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荒野の大乱闘!

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荒野の大乱闘!

リアクション

「とまあそういうわけだ。要に追いつくためにも、お前にはこの場で殴り倒されてもらうぜ!」
「やかましい! ごとうやむらかみと違って、そう簡単に俺は倒されんぞ!」
 その言い方ではまるで2人が真っ向勝負で敗北したかのようだが、実際はかなり手酷いやられ方である。
「食らいやがれ! これが俺の拳だ!」
 たかはしを正面に見据え、牙竜が右の拳を真っ直ぐ突き出す。ケンリュウガーとして戦い続け、いつしか獅子座の彼女にふさわしい男になると決意し、その結果、最近では葦原藩の「第4階梯」となった男の拳は、目の前の不良ごとき簡単に捉えられる、はずだった。
 突き出された拳が、たかがE級のたかはしにいとも簡単に避けられたのである。
「何っ!?」
「一体何を考えてるかわからんが、見え見えだ!」
 拳がかわされたのは、おそらくは牙竜が「酔っていた」のが原因だろう。それだけを問われれば彼はこう答えるだろう。
「俺は酒など飲んでいない。素面だ」
 だが彼を知る者、あるいは目の前のたかはしならばこう返すに違いない。
「酒ではない。青銅の色をした夢に酔っている」
 友情バトルマンガの設定のことばかりに気を取られ、集中力が欠けていたのだ。そのため、今の牙竜のパンチは誰にでも避けられる代物へと成り下がっていた。
 だが、だからといって手加減するようなたかはしではない。集中力の欠けた牙竜に対し、彼は必殺の一撃を叩き込んだ。
「食らえ! この俺独自の必殺、『とるねーど』!」
「ぐはあっ!」
 とるねーど。E級四天王たかはしが考え付いた必殺技。その動きとは、まずかがんだ状態で地面を踏みしめ短くジャンプする。その際に全身にひねりを加え、地面と水平になるように回転しつつ、相手に突撃するのである。その際に突き出された拳や頭、あるいは全身がまるで竜巻のように襲いかかるというわけだ。
 牙竜の全身はケンリュウガーのスーツ――実は魔鎧の龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)に包まれているため、表面的なダメージは無きに等しい。だが連打を浴びたこととそれに伴う吹き飛ばしの影響で、鎧を通して衝撃だけが牙竜の全身を襲った。
「ぐ……! ま、まさかこんな形で俺が……!」
「慢心、というやつだな。そんなことでこの俺に勝てるとでも思っていたのか」
 たかはしの言う通りだった。牙竜は確かに慢心していた。せっかくの「熱血硬派ごっこ」なんだ、たまにはノリノリで参加したっていいじゃないか!
 そして牙竜はこの程度で設定を捨てるようなことはしなかった。いや、むしろ逆にその設定に殉じる覚悟を決めてしまったのである。
「師匠……」
 牙竜はゆっくりと立ち上がり、その場で灯を魔鎧状態から解放した。
「きゃあっ!?」
 灯自身が致命的なダメージを追ったわけではないのに、牙竜は普段着状態に戻ってしまう。解放され、矢絣柄の着物姿の少女に戻った灯は目を見開いて牙竜に詰め寄った。
「ちょっと牙竜、いきなりたかはしの必殺技を食らったからって魔鎧を解放しちゃうんですか?」
 詰め寄られた方は1つの決意をその目に光らせる。
「当たり前だろうが。男と男の勝負に鎧や武器など不要だ!」
「……まあそう言うんじゃないかとは思ってましたけどね」
 元恋人であり、現在はストーカーだからか、灯は牙竜のそのような言葉に対して咎めるようなことはしなかった。突然魔鎧状態を解除されたのは少々不本意だったが。
「まあ、いいでしょう。それなら私は周りのザコの相手でもしておきますかね」
 今まで手出しをされたわけではないが、いつの間にか牙竜たちを囲むように学ランたちが集まってきていた。
「魔鎧に身を落とし、十と九歳。人としての証さえ立てられない私が、牙竜のストーカーになってヒーローの鎧。けれど、こんな私でも……、愛することの尊さは忘れません。初代スケバンストーカー龍ヶ崎灯。愛を忘れた貴方たち……、絶対に許しません」
 言いながら灯はその手に戦闘用ヨーヨーを煌かせる。不良たちの目には、彼女がまるでセーラー服の刑事に見えただろう。
 非常にどうでもいいが、つい最近似たようなノリの女子高生が幽霊となってパラミタに現れ、今ではナラカにて新しい人生を歩んでいたりする。灯が彼女の存在を知れば、さてどのような反応を見せただろうか。
 話を戻そう。魔鎧を解き放った牙竜は、心の中で詫びを入れた。その相手は当然、ツンデレの獅子座である。
(師匠、お許しください。俺は今一度、あなたの教えを破り、あの技を使います……!)
 両腕で龍をなずらえる構えをとり、牙竜は今、命がけの一撃を放とうとしていた。たかが不良相手に結構なことであるし、獅子座は彼に何かを教えた覚えなど無い。ついでに言えば、このシチュエーションならば牙竜の師匠は天秤座のはずである。獅子座は竜よりもむしろ光速パンチであり、ボルトでありプラズマだ。
 だがそのようなことは彼にとっては些細な問題に過ぎない。今から行うのは、本当に無茶もいいところの捨て身の作戦なのだから。
「おいおい、まさかまだ俺とやりあうつもりか? さっきとるねーどを食らったばかりだというのに……」
「……御託は食らってから言いやがれ。行くぞ!」
 たかはしが肩をすくめるが、牙竜はそれにまともに取り合わず、地面をすべるように飛ぶ。
「何っ!?」
「うおおおおおおおおおおおっ!」
 バーストダッシュでたかはしに肉薄すると、すぐさま組み付き、そして今度は真上に向かって再びバーストダッシュを発動させる。
「食らえっ! 天翔真龍波ー!」
 空へと飛び上がりながら、牙竜は鳳凰の拳による連打をたかはしに叩き込み続ける。
 そしていつしか彼の体は輝くオーラに包まれ、次第に天翔ける竜の化身となっていった。
 バーストダッシュ、鳳凰の拳、そしてヒロイックアサルトを放ち続ける牙竜の精神力が次第に失われていくが、それ以上に彼の魂が燃えていた。
「たかはし……、名前がひらがななんだな……。本名、わからないよな……。俺も称号でなぜか田中太郎になってるんだ……。少し似てるな、俺たち……」
 飛び上がった勢いで星空が見えてきたところで、牙竜はたかはしに語りかける。
「星となってパラミタのみんなを見守ろう。それが死に行く四天王とヒーローの運命だろ? ロマンだな……漢(おとこ)の……」
「……ああ、それもいいかもしれないな……。だが……」
 たかはしがその言葉に納得しそうになるが、その前に彼は魂の叫びを放った。

