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一日駄菓子屋さんやりませんか?

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第一章 店番に向けて

 校長兼理事長の山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、企画書を手に難しい顔をしていた。
「うーん……却下」
 ヒラヒラさせた企画書には「裏メニューB−1グランプリ」と書かれていた。
「えーっ! なぜなんです?」
 羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)は、不満そうに唇を尖らせる。
「企画そのものは面白いんだが……」
「だったら」
 山葉は企画書を開くと、“一般審査員30人”と書かれたところを指差す。
「あの駄菓子屋にここまでのスペースはないな」
 まゆりはちょっと視線を上に向けると、村木お婆ちゃんの駄菓子屋を思い浮かべる。
「言われてみれば……」
 山葉は引き出しから他の企画書を取り出した。
「裏メニューの案だけでも、そこそこ集まってるんだ。その売り場を確保するのが精一杯。客が並ぶことも考えれば、審査員のスペースまでは難しいな」
「そうですか」
 落胆するまゆりに、山葉は助け舟を出す。
「ただ中継はやって欲しい。以前のように放送部と相談してくれ。それとグランプリもアンケート形式であればできるだろう」
 ソファーに座っていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を手招きする。
「アンケートって、もしかしてあなたが」
「ああ、裏メニューの宣伝や、アンケートについて提案してくれたんだ」
「はい、大人気の焼きそばパンに勝つのは、短い間に考えた食べ物じゃ結構難しいですよね。でもお客さんの意見聞いたりして改善していったら、いつか本当に伝説の焼きそばパンを超えるものになるんじゃないかなぁって」 
「そのアンケートを集計して、グランプリを決めれば良いと思う」
 まゆりの顔が明るくなる。歩の手を握ると、大きく何度も振った。
「ナイスアイデア! 駄菓子屋さんの宣伝にもなるし、地域の人との交流にもなるし、きっと盛り上がるわよ!」
「ただ、そのままだとあんまり書いてもらえなさそうだし、ちょっとした特典付けれないかなぁ。駄菓子1品オマケとか」
 山葉がうなずく。
「それなら生徒会でなんとかしよう。焼きそばパン売り出し初日に、なぜか浮いた売り上げ分がそのままになってたな」
「はい」
 花音・アームルート(かのん・あーむるーと)が端末を叩いて出納記録を呼び出す。
「結局、理由が分からないままになってますね」
「いいさ、こんな時のために保留にしておいたんだ」

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「あっはっはっはっ!」
 とある一室では、エプロンにマント姿をしたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の高笑いが響く。
「獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすと聞きます。駄菓子屋の臨時店員とはいえ、雪だるま王国(コミュニティ)の騎士団長として身につけたソリューション能力をフル活用して、B級グルメ界に一大ムーブメントを巻き起こしてみせましょう!」
 どうやって保管していたのか、マントの中から焼きそば玉と冷やご飯を取り出した。それらの具材を順にホットプレートに広げると、両手のコテで激しく炒め始めた。
「完! 成!」
 派手なアクションで皿に盛ったのはそば飯だ。
「奇抜な新メニューで攻めるのも一つの手ですが、例えそれがどれほど美味しくても、まずお客様に食べていただかないことには始まりません! その意味では既存の人気商品の踏襲した安心感が必要なのです」
 そば飯を盛った皿を高々と持ち上げる。
「つまり焼きそばパンの“焼きそば”を用いることで、焼きそばパンを買いそびれた人は、その代替品として“そば飯”を買い求めることでしょう。そして気付くのです。焼きそばパンに勝るとも劣らないその味に!」
 そう叫ぶと、クロセルはできたてホカホカのそば飯をかき込んだ。
「クロセル、相変わらず騒がしいなっ」
 部屋の反対側では、山と積まれたんまい棒を前に、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が考え込んでいた。
「お店を任せてもらっている以上、責任を以てことにあたらなければいけないなっ。新たな裏メニュー開発で、その信頼に応えてみせるのだっ!駄菓子屋ならではの創意工夫があるとオモシロイと思うのだが……」
 チラとクロセルのそば飯に視線をやる。
「チキンカレー味を、砕いてそば飯にこっそり混ぜてみると美味いかもっ」

