校長室
未踏の遺跡探索記
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第4章 真っ白の続き 3 アンデットたちの増幅は、とどまるところを知らなかった。まるで虫のようにどんどん湧いて出る死者の骸たち。シェミーの護衛たちは、なんとか抗いながらも、その量に押され気味であった。 「しつこいわね……」 芽美の苛立つような声で発されるとともに、彼女はアンデット集団に向けて拳を突き出した。同時に、拳に光を宿して掛け声がかけられる。 「安息の闇を断つ絶望の光、則天去私!」 途端――拳から放出された光は、アンデットたちを飲みこむように迸った。それに続いて、則天去私が残した敵へと霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が追撃する。 「無情なる闇を討つ希望の光、ライトブリンガー!」 まるでヒーローの必殺技のようなノリとともに、光を宿した薙刀がアンデットを斬り屠った。 陽子以外はそういったノリが気に入っているのか、重戦斧を操る透乃のまた、なにやらヒーローの掛け声のようなもので冴王と渡り合っていた。 「全てを燃やし尽くす明滅の炎――爆炎波!」 「……グァッ!」 紅い片刃が、炎を纏って冴王を襲った。 初めて扱う巨大な戦斧――光条兵器『緋月』。だがしかし、その重さは、いま、人の命を護るという役目の上でしかと腕に信頼を乗せている。 「こちらも、ありますっ!」 「……ガァ!」 続けざまに、陽子のクレセントアックスが冴王を斬り裂いた。 「クソッタレどもがっ! てめぇらまとめて潰してやる!」 炎の重戦斧とアックスの二重攻撃に、冴王は必死で応戦するが手一杯だった。 しかし……分が悪いのは透乃たちだ。冴王だけならまだしも、アンデットたちは芽美と泰宏、そしてフリンガーたちがどれだけ戦っても湧いて出てくるからだ。 そしてそれは、シグネットのもとへと駆けるシェミーたちにも同様に迫る驚異だった。 「シェミー、私の後ろに入るのだ!」 泰宏の声がかかって、シェミーの目の前に彼が飛び出した。アンデットの腕が、同時に泰宏の体を叩きつける。しかし、彼の肉体の前では、わずかな傷しかつけることはできなかった。 隙を生んだアンデットを薙刀で叩き伏せて、泰宏は道を作った。 「すまない、助かる!」 「なに、そのための護衛だ! 早く行ってくれ!」 泰宏の助けで道を得たシェミーたちは、彼の食い止めるアンデットを抜いて先へと急いだ。 だが――目の前で生まれるは、新たなアンデットの集団。 これ以上、まだ戦えとでもいうのか。 「うさぎは寂しいと死ぬなんて、そんなことはウソっぱち!」 声が聞こえたのは、シェミーたちが逼迫して立ち止ったそのときだった。瞬間、目の前のアンデットを蹴り飛ばした白い影が、バサッと降り立った。 「泣いちゃうこともあるけれど、逆ギレしたら無敵です」 「ちょっと泣き虫、正義と愛と希望の三連星!」 続けざまに、白い影の横に降り立ったのは、黒と黄色の影であった。……あ、と、よく見れば、猫耳のようなものを生やした娘が一人。他二人とは違って台詞はないらしく、ぽつーんと寂しそうに立っていた。 「バニー☆スリー――とネコ一匹――ただいま参上!」 ババーン! と、どこかから聞こえてきたBGMは黄色の影――ディオイエローことディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)の鳴らしたものだった。 今回はどこぞのBGM兄さんはいないのか、プレーヤーを担いだディオイエロー姿という、なんとも雑用係風な姿をしている。あげくにユニコーンに乗っているため、気分は音楽を鳴らしながらやってくる暴れん坊将軍だ。 