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リアクション
*憎悪*
閃崎 静麻は集まった情報を整理しながら、順次メールを送信する。その片手間に、あの誕生日会をやった会場の使用申請を提出した。
日程はクリスマス。それだけじゃなく、料理の手配やら、飾りの手配も全てやってしまった。
ご丁寧に、招待状のデザインも3パターンほどに搾って準備した。
「まぁ、これくらいのことをしておいたって怒られないだろ」
くす、と笑いながら閃崎 静麻はメールの作成を終えて一服し始めた。
空は高く、報告の様子から順調であることが伺えた。
「早く帰って来いよ」
ソア・ウェンボリスはケイラ・ジェシータから受け取った情報を元に、一足先にその扉のない建物へと近づいた。
特に、調度品がそろっていそうな、大きな窓のある部屋を探した。
目星をつけると、ベランダに降り立ち、こっそりと窓の中をのぞきこむ。その中では写真を前に涙を流しているオーディオの姿があった。
いても立ってもいられず、ソア・ウェンボリスは中に飛び込んだ。すると、ほぼ同時に部屋の中の扉も開いたようで、ケイラ・ジェシータと御薗井 響子、そしてドゥムカがいた。
「……あ、あの!」
固まってしまった一堂の中で大イ性をあげたのは、ソア・ウェンボリスだった。
「お、お話を、聞きにきたんです! お、お友達になりたいんです!」
「私たちもよ。もしよかったら、お茶でも飲みながら教えてくれないかしら?」
顔を真っ赤にしながらいう、ソア・ウェンボリスの言葉に乗っかったケイラ・ジェシータはウィンクを飛ばして合図を送った。
話をあわせてくれ、ということらしい。
「……話?」
小首を傾げて問いかけるオーディオに、ソア・ウェンボリスは駆け込んで手を握った。
「忘れて欲しくないって、そう、いいましたよね?」
「……なに?」
「私……聞いたんです。あの時、忘れさせたくないって。何を忘れて欲しくないんですか? 教えてください」
手を握り締めながら、にこやかに笑ったソア・ウェンボリスの手に、褐色の手も重なる。
にっこりと笑った流浪の民に、オーディオは困ったように眉間にしわを寄せた。まるで、知らない人に話しかけられた幼い子供のような表情だった。
普段なら、そんな表情に対しての対処法がわからない御薗井 響子だったが、いまは前に進み出てオーディオの視線にあわせるように少しだけかがんだ。
あのむずむずする正体が、彼女の言う怒りに近いものなのか、御薗井 響子は知りたかったのだ。
「オーディオ様、教えてください。一体、何に怒っているのでしょうか?」
「……貴様らは今までどれだけのものを捨ててきた?」
答えの変わりに、問いかけが返ってきた。その声は震えていて、泣き出しそうな音色をしていた。顔を伏せたオーディオは、肩を震わせながら続ける。
「捨てられたものの気持ちが、わかるか?」
「……わからないよ。でも、とても大切な人を失ったことがある」
ケイラ・ジェシータは静かにそう口にした。
「君は、アルディーン・アルザスさんなのかな。自分にはわからないけれど……君は、自分だけが消えていくのが辛いのかな。何も残らないなんて事はないよ。君は、ちゃんとここにこうしている。自分や、ソアさんがちゃんと覚えてるよ」
「……ああ、だがまだ足りない」
「え?」
「ご主人、離れろ!」
雪国 ベアは叫びながらオーディオとソア・ウェンボリスの間に入った。オーディオの表情は険しく、手にしていたナイフを振り上げたところだった。そこへ扉を開けて転がり込んできたのは綺雲 菜織だった。有栖川 美幸も加勢に入り、オーディオと魔法使い達と距離をとった。
「オーちゃん、ケガはないかい?」
「菜織……美幸……」
「オーディオさん、大丈夫ですか?」
