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虹の根元を見に行こう!

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虹の根元を見に行こう!

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★4章



 ――バシャッ! カラカラ……ッ!
「ん?」
 何か水が零れたような音がして、それに嫌な予感を覚えたソルジャーの如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、セッティングしていた場所に唾を返した。
 案の定、持ち込んで置いておいた水が盛大に地面にぶちまけられ、大地は喜びながら水を飲んでいた。
「……はあ。代わりに、手伝って下さいね」
「ハアアッ!? あたいにも手伝えってか!? 冗談じゃないよ!」
「まあまあ……」
 正悟を手伝うハメになった知恵子だった。



 森を抜けて少し歩みを進めると、そこは広大な平原と草原が入り混じった場所だった。
「わぁ……」
 眼前に広がる大地の空と、地平線では茜色がそろそろ覗き、空色とぼけた境界線を見せていた。
 風が吹くと、草が音を奏で、身も心も穏やかに揺らしてくれた。
 それだけでも十分に値する場所なのだが、シルキス達が立つ小高い丘の向こうには、今にも手に届きそうだと錯覚してしまいそうな大きな7色の虹が存在していた。
 そして、その親に連なる子のような形で、小さな虹がいくつも、手前にも奥にも、うっすらと現れていた。
 虹がたゆたう中で凛として大きな虹は、神々しくさえ見えた。
 魅入られるようにシルキスが、一歩、また一歩と虹の中を歩いた。
 小高い丘の先、緩やかな下り坂の手前まで行き、シルキスは仰いでいた顔を、視線を下げた。
 見てしまえば、知ってしまえば、どうということはない。
 シルキスの肩が上下した。
 そして、服を気にしながらも、ゆっくりと腰を下ろした。

「うう……もしかしてアテネ、余計なことしちゃったかな?」
「そんなことはありませんよ、ラナ」
 そんなシルキスの様子を見て不安になったアテネにラナは優しく言った。
 なぜなら、虹の根元がないのは覆しようのない事実なのだ。
 ならば、この旅とも呼べぬ散歩の目的は、恐れて踏み出せぬお嬢様に、勇気というものを教えるためにあったのだ。
 だからこそ、皆は必死になりパラ実生を退け、シルキスに声を掛け続けたのだ。
 皆、わかっている。
 だから、見計らうように、1人1人がシルキスの傍に寄った。
(伝えていただけますか……)
 ラナは祈るように、託した。



「お医者さんで注射してもらうだけでも怖いんだもん。手術するのなんてとっても怖いよね」
 セイバーの八日市 あうら(ようかいち・あうら)は、そう言いながらシルキスの横にちょこんと座った。
「ええ、とても怖いです。手術は……」
「でも元気になるためには手術はしなくちゃいけないし」
「そうなんです。それはわかっているのですが」
「私はいつも元気だからなぁ……」
 あうらの言葉に、シルキスはくすくすと笑った。
 自分が悩んでいるのが、ひどくおかしく思えてしまうほどの元気をあうらから感じ取っていた。
「あっ、そうか! ねぇシルキスさん、私はね大事な人が居るってだけですごく元気になれるの!」
 気付くと、あうらとシルキスを後ろから見守るように、あうらのパートナー達がいた。
 獣人のヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)が、ポイとシルキスの口に飴を投げ込んだ。
「この飴は勇気の出る飴だ。とても美味しい味がするだろう」
「……美味しいですね」
「……柄にもないことかもしれないがプラシーボ効果と言うのも馬鹿にはならん」
「ぷらしーぼ……ですか?」
「あー、飴―!」
 シルキスが聞こうとすると、あうらがずるい、という感じでヴェルに飴をせがんだ。
「なんだあうらお前も飴が欲しいのか? お前はいつも元気なんだからな……いらないんじゃないか?」
「そんなことないよ!」
「仕方ないな」
 ヴェルから飴を貰って舐めると、あうらはシルキスにおいしいね〜と笑ったのだ。
 あうらのパートナーである英霊の立花 ギン千代(たちばな・ぎんちよ)も、シルキスに言葉をかけた。
「この時代の医学は私のいた時代からすれば天と地のようなもの。それだけで受ける価値はある。そして病は気からとも言うだろう? しっかりと胸をはって背筋を伸ばして生きなさい」
「胸を張れないのは、きっと私に勇気がないから……」
「貴女に足りないものが勇気だとして。そんなものすぐに足りるだろうからな……安心しなさい」
 でも、と反論したいシルキスに強化人間、ノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)があうらの言葉を更に強化して言った。
「僕はね……あうらが居れば元気になれるよ。だから僕もあうらと一緒。大事な人が居れば元気。ヴェルも?千代も一緒だと嬉しい。」
 だからね、と付け加えて、
「こんな風にあなたの為に集まってくれるのはすごく幸せだよ」
 そう言うと、3人はこれで終わりだと言わんばかりに、背を向けて戻り始めた。
 まるで突き放されたような喪失感。
 これも全て、勇気がないからだろうか?
「だからね、シルキスさんもきっと大丈夫だよ! 大事な人が元気にしてくれる。そしてね、手術が終わったらシルキスさんがみんなを元気に出来るんだよ!」
「私に大事な人は……」
「大丈夫だよ! じゃあね!」
 あうらが元気いっぱいに手を振って離れる。
 彼女達が向かう先には、多くの仲間がいた。
 それは、誰の仲間だろうか?
 誰のために集まった者達だろうか?

 シリウスはガラス製のプリズムをシルキスに差し出した。
「シルキスにやるよ。お守り代わりにでもしてくれ。院長先生が言ってたんだ、虹はどこにでもかかる。だからお前のいるところも虹の根元さ、ってね。辛いときはそれを見てやってくれよ」
 そう言ってシルキスの頭をぽんぽんと撫でる様に叩くと、シリウスはリーブラと共にその場をあとにした。

 フラガはシルキスの横に座り、言った。
「そういえば、世界中で虹脚埋宝の伝説が有名だけど、虹の根元にはこんな話もあったわ。昔々、虹を食べる事が好きな七匹の子鬼がいて、虹の数がどんどん減っていってしまった。最後に残った虹は子鬼に食べられないように、近付くと逃げるように根元が消えてしまう、というお話。まるで、自然と人間の話のようね」
「やっぱり、鬼はいたんですね」
 道中のフラガの言葉を思い出して、シルキスは言った。
「ええ。この世界にはいろいろなお話や出来事があるわ。だから、ね。いろいろ知りましょう」
 少し言葉足らずだっただろうか。
 否、シルキスがしっかりと頷いてくれたのを見て、フラガは十分に自分の思いは伝わったと確信したのだ。
 知る事も、幸せの1つなのだ。

「なあ……パラミタって地球の上にあるんだろ? だったら、虹の根元って地球にあるんじゃねえか? 手術が終わったら、地球に探しに行こうぜ!」
 椿の提案にシルキスは目を丸くした。
「そう、ですね。一度は地球にも行って見たかったんです」
「なら、よかったらメルアド教えてくれよ。入院中にメール送る。迷惑じゃなかったら見舞いにも行きてえからさ」
「迷惑じゃありません」
 そう言って携帯を差し出したシルキスの答えに椿は早速メールを送った。
 ――諦めねえぞ!
 ――はい、諦めません。
 2人は見合って、笑った。
(……そうだな。後で提案してみっか。もう友達だもんな、シルキスとは)