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第十章 三日目の午後

 裏メニューB−1グランプリ目当ての客が引いていくと、入れ替わりに子供達が増えてきた。店の中や前が、子供達の声で賑やかになる。
 火村 加夜(ひむら・かや)ミント・ノアール(みんと・のあーる)と店のお手伝いに来ていた。
「涼司君はいないのかぁ」
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)はたまに様子を見に来るだけと聞いて、少し気を落としていた。
「手が足りなかったら見に来る予定だったってさ。ただ結構な人手が集まったそうだから……」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)に言われたが、次の言葉で気分が上向く。
「さすがに今日は見に来るんじゃないか。まぁ、最後だからな」
 ── そうよね。涼司君のためにもがんばらなくっちゃ ── 
 ミントが大きな箱を店の奥から持ってくる。
「これはどっちに置くの?」
 加夜は箱を開けて、お菓子を確認すると、「ここにしようか」と一緒に並べ始める。加夜は高いところを、子供と変わらないミントが低いところを担当する。
「こんにちはー」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が店に入ってくる。綺人は小学校以来の懐かしさで、クリスは初めての興味で店内を見回している。
「結構、子供達がいるんですね」
「駄菓子屋だからな。こんなもんだよ」
 デートと思ってついてきたクリスはちょっと残念に思う。でも綺人の喜ぶ顔を見るのはうれしかった。 
「もんじゃ焼き、食べようか」
 2人は鉄板の前に座った。
「どんなもんじゃ焼きにしましょうか? 私はあまーいあんこを使ったあんこ巻き」
 本郷涼介が言うと、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は「私は駄菓子屋ならではの駄菓子もんじゃ」、次いで黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が「俺は定番系のもんじゃ焼き」とそれぞれにコテをかざす。最後にコテを重ねて「名付けてもんじゃ焼き3人組!」とポーズを取った。
 数秒あっけにとられた綺人が「そんなのがあったんですね」とようやく反応するものの、3人供「今考えたんだ」と白状してしまう。子供達向けにアイデアを出し合った結果だとも明かす。
「クリスは何を食べたい?」
「そうですね……」
 悩んだ末に、綺人もクリスも初めてとのことで、竜斗が人気メニューのひとつ、海鮮もんじゃを作ることになった。ただし実際に作るのはパートナーで料理の得意なユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)。竜斗はユリナの補助に専念する。
 鉄板にもんじゃ焼きのタネを広げて火を通す。引っ込み思案な性格で、竜斗の影に隠れることの多いユリナも、この時ばかりは前にでてコテを操った。ある程度火が通ったところで丸く土手を作り、中央に残りのタネを流し込む。こぼれないように注意しつつ混ぜていく。
「お待たせしました。端の方から少しずつ食べてみてください」
 綺人がコテですくって一口食べる。
「うん、うまい」
 ユリナと竜斗が、ホッと胸を撫で下ろす。
「追加があったら言ってくださいね」
「駄菓子もんじゃなら、この私!」
「あんこ巻きなら、私が!」
「……えーと、定番もんじゃなら……私に!」
「名付けてもんじゃ焼き3人組!」と小鳥遊美羽、本郷涼介、竜斗に替わって料理したばかりのユリナがポーズを取る。美羽と涼介に比べて、ユリナは明らかに恥ずかしがっている。
 綺人とクリスが拍手すると、「もうちょっとポーズを変えた方が良いかも」と相談しながら店の奥に引っ込んでいった。
 クリスがコテで食べようとすると、怪力ゆえに、あっさりコテが曲がってしまう。
「しょうがないな」と笑いつつ、綺人が一口すくって「クリス、ほら」と口元に持っていく。
 少しためらった後、クリスは口を寄せた。
「おいしい!」
 クリスには店の騒がしさがすっかり気にならなくなっていた。
 
