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獣人の集落ナイトパーティ

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第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 6

 パーティ会場にやって来たのは、仲の良さそうな姉妹であった。嬉々として無邪気な笑顔を見せる赤髪の少女を、眼帯をつけたはかなげな娘が見守っている。
 そんな二人のもとに、明るく場を盛り上げてくれそうな少女が近づいてきた。その後ろには、なにやらぎこちない動きではかなげな娘をちらちらと見るイケメンと興味深そうに周りの光景をキョロキョロ見回す少女もいる。
「アイスさん、氷雨君、こんばんは〜」
「こんばんはー、リースちゃん!」
「あ……こんばんは……リースちゃん、クロニカちゃん」
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が声をかけると、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)とそのパートナーであるアイス・ドロップ(あいす・どろっぷ)は快く返事を返してくれた。
 続けて、リースの後ろからロボットのようにぎこちない動きをするイケメンが進み出た。彼はなぜか白髪の繊細な少女には目を合わせることが出来ないようで、あからさまに緊張した口調で挨拶をする。
「あ、アイスちゃん……えと、こんばんわ。今日もいい天気だね〜あはは……」
「……あ、あの……レイス様も……こんばんは……」
 リースたちに返事を返したときとは違って、照れた顔を俯けて言葉を交わすアイス。どうやら、緊張しているのはレイス・アズライト(れいす・あずらいと)に限ったことではないようだった。
 互いに目を合わせられずにいる二人は、自分たちの仲間へと助けを求めるように視線を送った。すると、唐突に氷雨が出店のほうを指差した。
「あ、あっちに美味しそうなご飯あるよー。リースちゃん、一緒に取りに行こうー。あ、姉様はそこで待っててね」
 棒読みに近い声色から始まったその提案に、アイスとレイスが呆然とするのを無視して、氷雨は更に続けた。
「うーん……でも一人じゃ心配だから、レイス君一緒に居てあげてね。二人の分も取ってくるから待っててねー」
「……あ、うん……ひーちゃん……気をつけて行って来てね……」
「って、ちょっとリース! 氷雨君! どこ行くの〜!」
 レイスの嘆きの声などガン無視して、リースと氷雨は二人で一緒に出店の方へ――ん? 二人? はたと気づいてリースが振り返った。
 そこには、こそこそっと二人のもとに残っているノワール クロニカ(のわーる・くろにか)が。
「って!? なんでクロニカちゃんまで残るの……いいから、こっちきなさい」
「痛い、リースちゃん、痛い痛い。引っ張らなくてもちゃんと二人っきりにするから……」
 リースがクロニカの首根っこを掴んでずるずると引きずってゆくと、正真正銘、そこに残ったのはアイスとレイスの二人だけになってしまった。
 無論――それを物陰からひっそりと見ているのは迂回してきた氷雨たちだった。
「えーと、これがズームでこれが明るさ……あ、あと、ちゃんと音を拾うために今日のレイス君の服にピンマイク付けといたけど……聞こえるかな……?」
 きまずい空気のままのレイスとアイスを無視して、クロニカは自前のビデオカメラを必死で弄っていた。
「……よし、おっけー。ちゃんと撮れてるみたい」
「クロニカちゃん、そのビデオカメラ……いつの間に買ったの……準備万端過ぎるわ……」
 ビデオカメラで撮影しつつ、三人はレイスとアイスを見守った。
 とは言え、お互いにきまずい無言の空気が漂うばかりで、進展する様子は全く見られない。レイスもアイスも、ときどき目があっては愛想笑いを浮かべるだけで、会話の糸口を必死で探しているようだった。
(あ、あぅ……二人きりになっちゃった……ど、どうすれば……)
 レイスとて、普段からこんなに緊張するような体質ではない。むしろ、好みの女性には積極的に声をかけに行くほど恋愛にはアクティブだ。しかし、だからこそというべきか……胸を締め付けられるほどに、なにかとあればその人を思い出すほどに誰かを想ったとき、彼は自分でもどう接していいか分からなくなる。
 それでも、彼は懸命に思考を巡らせ、ようやく話しかけた。
「え、えと……その、アイスちゃんは、外の話とか、興味ある、かな?」
「外……?」
「遠くには……えっと、まだ僕たちの知らない色んなことがある、みたいなんだ」
 そうして、レイスはこれまで自分が歩んできた外の話を、まるで物語でも聞かせるように話してみせた。退屈じゃないだろうかと心配することもあったが、アイスは話に惹かれているようでじっとレイスを見つめるようにして話を聞いている。
 二人っきりで夜空に見守られて……恋としては確実に良い雰囲気だというのに普通の会話しかしない二人を見て、氷雨が困ったよう眉を下げた。
「……ねぇ、リースちゃん……レイス君何で告白しないの? どう見ても良い雰囲気なのに!」
「兄さん、ああ見えてかなりのへタレだから………行動に移せないのも無理ないよねー……まぁ、私はそんな兄さんのへタレっプリを見てるの楽しくて仕方ないけど」
 リースはニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
「え? レイス君ってヘタレなの? ヘタレだから告白できないの……?」
「そーゆーこと。……それに、私に彼氏がいないのに、兄さんばっかり幸せになるのは何か面白くないからねー。ま、あの調子じゃ暫くは平行線のままだと思うけど〜」
 どこかふてくされたように言うリースは、少しばかりレイスにヤキモチを妬いているようにも思えた。それは、きっと大切な人を見つけたレイスに対する、わずかな嫉妬なのかもしれない。
 三人の観察者を余所に、レイスとアイスは楽しげに会話を続けていた。
 アイスは、話に勢いがついてきて夢中になって話すレイスにふんわりとした柔らかい微笑みを浮かべた。
「……レイス様は博識ですね……。……私……あんまりお外の事知らないので……レイス様のお話は楽しいです……。……あの……よろしければ……ひーちゃん達が来るまで……お話……聞かせてください……」
 アイスの言葉を聞いていた氷雨は、じれったそうに唸った。
「うぐぐ……姉様ってば最近、レイス君の周りに女の人ばっかりで凄く心配してるのに……って、クロニカちゃん何撮ってるの!? 何でビデオなんて……」
 ようやくクロニカのビデオカメラに気づいた氷雨に、彼女は企みを思わせる笑みを浮かべた。
「これも、私の知識のため……べ、別に恋愛に興味があるとかじゃないんだからね!」
 途中で朱に染まった顔で言った言葉は、きっと照れ隠しの表れなのだろう。どうやら、レイス以外にも恋愛に奥手な者はいるようだ。
 そうしている間にも、アイスはレイスの会話に時折雪のようにささやかな笑顔を魅せた。
 アイスの笑顔は一輪の花の咲く姿のように、レイスの心臓を鼓動させるのに十分な魅力を持っていた。こんな笑顔だからこそ、レイスは彼女のことを想ってしまうのだ。
 今は話をするので精一杯だが、いつかこの関係が変わるときも来るだろうか。レイスはヘタレな自分を悔やみつつ、このささやかな時間を楽しんだ。