リアクション
■エピローグ
「終わった……みたいだな」
エヴァルトが明倫館の屋根の上で辺りを見回すと、あれだけいたスライムたちもクイーンの消滅に伴って姿を消していた。
「見たかスライムめっ! これが食べ物の恨みだ!」
「まったくだな」
カフカが誇らしげに胸を張ると、つぐむも同調していた。食べ物の恨みはクイーンスライムをも打ち倒すのだ。ガランはすでに溶けてしまったクイーンスライムの残骸を見下ろす。
「食べ物の恨み……恐ろしいのだよ……」
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「まったく、スライムまみれ塩まみれです〜」
すっかり汚れてしまった百合園の校舎内を見回すと、野々は『ハウスキーパー』を発動させて辺り一帯の掃除を始めた。
「……はっ!」
そんな彼女は、不意に何かに気付いて立ち尽くす。
「私は今、メイドではないんでした……」
しばらく固まってから辺りを二、三度確認する。この廊下には人影がない。
「ま、いっか!」
けろっと開き直った野々は、ご機嫌に鼻歌を歌いながら掃除を続けた。
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中間報告も無事終えたシリウスが、サビクを連れて百合園を出る。
「今回はひどい目に遭ったな〜」
「でも、美緒にお守り渡せて良かったね!」
サビクが曇りのない笑顔を向けると、シリウスも微笑んだ。
「ああ、そうだな――」
「へっくちゅん!」
「あれ? 美緒、風邪引いた?」
シャワーを終えた恵は、鏡の前で髪を拭く美緒を覗き込む。
「はれ〜? そうではないと思うんですけど……」
おかしいなぁと美緒が鼻を擦る。
ドライヤーで髪を乾かすエーファは、そんな二人の胸を脇目で見比べた。Qカップ目前の恵とそれに負けないボリュームの美緒。本来はどちらが大きいのかを気にしていたはずだが、どちらにせよ自分よりはるかにたわわだと認識すると深い溜め息をついた。
そんなエーファを鏡越しに見たグライスは、飲んでいたコーヒー牛乳を差し出した。
「飲む?」
「……いいです……」
そんな百合園のシャワー室にセレンとセレアナが入ってくる。
「もう疲れたわ。シャワーでも浴びましょ、セレン」
二人は隣り合わせの個室に入ると、高い金属音を立てる蛇口をひねった。すぐに温かい雨が降ってきて疲れを洗い流してくれる。
「……たまにはいいかもね、RPGも」
セレアナがポツリとこぼす。
「あら、経験値上がった?」
セレンがセレアナのいる方の壁を見て冗談を返すと、二人は笑った。
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「ねぇ透乃ちゃん、聞きました?」
「何を?」
スライムがいなくなって間もない明倫館の廊下を、透乃と陽子が話しながら歩いていた。
「今回の件は、何やらクイーンスライムというのが原因だったみたいですよ」
「ふぅん……クイーン、ねぇ」
それを聞いた透乃は少し考え込むと、小さな声でこう言った。
「それも食べてみたいな……」
「透乃ちゃん……全然懲りないですね……」
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「今回はどうなることかと思ったよ。骨折り損のくたびれもうけ」
改めて友人の所へと向かい始めると、月夜はその道で呟く。
「でも、私が石化しちゃうって時の刀真の眼差し、嫌いじゃないな」
月夜が笑顔でそう言うと、夕日に照らされた刀真は視線を逸らす。
「……刀真、照れてる?」
「なっ、何を、馬鹿なことを……」
そんなやりとりを始めた時、二人の腹が同時に鳴った。それで月夜はハッとする。
「にゃ〜、私のお蕎麦〜!? お蕎麦のために頑張ったのに! 刀真のせいで食べ損ねたっ!」
「え、俺のせい!?」
思わぬ責任転嫁に驚く刀真に、月夜はぽかぽかと叩き始める。
「いたっ、痛いよ! 今まで忘れてたくせに!」
「わっ、私は忘れてないモン〜!」
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「俺は食うぞ」
改めて食堂で蕎麦を注文し直したつぐむは、トレーを運びながら疲れた顔をする。
「はぁ〜、やっと蕎麦にありつける――ぜっ!?」
「つぐむ様ぁ〜!」
そんなつぐむに後ろから飛びついてきたのはミゼだった。
「もっと、ワタシを縛って罵って……蔑んで……」
笑顔だったミゼが事態に気付くと、急に冷や汗を掻き始める。飛びついた衝撃で、トレーに乗っていた蕎麦が床にひっくり返っていた。