が、まあそれはともかく―― 「って、あれ? なんで、ニャンコがいるの?」 「ニャニャニャ、ニャンコが猫だからって、いつもお留守番は嫌なのニャ! 今回がんばって、絶対仲間に入れてもらうわ!」 バニーと名前がついている集団にもかかわらず、猫がいることこれいかに? とはいえ、そこは一応彼女の仲間であるため、はるホワイトこと霧島 春美(きりしま・はるみ)とて無下にはできなかった。 「ま、いっか、じゃ、うさみみつけて!」 「あっ、うさ耳つけるのね。了解」 「……ネコなのにプライドないの?」 呆れたような声でピクブラックことピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)が聞くと、猫の変身ヒーロー着ぐるみとでも言うべき超 娘子(うるとら・にゃんこ)はむしろ胸を張るように答えた。 「プライド? そんなのいいニャ。みんなと一緒に戦えるなら喜んでつけるニャ」 「あ、あと、語尾のニャは禁止よ」 「ニャニャッ!? ニャも禁止……うっ、がんばるニ……ウサ……」 なんだこの集団は? といったシェミーの呆然とした視線を無視して、バニー☆スリーなる変身ヒーロー集団は新たな新メンバー(予定)を歓迎する。……まあ、猫ではあるのだが。 次回「バニー☆スリー新メンバー加入!? 猫とウサギは犬猿の仲?」というちょっと友情の熱い話は次回に置いておくとして、とりあえず―― 「はああぁっ!」 ピクシコラの手にした剣から、轟雷閃の輝きが放たれた。続けて、プレーヤーだけでなくギターまで持ち込んでいたディオネアの怒りの歌が、文字通りピクシコラの力を怒りのごとく増幅させる。 そして、春美の氷術が敵をスケルトンを凍らせると、ニャンオレンジ(という仮の名前になったらしい)の怒涛の拳がそれを直接砕いて破壊していった。 「み、味方なのか……?」 シェミーの戸惑う声に、春美はピクシコラと娘子を援護しながら答えた。 「バニー☆スリーはいつでもピンチな人の味方なのです!」 明瞭として張られた声とともに、スケルトンの攻撃を避けてシェミーたちのもとに飛ぶ春美。 「正義と愛と勇気と友情! その他もろもろの味方バニー☆スリーが勝手に加勢させていただきます!」 シェミーたちに宣言すると、春美は再び敵陣へと飛び込んだ。前衛で戦うピクシコラたちへ、氷と光の術を駆使してサポートする。 熱い少女であった。まるで台風のそれのようだが、その実力もまた台風のごとしだ。とにかく……アンデットたちの多い今、助かることに違いはない。 「先を急ぐぞ!」 「……はい!」 シェミーとともに、コニレットは自分自身のもとへと駆けた。 春美たちが道を作ってくれたおかげで、なんとかシグネットのもとまで辿り着くことが出来る。 少女の祭壇には、“星”であろう球体と、不気味な質感を持った“実”が置かれていた。あれが、恐らくは祈りと生命の力の巡りに必要なものなのだろう。 ――コニレットに気づいたのか。 シグネットは、瞑想していた目を静かに開き、彼女を見据えた。 「……なに用だ?」 「あなたを、止めにきました」 シグネットは、まるで小物でも見るような目でコニレットを見つめていた。 「止めにきただと……? 戯言をほざくな」 氷のように冷たい声で、機械的な表情を浮かべる少女はコニレットに告げた。姿形は彼女と瓜二つであるものの、口調も、声色も、まるで別人であった。これが、魔道書の中身が化身と化した結果だとでもいうのか。 「貴様は私であり、私は貴様である。使命を忘れたわけではあるまい。エクターが蘇ることが、私たちの生きる意味だ」 「それは……」 コニレットは悲痛に表情を歪めた。自分の中の使命感が、彼女の気持ちを揺さぶっていた。事実……彼女は無意識のうちに使命を果たそうとしていたのだから。 だが、今は、違う。