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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第4章「歌姫の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 4日目』
 
 さぁやって来たぜ! 『歌姫の海』に!
 歌姫だぜ、歌姫! きっと綺麗な人魚のおねーさんがいるんだろうなぁ。
 前の海は暑苦しかったけど、今度は結構過ごし易い感じだ。
 けど何だろうな……どこか寂しいんだよ、この海。
 あれだな。人魚のおねーさんはどこかで一人寂しく歌い続けてるに違いねぇ。
 待ってろよ、おねーさん。すぐに俺が行って、心も身体も慰めてやるからな!
 
 ――アークライト号船員 鈴木 周(すずき・しゅう)――
 
 
 
 
「静かだね……昨日の慌しさが嘘のよう」
 曇り空の下、『歌姫の海』を進み続けるアークライト号。その甲板上で一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)篁 八雲(たかむら・やくも)と二人で海を見ていた。
「こうやって八雲君と落ち着いてお話出来るのも久しぶりだね。カナンでは色々あって余りゆっくり出来なかったから」
「うん、そうだね……ところで、輝さん達はどうしたの?」
「マスターとシエルさんは船室で他の人と作戦会議中だよ」
「作戦会議?」
「うん。透矢さんからここが『歌姫の海』だって聞いて色々と張り切っているみたい」
「輝さん達はアイドルだもんね。やっぱり歌姫って言葉に思う所があるのかな」
 瑞樹のパートナー、神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)はアイドル活動をしているが、その中でも一番力を入れているのが歌だった。兄弟である篁 大樹篁 天音がクラスメイトという事もあり、二人の歌は八雲もよく聴く機会があった。
「そういえば、瑞樹ちゃんは歌ったりはしないの?」
「え? た、確かに私も846プロには所属しているけど、それはマネージャーとしてと言いますか、マスター達のSPやボディーガードとしてで、まだアイドルという訳では……」
「そっか、『まだ』なんだ。なら近いうちにアイドルとしての瑞樹ちゃんも見られるのかな?」
「あぅ……八雲君、意地悪です」
 瑞樹が八雲を恨みがましい目で見る。普段の八雲はどちらかというと引っ込み思案なのだが、クラスメイトである瑞樹とならこういったやりとりも自然に行えていた。
(でも、本当に似合うと思うんだけどな……輝さん達と一緒に歌う瑞樹ちゃん)
 八雲が心の中でつぶやく。実際にそんな光景を見られるかは分からないが、隣にいる彼女が沢山の歓声を浴びて歌を歌う姿を想像して優しい笑みを浮かべるのだった。
 
 
 指先から見えるのは 小さな泡ばかり
 空に向かおうとしては消えていくの
 
 青いガラスから見える 一筋の光
 掴めないと分かって手を伸ばすよ
 
 航海を続けるアークライト号の下に、どこからか歌声が届いた。透き通ったその歌声は美しくも、どこか物悲しい。
「む、船が勝手に声の方へと動いて行く……これが歌で船を引き寄せるという人魚の歌か」
 舵の効かなくなった船を見て、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)がこの海の鍵となる存在への接近を悟る。
 船室にいた者達にも歌声が聞こえたのか、次々と甲板に飛び出して来た。その中にあって、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)蒼灯 鴉(そうひ・からす)は別の驚きが意識を支配していた。
「鴉、この歌声は……」
「あぁ……ったくあの馬鹿、こんな所にいやがったか」
 二人はこの声に聞き覚えがあった。彼らにとって大事な相手、この世界に来てから捜していた存在がやっと見つかったのだ。
 早く姿を見たい。そう思う二人の前を走って甲板にある小型飛空艇へと向かう男がいた。誰であろう、鈴木 周の事だ。
「感じる……感じるぜ、美女の予感を! 人魚だろうが何だろうが関係ねぇ! そこに美人がいるのなら、引き寄せられるまでも無くこっちから向かってやるぜ!」
「なっ、あいつ……! やらせるかよ……ルーツ! 俺も先に行く!」
 周の小型飛空艇を追いかけるように鴉がワイルドペガサスで飛び立った。置いてけぼりを喰らったルーツは仕方なくヴァルの所へと向かう。
「全く……仕方ないな、鴉は。すまない、急いで歌声の方に向かってくれ」
 
