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伝説キノコストーリー

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伝説キノコストーリー

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第2章 ワーム騒動勃発 3

 頭上の巨大な穴から見える、おそらくは晴天であろう青空を見上げながら、純朴そうな少女がつぶやいた。
「高いなあ……誰かフルトン回収してくれないかな……」
 フルトン回収? と、周りにいた連れ立つ仲間が首をかしげたのは仕方のないことだろう。そもそもが、まさかこの清純な学生らしき少女――アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が知っている言葉とは思えないものである。
 あえて説明するならば、軍の逆パラシュート版脱出システムとでも言うべきか。いずれにしても、アリアの見た目からは無縁そうな単語であった。たとえ、彼女自身もついつい巣の中に落ちてしまい、脱出を願っていたとしても。
「……悔やんでもしょうがないよね。今は前を向いていくことが大事! ね、エースさん。この巣の中に、珍しいキノコがあるんでしょ?」
「あくまで噂、だけどな。でも、マルコっていう料理人が、その伝説の『太陽のキノコ』を使って料理を作ろうと思ってるみたいでさ。みんなで協力して探してるってわけ」
「伝説のキノコかぁ……食べてみたいなぁ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)からキノコの話を聞くと、アリアはキノコの味を想像して恍惚な顔になった。エース曰く、美味いものを食べたいのは人類永遠のテーマであるらしい。
「俺は希少な食材ってことだから、栽培の方法を模索してみたいんだけどな。エオリアは……やっぱり料理ってところか」
「ええ、もちろん。僕も料理人として、伝説の食材には興味がありますよ。味もそうですが、調理もしてみたいです」
 マグライトで前方を照らしながら進むエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、笑顔でそう答えて調理のプランを頭の中で練っていた。温和な彼のことである。きっと、料理も繊細な味を大切にする調理法を選ぶのだろう。
 それはともかくとしてだ。エースは少しばかり呆れたような目で横にいる巨漢を見やった。
「しかし……あなたまで穴に落ちてたとはね。先に下調べにいくつもりじゃなかったのか?」
「いやあ、それがうっかり穴に落ちちゃった訳ですよ、はははは」
 エースに答えたのは、マルコたちよりも先に下調べへと出かけていたはずのルイ・フリード(るい・ふりーど)だった。陽気なスキンヘッドの巨漢は、細かいことを気にしない性格なのか、素敵な笑顔で大笑している。
 そんな彼に付き合わされるパートナーのシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)は、くたびれたようにぼやいた。
「うっかりで落ちるのもだけど、セラの服を掴まないでよ〜。セラまで一緒に落ちちゃったじゃん。だから言ったよね! 皆と一緒に探そうよって! それをルイが下調べを行っておけば皆さんのお役に立てるはずです! って勝手に飛び出すから……結果がこれじゃん!」
「ま、過ぎてしまった事は仕方ありません! こうしてエースさんたちとも合流できたわけですから、一緒にキノコを探しつつ、マルコさんたちとも合流しましょう!」
「そりゃそうだけどさ〜」
 言ってることは正しいのだが、落ちた張本人が言うとどこかしっくりとこなかった。
 とはいうものの……セラとて道理が分からぬわけではない。
「……確かに、過ぎた事気にしても始まらないよね。うん! 前向きに考えよ前向きに。というわけで、ルイ、肩に乗せてね」
「おっと……じゃあ、暗いところを照らすのは任せますよ、セラ」
「おっけーおっけー」
 セラの提案に応えて、ルイは鬼神力を身体から放出した。体内からあふれ出るエネルギーの渦は、文字通り鬼神のごとき力となってルイの肉体を巨大化させる。ゆうに4メートルはあろうかというほどに巨大化したルイの即頭部からは、牛の角のようなものが生えていた。
 元々が鋼の筋肉に覆われた人間離れした身体なだけに、鬼神力を発揮するともはや化け物そのものであった。無論――見た目だけの問題であるが。
「ははははは! これならサンドワームが襲ってきても申し分ないですね!」
 かかかと笑うルイの肩に乗って、セラは光る箒で前方を照らす。
 彼らの道行く先は、岩と土を掘り起こしただけの果て無き通路が続くばかりであった。でもって、そんな果ての見えない迷路のような巣の中を、先導するリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)はひたすら突き進む。
「リ、リリィさん、ちょ、ちょっと待って。もうちょっと慎重に……」