 駄菓子もんじゃとあんこ巻きの人気も上々だった。
「はーい、駄菓子もんじゃのできあがりー」
 そう美羽が言うものの、実際に作ったのはパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。
 美羽もそこそこ上手く作れるのだが、料理の得意なベアトリーチェには及ばない。「もんじゃ焼き3人組!」のポージングと試食を子供達に配ることが専らだった。
 そして空いた時間にやっていたのがもう一つ。駄菓子もんじゃに混ぜるお菓子の選定だ。
「うみゃー棒とヘビースターで食感アップよね。ポッチーやキックカットみたいなチョコ系はありきたりかぁ。そうだ! おっちゃんイカを刻んでイカもんじゃはどうかな!」
 次々と新しい駄菓子もんじゃを考案していく。アイデアの豊富さゆえに、同じものが作れないという不安定さはあったものの、次に何が出てくるかわからない魅力は子供達の心を捉えていた。
 一方であんこ巻きは、和のスイーツとして子供から大人まで幅広く好まれた。
 熱い鉄板に、白玉粉と薄力粉で溶いた生地を広げる。生地がある程度固まったところで、あんことクルミを適度に乗せる。それを巻いて食べやすい大きさにカット。
「後はお好みですが、ハチミツメーブルシロップ、ジャム、バターなどで食べてくださいね」
 涼介がコテ一本で仕上げていく。
「コテ一本で生地の広げから焼き上がりまでできるのが職人技なんですよ。日本全国でも10人以上いるとかいないとか」
「へぇ」と声があがるが、よくよく考えて「ととのつまり何人いるんだろ」と悩む人が出てくる。
 悩みきれずに涼介に尋ねると、「まぁ、おいしければ良いじゃないですか」と軽くかわされてしまう。そして間違いなくあんこ巻きはおいしかった。

 綺人とクリスは、もんじゃを追加した後、店内を一回りしてお土産代わりの駄菓子を買い求める。
 子供達に「おにーさんとおねーさんはデートなの?」と聞かれるが、綺人が「遊びにきただけだよ」と答えて、クリスをむくれさせること度々だった。
 何度目かの「遊びに……」と言いかけたところで、クリスが「あら、滑ってしまいました」と思いっきり突き飛ばす。
 激しく店の外まで転がった綺人をクリスが「ごめんなさい」と抱き起こすと、「やっぱり恋人みたい!」と子供達がはやし立てる。
 クリスは内心で喜び、綺人もそれ以上、否定はしなかった。

 午後も少し時計が回った頃、葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が姿を見せた。
「私が村木お婆ちゃん直伝の腕前を披露ですっ!」
 可憐が言うと、「それは聞き捨てならないね」とアトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)が入ってきた。
「常連である私の舌を満足させるものができるかどうか、試させてもらうよ」
 可憐の目がキランと光ると、手品のように何もないところからコテを出してみせた。そのコテを華麗に使いこなして、もんじゃ焼きが完成した。
「どうぞ、村木お婆ちゃんもんじゃ焼き可憐カスタムです」
「カスタムって付いてる時点で違うと思うけどねぇ」
 アトゥは一口食べると、「やっぱりね」とつぶやいた。
「そこそこおいしいとは思うけど、どっちかと言えば謎の料理って感じだね。味見はしたのかい?」
「実は猫舌なので、あんまり味見ができなくって……」
「ふっふっふっふ……」
 店のあちこちから笑い声が聞こえてくる。
「ここはもんじゃ焼き3人組の出番ですね! とうっ!」
 涼介、美羽、竜斗の3人がその場でジャンプした。
「インスミール魔法学校、本郷涼介、あんこ巻き!」
「蒼空学園、小鳥遊美羽、駄菓子もんじゃ!」
「天御柱学院、黒崎竜斗、定番もんじゃ!」
 格好をつけて、それぞれもんじゃのタネを流し込む。しかしすぐに焼けるわけでもなく、取り囲んで鉄板を眺める地味な数分が過ぎた。
「どうぞ」
 涼介が食べやすい大きさにカットしたあんこ巻きを出す。アトゥがコテに乗せて食べる。
「なかなか素朴な味でいいんじゃないか。これなら合格だね」
「よっしゃ!」
 本郷涼介がガッツポーズする。
「これは駄菓子もんじゃです」
 次は美羽の番だが、作ったのはもちろんベアトリーチェ。こちらもアトゥがコテでそぎとって食べる。美羽とベアトリーチェが心配そうに見つめる中、アトゥが「うん」とうなずく。
「おいしいよ。これも合格」
 美羽とベアトリーチェが両手を合わせた。
 最後に竜斗のもんじゃ焼きをアトゥが口にする。
「定番が一番難しいんだ。村木お婆ちゃんの味とは違うけど悪くないね。まぁ、合格だろ」
 竜斗とユリナが顔を見合わせて笑う。
「やっぱり問題は、キミだけだ」とアトゥが可憐に向き直る。
「カスタムも良いだろうけど、あれで村木お婆ちゃん直伝を名乗るのはねえ」
 アトゥ・ブランノワールによる即席のもんじゃ焼き講習会が開かれた。
 ユリナ・エメリー、ベアトリーチェ・アイブリンガー、本郷涼介など、料理に興味のある者が身を乗り出して聞き手に回る。葉月可憐も「勉強し直しです」と熱心に耳を傾けた。
「あとは数を作ってコツをつかむことだね」そう言って、店を後にする。
 アトゥの背中に、何人もの「ありがとうございました!」の声が届いた。
 それからは村木お婆ちゃん(の常連アトゥさん)直伝のもんじゃ焼き競争となった。
 これまでのように異なった種類のもんじゃ焼きを作っているわけではないので、自然と競う気持ちが起こる。ただ食べる子供達には、どれも好評だったが。