 
 夢を追いかける船を見つめては 一つの雫が落ちる
 これは 何?
 自由な羽根を持つ貴方が 羨ましい……

「ふぅ……誰の為に歌ってるのかしら〜、私……」
 海から僅かに顔を見せている岩の上に乗り、師王 アスカ(しおう・あすか)がため息をつく。
 彼女の姿は貝殻を模した水着に魚のような脚。そして髪は普段の黒髪では無く透き通った銀色をしている。
「駄目だわ……思い出せない。分かるのは何かの光と、これを護らなきゃっていう想いだけ……」
 アスカの手元には蒼い輝きを放つ宝玉があった。いつの間にかここにいたのと同じく、気付いたら持っていたのだ。
 辺りには何も無く、ただただ孤独だけが彼女を支配する。そんな寂しさを紛らわすかのように、アスカは再び歌い始めた。
 
 どうか 私の手を引いて
 見渡す蒼の世界では満たされないの
 この歌が聞こえるなら
 孤独の海から私を掬いあげて……
 
「任せな! 俺が孤独から救ってやるぜ!」
 歌が終わりを迎えた時、空からそんな声が響いてきた。
 声の主、周は――何故か素早く服を脱いで水着姿になると――アスカの前に小型飛空艇をピタリと止め、彼女の手を握った。
「待たせたな、人魚のおねーさん」
 周が爽やかな笑顔を浮かべる。アスカはそれに少し怯え、それでも自身の前に現れた人間に興味を抱く。
「貴方は……誰? 宝玉を狙って来た人? それとも遊びに来てくれたの〜?」
「俺の名前は鈴木 周。君の遊び相手さ……そんな訳で、俺と仲良く裸で海を満喫しねーかっ!?」
 どこまでも己の欲望に正直な周がアスカへと飛び掛る。そんな彼を待ち受けていたのは――サイドワインダーだった。
「キャー!!」
「へぶっ!?」
 景気良く海へと射出される周。だが、小型飛空艇へと這い上がった彼の表情は全く懲り――もとい、諦めてはいなかった。
「いやー、元気のいいおねーさんだぜ。こいつは何としてでも仲良くならねぇとな……って訳でもういっちょ! 仲良くなる為にはその胸で俺を包み込んで――」
「止めんか馬鹿野郎!!」
「――くれぁっ!?」
 再びアスカに向かってダイブした周の後頭部に鴉――の乗ったペガサス――が思い切り蹴りをかます。
 ……普通に危険な一撃である。
「ったく、油断も隙も無ぇ。おいアスカ、大丈――」
「?」
 アスカを視界に捉えた瞬間、鴉の時が止まる。人魚という神秘的な雰囲気を纏いながら不思議そうに見上げる彼女の姿に、鴉は完全に見惚れていた。
「鴉、大丈夫か!? アスカは見つかったか?」
 ようやくアークライト号が到着し、船上からルーツが叫ぶ。そして鴉のそばに、パートナーの姿を見つけた。
「そこにいるのはアスカなのか? 髪が銀色だが……まるでベルみたいだな」
「う〜……ベルが何ですって……?」
 自身の名前を呼ばれ、再び船酔いで休んでいたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が甲板に出てくる。そしてアスカの姿を見つけた瞬間、まるで船酔いなど無かったかのように目を見開いた。
「アスカ! 良かった、無事だったのね。人魚の姿になってるのは意外だったけど……ベルと同じ髪をしたアスカも可愛いわ。さすがベルの妹ね!」
 喜ぶオルベールに対し、何が起きているのか良く分かっていないアスカ。急に人が増えた事もあるのか、若干怯えの色が強くなる。
「様子が変だな。アスカ、我の事は分かるか?」
「? 分からない……貴方は、誰?」
「な……ルーツの事が分からねぇって言うのか? おいアスカ! 俺の事まで忘れたとは言わせねぇぞ!」
「止めるんだ鴉。アスカが怯える。確か、ヘイダル号に現実世界とは別の記憶を持った人がいると聞いたな……それと同じで、今のアスカは物語に出てくる歌姫になりきっているという事か」
「ちっ、厄介だな……どうするんだ? ルーツ。例え今のアスカがどんな状態だろうが、見つけた以上はコイツを連れて行くぜ」
「あぁ、それは分かってるさ。我もアスカをここに残していく気なんてないし、それにどうやらアスカが手に持っている物がこの海の宝玉のようだ。ここは落ち着いて紳士的に対応し、警戒を解いて貰う事が重要だろう」
「あら、だったら簡単よ。人魚が船を惹き付けるほどの歌を歌うのなら、逆に歌でアスカを惹き付ければ良いんだわ。任せて、このベルが美声を――」
 