「こンの、エロチチがァァァァァァァァァ!!」
「はひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
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「すみませーん」
騒動を終えてやっと辿り着いた明倫館の食堂で、カフカがにこにこしながら声を上げた。
「はいはーい……って」
気さくそうなおばさんの顔が、カフカを見るなり一気に引きつる。
「お品書きの端から端までで!」
明倫館の厨房から「また来たかァァァァァァァァ」という絶叫が響いたのもこの日が初めてだそうだ。
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「はぁん……ソコ、ソコです……もっと揉みしだいてくださいませぇ……むにゃむにゃ」
「なんちゅー寝言だ」
幸せそうな顔で寝ているつかさを見て、銀はほとほと呆れていた。
「総奉行はサキュバスライムの影響で暴走してたって言うけど、この人、起こさなくていいのかな……?」
ミシェルが心配するのにも、銀はぶんぶんと手を振る。
「こいつは起こさなくていい。しばらく寝かせとけ」
もう面倒見切れないという顔をすると、銀はミシェルを連れてその場を離れた。
「あっ、あン……やっぱり殿方はイイですわぁ……」
つかさはよだれを垂らしながら、床の上でぐーぐー寝ていた。
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ラズィーヤは、すっかり元の学園に戻った百合園を校長室の窓から眺めていた。彼女らはきっと、もうスライムのことなんて忘れているのだろう。
「ラズィーヤさん……。今回はどうしてあんな話を持ちかけたの? やっぱり、自分たちが一番だって知りたくて?」
その後ろ姿に静香が問いかけると、ラズィーヤはふうと息をついた。
「別に、明倫館と競い合ったからってそれがわかるとは思っていませんわ」
「じゃあどうして……」
言葉を詰まらせた静香を、ラズィーヤはゆっくり振り返る。
「色々な理由があります。生徒たちの経験にもなるし、学校間でお互いが頼れる立証にもなる。ですがそのうちの一つに、静香さんに『トップ』というのがいかなるものか知って欲しかった、というのもありますわ」
言いながらラズィーヤがゆっくりと椅子に腰掛けると、案の定静香は戸惑っていた。
「私に……?」
「ええ。トップとは誰もが求め、誰もが維持し続けたいもの。それが強欲な者であればあるほど。だから明倫館も乗ってきたのです」
ラズィーヤは角砂糖をピラミッド状に積み上げていくと、頂上に一つだけことんと置いた。
「頂点とはそれほどに気持ちがいいものですわ。それゆえに、人はトップを争うのです。見上げても余計なものは目に付かず、一面空なのはトップだけ」
ラズィーヤが言うと、静香は悲しそうな顔で訴えた。
「見上げたら一面空なのは、みんなが同じ高さに立てる平原だってそうだよ……!」
その言葉にラズィーヤは少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐにその色を消した。
「起伏のない土地なんて存在しませんわ。自分の正しさを確かめるための頂点、平和や安心を得るための頂点……これからますます、それらを求めた争いが、この大陸でも起きます」
ラズィーヤが頂点を指で軽く突くと、角砂糖は転げ落ちて紅茶の中へと落ちた。
「静香さん。あなたはこの百合園女学院の校長。もっと、色々なことを知らなければなりませんわ……」
「うん……」
ラズィーヤが意味深な眼差しを送ると、静香は視線を下げて頷いた。
#
それから数日後。総奉行室の電話が鳴ると、ハイナは三コール目で取った。
『もしもし?』
「その声は、ラズィーヤ嬢でありんすか」
『あら、声だけで分かって頂けるなんて光栄至極ですわ』
「御託はいい。用件は何でありんしょう?」
ハイナが単刀直入に聞き込むと、ラズィーヤは少し黙った。
『……今回の件、結構楽しかったですわね。そっちは面白いことも起きたそうですし』
「確かに、楽しくなかったと言えば嘘になりんすぇ。もし機会があれば――」
言葉の途中でラズィーヤが電話越しに笑んだのが分かって、ハイナも思わずにやりとした。
『そうですわね。またやりましょう』
そこまで聞き届けると、受話器を置いた。
『スライムクライシス!』 ― END ―
□ご挨拶
■今回の『スライムクライシス!』を担当させて頂いたとむです!