彼女を突き動かす何かは、使命でも責務でもない。彼女自身が願う、未来への道だ。 「それは……でも、きっと間違いです」 コニレットは目をそらすことなく、シグネットの瞳の奥を見た。 「間違い?」 「誰かを蘇らせるために、誰かを犠牲にするなんて、そんなこと……私はしたくありません」 「魔道書が何を言っている……? 血迷ったか? それとも、装丁が崩れたのか? 私たちの書に、そのような意思は書かれていない」 怒りとも、反論とも違う――それは、戸惑いであった。目の前のもう一人の自分が、自分の意思で使命を否定している。それは、シグネットにとって信じられぬ光景だ。鏡の向こうの自分が、勝手に喋っているような感覚が、シグネットに見舞われた。 「そう、書かれていないです」 そしてコニレットの言葉とともに、鏡の向こうの自分は、手を差し伸べてくるのだ。 「でも、書かれていなくても、私たちは何かを感じることができるんです。見て、シグネット」 そう優しく囁いて、コニレットは周りの仲間たちへ手を広げて見せた。アリア、正悟、朝斗――そして、たくさんの仲間たちが、コニレットとともにいる。 「友達になったんです。魔道書だって、友達が作れるんです。私たちが自分で動きだすことさえすれば、きっと、続きだって書けるんです!」 「続き……」 「あなたの望んでいたことなんですか? これが、本当に私たちの望んでいたことなんですか? 人の命をもてあそんで、そして誰かを蘇らせようなんて……そんなのは、私たちのやりたいことじゃない」 シグネットは、何も言い返せなかった。 鏡の向こうからの言葉は、すなわち自分自身の言葉でもあった。コニレットがシグネットと繋がっているように、シグネットもまた、彼女と繋がっている。この、たった一日の浅い歴史が、彼女の心に“友達”という言葉を描いていた。 シグネットの祈りが、静かに止まる――が、その瞬間、遺跡は轟音とともに激しく揺れた。 「な、なに……!?」 「爆発!?」 咄嗟に、離れないよう、アリアはコニレットの手を握った。シェミーが見たのは、幾度となく爆破される壁と床と天井……徐々に、遺跡は倒壊を始めていた。 「ハハハハハッハァ! そう簡単に終わらせてたまるかよっ!」 高笑いは――爆破のスイッチを押した冴王であった。シグネットと協力したときから、こうなることを予期していたのか、彼は事前に爆薬をいたるところに仕掛けておいたのである。 「六黒! 行くぞっ!」 「……うむ」 冴王の呼び掛けに答えて、六黒はレンから飛びのいた。彼の体に纏われていた強化外骨格は、そのときにはどこかへと消え失せている。 「待て、六黒!」 「いずれまた合いまみえることもあろう。……そのときを待つぞ、冒険者」 不敵に笑った六黒は、冴王とともに部屋を脱出した。レンはそれを追いかけようとするが、ノアの声が彼にかかる。 「レンさん、みんなが……!」 「……っ」 判断を誤るほど、レンは感情に左右されはしなかった。身を翻し、仲間たちのもとへと駆けだす。 「早く、ここから逃げるんだ!」 「で、でも、シグネットが……!」 部屋から逃げ出すシェミーたちの間で、コニレットは、瓦礫の向こうに取り残されているもう一人の自分を助け出そうとしている。だが、今は一刻の猶予もなかった。 「コニレット、早く!」 「でも……!」 「お前まで死んでは、元も子もないだろう! お前が友達を悲しませたくないように、あたしたちも、お前を失いたくはない!」 シェミーはコニレットに叫んだ。 天井は半分ほども崩れ落ち、このまま埋め尽くされるのは時間の問題だった。 「コニレット!」 みんなの呼ぶ声がした。 振り返った顔を引きもどして、彼女は身を翻した。崩壊する部屋から脱出したとき、入口は瓦礫に閉ざされて、二度と二度と戻ることはできなかった。