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荒野の大乱闘!

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第8章 戦い終わって日が暮れて……

 硬派番長げんだの敗北。
 その報は瞬く間に乱闘の現場を駆け巡り、乱闘が終了したのを誰もが感じ取った。

 650人いた不良たちはほぼ全てが叩きのめされた。幸いにして死者は1人も出ず、全員が治療を受ければ再び動けるようになるという程度のものだった。もっとも、再び動けるようになったからといって、いきなりその場でケンカを始める根性など持ち合わせていなかったが。

 舎弟を束ねていたE級四天王5人は、契約者の手によって全員倒された。こちらも死んだ者はおらず――重火器の砲撃に巻き込まれたむらかみや、天高く飛ばされたたかはしでさえ生きていたのはある意味で驚きだ――、彼らに勝利した契約者の内、何人かが四天王ランクの昇格、もしくは称号を獲得した。

 げんだに襲撃をかけた者、そのげんだを守ろうとした者、高島要に襲撃をかけた者、その要を守ろうとした者。全て契約者であり、契約者同士で戦った結果、ほとんどが相打ちという形で決着がついていた。ほぼ全員が疲労の極致にあり、しばらくの間は動けそうになかった。

 そんな中で怪我人の治療に専念する者たちがいた。
 キリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)セラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)の2人は、適当に荒野を歩きつつ、所属学校を問わずに怪我人を治療していた。主に治療するのはキリエの方であり、セラータはその護衛である。
「それにしても、随分とすごい光景ですね。大乱闘の後には怪我人が出るだろうと予測はしていましたが、まさかこれほどとは……」
「本当に、皆さん、派手にやりましたね……。キリエ、精神力はもちそうですか?」
「……厳しいですね。ある程度は自然治癒に任されてもらうしかなさそうです」
 何しろ治療班として行動しているのが自分たちの他にもう2人いるという程度なのだ。たった4人で約700人を治療しろというのはさすがに無理があった。
「とはいえ、全く治療しないわけにはいきませんよね……。怪我をしてらっしゃる方なら所属は問わず治療致します〜」
「怪我をしている人は順番に治療しますので『大人しく』お待ち下さい」
 そうして2人は不良たちを中心に治療を行っていく。
 キリエが倒れている不良たちにまとめて「命のうねり」を与えると、たちまちその怪我が治っていき、再び動けるようになる。
 中には手ひどくやられた者もおり、そういった患者にはグレーターヒールを施す。
 特に不良たちの中には満身創痍なのに動こうとするのがいたが、そういった手合いはセラータが軽く押さえつけ、キリエが笑顔で清誓の聖杖を顔の近くに突き立てる。
「駄目ですよ、そんな怪我で動こうとすれば傷がさらに開いてしまいますから」
 キリエもセラータもどちらかといえば戦闘を行うようなタイプではなかったが、それでも自衛手段は持ち合わせている。全快状態ならまだしも、大怪我をしている状態では、さすがの不良も手を出す根性は生まれず、大人しく治療を受けることとなった。
「……本当に多いですね。いっそ全員を1箇所に集めてまとめて命のうねりでも与えます?」
 キリエがそんなことを言うが、セラータはそれをやんわりと否定した。
「やめておきましょう。そもそも集める時点で骨が折れますし……」
「ですよね……」
 やはり地道に治療していくしかない。2人はそれからも治療行為を続行していった。

