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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

リアクション

   十五

「どういう意味ですか?」
 きょとんとして葉莉が尋ねた。墓地で、叶 白竜も似たようなことを言っていたのを思い出す。
「小七郎は隼人の面影がある……」
 そういえば、と小七郎は思った。幼い頃は隼人と兄弟のようだと言われたこともあった。
「だが当麻は、隼人に瓜二つじゃ。少し、この子の方が線が細いが」
 那美江は唇を噛み、俯いている。
 そういうことか、とレンが呟いた。
「どういうこと?」
と、トーマ。葉莉もよく分かっていない。
「奥方は小七郎に息子の面影を見ていた。それで跡継ぎにしようとした。しかし当麻の方が隼人に似ているとあれば? 主膳殿が当麻を跡継ぎにと願う可能性は大きいと考えたんだろう」
 へー、とトーマは感心し、葉莉はほぇーと声を漏らした。
「馬鹿なことを。そんなことをせずとも、跡継ぎは小七郎に決まりじゃ」
「その言葉、間違いありませんな?」
 幸祐が素早く確認を取った。二言はないと主膳が答え、幸祐は一礼すると部屋を出た。ヒルデガルドにICレコーダーを渡す。たった今録音した、主膳の声が入っている。これで甲斐家の世継ぎ問題は決まった。
 那美江は拳を握り締めた。ギリ、と歯噛みし、素早く立ち上がると部屋を出て行った。小七郎が後を追う。椋は己も用無しと悟り、奥へ下がった。
 ミシェルはすっと部屋を出た。緋雨と麻羅も、続く。
 レンと絃弥も立ち上がった。きょとんとしているトーマと葉莉の襟首を捕まえ、一緒に出る。
「何で何で?」
 トーマは不満そうだ。
「親子の感動の再会だぞ」
とレン。
「だから見るんじゃないか!」
「そっとしておいてやれ」
 よかったな、と絃弥は閉め切った障子の向こうへ目をやった。もはや出来ることはない。彼らの邪魔をする者もなく、親子だけの時を持てばいい。
 絃弥は誰にも何も言わずに、静かに立ち去った。
 親子が何を語ったか。それを知る者はない。


「――で、結局どうすることに?」
 二時間後、紫月 唯斗とプラチナム・アイゼンシルトはその部屋に呼ばれていた。トーマ、ミシェル、それに緋雨と麻羅も一緒だ。他は万一のために、部屋の外で警護をしている。
「私たちは市井に戻ります。もし私に何かあったときには――」
「母さま、そんなこと言わないでよ!」
「でも、そういうこともあるからしっかりしておかないと」
 当麻は許さない、というように母を睨んでいた。
「そんときはオイラが守ってやるから、当麻、オイラんとこ来いよ」
「うん、トーマ」
「甲斐家としても、出来るだけのことはしよう。小七郎も分かってくれる。あれは聡い子ゆえ」
「嫁入りとかですか?」
 さらりとプラチナムが言った。
「結婚は後ろ盾があった方がいいものね」
と緋雨が言うと、
「当麻、結婚すんのか!」
とトーマが目を丸くした。
「ちょっと待て。今、嫁と言うたか?」
 麻羅が眉を寄せた。
「そうなんです」
と、唯斗が困ったような、いやむしろ楽しそうな顔をしている。何かぶちまける時特有の表情だ。
「女の子なんです、当麻は」
「嘘!?」
「何じゃと!?」
「女の子? 当麻が? まっさかー」
 トーマが笑いながら、「なっ、当麻?」と声をかけるが、当麻は顔を赤くして俯いている。
「……ホントに?」
 こくん。
「主膳様はご存知だったのですか?」
 唯斗が尋ねると、主膳はかぶりを振った。
「先程聞いた。息子がいると知り、ようやく会えたかと思えば、実は娘だったとはな。目が回る。だが、ヒナタの気持ちも分からんでもない」
 ヒナタは恐れた。甲斐家には男子が一人しかない。もし娘がいると知れたら、政の道具として奪われてしまうかもしれないと。男であれば、隼人がいる以上、仮に存在が知れてもむしろ目を瞑ってくれるのではないかと。
 実際、年頃の娘がいたらばと思うことが度々あったと主膳は言う。目の前にいたら、利用したかもしれぬと。ヒナタの選択は、その意味では理解できたし正しかった。隼人が死ななければ、或いは那美江が知らなければ問題はなかった。
「それで当麻君は、っと、本当のお名前は?」
と、ミシェル。
「麻耶です。もっともこの子自身、今日まで知らなかったのですけど」
 子供のことだ。家では女だが外では男、という育て方ではいつかバレる。着物は脱がないこと、男であることを徹底して教えた。引越しが多い上、外より家で遊ぶタイプだったので何とかなってきたが、最近になって、当麻自身違和感を覚え始めていた。
 実は女の子だと聞かされたのは、つい十日前のことだった。混乱して家に篭もり、久しぶりに外へ出たところで襲われた。男であることが染み付いていたので、面倒を見たミシェル以外誰も気づかなかった。当麻は、ミシェルに黙っていてくれるよう頼んだ。
「それで麻耶ちゃんは――麻耶ちゃんでいいの? 当麻君?」
「よく分からないです……。おれ、自分が男だと思ってたから。急に女って言われても。でも……大人になったら変わるんでしょう?」
 ミシェルは頷いた。微笑み、当麻の手を取る。
「怖いかもしれないけど、変わることは決して悪いことじゃないよ。それに男として生きたいなら、それも不可能じゃないし」
「おれ、心配なのは、女だってことになったら、みんな変に思うんじゃないかって。友達も――」
「馬鹿だなあっ!」
 トーマが声を上げた。
「そんなんで変わる奴は、友達じゃないって! 殿様になろうが女になろうが、オイラはずっと友達でいてやる!」
「何だよ、疑うのかよ? じゃ」
 トーマは小指を差し出した。寸の間きょとんとした当麻だったが、それに己の小指を絡めた。
「ゆーびきーりゲンマン!」
 二人は、生涯の友であることを誓い合った。