『それは止めろ!!』
 
 鴉とルーツだけでなく、以前にオルベールの歌声を聴いた事がある紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が全力で止めにかかる。特にエヴァルトは必要な時以外は触れる事も無いほど女性には丁重な扱いを心掛けているのだが、その『必要な時』に該当するほどの破壊力をオルベールの歌は秘めていた。
「それじゃあここはボク達の出番だね」
「うん! 皆、準備はいい?」
 代わりに出てきた輝とシエルが配置に着く。これもご都合主義の効果なのか、アークライト号の帆には黒地に白文字、そして何者かのシルエットが描かれた846プロダクションのロゴが表示されている。
 更に後列として燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が両脇に。そして中央にはセレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)が立っていた。
「こちらは準備完了です。お二人に教えて頂いた歌……上手く歌えると良いのですが」
「ふふ、何だかドキドキしますね」
「わ、私が真ん中でいいの? か、歌詞大丈夫かしら……」
「大丈夫大丈夫! 大事なのは『音を楽しむ』事なんだから。それじゃ輝、始めよう!」
 シエルが皆を鼓舞し、開始を促す。それを受けて輝はショルダーキーボードを構えた。
 カルテットを超え、クインテットへ。航海の名を持つ歌い手たちは今、手を取り合い、集う事の楽しさを孤独な人魚へと伝える――
「オッケー、シエル! ボク達の新曲『Treasure−宝物−』、特別バージョンだよ!」
 