まるで子供を心配するように、甲斐甲斐しく語りかけているのを見てソア・ウェンボリスは不思議に想った。
アルディーン・アルザスは、成人した女性なのに子供のように扱われても、なんとも想っていないことを……
そのとき、書斎の中に声が響き渡る。
「例え青くとも、例え真似事と笑われようとも、それを感じたものの間には、鋼よりも硬く、断ち切りえぬ絆がある。
それは、悪しき呪縛を打ち破る力の源ともなるのだ。
利害を越え、
過去を越え、
ともに未来へと歩まんとする心……
人はそれを、友情という……!」
響く声は窓の外からだった。だが、いまは眩しすぎてその人影しか確認が出来ない。ロートラウト・エッカートはバニッシュでの逆行効果がうまく言っている様子であることに満足したようで、にっこりと笑った。どこに積んでいたのか、合身戦車 ローランダーはドライアイスマシーンを使って陰をより濃くする演出も行った。
そんな細かい芸があるとはおもわず、オーディオは苛立った様子で叫んだ。
「な、何奴だ!」
「貴様に名乗る名は、ない!!」
その声が聞こえるなり、顔がはっきりと見える。開閉式のパワードマスクがしまった。おー、と、見事な演出にケイラ・ジェシータと雪国 ベアは拍手を送った。
だがソア・ウェンボリスと御薗井 響子は目をきらきらさせいた。
「我が蒼空宙心拳、食らうがいい!!」
そう叫ぶのと同時に、崩城 亜璃珠、冬山 小夜子も扉から飛び込んできた。そして、トライブ・ロックスターも入ってきた。
「さて、ここまで大きくしたってことは、覚悟は出来ているんだろうな?」
「どいつもこいつも、邪魔ばかり……っ!」
「邪魔? お前の理想はかなってるんだろ? 機晶姫保護団体は出来た。それだけじゃ足りないのか!?」
「……足りない。誰も、誰もがすぐに忘れてしまう! 消してしまう! いらないと、必要ないとそう言い放つのだ! どんなに大事だと口にしても、所詮その程度の思いなのだ! 刻み込んでしまえばいいのだ、刻まれたこの『憎悪』とともに刻んでしまえば、貴様らは私を忘れない!!!」
そう高らかに叫んだ後、指を鳴らした。強化されたスライムたちが絨毯から染み出てくる。逃げようとする前のアルディーンの手だった。ソア・ウェンボリスはかばわれながらも、叫ばずにはいられなかった。
「オーディオさん! 想いは消えたりなんてしません! それだけは、忘れないで下さい!」
その叫びに、わずかにオーディオは視線を向けた。丸く開かれた青銅色の瞳が、泣き出しそうに潤んでいた。それを隠すように、綺雲 菜織がオーディオを抱きかかえて隙をついて窓から飛び出していった。
ほんの少しだけでも、伝わったような気がしてソア・ウェンボリスは口元をほころばせた。
「っく、このスライムたちさえいなければ!」
「だいじょうぶですか!? えっと……」
「人は俺をこう呼ぶ、パラミティール・ネクサー、と」
「パラミティール・ネクサーさんですね、よろしくお願いします」
「あ、どうもご丁寧に」
お辞儀をしあう二人に、白熊は怒りを露にしながら怒鳴った。
「ご主人もエヴァルトも!!! 挨拶とかあとでいいから!」
なんだか緊張感のない光景に、苦笑しながらもトライブ・ロックスターは窓から飛び出した。その様子に、パラミティール・ネクサーこと、エヴァルト・マルトリッツは力強く頷いた。
「俺は後を追うぜ!」
「ああ、俺もすぐ後を追う!」
だが、からめとられたスライムは以前のものよりも硬度を増しており、なかなか取れそうにない。
ため息交じりに、崩城 亜璃珠は怒りの歌を口ずさむ。
「これはひどいわね」
「御姉様、ここは一旦引いたほうが……」
「いいえ。この下……穴を開けてもらえないかしら?」
そういうなり、崩城 亜璃珠は冬山 小夜子の腰に手を回し、吸精幻夜を行うために深く口付けた。表情ごと蕩けた冬山 小夜子は、惚けた顔で妖艶な笑みを浮かべた。
