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はじめてのひと

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●何十年も、できれば何百年も何千年も / 守る、の意味

 赤羽 美央(あかばね・みお)は一生懸命、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)に宛てたメールを打っているところだ。
(「やっぱり初めてのメールは、唯乃ちゃんに……」)

「唯乃ちゃんへ。

 美央です。
 今日は、買ったばかりの携帯電話から、大切な唯乃ちゃんへ『はじめて』のメールを送ります。
 ええと……記念すべき初メールなので、なんとなく特別なことを書きたく思います。
 ちょっととりとめのない文章になりそうだけど、許してね。読んでくれたら嬉しいです。」


 買ったばかりの『cinema』は小型のものを選んだ。美央の小さな手にもすっぽりと収まる。予測変換や辞書機能は秀逸すぎるくらいで、文章を考える速度を追い越しそうなくらいである。
 メールは続く。

「唯乃ちゃんとの出逢いは、イルミンスール武術部でしたね。
 初対面の時は、まさかこんなに仲良しになるとは思わなかったです。
 いつから、こんなに仲良くなったんでしょう?
 気がついたら唯乃ちゃんは、私にとってかけがえのない人になっていました。

 理由もなく寂しい時も、ひとりでいることが不安な時も、いつもいっしょにいてくれる唯乃ちゃんが、私は大好きです。」


 書きながら、美央は不安を感じていた。
 唯乃のことを大切に思えば思うほど、失うことが恐ろしくなる。
 いつか彼女は、永遠に自分の元からいなくなってしまうのではないか……。
「そんなことはない。そんなこと、絶対にない」
 首を左右に振って気を取り直す。
 続く文章がこうなったのは、拭いきれぬ不安があったからだろうか。

「ほんとはタイムカプセルで10年後の唯乃ちゃんにメッセージ送ろうかって考えたんだけど、10年じゃ少ないです。何十年も、出来れば何百年も何千年も。いろいろ言い合ったりするだろうけど、ずっと一緒に居られたらいいな」

 書いていると不安が薄れ始めた。
「だって、あの唯乃ちゃんだもん……」
 自分よりずっと強くて、自分よりずっと大切な人――そんな彼女が消えてしまうはずはない。
 そんな無闇な自信が湧いてくる。

「まだ凸凹な二人だけど、凸凹だからこそ、がっちりはまって離れなくなるんですよね。
 ずっと一緒に並んで歩いていこうね。

 美央より

 追伸:やっぱりとりとめのない文書になっちゃった……ごめんなさい!」


 書き上げて、読み返すのももどかしく唯乃に送信した。
 そのメールを唯乃が受信している。実を言うと今日は、買ったばかりの『cinema』を充電器につないで、飽かず眺めていた唯乃なのである。動画を見た。インターネットにもつないだ。ゲームも試したし、アプリを使って絵も描いてみた。けれど肝心のメールや通話は、まだ行っていない。
「テストを兼ねての初メールは……っと、そうねぇ、今から一番最初にメールか電話をくれた人に送りましょ〜」
 なんて独り言していたものの、さりげなく『あの子』からのメールを心待ちにしていたのだ。
「来た来たっ」
 美央も「今日機種変更する」と言っていたから、来るはずと信じていたのだけれど、やはり実際に到着すると嬉しいものだ。唯乃は小さく笑い声を洩らしながらその微笑ましいメールを読んだ。
「改めてこんなメッセージをもらうと、なーんかくすぐったいわね〜」
 などと言いながら、いそいそと返事を打っている。

「美央ちゃんへ。

 メールありがとう!
 初対面の頃のこと、思い出させてくれて嬉しいです。
 そういえば確かにあの頃は、こんなに強い絆で結ばれることになるなんて思わなかったね〜。

 これ、今だから言えるけど、第一印象から美央ちゃんのこと、『可愛い子だなー』って思ってたのよ。
 見た目だけじゃなくて性格もウンと可愛くて、相性もぴったりで『もしかして生き別れの本当の妹なのかも!?』と、疑ったりもしてみたわ……なんて、冗談よ冗談w
 でも、本当の妹みたいに大切に想ってる。これは嘘じゃないからね、美央ちゃん。

 >>理由もなく寂しい時も、ひとりでいることが不安な時も、いつもいっしょにいてくれる唯乃ちゃん……
 うわ、嬉しいこと言ってくれるねー。
 なぜかな? 私、美央ちゃんが私を必要としているときがわかるみたい。なんとなくそんな予感がして、そういうときに美央ちゃんを探して声をかけると、いつも、ぎゅーっ、って抱きついてくれるよね。
 そんな風に求められると、私だって結構嬉しいんだ。

 それに、私だって、誰かにそばにいてほしいときはあるんだよ。
 そして、そういうときは、美央ちゃん、あなたはいつもいてくれたよね?
 もしかして、美央ちゃんにもわかるのかな、私の気持ちが……なーんてねw

