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リアクション
第1章 渓谷を抜けて
登山初日。
彼等は今、マレンツ山の麓、渓谷の入り口にいた。マレンツ山に降る大量の雪は、春になると雪解け水となり、やがて集まり川となって、この渓谷を麓へと流れていくのだが、真冬の今、この渓谷に水はない。あるのはただ葉を散らした木々と、無数の石ころが転がる、干上がった川底だけである。
点呼を終えると、一行は6班に分かれ、順に登山を開始した。4人から5人程の一般生徒に、2、3人の警護班と救護班が1人、それに、手空きのルート確立班の生徒が交代で警護に付く、といった編成である。
御上や円華、それに泪達は、独立して本部を形成していた。
「天気が良くて良かったね」
「そうだな。風も吹いてないしな」
前を歩く月影 環(つきかげ・たまき)の声に、宙野 たまき(そらの・たまき)は空を見上げた。
ほんのりと暖かい日差しが、心地良い。雲の流れを見ると、上空はだいぶ風が強そうだが、深く刻まれたこの渓谷の中にまで、風が吹き込む事は無い。
確かに、一面に石ころの広がる川底は歩きづらいが、それでも、強風の中を歩くよりは余程マシだろう。
「石が多いから、足元に気をつけろ」
「う、うん……キャッ!」
「危ないっ!」
振り向いた拍子に足を石に取られ、バランスを崩す環。大きく後ろに泳ぐ環の身体を、宙野が駆け寄って支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。有難う、お兄ちゃん」
「気をつけろって言った本人が、転ぶ原因作っちゃダメだよな。ゴメン」
「ううん、お兄ちゃんのせいじゃないよ」
「……一緒に歩くか?」
「……うん。そうして♪」
それから2人は、足元に意識を集中して、ほとんど話もせずに歩き続けた。
ふと、何かの声を耳にして、宙野は顔を上げた。御上先生と生徒が数人、立ち止まって話をしている。生徒の方は、確かルート確立班だったはずだ。心なしか、表情が固い。
「どうしたのかな?」
「ちょっと、行って聞いてみるよ」
宙野は、彼らに近づいて声をかけた。
「何か、あったんですか?」
「ううん。大した事じゃないわ。この少し先で、動物の死体が発見されただけ」
神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)が、ホウキに乗ったまま答えた。
「特に害はないけど、余り気持ちの良いモノじゃないからね。君達は避けて通った方がいい。一応、誰か付いてるハズだから、大丈夫だと思うけど」
先生が付け加えた。
「わ、分かりました」
先生はそれだけ言うと、生徒達との話に戻っていった。
「どうだった?」
「大丈夫。この先で、動物の死体が見つかっただけだよ」
「死体……」
心なしか、顔を青くする環。
先ほどの御上達の様子から、『ただの』動物の死体が見つかった訳ではないことくらい、宙野にも分かる。しかし、今それを口にして、環を不安がらせても何にもならない。
「こんな山の中だもの、動物の死体くらいあるさ。さぁ、行こう」
宙野は、何事も無かったようにそう言うと、歩を早めた。
「その死体は、明らかに斬殺されたモノだったんだね?」
御上は、改めてプルガトーリオに確認した。
「私もこの目で見たもの、間違いないわ。鋭い刃物、たぶん大剣か何かでしょうね。上半身と下半身がキレイに泣き別れよ」
「発見されたのは1体のみ?」
「今のところは。秋日子とキルティスが偵察中に見つけたの。『ヘンな臭いがする』って。今は、他の連中も探してるわ」
獣人族のキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)とその契約者の東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は、共に《超感覚》を使う。恐らくは、それで発見したのだろう。
「レイナも探してるのか?」
「一応話はしておいたけど。でも、死体は隠されてたみたいだから、空からじゃ難しいんじゃないかしら」
閃崎 静麻は、パートナーの神曲 プルガトーリオとレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)に、交代で空中から偵察をさせていた。
「そうか……。わかった、ありがとう。また何かあったら頼むよ」
「わかったわ、先生♪」
プルガトーリオは、ウィンクを返すと、箒で空へと舞い上がっていった。
「俺達より先に、山に入ったヤツらがいる……ってコトだよな、先生?」
泉 椿が尋ねた。
「そうだね。それも、かなりの使い手だ」
「……なんで?」
『こんな足場の悪いトコロで、大型の獣を両断できるような大きな武器を、動きの素早い野生動物に当て、しかも真っ二つだ。素人に出来る芸当じゃない』
御上のパートナーである、魔道書のヤズが解説する。今日の彼は、持ち運びに便利なハンドヘルドコンピューターの形態を取っている。
「さらにいうなら、サバイバルにも慣れていて、しかも自分達の力量にかなり自信があるようだね」
「少人数……って、なんで?」
いよいよもってワケがわからない、という顔をする椿。