「お任せあれ」
冬山 小夜子は丁寧にドレスのすそを持ち上げると、床を叩き割った。見事なまでに砕いたその腕前に拍手を送るよりも、誰もが「先に言ってよねぇええ!!」というロートラウト・エッカートの叫びに同意した。
閉じ込められた牢獄の中、幾度目になるかわからないため息をついた。
そこへ、誰かが訪れたようだったがルーノ・アレエは顔を向けなかった。
「食事ならいりません。しばらく、放っていただけると……」
「ルーノさん?」
聞き覚えのある優しい声色に、ルーノ・アレエは顔を上げて扉に駆け寄った。
「アイン? アインですか?」
「よかった! やっと見つけました……たくさんの人に頭を下げても教えてくれなくって……逃げながらやっとたどりついたんですよ?」
ラグナ アインの嬉しそうな声色に、自分の心もわずかに踊った。だが、自分の身につけている似合わないほどのきらびやかなドレスのままでは、自分の先ほどの行為が思い出された。
「今出してあげますから」
「アイン」
「はい?」
「……私は、ここから出られません……」
ひどく沈んだ声に、如月 佑也は口を挟むつもりはなかったがあえて口を開いた。
「あの動画、ニセモノのルーノさんがしゃべったことだろう? 気にしなくていいんだ」
「違う、違うの……如月 佑也……あれは、私がしゃべったこと……」
「ルーノ女史? どういうことですか!?」
今度はラグナ ツヴァイが声を荒げた。それには、ラグナ アインがはっとした。
「言語回路を弄られたんじゃないですか? 以前だってそうだったと聞きましたよ?」
「自分の信念がどうあっても、私は自分の言葉を口に出来なかった。私は、もうあなたたちに合わせる顔がありません……」
「そんな!」
ラグナ ツヴァイが扉を勢いよく殴るが、扉はへこんだだけで開きはしなかった。ラグナ アインは先ほど見つけたネックレスと腕輪を見張り窓から差し込んだ。
「これ。受け取ってください」
「アイン……私は、これを受け取る資格なんて」
「プレゼントは、送る側の気持ちです。拒絶は、贈り主の気持ちも拒絶してしまうんですよ」
その言葉は、自分のネックレスではなく腕輪を送った人のことを思い出していた。ルーノ・アレエがそれを受け取ったのを悟ると、如月 佑也に向き直って微笑んだ。
「ここで、待ってます」
「……ああ。鍵はもう開けてある。ルーノさんがでてこようと思ったときに、でてきてくれ」
そういうと、二人は座り込んでしまった。ラグナ ツヴァイは深々とため息をついた後、ラグナ アインの膝の上にちゃっかりと腰掛けた。
ボタルガにようやく到着したイシュベルタ・アルザスたちは、様子がおかしいことに気がついて武器を構えた。
だが施設から出てきたのは、エレアノールたち、遺跡を調査に行ったものたちだった。イシュベルタ・アルザスの姿を見るなり、エレアノールは駆け出していった。
「イシュベルタ!」
「エレアノール……」
「私ね、ようやく思い出したの……私、いろんなことを……」
「……俺もだ。帰ったら、また話そう」
その両肩に手を置いて、優しく微笑むと保護団体の施設に乗り込んだ。中は気絶した保護団体のメンバーが転がっており、ヴァーナー・ヴォネガットは大急ぎで手当てに回った。リーン・リリィーシアやカチュア・ニムロッドも、ひとまずはけが人の手当てを先にすることにした。
「これは、操られていたのだろうかね」
毒島 大佐が呟く。
「意識を取り戻すまでに時間がかかりそうなことと、うなされているところを見るとあの動画をつかって洗脳されていたのだろう」
「まったく、やることが相変わらず大胆ね」
伏見 明子がため息混じりにそう言い放つと視界の先にアシャンテ・グルームエッジとシルヴェスター・ウィッカーがスライムと戦っているところだった。
