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未踏の遺跡探索記

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第3章 迷子のちびっ子と空白の子 6

 壁画に刻まれる神官は、天の星と地の実に祈りを捧げていた。その中心にいるのは、ただ横たわる人形のような人物だけである。だが、何より興味深かったのは、神官の祈りを捧げる天地の星と実から、神々しい光があふれ出ていたことである。
 これは、神の象徴か、あるいはただの抽象なのか……カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)には、確信たる判断ができぬところであった。
「カルキ、なにしてるの?」
「いや、壁画が気になってな……この手のもんは、そこで生きていた奴らを知るために重要なんだよ」
「ほんと、こういうの好きよねぇ」
 感心したように笑うのは、カルキノスのパートナーであるルカルカ・ルー(るかるか・るー)であった。
 確かに、彼女の言うように、カルキノスの興味は遺跡、歴史、考古学……そしてその思索に尽きるといっても過言ではない。とはいえ、そんなことを笑うルカルカでさえも、やはり遺跡の雰囲気――というよりは、それに通ずる楽しそうな空気が好きなのだから、人のことは言えないところであった。
 そんな二人に向けて、マグライトの明かりが向けられた。そちらに目を向けると、艶のある美しい赤髪の青年が、近づいてくるところだった。
「どうだ? なにか見つけたか?」
「壁画かなー。カルキは興味深々」
「……んで、そっちはどうなんだ?」
 いかにも育ちの良さそうな、高貴ある雰囲気を漂わせる青年に、カルキが問い返した。すると、待っていましたと言わんばかりに、青年はいたずらっぽく唇を吊り上げた。
「え、え、なにか見つけたの? もったいぶらないでよ、エース」
「いや……見つけたのは俺じゃなくてメシエなんだけどね。けど、なかなかのものだと思う。とりあえず、見てみたほうが早いかな」
 青年――エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、自分がやってきた方向をあごでしゃくって、二人を促した。どうやら、問題の物がある場所まで案内するらしい。カルキとルカルカは、彼の後についていくことにした。
 そう時間が経つことはなかった。なにせ、もともと一定範囲内を二人一組で手分けして探索していただけだからである。それぞれの持つマグライトが光を指した場所に、ルカルカたちを待つ、長身の男がいた。
「お、来ましたね」
「で、何を発見したの、メシエ? 早く見せてよ〜」
「そう慌てるものではないよ。――ほら、これだ」
 とび跳ねるように急きたてるルカルカに、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は目の前に置かれていたものを持ちあげ、彼女たちに向けて差し出してみせた。
 それは――石だった。ただし、人の手によって彫られたのであろうその姿は、一つの芸術作品を思わせる精巧さを持っていた。球体の周りを飛び交う針のような突起は、無数に入り混じって何かの力の奔流を表しているかのようだ。
「なに……これ」
「あれに、似ていると思わないかい?」
 予想よりも大したことがなさそうに見えたのか、反応の薄いルカルカに、メシエはすっと天井を指し示した。そこには、見覚えのある星と実が先ほどよりも巨大な形で刻まれていた。そう、そして、まるでそれそのものを取りだしたかのように、“星”がルカルカの手の中にあった。
「壁画の……」
「偶然ではないはずだろう? となれば、なにか意味があると考えるのが当然だろうね」
 ルカルカの身体に、鳥肌にも似たものが走ってきた。そう、確かにこれは偶然ではない。石の意味が何であるのか、興味は徐々に湧きあがって来る。そしてそれは、カルキとて例外ではなかった。
「あの二つを祭ってたっつーことか? この神殿は」
「いや、そうとも限らないのだよ、カルキ。前に通った広間には、石像が建っていただろう? 祭っていたのはあちらで、この二つは力の象徴を表している記号に過ぎないのかもしれない」
 会話を始めてしまえば、二人の考察は出しっぱなしの水道のようにいつまでも流れ続けた。もともと、お互いに長く生きている者同士ということもあるのだろう。自分たちの記憶にもある過去の遺物と照らし合わせ、謎を紐解いていこうとする二人。
 そんな二人に、エースは呆れ気味だ。
「年寄りコンビ……」
 ぼそりと呟くと、カルキのしっぽが思い切り体をど突いてきた。べしっと小気味いい音を立てて、エースは軽く飛ばされる。
「きゅう……」
「まったく、口は災いのもとというのを知らんのか」
 床につっぷしたエースを呆れながらも、メシエは彼にヒールを唱えてあげた。その点は、やはりパートナーというべきところだろう。
「しかし……考えてもなかなか答えはでねぇな。ただ、こいつが何かに使われるものってのは確かかもしれねぇ。メシエ、一応、写真でも取っておけよ」
「ふむ……たしかに。せっかくのでじかめとやらだ。使わなければ損だというものだろうね」
 カルキの言うとおりに、デジカメを取り出して、メシエはパシャリと“星”の写真を撮った。と……そこでふと何か思いついたように、ルカルカが口を開いた。
「ねぇ、カルキ?」
「ん、どした?」
「この“星”みたいな石があるってことは、あの人の下にある“実”みたいな石もあるってことかな?」
 あの人、と彼女が指を指したのは、天井の神官だった。そして、その下の実となれば、おのずとそれは“星”と対を成すように描かれているあの“実”に限られてくる。カルキとメシエは、ルカルカの何気ない一言にきょとんとした。
 いやはや――全くその通り。
「ルカ、お前、天才だな」
「え、あはは、でしょ〜?」
 よく分かっていない風だが、とにかく褒められてルカルカは得意顔になった。
 そう、彼女の言うとおり、確かに“星”があるということは、“実”があるとしてもおかしくないはずである。それを見つければ、きっと謎を解く鍵となることだろう。
「もしかすると……あれは何かを呼び出そうとしているのかもしれないね」
「呼び出す?」
 壁画を見上げて呟いたメシエに、つられるよう、カルキは顔を持ちあげた。
 星と実の間にいる神官と、横たわる者――もしかすればそれは――
「あれ……、君たちは……」
 がたっという物音とともに、カルキたちへと声がかかったのはそのときだった。振り向いた彼らの目に映ったのは、迷子のちびっ子を探して遺跡を練り歩いていた、苦労性の団体であった。