「ここに来るまでの間、僕達は、誰かがこの谷を通った痕跡を発見できなかった。確かに足跡の残りにくい地形ではあるけれど、それでも人間が歩けば、必ず痕跡は残る。それが見つかっていないと言うことは、痕跡を消しているということだ。死体を隠したようにね。そして、どんなサバイバルのプロでも、大勢の人間の痕跡を、完璧に隠すのは不可能だよ。と言うことは、少人数で行動していることになる。こんな危険な山の中を、少人数で行動するのだから、余程自信があるのだろう」
「……スッゲー。先生、探偵みたいだ」
『論理的に考えれば、誰にでも分かることだ』
「悪かったね、アタマが悪くて!」
「まぁまぁ、2人とも。そんなコトよりも今は、その『謎の殺し屋』が敵か味方かの方が問題だよ」
「そう!それだよ、それ!それで、どっちなのさ!先生!」
「さぁ……。今のところは、何とも」
「何とも……って。肝心なトコで頼り無いなぁ、先生」
拍子抜けする泉。
『しかし、敵の可能性の方が高いのではないか?』
ヤズが言う。
「可能性としては、ね。でも、『我々とは何の関係もない、全くの第三者』の可能性もあるし、『何らかの理由で、我々と行動を共にできない味方』の可能性もある」
『予断は禁物、か』
「避けられる争いは、出来るだけ避けたいからね」
「『余談は禁物』……?」
『泉。私の計算によると、オマエの言っているソレは、間違っている可能性が限りなく高い』
「椿クン、『無駄話はダメ』ってコトではないよ?」
「え?」
2人に一斉に突っ込まれて、固まる椿。
「……さて、と。それじゃ道中無駄話も何だから、君にはボクが、少し国語の指導をしてあげよう」
「ゲゲッ!なんでこんなトコまで来て勉強!?」
「何を言ってるんだ、椿くん。君は普段から勉強なんてしてないじゃないか」
「バ、バレてる……」
『それこそ、論理的に考えなくても分かるコトだ』
ウンウン、と頷くヤズ。
彼の場合、画面には『SOUND ONLY』と表示されているだけなので、本当に頷いているかどうかは分からないのだが。
「なんだよオマエ!さっきからエラそうに!」
「ハイハイ、『余談は禁物』。早速始めようか、椿クン?閃崎君。悪いけど、しばらくの間頼むよ」
「ハイ。ごゆっくり」
「い、イヤだぁ〜!!」
御上に襟首を掴まれて、連行されていく椿を、ヒラヒラと手を振って見送る静麻。
蒼空学園では、御上の補習は、『分かりやすい』ことで有名な一方、『分かるまでやる』キビしさでも有名である。
「成仏しろよ……」
そっと、泉に手を合わせる静麻だった。
「ねぇ、鉄心?」
「どうした、イコナ」
源 鉄心(みなもと・てっしん)は、ワザとぶっきらぼうに返事をした。イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がこういう微妙に媚びた口調で話しかけてくる時には、大抵何かしらねだりたい時だというコトを、鉄心は経験則で知っていた。
「なんだか、動物の死体が見つかってるらしいですわよ?
「そうだな」
「わたくし、なんだか嫌な予感がしますの……。何かが、襲って来るのでは無くて?」
「確かに、可能性はゼロではないな」
「でしょう!それなら、イザという時のために、体力を温存しておいた方がいいと思わない?」
「……それで?」
「わたくし、無理して歩くよりも、魔法で移動した方が良いと思うのだけれど、どうかしら?」
ココぞとばかりに主張するイコナ。要するに、石ころだらけの道を歩くのがイヤなのだ。
「しかし、魔法で移動して、イザという時に魔法が使えない、なんてコトにはならないか?」
「そ、それは大丈夫よ!わたくしが、体力と魔力を計画的に使えば、問題ありませんもの!」
「ま、道理だな」
「鉄心も、そう思いますわよね?ならわたくし、これからしばらく魔法で移動するコトに致しますわ!」
イコナは嬉々として術を使い、宙に浮き上がった。
そんな彼女を、無機質な目で見つめる鉄心。そして――。
果たしてイコナは、全行程の3分の1以上を残してSPを使い尽くしてしまい、涙目になりながら、残りの行程を歩くハメになったのだった。
その後、『謎の殺し屋』の痕跡を求めて奔走するルート確立班を尻目に、一般生徒の登山の方は、天候の急変やモンスターの襲撃もなく順調に進み、早くもお昼過ぎには、第1キャンプの予定地である谷の出口へと辿り着いた。
ここから花の群生地まではだいたい2000メートル。ルートさえ確保されていれば、半日もあれば着く距離だ。このため、明日以降はルート確立班のみが登山にあたり、一般生徒はルートが確保されるまで、ここに待機することになっていた。これより上に、100人規模のキャンプを設営するのは難しいと判断されたからである。
そのキャンプ予定地では、山と積まれた物資を背に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が声を張り上げていた。
「ハイ、それじゃみんな、向こうから並んで!装備は何種類もあるから、貰ったらシートへのチェックを忘れないで!忘れると、何を持っていったのか分からなくなるわよ!」
リカインは、生徒達が山を登っている間中、飛空艇に物資を満載して、麓とキャンプをピストン輸送していた。生徒達の負担を少しでも軽くするため、テントや寝袋、それに食料や煮炊きの道具などは、飛空艇で運ぶのである。