「まったく、こんなに硬くなると相手しづらいのぅ」
「……っ」
「アシャンテっ!」
シャルミエラ・ロビンスにだけは被害が行かないよう、細心の注意を払っているせいか自分の防御がおろそかになっているアシャンテ・グルームエッジは既に立っているのがやっとの状態になった。
「くぅ……」
「下がれ、今治癒をかける」
声が聞こえて顔を上げると、そこにいたのはリリ・スノーウォーカーたちだった。
抜けた床のところにいたのは、逃げ出したオーディオたちだった。うまいことかっこよく着地できたエヴァルト・マルトリッツは、腕を組んで仁王立ちした状態で問いかけた。
「先ほどのやり取り……貴様は友情がわかると見た。なのになぜいまだに憎悪し続ける」
「足りないのだ、この脆弱な石ではほしいモノを得られない……金の機晶石なら、力も、心も、思いも手に入れられる!!!」
子供のダダのように、オーディオは叫んだ。エヴァルト・マルトリッツは、はっとしたように目を丸くした。その隙をつき、トライブ・ロックスターがオーディオに人たち入れようと切り込んだ。だが、綺雲 菜織に阻まれた。
「何で邪魔するんだよ」
「守ると決めたからだ。お前たちがそうであるように、私もオーちゃんを守ると決めたのだよ」
にや、と笑って赤い瞳を細めてトライブ・ロックスターは笑った。それに対して、綺雲 菜織も小さく頷いた。
次の瞬間、トライブ・ロックスターは綺雲 菜織を勢いよく振り払った。吹き飛ばされた綺雲 菜織に有栖川 美幸が駆け寄る。だが、オーディオの表情は怒りに満ち溢れていた。
「貴様」
「オーディオ、大丈夫ですか?」
拳銃を構えたバロウズ・セインゲールマンがオーディオを護るようにたった。それを見て一呼吸おいたオーディオは初めてあったときのような冷たい表情に戻った。
「奴らを排除しろ。東園寺も聞いているな? これは命令だ」
「まったく、人使いがあらいですね」
陰から姿を現した東園寺 雄軒とバルト・ロドリクスは仕方なさそうに武器を構えた。だがそこへ七尾 蒼也が飛び込んでくる。バルト・ロドリクスが受け止める、競り合いが続いた。
「人間だって、戦争のときは使い捨てだった。だけど人間はコマじゃない。機晶姫だっておんなじだろうが!」
「人は、残酷なだけの存在ではありません。私は、少なくとも傷つくたびに悲しんでくれる人を一人知っています!」
ペルディータ・マイナも、そう声を荒げながらバロウズ・セインゲールマンにダガーで挑んでいった。
彼らの言葉を聞いて、わずかに意識を取り戻し始めていた青年達が、互いに見回していた。琳 鳳明も治療をしながら、起き上がった彼らに言葉を投げかけた。
「機晶姫は、パラミタに生きる私たちにとってよき隣人になる。ううん。私はなりたい。そんな共存じゃダメなの? 保護だなんて、遠すぎるよ」
柔らかに微笑んでそう語りかけると、一人の少女が力強く頷いた。
「かわいそうなんていってるのは、自分が上だと思ってる人間の言う台詞だ」
樹月 刀真が続けると、保護団体の青年は改めて武器を収めた。そして彼らの想いが伝わったことを知ることが出来た後には、オーディオの姿はなかった。
扉が開いた。
ラグナ アインは喜びのあまりルーノ・アレエに抱きついたが、彼女はちっとも嬉しそうではなかった。
「ルーノさん?」
「迷いが、あったとしても……皆さんは、待ち続けるとおもって」
「一人で抱え込む癖は、いい加減やめたほうがいいですよ」
ため息交じりに、ラグナ ツヴァイが言うとルーノ・アレエは小さく頷いた。
そして牢獄の階段を、ゆっくりと上っていった。
その胸の中には、まだ仲間の叫びが響いている気がした。
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