 楽しかったこと 嬉しかったこと 感動したこと
 悲しかったこと 苦しかったこと 恥ずかしかったこと
 
 数え切れないほどの 思い出があるけど
 どれもみんな 最高のTreasure
 
 だからこれからも 沢山思い出を作って
 沢山のTreasureを 見つけよう
 
 
「瑞樹ちゃん、こんな所にいたんだ。輝さん達の近くにいなくていいの?」
 甲板の後方、嵩上げされている操舵輪近くの場所から少女達の歌を聴いている瑞樹に、八雲が話しかけた。
「うん、ここからの方が全体を見渡せて警備には丁度良いから」
 もっとも、人魚がアスカであった以上、輝達が人魚から危害を加えられる可能性があるかもという当初の予測は全くの杞憂に終わっていた。だから警備とは言っているものの、実際は五人の歌い手を良く見える位置から眺めているに過ぎない。
「皆、上手いね。セレンスさんなんてついさっき一緒に歌うのが決まったばかりなんだって?」
「うん、声が良いからってマスターとシエルさんが引き込んだみたい」
 本職の後ろでは、三者三様の歌声が響いていた。ザイエンデは落ち着きながらもどこか暖かみのある歌を、ノアは楽しさを表現した歌を、そしてセレンスは時折慌てながらも、綺麗な歌声を聴かせている。
「♪〜」
 いつしか五人の歌にアスカの歌声が加わっていた。孤独から救い、共に歌を歌ってくれる者達に心を開いてくれたようだ。
「……凄いな。これで宝玉を手に入れる事が出来、何よりアスカを助けられる。皆には感謝しなければ」
 表情が晴れたパートナーの姿にルーツが安堵する。そして曲が終わった時、アスカはアークライト号へと乗り移り、五人の少女達へと抱きついた。
「嬉しいわ〜、私は独りじゃないのね〜♪」
 そんな彼女を追うように鴉も岩場から戻って来た。ペガサスから降りる彼のそばにオルベールがやって来る。
「もう、あれはベルの役目だったのに……バカラス、あんたもアスカを取られちゃったわね」
「何言ってやがる。さすがに女同士で抱き合う事にまで口を出す気はねぇよ」
「あら、あの輝って子は男って話だけど?」
「男、だと……?」
 視線の先では丁度輝がアスカに抱きつかれている所だった。傍目には女同士のじゃれ合いにしか見えないが、実際の性別を知ってしまうと鴉の心の中に何とも言えない感情が渦巻く。
 更にそこに、海の中から復活を遂げ、彼女達の輪に飛び込む者がいた。誰であろう、鈴木 周の事だ。
「女同士なんて非生産的だぜ! 人魚のおねーさん、心を開いた記念に俺に身体を開――」
「せいっ!」
 どれほどの瞬発力を発揮したのか。オルベールの隣にいたはずの鴉はいつの間にかアスカの前に姿を現し、ダイブをかます周を甲板に叩き落していた。
「ったく、しつこい野郎だ……おい、はっきり言っておく。こいつに手を出すんじゃねぇ」
「あたたた……何だよあんた、随分人魚のおねーさんを庇うな……はっ!」
 頭をさすりながら立ち上がる周が何かに気付く。そしてどこかの弁護士のように鴉に指を突きつけた。
「分かったぜ! あんた……このおねーさんに惚れてるな!!」
「なっ!?」
 指を突きつけられた鴉が顔を赤くする。幸か不幸かアスカは人魚としての記憶を主としている為、彼のように狼狽する事は無くただ疑問符を浮かべて鴉を見るだけだった。
「どうなんだい? あんた。もしおねーさんの事が好きじゃ無いって言うんなら、俺とおねーさんが仲良くなる邪魔はしないでくれよな」
「……お前こそどうなんだ。こいつが好きだって言うのかよ」
「あぁ、大好きだね!」
「――!」
 何の迷いも無く、はっきりと頷く周。その正直さは同じ男として尊敬出来る物があるだろう。だが、だからと言ってはいそうですかと譲る訳にはいかない。特にアスカの事だけは――
「上等だ。こいつは誰にも譲らねぇ……この世界での俺達が冒険家だって言うんなら、狙った獲物は、宝は絶対に逃さねぇ。例え相手が誰だろうとな!」
「きゃっ!」
 鴉がアスカの肩を抱き寄せる。人魚となったアスカは荒々しい者には抵抗があったものの、何故かこの行為だけは拒否する気にはなれなかった。
「じゃあ認めるんだな? そのおねーさんに惚れてるって」
「あぁ、惚れてるさ! こいつは俺の女だ! この世界でも、現実世界でもな! だからこいつに手を出そうとする奴は、俺が許さねぇ!」
 緊迫した空気が流れる――と思いきや、周が爽やかな笑顔を見せた。そこには鴉に対する敵対心やライバル心といったものは無く、むしろ友好的な感じさえする。
「そっか、中々やるじゃん、あんた。そのおねーさんと上手く行くといいな……いや、もう上手く行ってるのか?」
「何……? お前、こいつを諦めるのか?」
「いやー、おねーさんの事は大好きだぜ。でも、相手がいるなら邪魔したくないじゃん……って訳で、そっちのおねーさんにお嬢さん! 良い歌だったねー、今度は俺の為に歌ってくれねぇ? 勿論二人っきりでさ!」
 ぽかんとする鴉を残し、周がザイエンデ達に次々とアプローチをかけて行く。彼は女性と見るとナンパをせずにはいられない困った性分ではあったが、だからと言って他の男と敵対する訳では無く、むしろ友人として付き合いを深めていくタイプだった。
 自身と周の『大好き』の意味の差を理解し、しばし思考が止まる鴉。そんな彼にルーツとオルベールが話しかけてきた。
「いやぁ、見事な宣言だったな、鴉。二人の関係には色々とやきもきしていたのだが、これでようやく一安心と言った所か?」
「それよりもバカラス、いつまでアスカの肩を抱いてるのよ。見せ付けてないでとっとと離しなさい」
「……はっ!?」
 二人からの指摘を受けて思考が動き出す鴉。だが、今度は身体の方が固まっていた。
 何故なら、今の自分はしっかりとアスカを抱き寄せたままの姿だったからだ。そしてアスカは顔を赤くしながらも抱かれたままになっている。
 ちなみに周囲では大勢の者達が彼らの行為をしっかりと見聞きしていた。当然、先ほど鴉が周に切った啖呵も、である。
「まぁ問題は現実に戻った時にアスカがこの事を覚えているかどうか、か……いや、それは些細な問題かな?」
 普段は温厚なルーツがちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべる。様々な事件の度に進展するかしないかを繰り返す二人の仲にやきもきしていたのだが、ホワイトデー近辺にようやく二人の心が通じ合ったという話を聞いていたからである。
「う、うるせぇよルーツ! それより、アスカの持ってるこいつが宝玉なんだろ? だったらとっとと次の海に行くぞ!」
 鴉が宝玉を手にするアスカの手を上へとやる。すると掲げられた宝玉から光が放たれ、次の世界への扉が開かれた。
「では行くぞ。次なる海、そこで待ち受ける物の為に……アークライト号、全速前進!」
 ヴァルの操舵で船が境界へと踏み込む。三隻の船は、新たなる世界へと物語を進めるのだった――