まずは今回参加して下さった皆様、ありがとうございます。
■前回のシナリオ『追憶のダンスパーティー』から引き続き参加して下さった方もちらほらお見受けしました。感謝感謝でございます。
□おことわり
■規定に則って、外見性別で三人称を書いています。あらかじめご了承くださいませ。
■今回、ハイナのパートナー・房姫はキャンペーンシナリオの都合で不在です。その点に関しての内容は削らせて頂きました。
■設定とアクションで口調の違っているキャラは、TPOなどこちらの判断で動かしました。
□アクションについて
■若干名ですが、今回参加する舞台を選択していない方がいました。
そういう方々は様々な点を考慮したバランスで振り分けさせて頂きました。
■明倫館のアクションは比較的イレギュラーが多く、加えて蒼空の人たちが真面目に取り組んでいるのがシュールで思わず笑ってしまいました。こういうのは好きです。
■今回はお色気アクションが多めだったので、表現を工夫して一部年齢層を高めにしました。
あまりにおもむろな表現だと運営様にハネらてしまうので、なんとか隠喩しつつ色々言わせちゃってます。
■今回は事情が事情なため、全てのアクションを拾うのは困難でした。申し訳ありません。
□リアクションについて
■今回の話では、信頼のおける校長たちが何か企んでいるという陰謀感を出したかったのです。うまく伝わったでしょうか。
■時系列や演出のため、各キャラクターは複数回登場します。
一度リタイアしても最後まで読んでみるとひょこっと出てくる、なんてことも。
■今回はそれぞれの学校ごとにうっすらと傾向や気質が窺えました。
例えば蒼空生の協調性とか、それも少し内容に反映させてあります。
■経験値の差などはあるかも知れませんが、今回はチーム戦、そして両校とも解決できましたので判定的には全員成功です。
■演出のために色んな方がバッドステータスになりましたが、不快に思われましたら申し訳ありません。
■石化してしまった人などは、救助中など途中名前を出さなくても描写があるところがあります。余力がありましたら探してみてください。
□設定
■本編内で触れている通り、今回のスライムはダメージなし。それでも苦戦するように設定を作らせてもらいました。
■服を溶かすスライムや、その他特殊スライムは初めから設定していました。
参考までに、後から加えたスライムはいません。(むしろボツが2種類ほどありました)
以下に今回登場したスライムたちの設定を掲載します。
・スリープスライム:睡眠耐性、睡眠効果の粘液攻撃。
・ライムスライム:石化耐性、石化効果の粘液攻撃。
・レッドスライム:炎熱耐性を持ち、また炎熱属性の攻撃を封じる粘液攻撃。炎を食べる。
・サキュバスライム:
服だけを溶かし、肌に触れると人によってアダルトな気分になる粘液攻撃。ピンク色で他のスライムより一回り小さい。
人の性欲をエネルギー源とする。食べても美味しいけどやっぱりアダルトな気分に。媚薬の原材料の一つだったりする。
★クイーンスライム(ボス):
ザコスライムを半永久的に生産し続ける。体長は3〜5メートル。攻撃により分裂し、飛び散ったほうがザコスライムになる(属性はランダム)。
広範囲に効果ランダムの粘液攻撃をする。体内深部にコアがあり、それを破壊すると体の一部だったザコスライムたちとともに消滅する。攻撃を加えていくことで磨り減っていき、コアへと到達することができる。
バッドステータス無効、弱点属性なし。ただ通常攻撃より属性攻撃のほうが若干有効。削っていきコアを破壊するほかない。
スライムたちの粘液攻撃にはある程度のインターバルが存在する。
インターバルの設定についてはまったく使うところがありませんでした。あしからず。
麻痺とか畏怖も考えていたのですが、あまり種類が多いと複雑になるのでボツにしました。
□私信
■前回の『追憶のダンスパーティー』は、皆さんから寄せられたアクションを元にパートナーとの出会いのシーンを膨らませるのが主な作業でしたが、今回はアクションとアクションを繋げてシークエンスにする作業が大変でした。
学校ごとでまとめて、それを一生懸命1つのストーリーにまとめてみたら、50人ほどのシナリオなのに約6万文字のリアクションという顛末になりました。すみません、ちょっと長かったですね。
■前回『追憶の〜』では「パートナーとの絆」がコンセプトでしたが、今回のテーマは「チームワーク」でした。
パートナー以外の人たちが積極的に関わり合うよう心がけて作っています。
■それでは、今回のご参加ありがとうございました。
また皆様とお話を作っていく機会があることを楽しみにしております。 とむ
□追記 3/17
ミスが見つかりましたので修正しました。