「でも、なんとか間に合って良かったわ。ありがとう、クァイトスくん」
クァイトスは、リカインの言葉に深く頷くと、手を振ってその場を離れた。巡航攻撃飛空艇型機晶姫であるクァイトスには、発声器官が搭載されていない。
彼は、これから本来の任務である上空偵察に戻ることになっていた。
今日は、生徒達が予想以上に早く進んだため、リカインに加えてクァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)も偵察任務から外れ、輸送を手伝った。2人がかりで、限界ギリギリまでピッチを上げて輸送した結果、何とか本隊の到着に間に合ったのである。
「必ず、人数分受け取ったかのチェックも忘れないで下さいね。あと、寝袋や衣服なんかは名前が書いてありますから、それも間違えないように」
ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)が、一人一人の生徒に丁寧に注意する。
初めは随分な数の生徒が並んでいたように見えたのだが、2人が手際良く動いた結果、配給作業は30分もかからずに終わった。
「案外、あっさり終わったわね」
「そうですねー。それじゃ、アッチも手伝いましょうか?」
向こうでは、救護班が集まって夕飯の準備を始めている。今日は怪我人も体調不良者も出なかったので、手が空いているのだ。
「何か、手伝おうか?」
「うん!それじゃ、このジャガイモ切って!」
ピーラーでイモの皮を剥いていたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、答える。
フリルの付いた可愛らしいエプロンに三角巾を頭に羽織ったその姿は、まるで生まれて初めてクッキー作りに挑戦する小学生のようである。
「ず、随分あるわね……」
そこには、ジャガイモがまさに山を成していた。
その隣では、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)とナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)が、黙々とニンジンの皮を剥いている。
「何せ100人分ですからね〜」
「気分はもう、『給食のオネェさん』だわ」
こちらでは、火村 加夜(ひむら・かや)と蓮花・ウォーティア(れんか・うぉーてぃあ)が豚肉と格闘していた。
「今日はカレーですか?定番ですね♪」
ソルファインが覗き込んで言う。
「はい。あ、男の方は、カマドの準備を手伝ってあげて下さい」
見ると、草薙 武尊(くさなぎ・たける)が一人で石を組んでいた。
「え?でも、あそこで円華さんが一人でタマネギ切ってますけど……。手伝った方がよくないですか?」
皆から少し離れた所で、円華が真剣な表情でタマネギを切っている。
「あ、アレはいいのよ」
「円華さん、自分の周りに結界張って、タマネギが目にしみないようにしてるんです」
「す、スゴイですね〜」
「タマネギの刺激成分を、顔に近付けないようにしてるんですって。五十鈴宮の秘術の応用らしいけど。自分しか守れないそうだから、近寄らない方がいいわよ」
「わ、分かりました……」
「お手伝いしますよ、何をすればいいですか?」
ソルファインは、武尊に声を掛けた。
「あ、ありがとう。それじゃ、そこの石をそっちに積んでくれ」
「これですか?……よっと。ここですね?」
「あぁ、違う違う。そこじゃなくて、その右の……、そうソコ!風上があっちだから、ここから入った風が、こう抜けるようにしないと」
武尊は、サバイバルの知識は一通り『サバイバル教練所』でマスターしている。カマドの作りはお手の物だった。
「ナルホド……。そういうことですか」
ふむふむ、と頷くソルファイン。
「何せ、あのサイズの鍋を置くからな。しっかり作らないと」
そこには、給食か芋煮にでも使いそうなサイズの鍋が2つ、鎮座していた。
「あぁ、教導団から借りてきたヤツですね」
「そうなのか?随分準備がいいとは思っていたが……」
「それじゃ、コレ以外にもう一つカマドを作らないとダメですね。これを1人でやるのは大変だな〜」
「ん?あぁ。いや、1人じゃないぜ。後2人、今石を取りに行ってる……って、ちょうど戻って来た」
武尊の目線を追うと、両手に大きな石を幾つも抱えた榊 孝明(さかき・たかあき)と益田 椿(ますだ・つばき)が、こちらにやってくるところだった。
「お、随分進んだな!」
「あたし達も、気合い入れないとね!」
「ソルファイン・アンフィニスです。お手伝いに来ました」
自己紹介をしながら、椿から石を受け取るソルファイン。
「え、そうなの?ありがとう!」
「あぁ、それじゃ、悪いんだけど、コレと同じ位の大きさの石を、あと10コくらい持ってきてくれないかな?あっちに、いっぱい転がってるから」
「それと、もし枯れ木が落っこちてたら、一緒に拾って来て!」
「石に、枯れ木ですね?分かりました。頑張ります!」
榊の指差す方向に、勇んで向かうソルファイン。
実はソルファインは、戦闘のような血生臭いコトよりも、こうした仕事の方が好きなのだった。
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