていた。
 それはどこか戦いに赴く騎士にも似て勇敢であり、そして美しくもあった。
 彼女に同調するように、それまであまり自ら話そうとしていなかった、大人しそうな少女が口を開いた。
「私も親から跡継ぎを早くって言われてて、お見合い話もありました」
 ちらりと、少女――火村加夜はリーズを見やった。それは、同じような境遇にあって、いまこうして恋愛を考える娘に対する共鳴の念なのかもしれない。
「それらは全部断ってたけど……本当に好きな人が出来ても、家のこととか頭にあると、なかなか踏み出せなかったの。でも、周りで恋を楽しんでる人たちを見てたら、家の事も大切だけど、一番は自分自身が幸せでいられることなんだって気づいたんです」
 加夜は薄く微笑んで、リーズを見つめた。
「何かに縛られてると大切なことも見落としてしまいます。私は今とても好きな人がいます。
まだ片想いだけどすごく幸せです。前より笑顔が増えたって両親から言われましたし……。今は頑張りなさいって応援してくれてます」
 言い切ると、彼女はリーズに覗き込むような瞳を向けた。引き込まれそうなほどの澄んだ色に、リーズが映る。
「リーズちゃんの傍にもきっといますよ。笑顔の元が、ね?」
 彼女たちに言われると、本当に自分の傍にも誰かがいるような気がする。それほどまでに、アルメリアと加夜の言葉には、力強さが満ちていた。
「うーん、女の子ばっかりの意見を聞いてもそれはそれで一方通行よね。陣くんや真人くんはどう思ってるの?」
「オレ?」
「お、俺ですか?」
 それまで女性陣の会話から蚊帳の外であった男性二人組みは、戸惑いの声をあげてお互いを見合わせた。どちらともなく自然と、陣がこほんと息を鳴らした。
「オレはま……その、リーズと……あ、お嬢のほうじゃなくてな。それと真奈と恋人ってこと、になるんやけど」
 いかんせん、その本人であるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)がその場にいるだけに、途切れ途切れながら、恥ずかしそうに彼は口にした。
「2人から告白されて、迷って、オレの選択は正しかったのかって悩んだりもしたけど、それでも、好きやから……だからオレは、死がオレ達を別つまで……共に在って欲しい。そう思って2人を恋人にしたんよ」
 ときどき、羞恥を誤魔化すように鼻をかきながら、彼は続けた。
「まぁアレだ、もやもやしたり苦い思いもする事はある。でも、嬉しかったり暖かくなったりする事だって沢山ある。だから、恋って良いモンやでって事。それだけは言えるかな。あと、個人的には恋はするもんじゃなくて、気がつくとしていたって物だと思うから、無理して誰かに恋する必要は無いってのもオレは思うかな。無理しても……多分それは本物じゃないやろうし」
「俺も……陣君の話にはほとんど同意見ですよ」
 陣の言葉に重ねて、真人が柔和に微笑んだ。
「俺も鈍い人間の部類ですから、正直良く分かりませんけど……『恋に落ちる』と言いますから、他人がどうこう出来るものでは無いと思いますよ。気がつくとしてたってのは、きっとそういうものを言うんでしょうね」
 男性陣――といっても、二人しか今はいないのだが、彼らの思いとしては、自分の中で見つけることが大切なのだろうと思えた。