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 甘く香しい匂いが部屋中に立ち込めている。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がチョコレートを湯煎にかけている。
「やっぱチョコだよ。ふがしチョコ、ちくわチョコ、チョコもんじゃ、チョコおにぎり、チョコ寿司……」
 夏侯 淵(かこう・えん)は爪先立ちで、ルカルカのチョコを覗いていた。
 ── 美味いのかイロモノか分からんな。むしろゲテモノと紙一重か ──
「訓練の後は甘い物欲しくなるじゃん?」
 ── 蒼学で訓練って…… ──
「米軍軍用携帯食なチョコバーはかつてDレーション、正式名称は「携帯非常食D号」と呼ばれたの。それを作ったのは、当時も今もアメリカで最大のチョコレートメーカーのザ・ハーシー・カンパニー、ハーシーズって名前の方が有名か。1894年にミルトン・スネイバリー・ハーシーが創業した会社だから、創業者の名前からきてるのね。ただハーシーのチョコは、アジアやヨーロッパでは、あまりシェアは伸びてないの。人によっては、くどいって言われるくらいの甘さが欠点なのかも。ヨーロッパの方ではもっと繊細な苦味が好まれるって聞いたことあるし、アジアで人気があるのは、スイスのネスレやイギリスのキャドバリーなんだって、そうそう日本の明治製菓や韓国のロッテも人気だそうよ。でね、そのDレーションなんだけど、面白いことには、あまり美味しくしないようにって条件もあったの。それは当たり前よね。美味しくっておやつ代わりに食べちゃったら、非常時に食べられないじゃない。Dレーション、1本で1800カロリーもあるって言うから、食べ過ぎてピザになっても困るしね。その後、風味を改良したトロピカル・バーが生み出されたの。創業者のハーシーが亡くなったのは1945年、Dレーションの生産も1945年で終了したの。ただトロピカル・バーは現在でも残ってるのよ。その特性は戦争以外の場面でも大活躍したの。良い例がアポロ計画。宇宙食の一つとして、ロケットと共に打ち上げられるとは予想していなかったでしょうね。あら? どうしたの、その顔。チョコレートは正義! ほら、言ってごらん?」
「はいはい。チョコレートは正義」
 ルカルカは柔らかくなったチョコレートを小さな型に流し込む。
「単に一口チョコじゃ芸がないから、味は12種類ね」
「白、黒、抹茶、小豆、コーヒー、柚子、桜……とか?」
「ちょっと古すぎない? 5種類足りないし」
「……だな」
「12種はね、ベースノーマル、リッチミルク、エクストラビター、パラミタモロコシパフ、バーゲンエアイン、トリプルナッツ、沖縄黒糖、宇治抹茶、あまおう苺、生キャラメル、ヘーゼルガナッシュ、ブランデーよ」
「なんか危なそうなのもあるが、この紙で包むのか」
「そう、著作権がフリーになった5000年前の絵、伝説の画家トー.の描いた12星華の絵よ。どの味がどの星華かは包み紙の絵で分かるの。名付けてセイカチョコ
 ジャーン♪と効果音を口で付け加える。
「がんばるのは良いが、根本的にお主は他校生だろうに」
「こまけーことは以下略よ。はい! チョコレートは正義!」
「はいはいはい。チョコレートは正義」

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 濡れ布巾の上に置いたフライパンに、クレープのタネを流し込む。お玉で丸く成形すると、かすかな焼き音が夜月 鴉(やづき・からす)魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)に聞こえた。
 鴉は竹串で丁寧にひっくり返すと、焼きあがったクレープをまな板に広げる。用意したフルーツの中からキウイとイチゴを並べると、生クリームを乗せて、スライスアーモンドを散らした。
「そら」
「ええの?」
 魏延はクレープにかじり付くや否や「うまい!」と叫ぶ。わずか3口で平らげた。
「でも酒には合わへんな」
 酒の入ったひょうたんをクルクル振り回す。
「駄菓子屋に来る子供達に酒を勧める気か」
「そやなぁ」
「これなら簡単に作れる上に、中に入れるものを変えれば、いくらでも工夫ができる。子供達も喜ぶだろう」
「なぁなぁ、次はメロンがいいんやけど」
 鴉は黙ってお玉を突き出した。
「わてが作るの?」と聞く魏延。
「呼び込みや販売もがんばってもらうが、俺がいない時は店番をしてもらうからな」
 そこからクレープ焼きの猛特訓が始まった。もちろん最初から上手くできるわけはない。焦げたりくっついたり破れたりと失敗作が山となる。
 しかし一晩かけて、なんとか魏延もクレープが焼けるようになった。
 ── がんばったご褒美は、何をもらえるんやろ。結局、焼きそばパンは食えんかったしなぁ。今回は期待してもええんちゃうか ──
 そんな魏延をよそに、鴉は村木婆ちゃんとの交渉を練っていた。
 ── この季節の彩りクレープ、駄菓子屋をきっかけに、空京にチェーン展開。行く行くはクロウ(鴉)クレープとして世界進出…… ──
 そう考えているかどうかは定かではなかった。