 そんな彼女を、エースが慌てて止めようとするが。
「うーん、でも、変に曲がらず進めば、どこかに出られるんじゃありません?」
「お、それは面白い方法ですね! では、目を瞑って前に進むだけっていうのはどうでしょう! サンドワームに出会っても、修行になりますし!」
「あら、ルイさん、素敵なアイデアですわ。わたくし、そういうの大好きですの」
「ではでは、早速……」
「ルーイー! また穴にでも落ちる気!? だめだってばそんなの!」
 どうやら変に気が合う者同士が語り合うと、妙な方向に話が進んでしまうらしい。
 慌ててセラがルイを引き止めて、なんとか無謀な猪突猛進作戦は食い止めることができた。それでもにこにこと笑顔のまま突き進むリリィに、パートナーであるナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)がこそっと声をかけた。
「リ、リリィ、実は来た道、覚えてるんでしょ?」
「……にこ」
「か、帰ろうと思えば帰れるんだよね?」
「……にこにこ」
 ナカヤノフの問いかけに、笑顔だけでリリィは答えた。それはつまり、ナカヤノフが言ってることが見事に当たっていることを意味していた。というのも、そもそもがリリィが巣の中に迷いこんだ理由が理由だからである。
 自らに試練を与えて修行する。ということを突拍子もなく思いついたリリィは、ナカヤノフを引っ張って巣の中に自ら落ちていったのだ。
 後先を考えないのが良いほうにころばることもあるが、リリィに関して言えば悪い方向に転がることがしばしばだ。
 で、結果的にこのボブカットの雪のような精霊はいつも巻き添えを食らうのである。
「ミミズなんて怖くないけど、リリィが死んじゃったらとっても困るの。帰るなら2人で、一緒に帰ろうよ〜」
「修行のためには帰れませんわ」
 どれだけナカヤノフが言ったところで、リリィは聞く耳をもたなかった。
 仕方なく、リリィを守るという意味も含めて、彼女はついていくしかなかった。それに、どうやらリリィは修行というだけでもなく、伝説のキノコに興味を示しているようだった。
 そんなリリィたちの興味の対象でもあるキノコ探索は、エースをパイプとしてマルコたちと共同で進められている。
 エースは携帯電話を片手に、どうやらマルコと随時情報を交換しあっているようだった。
「ああ。こっちは手がかりなしってところだな。そっちも同じか? ……やっぱり、サンドワームの巣の中でも、特に奥にあるってことかな。まあ、あんまり深くまで入りたくないところだけど」
 マルコともども、あまり進展は見られないようだ。
 しかし、サンドワームの排泄物や死骸が肥料となってキノコを育てているのはどうやら推理としてそう間違っていないらしい。
 アリアはそんな話をエースの電話で聞きながら、そうなると、育てるには独自の環境が必要なのかもしれないと思った。そうすれば、ここまで危険なところでなくとも育てることが可能なのではないか。それこそ、蒼空学園の花壇でも。
(いえ……待って私)
 しかし、アリアは自分の思考に待ったをかけた。
(キノコは園芸かしら? それにクラウズや豆の木の横にキノコってどうなの? でも生きとし生けるもの、見た目で判断してはダメだよね……ううん、主がキノコでその横にクラウズでも、やっぱりダメだと思うわ。それにクラウズってそれが咲く事自体にちょっとした意味があるけど、今回みたいな食用のときは、増えたら価値が下がっちゃうわよね)
 並べられる思考と対話を繰り返し、アリアはうんうんと唸った。
 エースの研究的な探究心の場合は別として、花壇にキノコはやはり違うような気がする。それに、そもそもが花壇で育てられるが疑問だ。
「決めた。今回は採取だけに……えっ? きゃああああ!?」
 アリアが自分の思考に結論をつけたそのときであった。
 彼女の悲鳴がエースたちの間に響き渡り、振り返ったそのとき――いつの間にか近づいてきていた噂のサンドワームは、背後からエースたちに襲い掛かってきた。
「皆さん、そこに逃げ込むのですわ!」
 リリィの声を合図に、エースたちは岩間の影に飛びのいた。迫ってきたサンドワームはどうやらエースたちを標的にしていたというわけではないらしく、突進するそのままの勢いでその場を去っていってしまった。
「い、一体なんだったってんだ?」
「なにか、嫌な予感がするのですが――」
 エースとルイが、さらに背後から聞こえてきた怒涛の轟音に振り返った。
 嫌な予感は――的中するものである。
「のけのけのけのけええぇぇ!」
 セーラー服を着込んだ変態紳士を初めとして、サンドワームの群れに追いかけられる集団がエースたちへと猛進してきていた。
 これは、もはや避ける術はない。
 そのとき、全員の意思が合致した。手は一つ。というか本能的に行動がすでに起こされている。
「にげろおおおおぉぉ!」
「ははははは、逃げろ逃げろ下民と書いて鬼羅めええぇぇ」
 逃げ惑うエースたちの後ろで、独裁者ばりのモンスター使いと化した切の声が背後から聞こえてきたのは、幻聴ではなかった。