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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション


■■第二


「暇です、暇です、タイムはどこまで行ったのでしょう」
 金色の巻き毛の先を弄りながら、アイラ・ハーヴィストが呟いた後頭部からは、日本の兎に似た白色の耳がのぞいている。タイムというのは、彼女が飼っている兎の名前だった。代々タイムという名をしているから、正確に言うのであれば、1865年から数えて既に百代以上が経過している数代目のパラミタウサギである。
「早く帽子屋の元へと辿り着いて、思い知らせてやればいいのに」
 彼女は白磁の頬に繊細な指を添え、そんな不穏な言葉を口にした。
「みんな石化してこの空間にとどまってしまえばいいのよ。そうすれば、帽子屋だって私を見ざるを得ないはずだわ」
 帽子屋――彼女が内心、そう呼称するのはこのSLの車掌の事だった。
 いつも深々と帽子を被っているから、『帽子屋さん』だと、彼女は思っているのだ。


 そんなことはつゆ知らず。
「綾瀬、危ないっ!」
 一匹のパラミタウサギが走ってきた時、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)は、パートナーを窓側へと押しやったのだった。スキル、ディテクトエビルをドレスが発動し、事前に危機を察知したのである。
 視覚外で気配を感じ取るパートナーは、困惑したまま、窓側へと追いやられる。
 ――そうして。
「まぁ……固い」
 中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、パートナーである魔鎧へと触れた。魔鎧であるドレスは、通り過ぎていったパラミタウサギが原因で石化していたのだ。石化する直前に、強制的に魔鎧状態をドレスが解除したため、なんとか綾瀬は、石化を免れたのだった。
「折角、電車での旅を楽しもうと思っていましたのに」
――今回は傍観するだけでは済まなくなってしまいました。
 そんな心境の中、綾瀬が呟いて立ち上がる。声に出しながら、彼女は見えざる視覚で、前方の車両を見据える。
「ドレス、暫しの間此処で待っていて下さい」
 呟きながら前方へ顔をむけつつ、手元にある石化した『ドレス』を丁寧に綾瀬は椅子へと置いた。
――ウサギを追いかけましょう。
 そう決断した彼女は、まだ寒さの残る車内で、ドレスの不在を心なしか不安に思いながらも立ち上がった。綾瀬は普段から『ドレス』を着用している為、魔鎧が脱げている今はワンピース状の薄い肌着のみの状態なのである。
「さてと……先ずはあのウサギを捕まえなければなりませんわね。今回は傍観者、アウトサイダーとしてではなく、インサイダーとして。――あのウサギが原因のようですし」
 綾瀬のその声が響いた頃には、更に後部の車両まで被害が広まっていたのだった。
 丁度その時、その隣を走り抜けていったエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、一時速度を緩めた。

「……兎が原因?」

 漏れ聞こえた呟きに、走っていたエヴァルトが丁度足を止めたのは、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の席の真横の通路だった。
「つまりウサギを捕まえればいいんだよね」
 決意するように黒髪の美少女が、一人頷く。
「あたしには、やらなきゃならないコトがあるんだ……こんなトコロに閉じ込められるわけにはいかないよ!」
 抜けないトンネルについて思いはせながら、輝夜が意を決するように口にした。
 足を止めたエヴァルトや、洩れ聞いた輝夜の姿を伺いながら、近隣の席にいた草薙 武尊(くさなぎ・たける)が黒色の瞳に、知的さを宿しながら立ち上がった。
「トンネルに入ってから大分経つが列車は一向に出ない。まるで永遠に続くかのような感じだの? これはやはり閉じこめられたという事なのであろうな」
 事態を整理するような彼の冷静な声に、一同が視線を向ける。
「確かに先ほど兎が通りすぎたおり以後、周りの者が石化しているな。しかも先頭車両側も何やら騒がしくなってきているな」
「戦闘車両には、氷漬けのゾンビが出ているんだ」
 エヴァルトが歩みを止めて応えると、彼は静かに頷いた。
「恐らく、かの兎が全ての元凶であろうから、捕獲し、事態の収拾をはかるとしよう」
 大人びたその声に、一同は顎を縦に振ったのだった。
 それを確認してから彼は、特技の追跡を使う。無論、パラミタウサギを追うためだ。
 彼がスキルを用いて事態の収拾を図っている時、まるで邪魔をするかのように、そこへも氷ゾンビ達が前方車両から姿を現し始めた。
 前方の全ての人々が氷ゾンビになってしまったという事ではないようで、まだ石化以外の事態には気づいていない様子の四両目の乗客の姿も見て取れる。


 だが危機を察知したエヴァルトは既に俊足で、五両目へ待避を始めていた。
「っ」
 輝夜が思わず息を飲む。美少女然とした彼女の瞳が、心なしか不安に揺れている。
 丁度その時のことだった。


「俺様が止めておいてやるから、その間に事態を明確化しろ。俺様はネクロマンサーだ。今回の事態にも――死霊術に近い気配を感じる」
 彼らの前に、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が氷ゾンビを阻害するように立ちはだかった。
――氷ゾンビねぇ……死霊術の類か? 面白そうだ、その術、俺様が頂戴してやろう。
 そんな思惑を抱きながら、彼は緑色の髪を揺らした。
「一時的にでも後ろへ逃げると良い。とりあえず待避しておきな」
 そう告げた彼の言葉に、体勢を立て直すために、輝夜と綾瀬が、そして草薙 武尊(くさなぎ・たける)が一端後ろ側へと退いた。退路は、エヴァルトが己の体を張って安全を証明してくれ得ている通路が後ろにのびている。
「一体何が起きているんだろうな、知らんけど」
 彼のそんな呟きは、人気の失せた車両で、氷ゾンビの雄叫びにかき消されていく。
「ったく、トンネル長げぇな……いつまで続きやがんだ」
 思惑はともあれ結果的に皆を避難させたゲドーは、腕を組みながら氷ゾンビの群れを一瞥した。
「これは、ちょいと、車掌に詰め寄ってみたほうがいかもな」
 人々を待避させながら、彼は腕を組む。
「嗚呼、本当に騒がしいな。だけどありゃ、本当に乗務員か? アンデッドに雰囲気が似てやがるな。ただの車掌が死霊術を使えるわけが無ぇ」
 氷ゾンビと化した副車掌の姿を見て、何かがあるのだろうと判断したゲドーは、唇を舐める。
「が、それはさておき面白そうな術ではあるな。ちょうどいい、術の秘密とこの状況、洗いざらい話してもらおうじゃねぇの」
 赤い瞳を瞬かせながら、ゲドーは愉悦に満ちた表情で笑んだのだった。