 美央ちゃんの言う通り、これから何十年も、出来れば何百年も何千年も、一緒にいれたらいいね。
 たくさん話そうね。

 ……なんて書いていたら会いたくなってきちゃった。
 美央ちゃんもたしか、『cinema』携帯だよね? cinema同士でしかできない対戦ゲームがインストールされているみたいだから遊んでみない? よければ今から行きます。

 唯乃より。」


「さて」
 唯乃は上着をハンガーから取った。本当にこれから、会いに行くつもりなのである。


 *******************

「……って、あれ、何で俺泣いてるんだ?」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)はメールを書いている途中で、自身が涙をこぼしていたことを知った。
 内容はミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)への謝罪だ。

 そもそも発端は、携帯電話の機種変更をすると言ったセルマに、ミリィが「新しく買った記念に何かメールしてほしい」とねだったことにある。
「何を送れと……」
 などと不平顔ながら、機種変更を終えてショップから出て、近くの公園に入った時点のセルマは思っていた。ところが、文面をしたためはじめて罪悪感に駆られたのである。
 それは、セルマにとって辛い記憶だった。以前、事件で別行動取った時にミリィが捕らえられてしまったのである。

「本当にあの時は肝が冷える思いだった。
 折角ミリィのこと守ろうと思えたのに、いきなり危険な目に遭わせてしまった。パートナーとして、騎士としてこれじゃ駄目だと思う。
 だから、もっと強くなるから。」


 ここまで書いたところで、目から涙が溢れたのだ。
「駄目だ! 泣いてどうする!」
 反省とこれからの努力を誓って文章を打ち終え、セルマはミリィにメールを送信した。

 数秒後。
「あ、鳴った!」
 寝転がっていたソファからぴょんと身を起こし、ミリィはワクワク顔でセルマからのメールを開いた。ずっと楽しみにしていたのだ。
 ところが、読み始めて困惑する。
「うーん……」
「なんだ、メール見て唸るとは? あー、あの女々しい野郎が何やら携帯電話を変えて、ミリィに最初にメールするとか言ったらしいな……」
 などと言いつつ、リドワルゼ・フェンリス(りどわるぜ・ふぇんりす)は横合いからセルマのメールを盗み見する。
 ややあって、リドワルゼは不平顔になる。
「けッ、何だよこいつ。相変わらずシケた文章作りやがって……」
 そのまま、ぷいと背を向け、腕組みしてソファに身を沈めた。
「ついでに言うとこういうことを直接言うんじゃなくってメールするって所にもあいつの軟弱さが現れてるって感じだよなー」
「二人ともなんじゃ。セルマからのメールで思案顔になるとは? 哲学的命題でも書いておったか?」
 ウィルメルド・リシュリー(うぃるめるど・りしゅりー)がのしのしと近づき、高い位置から携帯電話の画面に視線を落とした。やがて彼も……黙ってしまった。
 沈黙を破ったのは、ミリィであった。
「何だか謝ってばっかりだねー。何でルーマは『守る』とは言ってくれるんだけど、『一緒に』って言ってくれないんだろう」
 独りで何でも抱え込んでしまうのが彼の悪いところだ、とミリィは思う。
「ワタシは守らなきゃいけない存在って感じなのかな? どうしたらルーマに信用してもらえるんだろう?」
 ウィルメルドが相づちを打った。
「げにも。セルマはたまーにわしらのこと信用してないというか、期待してくれない所がある気がするのう。しかも悪気なく素でやってるっぽいのがさらに問題じゃな」
「……フン」
 リドワルゼは鼻を鳴らすだけで何も言わない。
 ウィルメルドは、片手を上げて提案した。
「これは一つ今後のセルマの成長のためにも、何か考えてみることにしようかの」
「ワタシたちできっかけを作ろう、ってこと?」
「そういうことじゃ」
「やるやる、当然、そういうことなら協力する!」
「たとえばこういうのはどうじゃ……」
 ウィルメルドは声をひそめ、額を合わせるようにしてミリィも提案する。
「だったら、そこはこういう風に……」
 一人、ソファから動かないリドワルゼだったのだが、彼だって本当は、セルマのことが気になって仕方ないのだ。二人の話し合いがなんだか気になって、
「密談か?! 俺も混ぜてくれ! 今よりもっと面白いことになるんなら乗ってやんよ!」
「うるさいなー、うざリド、仮にも『密談』っていうんならもっと静かに話してよ」
 これで静かになるのが普通の人、ところがリドワルゼはまるで逆、ますます盛り上がってきたらしく、
「大作戦なら派手にやろーぜ! はーははははは!!」
 などと騒ぐので、
「静かにしなさいっての! 永遠に沈黙させてやろうか!」
 だしぬけに碧血のカーマインを抜き、ミリィは発砲したのだった。
「ぎゃあ! いきなり撃つか!」
「今度は当てるよ。セルマのためなんだから、静かにしなさい」
「けッ、俺が従うのは、セルマの野郎のためだからな、銃で脅されたせいじゃないからな」
「わしはわかっとるよ。さて、もう少しさっきの案を煮詰めてみようか……」
 ミリィ、リドワルゼ、ウィルメルドの三人は、声をひそめて相談をはじめた。