「う〜ん、『大乱闘ごっこ』か。確かに自分を鍛えるのは大切だけど、それには方法っていうのがあるよね……」
 怪我人があちこちで倒れているのを眺めながらクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)はそう独白した。
 力に溺れるということは、相手だけではなく自分の心をも傷つけることになる。やり過ぎないのが1番だ。そう思っていたのだが、結局全員がとことんまでやりすぎることとなってしまった。
(まあ、あの要さんがやり過ぎなかったのが救いかな……?)
 大の字になって倒れている要を治療するパートナーの本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)を見やる。要の光条兵器は場合によっては死者を生む可能性がある。最近契約者になったらしい要がそれで他人を殺してしまえば、それは要にとって悲しい経験となるだろう。もしそうなりそうなら、自分がラスターエスクードを構えて要の攻撃を受け止めるつもりでいた。
 だが幸いなことに要は光条兵器を使わなかった。乱闘の前に使用を禁じてくれた者がいたらしい。途中で数回使用していたらしいが、相手は要以上の契約者であり、殺しても死ななさそうな相手ばかりだったため、そこは安心できた。
(それにしても、おにいちゃんの言葉はちゃんと聞いてるのかな?)
 そのおにいちゃんこと涼介は要にグレーターヒール――うっかり歴戦の回復術のコツを忘れてしまったため、覚えていたグレーターヒールで代用しているのだ――による治療を施しながら、要に説教を行っていた。
「全く、無理をして。今回は相手が弱かったり、お仕置きレベルで済んだからいいですけど時にはこちらの命を奪いに来る者もいるんですよ」
「はう〜……」
「いくら、契約者だからって無理をすれば怪我をしますし、死ぬ恐れもあるんですよ。今後は自分の力に関してきちんと理解してください。でないと自分の身だけではなく大切な人をも危険に晒すこともありますからね」
「んあ〜……」
「って要さん、聞いてるんですか?」
「聞いてないと思うぞ」
 涼介の問いに答えたのは近くで座り込むアレックスだった。
「そいつさっきからうめき声しかあげてないだろ? それは全然話を聞いてない証拠だ」
「な……?」
「何しろ要は頭悪いからな。人の話はなかなか聞きやがらねえし、真面目な話となると途中で頭の回線がショートするんだよ」
「……話を聞くので判定かけたら間違いなくファンブルってやつですか」
「ま、そういうことだ」
「うにゅ〜……」
 涼介は呆れるしかなかった。契約者の力とは時に非常に大きなものとなる。だからこそ今回のような無茶な行いは、自分だけではなく、守るべき他人を危険にさらすことにもなりうる。柄ではないが、人生の先輩として助言でもしようかと思っての今の言葉だが、全く聞いていないのでは文字通り話にならないではないか。
「まったく……。とにかく要さん、今後はこんな無茶はしないでくださいね。何だか無視されそうな気がしてなりませんけど、先輩からのアドバイスです。っと、これでよし……」
 涼介が治療を終えたその瞬間だった。
「ふっか〜つ!!」
「うわっ!?」
 寝ていた分、疲労が回復したのか、要がその場で飛び起きたのだ。
「う〜ん、気分爽快! スッキリした〜!」
「おう、要、ようやくスッキリしてくれたか〜」
 疲れたような表情と声でアレックスが要の復活を確認する。要の無事が確認できたからというよりは、要がやっとこのケンカに飽きてくれたということの方が嬉しかった。
「スッキリしたことだし、それじゃ帰るね!」
 言いながら要はアレックスを含めた全員を無視して歩き去ろうとする。
「あ、こら要さん! まだ話は終わってないんですよ!?」
 要に説教することを諦めていないテスラ・マグメルが引きとめようとするが、それに気づいているのかいないのか、要はさっさと去ってしまった。
「楽しかったよ〜、じゃ〜ね〜!」
 歩き去るスピードはかなりのものだった。とても先ほどまで疲労困憊だった人間の動きとは思えない。
 要はこの後、キマクにある下宿先へと帰ることとなる。もっとも下宿先といっても、元の住人が家を空けたまま戻ってこない事実上の空き家であるため、そこを拝借しているという形になっているのだが。
「……要の奴、予想通りというか何と言うか、俺のこと忘れていきやがった」
 結局アレックスは、疲労回復を待った後、1人で要の後を追いかけることとなった。


 唐突にキマクに現れたこのハチャメチャな少女とその真面目なパートナー。
 果たして2人の今後はいかなるものになるのか。
 それは本人たちにさえわからない……。