 アリス・テスタインは子供達を相手に、店の外で遊んでいる。
「おねーちゃん、また失敗だー」
 一生懸命がんばっているものの、どこかのんびりした性格のため、ケンケンパーにしても剣玉にしても、良い所で失敗してしまう。
 ただそれが子供達にはちょうど良い遊び相手になっていた。
 お手伝いの終わったミント・ノアールも加わって、遊びが一段と盛り上がる。
 そんな子供達を見守っていた火村加夜が、遠くに見知った人影を見つけた。 
「お疲れー、そろそろ終わりにしようか」
 日も暮れかけた頃、山葉 涼司(やまは・りょうじ)が姿を見せた。
 あれだけ子供達で賑わっていた店内も、すっかり寂しくなっている。裏メニューB−1グランプリのセットを片付け、店の内外を掃除する。
 小鳥遊美羽とベアトリーチェ・アイブリンガー、黒崎竜斗とユリナ・エメリー、そして本郷涼介は、次こそもんじゃ焼きの決着をつけると宣言して帰っていった。
 山葉以外で残ったのは、火村加夜とミント・ノアール、葉月可憐とアリス・テスタインだった。
「お婆ちゃんが帰ってくるのを出迎えてあげたいですからね」
 可憐の言葉に、全員がうなずく。

 店の前で車の音がしたかと思うと、裏口のベルが鳴った。
「おかえりなさーい!」
 可憐とアリスが鞄を2人して運んでくる。
「3日間ありがとね」と村木お婆ちゃんが姿を見せた。
 加夜が入れたお茶をおいしそうに飲む。
「おかげさまで久しぶりに骨休めができたよ」と一人一人に頭を下げた。
 そして「これ良かったら食べておくれ」と、お土産に買ってきたヒラニプラまんじゅうを手渡した。
 可憐はその場で開けて、まんじゅうにかじりつく。
「おいしい!」と言いながらも、喉に詰まりかけてお茶に手を伸ばした。

「さよーならー」
 ミントが元気良く手を振る。村木お婆ちゃんの姿が小さくなるまで何度も振り返った。
 可憐達が分かれると、山葉と加夜とミントだけになる。思い切って加夜が口を開く。
「お婆ちゃんは温泉旅行でしたよね……」
「ああ、火山近くには良い温泉地が何ヶ所かあるらしい」
「温泉旅行行きたいですね……、お泊まりで」
 精一杯の誘いに、山葉から「それ、いいな」と返事がある。
「本当?」と加夜が聞き返す前に、山葉が「学校行事に加えてもいいな。大勢だと楽しいからね」と盛り上がる。
 加夜は小さくため息をついた。