「これは何か違うううううううぅぅぅぅぅぅ!!」

 その光景を、地面から灯たちが眺めていた。
「牙竜の魂が燃え上がってる……。あれはまさに、『宇宙』。……牙竜の命が消えていく。というか……」
 飛び上がり続ける竜の化身を見つめながら、灯と学ランたちは一斉に敬礼のポーズを取り、唱和した。

「無茶しやがって……」

 さすがに宇宙に飛び出すことはできなかった牙竜とたかはしが、地面に向かって垂直落下の後に全力で叩きつけられたのは、それから数分後のことだった。互いに瀕死の重傷を負ったが、それでも死ななかったのはさすがというか何と言うか……。


 そのような無茶苦茶な戦闘が行われている一方、又吉もまた奮戦していた。
「小さな事からコツコツと、千里の道も一歩からって言うけどよ……」
 まつもとのところに向かうその道中を、彼に舎弟たちに阻まれ、又吉は全力で木刀を振り回す。しかもただ振るだけではない。その動きに合わせて彼は「放電実験」も行っているのだ。
「ぎぎぎぎぎぎゃあばばばばばばば!」
「し、しびれる〜!」
 木刀で殴られる度に不良たちは感電し、たちまち動かなくなる。死にはしないだろうが、しばらく戦闘不能でいることは間違いない。
「それにしても、これは数が多すぎやしねえか?」
 又吉は全てを理解しえなかったが、不良たちはほぼ無秩序に乱闘を繰り広げている。だが自分たちの上司たるたかはしとまつもとが交戦状態に入ったと聞いた不良たちは、すぐさま援護に駆けつけたのである。その間に叩きのめされた者は多く、集まった人数は多くても20人程度だった。
 だがそれでも数というのは1つの脅威である。又吉の体力と精神力は無限ではない。全ての不良を相手にしていては、いくら相手が弱すぎるといってもその内に限界が来る。
 それでも又吉が状況を楽に進められたのは、本人は全く知らない武尊の援護のおかげであった。不良が何かしらの必殺技を放とうとすると、すぐさま手に持った「蒼き水晶の杖」の魔力で技――という名のスキルを封じ、又吉の死角から襲いかかる者がいれば、テレパシーでこっそりとその位置を教える。こうして又吉は木刀1本で大勢の不良の相手ができるのである。
「これで、15人! おらぁ、まつもと! 俺が行くまでそこを動くんじゃねえぞ!」
 間に5人を挟んでまつもとは又吉を迎えうつ準備を始める。準備といっても、両手にポリバケツを抱えるだけである。彼は鈍器による攻撃を得意としているのだ。
「岩やハンマーなんてのを使うのはさすがに邪道だ。どうせケンカなら、バケツでも使え!」
 それがまつもとの信条だった。又吉が木刀で来るならこちらはバケツ。威力的にもほぼ互角のはずだ。
 そうしてバケツの調子を確かめようと両手で高く持ち上げ、そのまま振り下ろす。何度も素振りを行い、いざ準備が整った、その時だった。
「ん、あれは……たかはし!? な、何であんなに高く飛ばされてるんだ!?」
 突然まつもとの目に、たかはしが牙竜にやられるシーンが飛び込んできたのである。まさか、あのふざけた格好の変身ヒーローにやられたとでもいうのか……!?
 だがそのようなことを気にしている場合ではなかった。間の5人を倒した又吉が肉薄してきたのである。
「待っててくれたようだな! さっさとケリつけんぞこらぁ!」
「うおっ!?」
 驚いたまつもとはすぐさまバケツを振り上げるが、又吉の木刀が彼を両断――あくまでも木刀なので実際に斬れてはいないが――する方が遥かに速かった。
「不運と踊っちまいな!」
「ほぶしっ!?」
 又吉の風林火山の一撃が松本の顔面を捉える。扱う者によっては岩でさえも断ち切る威力を見せる10本の聖剣の1つ、剛刀・風林火山――にあやかってサインペンで名前を書いた木刀は、見事にまつもとを叩きのめすことに成功した。
「俺って、結構間抜けなイメージ……?」
 たった一撃で倒されたまつもとの手から力が抜け、振り上げたポリバケツがひっくり返ったかと思うと、そのままかぶさるようにして彼を頭から包み込み、そしてまつもとは仰向けに倒れた……。

「おっしゃあああーーー! 俺が四天王だあぁーーー!!」
 E級のまつもと、そして彼の舎弟である学ランどもを数多く殴り倒した又吉は、この瞬間からD級四天王を名乗ることを許された。
 その雄々しき姿が武尊のカメラに収められたのは言うまでもない。